「ツタヤとは正反対」なぜアマゾンプライムは"新作無料、旧作有料"なのか
プレジデントオンライン / 2021年6月2日 11時15分
■価格体系がひっくり返っている
1980年代から90年代、ツタヤやゲオといったレンタルビデオ店に行くたびに、レンタル期間の設定が私たちを悩ませた。貸出期間で値段も変わるため、一泊や一週間、あるいは当日にレンタルして急いで作品をみたものだ。また新作は値段も高く、せいぜい一泊しか貸し出しができなかった。
一方、コロナ禍の影響もあって、音楽や動画作品をオンラインで視聴するサービスが普及し、これまで比較的マイナーであった会員制(サブスクリプション)モデルが広く普及した。
このサブスクリプションサービスの注目すべき点は、かつてのレンタル市場で当たり前だった「新作は割高、旧作は割安」という価格体系がひっくり返っていることにある。
例えばアマゾンプライムの会員は、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の3作品が無料で見られる。ところが、1990年代に放映されたテレビ版のエヴァンゲリオンを見ようとすると、個別に追加費用を払って購入しなければならない。
より分かりやすい例がWebコミックだ。Webコミックにおいては、最新の連載分だけが無料で見られ、過去の作品を見ようとすると、有料チャンネルへの登録や個別購入等、なんらかの形で対価を払わなければならないことが多い。
■逆転現象の理由は明示されていない
かつてのレンタル市場で新作が割高、旧作が割安だったのは、「視聴者にとって価値の高いものは高く、価値の低いものは安く」という、市場原理に従って値付けがされていたからだ。とはいえ、コンテンツの市場価値そのものは、今も当時と大きく変わってはいないはず。では、なぜ市場価値が高いコンテンツが無料で、市場価値の低いものが有料なのか。このコンテンツの「価値と値付けの逆転現象」の理由は、実はあまり明示されていない。
もちろん動画サブスクリプションサービスにも、ネットフリックスのように「契約したらすべて無料」というスタイルもあれば、プライムビデオやApple TVのように、有力なコンテンツは有料で販売し、そのほか会員のみが利用できる無料コンテンツを置くスタイルもある。しかしそのいずれも「新作が高くて旧作が安い」という、利用者からすると飲み込みやすい価格体系は採用していない。
■動画視聴の先駆けだった「Yahoo!」のサービス
例えば2000年代初め、動画コンテンツの視聴サービスを最初に始めたプロバイダーの一つが「Yahoo!」だった。
当時はサブスクリプションの登場前で、テレビの上に置くセットトップボックスという装置を使って、「1本いくら」というオンデマンド形式が採用された。もちろん、そこでも「新作が高くて旧作が安い」という設定は残っていた。
ところがその後、Yahoo!のサービスは競合に押されて市場から消え、上述のような、これまでの常識を覆す価格体系がサブスクリプション市場を席巻していった。
なぜ、ネットサービスではリアルと価格体系が逆転しているのか。おそらくそこには、リアル市場とは異なる、ネット特有の力学や価値観の変化があったはずだ。
■オンラインゲームは基本無料だが…
ネット上のサブスクリプションモデルとして、もう一つ注目されるのが「オンラインゲーム」だ。
周知の通り、オンラインゲームは現在、無課金でも遊べる「基本無料」のスタイルが主流だ。かつてはプレイが有料だった有名どころのPC用オンラインゲームも今は無料が増えており、スマホ用ゲームはほぼ全てが基本無料である。
ただしゲームの場合、最初は無料でも段階が進むに従って、アイテムやレベルの有料購入を促される仕組みであり、ビジネスモデルとしては比較的分かりやすい「フリーミアム理論」に則っていると言える。
「フリーミアム」とは米『Wired』元編集長のクリス・アンダーソンが、Web上で見られる特徴的なマーケティング手法の一つとして取り上げたものである(彼は同じく、大量の売れないニッチな商品の合計が、売れ筋商品の売り上げを超える現象である「ロングテール理論」を提唱したことでも知られている)。
■「お試し」を入り口にファンが運営を支える
フリーミアムとは、サービスの一部を最初は無料で経験させ、何らかのプレミアムがほしい場合に料金を支払うというビジネスモデルであり、多くのネットサービスがこのスタイルを踏襲している。
このフリーミアム型サービスが普及した理由の一つが、ネットサービスでは限界費用が極限まで低くなるという点である。どういうことか。
例えば、リアルの世界でも試供品などの無料配布で商品を知ってもらう方法があるが、相応のコストがかかってしまう。一方、ネットでは物理的な制約がなく、追加負担なしで無料の「お試し期間」が存続できる。そこから、納得したユーザーが追加物(キャラやカード)を購入(課金)するモデルが広まっていく。これがフリーミアム理論で、オンラインゲームはこの理論に沿ったビジネスを展開している。
フリーミアムを「ファン」という視点で見ると、「ユーザーがどんどんサービスのファンになるように仕向け、ファンになった時点で有料化する」というスタイルとも言えるだろう。ファンになるまではタダで、ファンになるとお金を払い、ファンが全体を支える。
実際、オンラインゲームのユーザーに占める課金ユーザーは少ないが、そのようなコアなファンを主な資金源に運営されているのはよく知られている。これがフリーミアム型ビジネス面の大きな特徴だ。
■Webコミックはなぜファンが無料なのか
このようにみれば、Webコミックに見られる「最新話は無料」というやり方も、「無料のオプションが用意されているという点でフリーミアムだ」と理解されるかもしれない。しかし、実はWebコミックはビジネスモデルとしては大きく異なっている。
Webコミックは最新話が常に無料で提供され、公開から一定期間経つと有料になるが、その代わり最新話がまた無料で読める。これは、常に最新話を追いかけているコアなファンほど、無料をずっと享受できることを意味している。すなわち、これはフリーミアムのように「ファンにお金を払わせる」というビジネスモデルとは正反対の構造なのである。
なぜWebコミックの運営者は「ファンが支える」という旧来のフリーミアムと異なるモデルを採用しているのか。
■「ユーザーの無関心化」という新たな現象
この問いを解く鍵が、実は私たちは何を購入するかを選ぶのが「面倒」になっているという問題なのである。
コンサルティングファームのアクセンチュアは、2019年6月に『“無関心化”する消費者と企業の向き合い方』と題する著名なレポートを発表している。世界35カ国の消費者にアンケート形式で実施したこの調査は、「先進国では3~4割の消費者が情報収集を行わないままに製品・サービスを購入する、いわゆる“無関心”の状態にある。先進国の中でも、日本はとくにその傾向が強い」と報告している。
先進国ではどの製品もサービスも、値段や質がほぼ同レベルに収束している。ネット通販でほしい商品を検索しても、あとは表示された上位2、3件を眺めて、だいたいより売れているものを選ぶユーザーも多いのではないか。あるいは、単におすすめされたものをそのまま購入するユーザーも当たり前に存在する。
実際、私たちの日常は情報がたくさんありすぎて、選ぶのが面倒になっている。このことは、「選択するという行為」が大きな労力を伴っていることを意味する。このため消費者は「判断すること」自体を重荷と感じ、そのためルーティンをずっと続けたり、深く吟味したりしないで購入してしまう。つまり「自分の判断でモノを選べる人が減っている」のである。
■運営側もコアなファン頼みではいられない
このようなユーザーの無関心化が進んでいけば、フリーミアムモデルが課金の対象とする熱心なファンも減っていき、無関心なユーザーが増えていくことになる。すると、これまでネット上で主流だったフリーミアム型ビジネスモデルも成立が困難になり、消費者の状況に合わせて変更を迫られることになる。
実はネットサービスを運営する側も、コアなファン頼みのフリーミアムモデルが限界に近づいていることに気づいているのではないか。なんとかしてボリュームゾーンである「無関心なユーザー層」に課金し、「無関心であるのにも関わらずお金を払う」メソッドを確立させないかぎり、サービスが立ち行かない段階に来ているのではないか。
そうした状況がWebコミックをはじめとする「新作無料」という、どうやって成り立っているのか理解が難しいモデルに現れているのだ――。このように考えると、アクセンチュアのレポートとも辻褄が合ってくる。
■無関心なユーザーはどこに反応している?
「新作無料」というモデルにおいて、運営サイドは「コアなファン層」という存在を、課金の対象ではなく、SNS上で「これ、おもしろいよ」と広めてくれるインフルエンサーとして捉えているはずだ。
無関心なユーザーは一般に、「これ、おもしろいよ」という広告をみても、購入意欲を喚起されない。なぜなら、広告には飽き飽きしており、また自らモノを選ぶ意志も減退しているからだ。そうした無欲な人たちに「お、読んでみよう」と意欲喚起させるためには、何をすればいいのか。
例えばそのユーザーがフォローするSNS圏内の誰かが、「この作品はこういう意味でおもしろい」とか「この作品はこういう部分が斬新だから読むに値する」といった解釈・評価を行い、「こういうふうに読むべき」という「コンテキスト(文脈)」とともにそのコンテンツを提示してあげれば、それによって無関心なユーザーの興味も惹けるのではないか。
実際、テレビ番組等でも、音楽を作曲レベルで解説することで、曲にコンテキストを与えるものが人気を博している。
■「最新話無料」は、布教活動の「対価」である
つまり、無関心なユーザーが理解するのは、すでにコンテンツ単独ではなく、それに付帯する「コンテキスト」にあると言える。2020年に一大ムーブメントを巻き起こした『鬼滅の刃』も、作品が面白いのは当然として、多くの人々が口々に「作品論」を展開したことで、無関心なユーザーが「流行」を察知した結果と言えるだろう。
つまり、無関心なユーザーもコンテキストをプッシュしてくれる人間がいれば、それに基づいてコンテンツを選ぶのである。
このビジネスモデルにおいては、ファンを一般消費者向けの「コンテキスト製造機」として機能させることで、サービスの拡散を図り、それまで関心がなかった人を引き込む要素にしているわけだ。
最新話を無料で読む熱心なユーザーには、「無料」というよりむしろ、布教者として活動することに対する「対価」が払われていると解釈すべきである。彼らはある意味で、サービス運営者のために(喜んで)労働してくれるとも言えるのだ。
■発想の転換が求められている
このように、ネット世界においては市場の状況が刻々と変化している。サービスの提供側がそこを読み違えてしまえば、「魅力あるコンテンツを揃(そろ)えているはずなのに、なぜかサービスとして立ち行かない」という状況に陥ってしまう。
プロモーションやマーケティングの現場では「お金はファンから取るもので、いかにコミュニティーを、ファンを創るかが課題だ」といった議論が未だに聞かれる。
しかし、現状ではコアなファンだけを相手にしているサービスが次々と失速している。その背景は上述の通り、無関心化したユーザーが爆発的に増える中、世の中全体が「いかに無関心化したユーザーに向かったサービス設計ができるか」という問題軸の変更が生じているからだ。「ファンが来ていることは大事。しかし直接のお金を生み出す層はもはやファンではなくなっている」という前提から始めなくてはならないのだ。
この連載では今後、こうしたマーケティングの発想軸の転換、ネットビジネスの中でも時代とともに大きく変わりつつある部分、とりわけ無関心化したユーザーに向けて変貌を遂げているサービスについて、リアルタイムの現象の中から事例を見出し、読者とともに読み解いていきたい。
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音声メディアの可能性を探求し、その成果を広く社会に還元することを目的として2019年3月に設立。情報の伝達を単に「知らせる」こととは捉えず、情報の受け手が「自ら考え、行動する」契機になることが重要であると考え、データに基づく情報環境の分析と発信を行っている。所長は政治社会学者の堀内進之介。なお、連載「アフター・プラットフォーム」は、リサーチフェローの塚越健司、テクニカルフェローの吉岡直樹の2人を中心に執筆している。
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(Screenless Media Lab. 構成=久保田正志)
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