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「急がない」から一転…米FRBがデジタルドル開発に本腰を入れる背景

プレジデントオンライン / 2021年5月31日 9時15分

2020年12月1日、ワシントンDCのキャピトル・ヒルで開催された「The Quarterly CARES Act Report to Congress」に関する米上院銀行・住宅・都市問題委員会の公聴会で発言する米連邦準備制度理事会のジェローム・パウエル議長 - 写真=CNP/時事通信フォト

■開発へ研究が進んでいる

足許で、ビットコインなどのデジタル通貨の価格が乱高下している。テスラのイーロン・マスクなどの発言で、注目を集めたビットコインは中国当局の監督強化などのニュースで価格が大きく変動しており、多額の損失を被った投資家も出ているようだ。

一方、5月20日、米国の中央銀行である連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、今夏に中央銀行が発行し、管理するデジタル通貨〔中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)〕に関する報告書を公表すると表明した。過去のパウエル議長の発言と比較すると、“デジタルドル”の発行に向けFRBの取り組みは変化している可能性がある。

そう考える背景には複数の要因がある。中央銀行にとってデジタル通貨は、金融システムの安定性や、社会と経済運営の効率性の向上に重要な役割を果たすと考えられる。他方で、デジタルドルの発行によって銀行の店舗が減り雇用機会が減少するといったマイナスの影響もあるだろう。海外中銀はデジタル通貨の実証研究などを進めており、FRBにとってもデジタルドルの研究を進める重要性は高まっている。

やや長めの目線で今後の展開を考えると、FRBによるデジタルドル研究は、主要先進国など世界の中央銀行が取り組むCBDC研究などに相応の影響を与えるだろう。足許、わが国では、日本銀行が中央銀行デジタル通貨の実証実験に取り組んでいる。今後、そうした取り組みは強化されていくだろう。

■慎重姿勢から一転した背景

2021年3月にパウエル議長は「米国が、世界で最も早くCBDCを投入する必要はない」と述べた。その時点でFRBは、デジタルドルの発行に関して慎重、あるいは急ぐ必要はないと考えていたようだ。

なお、デジタルドルとは中央銀行デジタル通貨の一つであり、米国の法定通貨であるドルを電子化したマネーを言う。デジタルドルの価値は一定であり、価値の尺度、交換や決済の手段、価値の保存の機能を持つ。中央銀行デジタル通貨は国内のどこでも利用できる。

5月20日、パウエル議長はデジタルドルに関する報告書の公表予定に加えて、決済、金融包摂、データのプライバシー、情報セキュリティなどに関するパブリックコメントも募集すると発表した。その内容は3月よりも具体的だ。一つの見方として、FRBはデジタルドルに関する研究などをより重視するようになったと考えられる。

その背景の一つに、経済と社会運営の効率性を高める考えがあるだろう。例えば、現金の利用には、保管場所や輸送手段の確保、偽造防止のための対策、金融機関の店舗やATM運営などのコストが発生する。中央銀行デジタル通貨の利用によって、運搬や機器の運営などのコストは低減するだろう。それらはデジタルドルのメリットといえる。

■クレカの利用減、サイバー攻撃のリスクも

その一方で、デジタルドルは、経済にデメリットを与える可能性もある。デジタルドルが実用化されると決済の期間は短縮化され、リアルタイムで決済を行うケースが増えるだろう。それは、クレジットカードの利用機会の減少につながり、大手のカード会社の収益の減少要因になるかもしれない。サイバー攻撃が金融システムに与える影響も増大する恐れがある。

このように、デジタルドルをはじめとするCBDCには、メリットとデメリットの両面がある。そうした変化に米国経済と社会全体が対応するためには、入念な準備が欠かせない。FRBは状況に応じてデジタルドルの実用化を目指すことができるよう、十分な助走期間を確保するために研究や実務家との意見交換を推進しようと考えているようだ。

■デジタル人民元を急ぐ中国の存在

また、FRBにとってデジタルドルの研究は、“基軸通貨”としてのドルの地位の維持にも重要と考えられる。どの通貨が基軸通貨に選ばれるかは、世界全体での人気投票による。現在、世界の多くの投資や貿易などの決済がドルで行われているのは、多くの国が米ドルを信認していることの裏返しといえる。

デジタルな背景にビットコイン
写真=iStock.com/jpgfactory
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jpgfactory

ドルの信認を支える要素として、世界の政治、経済、安全保障のリーダー(覇権国)としての米国の地位は大きい。現時点で考えると、短期間で基軸通貨としての米ドルの地位が不安定になる展開は想定しづらい。

ただし、長期の視点で考えると、未来永劫、米ドルが基軸通貨の地位を維持するかは分からない。その一つの要因として、中国政府は“デジタル人民元”の実証研究を進めている。中国共産党政権は社会と経済への統制を強めるために、国内の小売り分野を中心とするデジタル人民元の実用化を急いでいるように見える。2020年には、広東省深圳市や江蘇省蘇州市などでデジタル人民元の実証実験が実施された。

■世界の基軸通貨という地位を保ちたい

すでに、カザフスタンなどの中央アジア地域では人民元の利用が増えている。その上でデジタル人民元を用いた観光や貿易が増えれば、利便性が評価されて一部の国や地域での人民元建ての取引は追加的に増える可能性がある。長めの目線で考えると、それが基軸通貨としてのドルの地位に何らかの変化をもたらす可能性は排除できない。

中国の為替チャート
写真=iStock.com/xcarrot_007
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xcarrot_007

また、価値が不安定な仮想通貨の代表である「ビットコイン」で“身代金”を要求するサイバー攻撃も増えている。パイプラインの稼働停止に追い込まれたコロニアル・パイプラインは、操業再開への着手のためにハッカーに約4億8000万円のビットコインを支払った。同社トップはその判断を「国のためだった」と述べた。

サイバー犯罪の取り締まりは容易ではなく、基軸通貨であるドルのデジタル化に関する研究の推進は、国際通貨体制の透明性と安定性向上に重要といえる。FRBはドルが世界の信認を得ている状況を活かして、安全性と信頼性の高いデジタルドルに関する研究を進め、基軸通貨の地位を維持しようとしていると考えられる。

■日本も乗り遅れてはいけない

2020年10月、日銀、FRB、カナダ銀行、欧州中央銀行(ECB)、スウェーデン・リクスバンク、スイス国民銀行、イングランド銀行(BOE)と国際決済銀行(BIS)は、中央銀行デジタル通貨に関する報告書を公表し、各国が国際協調をベースにCBDC研究を行うことを記した。なお、現金の流通が減少しているスウェーデンを除き、日米をはじめ主要先進国の中央銀行は、近い将来、デジタル通貨を発行する計画はないが、調査や研究は進めるスタンスだ。

FRBによるデジタルドル研究は、主要先進国の中央銀行デジタル通貨に関する研究に相応の影響を与えるだろう。そうした変化に対応するために、日本銀行が中心となり、より積極的に各国の中央銀行や民間金融機関、一般企業などとの研究や実証実験が行われるべきだ。

■日銀の役割が求められている

そう考える理由は、中央銀行を中心とする今日の金融システムが、金融・経済取引を支えているからだ。今日の金融システムでは、まず、中央銀行が現金と中銀預金を供給する。その上で、民間銀行が預金を受け入れて貸し出しを行い、経済全体で付加価値が生み出される。これを通貨供給の二層構造という。

中央銀行は通貨の供給に専念し、他方で民間の銀行が企業などの信用力を評価して情報を収集し、より効率的な資金の配分を目指す。

中央銀行デジタル通貨の研究の本質は、より良い通貨供給の体制や金融サービスの創造を目指すことにある。具体的には、決済コストの低減、より厳密な個人情報の保護などだ。地震が多いわが国にとって、電力供給が絶たれた際の中央銀行デジタル通貨供給の継続は特に重要だ。

今後、FRBはより利便性が高く、信頼されるドルを目指してCBDC研究をより重視する可能性がある。わが国でも、日本銀行を中心に中央銀行デジタル通貨や、大手銀行などが取り組む価値が一定の民間デジタル通貨の実証実験を増やし、得られた知見をより積極的に内外に発信されるとよい。それは、世界全体で進む中央銀行デジタル通貨の研究・開発において、わが国が存在感を発揮するために重要だ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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