1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「生命保険をポジティブに変えたい」住友生命が"割引のなくなる保険"を売り出したワケ

プレジデントオンライン / 2021年6月4日 11時30分

住友生命の高田幸徳社長(左)、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授(右)

住友生命の健康増進型保険「Vitality」は、加入時に保険料が15%割引となるが、健康増進などを怠ると最終的には割引がなくなってしまう特殊な設計だ。日本で唯一というこの保険の狙いはどこにあるのか。この4月に就任した高田幸徳新社長に、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が聞いた――。(後編/全2回)

※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「住友生命新社長 高田幸徳氏×立教大学ビジネススクール 田中道昭教授対談」(4月1日、4月8日公開)を再編集したものです。

■健康診断の数値が悪くても、半分以上は病院に行かない

(前編から続く)

【田中】高田社長が中心となって10年前に策定したブランド戦略から、さまざまな商品やサービスが生まれています。健康増進型保険“住友生命「Vitality(バイタリティ)」”もその一つです。

【高田】健康には身体的、精神的、社会的とさまざまな種類がありますが、われわれは保険会社ですから、まずは身体的健康をどのようにサポートするかを考えます。身体的健康のためには、自分自身の健康を知ること――具体的には健康診断の数値を把握すること――が第一ステップです。ただ、数値が多少悪くても、半分以上の人は本当に悪化するまで病院に行きません。そこで、健康改善のために、運動や食生活、社会参加など日々の取り組みをポイント化して継続してもらう仕組みを、第二ステップとしてプログラムに組み込みました。

「Vitality」には、さらに先があります。実は人間は本質的に不健康になりたい動物。自分を律して健康になるより、おなか一杯に食べたり、だらだら寝て過ごしたいという欲求が強いのです。そこで第三のステップとして、さまざまな事業者と手を組んで、特典を付けて楽しくやっていける枠組みもつくりました。たとえば3月には『ポケモンGO』と提携して、ゲームをしながらVitalityで歩数をカウントし、目標をクリアすることで『ポケモンGO』の中でアイテムを入手できるようにしました。このような取り組みで楽しく健康増進していただいています。

■高血圧だったお客の約半数が「血圧が10ポイント以上」改善

【田中】実際、加入者の行動変容は起きていますか。

【高田】行動経済学によれば、人間には一度得たものを失いたくないという心理が働きます。その傾向を利用して、Vitalityは加入した段階でまず保険料を15%割引します。この割引を維持し、さらに保険料を安くするために、健康診断や日々の運動などをポイント化して取り組んでいただこうという設計です。

アンケートでは、Vitalityに加入したお客さまの約9割が、日々の行動が変わった、あるいは健康に取り組むようになったと回答されています。健康に関しても、血圧の高いお客さまの約半数が血圧が10ポイント以上下がったという結果が出ています。さらにうれしいのは、家族との対話が増えたというご回答が多かったこと。健康は一人でストイックにやると、なかなか続きません。身近な応援者はご家族ですから、ご夫婦やお子さんと一緒に取り組むと効果があると思います。

■保険の「ネガティブなイメージ」を変えたかった

【田中】一般に、保険はサービスを実感しづらい商品だと言われています。Vitalityは効果を感じられるという点で斬新ですが、どうしてこのような商品を作ろうとお考えになったのですか。

【高田】保険は「生老病死」、つまり長生きや介護、病気、死亡という4大リスクに対して経済的に備える仕組みとして開発されました。これらのリスクはどちらかというとネガティブなものばかりですよね。お客さまもそのようなイメージを抱いておられます。私が入社してすぐ、営業をやっていた頃は「入ったけど、かけ損だった」とよく言われました。保険金をお支払いするようなことが起きなかったなら本当は喜ぶべきですが、保険はそのように受け取ってもらえないのです。

ネガティブなイメージですから、営業に行っても基本は断られます。100人に声をかけて、話を聞いていただけるのは10人です。さらに聞いてもらってご契約に至るのが、ようやく1人。99人のお断りがあるわけですから、私たちも少なからず傷つくわけです。そうした経験もあって、生命保険をポジティブなものに変えていきたい、加入いただくことで明るくなれる商品を作りたいという想いはずっと持っていました。

立教大学ビジネススクールの田中道昭教授
立教大学ビジネススクールの田中道昭教授

■人間はアドバイスをされると逆にそれをしなくなる

【田中】Vitalityは、基になるプログラムがあったのでしょうか。

【高田】Vitalityは、南アフリカのディスカバリー社が20年以上前に開発をした世界的ブランドのプログラムです。一国一社に導入するという方針があり、日本では住友生命が独占的に販売しています。元々、南アフリカは寿命が短い国でした。そうした社会課題に対して保険会社はどのような貢献ができるのかと同社のファウンダーが考えて、このプログラムを開発したそうです。

【田中】社長就任発表の記者会見では、「デジタルと人で顧客とつながる」と宣言されました。Vitalityはデジタルで顧客とつながる効果的なツールです。将来はVitalityを通して、顧客一人ひとりにパーソナライズされたサービスを届けることも企図されているのでしょうか。

【高田】保険は本来、いざという時のためにある商品ですが、Vitalityはお客さまと毎日24時間、接点を持ちます。今、加入者が約60万人(5月末時点では約69万人)いますので、年間2億日分のデータが入ることになります。このデータを統計的に分析して、今年から加入者に「日常の生活をこう変えるといいですよ」と伝えられるように取り組みを始めています。

【田中】パーソナライゼーションの前に、まずはデータに基づいてセグメントごとにアドバイスをするところから始められているのですね。

【高田】そうです。ただ、人間はアドバイスをされると逆にそれをしなくなるという行動を取ることもあるので、アドバイスどおりにやるとポイント化されるといった取り組みも必要でしょうね。

■ウェルネスではなく「ウェルビーイング」を掲げるワケ

【田中】高田社長はWell-Being as a Service(以下WaaS)という概念も打ち出されていますね。

【高田】Vitalityは、リスクに備えるだけではなく、リスクを減らすという新たな価値の提供に挑戦するプロダクトです。ただ、保険会社だけでは「結局、保険じゃないか」と受け取られかねません。そこでさまざまな事業者と一緒になって、「より良く生きる」という価値をサービスとして届けることにしました。そのためのネットワークがWaaSであり、3月末時点ではパートナーは17社に達しています。

【田中】as a Serviceは、アメリカのセールスフォースが打ち出したSoftware as a Service(SaaS)が原点です。セールスフォースはSaaSの中核にカスタマーサクセスを置いています。カスタマーサクセスが起きないと、サブスクであるSaaSは契約更新してもらえないし、売り上げも増えないからです。カスタマーサクセスがas a Serviceの本質だとすると、住友生命は顧客にどのようなカスタマーサクセス――WaaSの場合はウェルビーイング――を提供しようとお考えですか。

【高田】ウェルビーイングという言葉は哲学的です。Beingですから、単一的により良い状態であるウェルネスを指向するというより、より良い存在である、あるいはより良く生きていくということを多元的に示しています。

住友生命の高田幸徳社長
住友生命の高田幸徳社長

■住友生命単独で何かをやるのは、おのずと限界がある

【高田】それを踏まえると、Vitalityで提供しようとしているのは、まず身体的な健康です。また、われわれは金融機関ですから、経済的な健康も提供すべきです。さらに大切なのが、心の持ち方です。個人の精神的な健康はもちろん、社会的な健康にも広がっていくと思いますが、事業者としてそこにどのように貢献して、寄り添っていけるか。それがウェルビーイングだと捉えています。

【田中】SaaSはセールスフォースのマーク・ベニオフCEOの世界観とともに広がっていきました。WaaSを拡大するにあたって、トップリーダーである高田社長の世界観も重要です。高田社長はどのような世界観をお持ちですか。

【高田】住友生命単独で何かをやるのは、おのずと限界があると考えています。ウェルビーイングを提供し続けるには、やはりエコネットワークが必要です。その中心に必ずしもわれわれがいなくてもいい。住友生命が媒介となってみなさんを繋いで、そのネットワークの中からお客さまがサービスや価値をチョイスしていく世界を作りたいです。保険会社の役目ではないと言われそうですが、保険会社を超えることが私のテーマですから。

【田中】オープンプラットフォームの世界観ですね。そのような発想を持つに至ったきつさかけは何ですか。

【高田】元をたどれば田中先生のご著書ですよ。『ミッションの経営学』と『人と組織リーダーシップの経営学』。これらを読んで、ミッションが重要だと腹に落ちました。では住友生命のミッションは何かと突き詰めると、社是の一番目に「社会公共福祉に貢献」とあります。これに向かっていくには、己が為ではなく他を利するために何をするかという発想が欠かせません。それがさまざまなアライアンスやオープンプラットフォーム戦略につながっています。この考えは、住友生命の原点。2030年、2050年に向けて、やり続けていかなければいけないと考えています。

----------

高田 幸徳(たかだ・ゆきのり)
住友生命保険 社長
1964年生まれ。大阪府出身。88年住友生命保険入社。2007年秋田支社長。09年営業企画部次長兼営業企画室長。11年営業企画部長。17年執行役員兼企画部長。18年上席執行役員。18年執行役員常務CX企画部Vitality戦略部担当(企画部、営業企画部副担当)。19年ブランドコミュニケーション部、CX企画部、営業企画部、Vitality戦略部担当(企画部副担当)。21年4月より社長。

----------

----------

田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

----------

(住友生命保険 社長 高田 幸徳、立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください