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「このままでは日本車は本当にヤバい」自動車評論家が決死の覚悟でそう訴えるワケ

プレジデントオンライン / 2021年6月3日 11時15分

2021年4月19日、中国・上海で開催されたモーターショー「Auto Shanghai 2021」のメディア内覧日に、展示ブースに置かれた自動車「テスラモデル3」の横を通る人々。 - 写真=EPA/時事通信フォト

自動車は日本の基幹産業だ。しかし「EV(電気自動車)シフト」で、その勢力図が一変しつつある。モータージャーナリストの五味康隆氏は「これまでEVは『お金持ちのおもちゃ』だったが、急速に価格が下がっている。このままだと海外の高性能な格安EVに、日本車が対抗できなくなる恐れがある」という――。

■テスラ新型は序の口にすぎない

最近、僕はテスラの新型車「モデル3」を試乗しました。モデル3、特に上海工場で製造されたモデル3はボディの剛性が高く、動力性能の高さ、高速走行での安定性、操縦性のよさなど、商品として完全に「ものになっている車」です。

充電1回あたりの航続距離は、エントリーグレードの「スタンダードレンジ」でも448km(WLTP)あり、その販売価格は434万円(6月4日時点)。今は「令和2年度第3次補正予算」で補助金が増額され、モデル3であれば80万円の補助金がつくので、実売価格は354万円と、一般の人にも手が届く範囲となっています。

テスラ独自の運転支援機能はすばらしく、日本では高速道路でしか使えませんが、ドライバーがほとんど何もしなくても勝手に走ってくれるレベル。カメラとセンサーも優秀で、人が路上に出てきたり横に車が並んできたりすれば検知し、信号はもちろん道路脇にあるパイロンまで読み取って、車内のモニターに表示します。

モデル3は「ワンペダルドライブ」もできます。ワンペダルドライブとは、ブレーキを踏まずにアクセルワークだけで運転すること。モデル3の場合、アクセルから足を離すだけで、ブレーキを踏まなくても完全停止まで減速していきます。強いブレーキや緊急ブレーキ以外、もうブレーキペダルを踏まないというドライブ方式です。

この価格に対して驚くべき性能ですが、これはまだ序の口。これから数年後に日本の自動車業界はいよいよ「黒船の来航」を迎えることになると、僕は予想しています。

■200万円を切る高性能EVがやってくる

2020年9月、テスラのCEOイーロン・マスクは、「自動運転機能を搭載し、価格を2万5000ドル(1ドル=110円として275万円)に抑えた新型EVを2023年までに市場に投入する」と宣言しています。

新型車の仕様を推測すると、恐らく製造場所は輸送コストを抑えられる上海。ボディタイプはファミリー使用からパーソナル使用まで想定したハッチバックが有力。バッテリーはモデル3やモデル3ベースのSUVモデルYのものと同規格。航続距離は400キロを超え、乗り心地もモデル3と同等でしょう。

それがおそらく2023年、遅くても2025年には日本で買える車になると予想しています。つまり補助金込みで、100万円台で買えるテスラのEVが日本市場に入ってくるのです。

テスラはこれまでは高級路線で、モデルSにしても性能はすごいけれども、お財布には優しくない車でした。しかしEVが「お金持ちのおもちゃ」だった時代はもう終わりました。生活者の視野に入る価格帯で魅力的なEVが日本に入ってきたとき、それが「黒船」になる。そう、僕は思っています。

もちろんEVは現状で、すべての人にお勧めできる車ではありません。日本の貧弱な充電環境が足かせとしてついて回るからです。

しかし自宅に200ボルトの充電設備を置ける人や、EV用の充電インフラが生活圏内にある人は、これまでガソリン車に乗っていたとしても、新型テスラの車としての本質的な良さに惹かれ、なびく人が大勢出てくるでしょう。

このままでは日本の電気自動車市場を牛耳られてしまう。そういう危機感を今僕は、誰よりも強く持っています。安くて高性能なEVが入ってくるのは、ユーザーにとっては歓迎すべきことです。しかしそれによってトヨタやホンダのように日本を代表する企業が傾いてしまえば、その影響は日本経済全体、ひいては全日本人の生活に及んできます。

■日本メーカーとは生産方式が全く違う

「航続距離400キロで実売200万円以下の電気自動車」というと、「そんな車作れるのか」と言う人がいるかもしれませんが、テスラならできるでしょう。テスラは「いい」と思ったものは先入観なくすべて取り入れていく、究極の合理主義体質の企業です。彼らは車の設計思想だけでなく、生産方法においても大きなイノベーションを起こそうとしています。例えば「インゴット生産」大型アルミ鋳造生産によるのもそのひとつです。

一般的な車のフレームは何十枚もの鉄板をプレス成形し、それを溶接で貼り合わせて作られています。ところがテスラでは、米宇宙企業のスペースX社でも使われている特殊なアルミニウムを金型に流し込んで、一気に成形してしまうのです。生産効率が飛躍的に上がり、コストも重量も大きく削減できます。

自動車組み立て工場溶接ライン
写真=iStock.com/Chalffy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chalffy

すでにテスラのSUV「モデルY」を生産するカリフォルニアのフリーモント工場やモデル3を生産する中国の上海工場ではアルミ鋳造生産の領域を増やす動きがでていますし、今年稼働開始予定のベルリン工場では100%アルミ鋳造生産でスタートするようです。このような製造上の革新も使い、新型コンパクトモデルは高性能と破壊的な価格を武器に日本にも上陸してくるはずです。

■サプライヤーでは進化についていけない

これまで自動車業界では、ドイツがやっているような「自動車メーカーがスペシャルなサプライヤーと組んで開発を進める」という体制がベストではないかと言われていました。しかしテスラは今、さまざまなパーツをどんどん自社製に変えています。

2012年に発売されたモデルSには、運転支援用に米半導体大手NVIDIA(エヌビディア)のAIチップが入っていましたが、今は自社開発のAIチップを載せています。

高級になるほど自動車は多数のAIチップを積み、「搭載チップの数=高性能の証し」とされていましたが、その価値判断は終焉を迎えるかもしれません。テスラでは電装系、運転系、運転支援系の3つしかありません。これはサプライヤーに頼らず、単独で開発を進めているから可能なことであり、結果、統合的な判断や制御が可能となります。

おそらく「すべてをテスラ自身で管理し、コントロール下に置かなければ、テスラの進化スピード、イノベーションについて来れない」という理念があるのでしょう。ここでもテスラは、業界の常識を打ち破っています。

■日本人が知らないテスラの野望

日本人の多くはテスラについて、名前だけしか知りません。それはテスラが広告費ゼロの会社だからです。「車が良ければ自然に売れる」というスタンスで、日常的な唯一の広告といえるのは、イーロン・マスクが自ら発信しているツイッターぐらい。なので、関心のない人にはテスラの情報は何も入ってきません。

例えば2021年1月にはモデルSが大幅にリニューアルされ、上位グレードは航続距離837km(アメリカEPA基準)、0-100km/h加速はスーパーカー以上の2.1秒となりました。これも日本ではまったく知られていませんが、自動車にくわしい人ならそのすごさが分かるでしょう。

テスラは運転支援の精度を高めるために、販売した車を用いて情報を収集し、リアルな公道で実証実験を行っています。テスラオーナーであれば、「今後の自動運転のためにデータ提供をしてくれますか」とクルマのモニター上で聞かれたことがあるでしょう。

ドライバーが運転支援機能を使わなくても、テスラ車では裏で常に運転支援機能が「このときにはこういう操作をする」という演算を行っています。そしてその結果と実際のドライバーの運転操作を照合させ、差異をデータとして収集しています。

2016年11月15日、深圳市テスラのスーパーチャージャー・ステーションでバッテリーを充電するテスラモデルS
写真=iStock.com/DKart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DKart

そうやって集めたビッグデータをAIにディープラーニングさせて、それに基づいて車のファームウエアをアップデートしていく。その延長線上で、あらゆる環境で使える自動運転を実現させようとしているのです。

■バッテリーごと交換できる中国のNIO

中国でも新しいEVの流れが勢いを増しています。

2014年創業の中国の「NIO(ニーオ・蔚来汽車)」は、「中国のテスラ」とも呼ばれる高級志向のEVベンチャーですが、2021年1月に、容量150kWhの電池を搭載し、1000kmもの航続距離を実現するセダンタイプの新型EV「ET7」を発表しています。

NIOは同時に「2022年には開発中の全固体電池を搭載可能とするシステムを展開する」とも発表し、株価が急騰しています。

NIOのEVは大容量バッテリーが売りです。大容量バッテリーはふつう、充電に時間がかかるのが弱点ですが、NIOでは充電する代わりに、バッテリーごと交換するシステムを開発。バッテリーを積み替える交換ステーションは中国にすでに200カ所ほどありさらに増やす計画が立てられています。

その一方で中国では50万円を切る小型EVも普通に売られています。日本の軽自動車メーカーは、軽自動車サイズで50万円を切る中国製EVが入ってきたときに、どのように迎え撃つのでしょうか。そういう勝負にも日本メーカーは備えないといけません。

■政府は本気で電動化を進める気があるのか

2021年1月、菅義偉首相は「2035年までには国内の新車販売において100%の電動化を実現する」と述べています。世界の流れを見れば当然の発言であり、それによって日本国内でもEVに注目が集まり、議論が起きるのは非常にいいことだと感じます。

EVのシェアは今後、どんどん上がっていきます。日本だけを見たらハイブリッド(HV)やプラグインハイブリッド(PHV)があるので、そこまで急速には上がらないかもしれません。でも自動車メーカーはどこもグローバルなビジネスをしており、世界全体がEVにシフトしているのは明らかなのですから、もっともっとEVに注力していかなければなりません。

政府も本気で自動車の電動化を進めると言うなら、せめて補助金ぐらいはもっと計画的に設定してはどうでしょうか。

例えば僕がトヨタの「ミライ」を買ったときは、新型として車が出て、買って、車が来て、その後にやっと補助金の額が分かるという具合でした。今でも毎年、年度が変わるたびに監督省庁では「来年はこうなります」とか「いえ、今は年度の切り替わりで補助金額が分かりません」などと言っています。

■「日本沈没」にもなりかねない

現状でEVの売れ行き、普及を決めるのは補助金です。そんな状況では買うほうも手を出しづらいし、企業も販売戦略を立てられません。

今は日本にとって、本当に大事な時期ではないかと感じています。自動車のEV化の流れには、絶対に備えなくてはいけません。テスラやNIOのような強力な新興勢力と戦って勝ち続けないと、日本の自動車メーカーにはもう先がないのです。

そのためには世界に目を向け、大変革をしなければなりません。

自動車関連企業のみなさん、テスラや中国EVメーカーに勝つための企業戦略を真剣に立ててください。もしみなさんが負けて沈没したら、GDP(国内総生産)も個人消費も落ち込んで、「日本沈没」という事態にもなりかねません。それぐらい強い意識で、危機感を共有してほしいのです。

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五味 康隆(ごみ・やすたか)
モータージャーナリスト
1975年、神奈川県に生まれる。1989年より自転車トライアル競技を始め、世界選手権に出場。1994年、自動車レース競技に転向し、2001年までの3年間は全日本フォーミュラー3選手権に参戦した。その後、各種安全運転スクールの講師やドライビングインストラクターとしての活動を経て、2003年よりモータージャーナリストとして評論や自動車雑誌等への執筆、メーカーの先行開発協力などを行う。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTube「E-CarLife」/Webサイト

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(モータージャーナリスト 五味 康隆 構成=久保田正志)

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