電車のシートに靴のまま立つ子を注意できない親が、その子の将来を潰している
プレジデントオンライン / 2021年6月12日 11時15分
※本稿は、中邑賢龍『どの子も違う 才能を伸ばす子育て 潰す子育て』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■ぬるま湯のような環境が「学ぶチャンス」を奪っている
今学校に適応できていて、学校生活にまったく問題がないように思える子どもも、「未来を生き抜く力を身につけているか」と考えると、心配になります。
現在の日本の社会は、安心・安全かつ高齢化を見据え、その意味で成果を上げていると思いますが、反面、ぬるま湯のようになった環境で子どもが育つのは、彼らが本来持っていた危機感知や対応力を学ぶチャンスを奪ってしまうように思えます。
たとえば筆者が子どもだった時代を思い出せば、頻繁に停電しましたし、機械類もよく止まりました。でもそんな体験は、今の日本の子どもたちの毎日から消えつつあります。そして、そうした社会の変化が、結果として子どもの能力を奪いかねないのです。
■どんなにリアルなゲームにも「空気、湿気、匂い」はない
ベネッセ教育総合研究所の「放課後の生活時間調査」によると、子どもが外に出て活動する時間が減少しているそうです。塾などの習い事の増加で自由時間が減っているのはもちろん、ゲームやYouTubeのように子どもを引きつけるツールが家庭に入ってきていることも大きく影響していると考えられています。
それに加えて、足元では新型コロナウイルスの流行もあるでしょう。
子どもたちは、未曾有のトラブルの中、現実世界での生活を意識しにくい状況に追い込まれています。加えて誰かが撮影した映像で、あるいは、ゲームの中の空間で、外に出て活動した気持ちになれるほど、リアルに近い、素晴らしいコンテンツも多くあります。
しかし、もちろんそれらは空気や湿気、匂いなどを届けるまでに至っていません。
そんなものは必要ないと言われるかもしれませんが、地球の上で、現実世界の中で、自然を意識しながら生活する、その経験を失っていくのはとても恐ろしいことと言えます。「自然環境を守ることが大切だ」と言われても、外に出たことのない子どもたちに、その実感はないでしょう。これは外に出る必要が減っている先進国ほど、抱えがちな問題なのかもしれません。
■高校生になるK君が経験した「お金のない辛さ」
一方で開発途上国の子どもだと、逆にリアリティを強く感じながら生活しています。
高校生になるK君が、「貧困問題を勉強したい時に、どんな本を読んだらいいでしょうか?」と質問してきました。そこで「本を読む以外、どんな学び方があると思う?」とたずねると、彼は「貧困の人が多く住む地域を歩いてみる」と答えました。でも、それは見ることであって、理解することではありません。
そこでK君に「では、まったくお金を持たずに100キロ先の町に行く方法を考えてみて」とまた質問をしてみました。1日かけて考えた彼は、ヒッチハイクを思い付き、恥ずかしさを押し殺してメッセージを掲げ、国道脇に立とうと考えたのですが、実際に車に乗ることはかなわなかったそうです。
これで貧困が分かるわけではありません。しかし、お金がない暮らしを体験したことのまったくない若者が、恥ずかしさといったハードルを前に、お金のないことの辛さを感じたことは事実です。
今の親世代は、子どもの時に「外にばかり遊びに行くのでなく、たまには家の中で読書しなさい」などと言われたかもしれません。しかしこれからは「家の中にばかりいないで、外に出て遊びなさい」と子どもに言わねばならない時代なのです。
■「親の夢を託された子ども」が受ける傷
子どもが生まれると、多かれ少なかれ、親は頭の中に子どもの将来を思い描きます。中には親自身の夢を子どもに託し、実現してもらいたいと強く願う親もいます。自分が果たせなかった夢も頑張れば叶うと信じ、つい過干渉になり、それで子どもに親の望む事を強(し)いてしまうのです。
もちろん、その願いと子どもの夢や特性が合っていればいいのですが、うまくいく話ばかりではありません。親の側が勉強や習い事に一所懸命でも、一向に伸びない子どもは必ず出てきます。
そんな子どもを前に、夢を託した親は、一層強い圧力をかけがちです。抵抗できない子、もしくは頑張っても絶対に越えられない壁を前にした子は、受け身となり、自信と意欲を失っていくわけですが、それがさらに親のイライラを招いてしまう。
この時期、強く責められたことが心の傷となり、大人になって引きずる人もいます。パターン化した勉強や運動を強制されて、それには秀でたとしても、自由に、能動的に動くことに強く恐怖を感じる人もいます。さらには親に反発して争いを招き、家庭内暴力に発展する家族もあります。
これらの状況に至った場合、いずれにせよ、親が築いた壁が高すぎた、と言えるでしょう。
■「電車で靴を履いたままシートに足を載せた子」に注意できるか
また、子どもの可愛さから過保護になる親もいます。
可愛いから、子どもの要求はできるだけ叶え、何もかも親が先回りしてやってしまう。その上で本当に優しい、争いを避ける親に育てられると、今度は、家の中にまったく壁のない状況ができあがってしまいます。
確かに、罰は行動を一時的に抑制するに過ぎませんし、褒めて育てることが良いと多くの子育て本には書いてあります。しかし、子どもは素直でおとなしい時ばかりではありません。多くの場合、わがままを言って暴れるので、叱らなければいけない時も必ずあります。
電車で靴を履いたままシートに足を載せ、窓の外を夢中で眺める幼稚園児とその親がいたとします。その場合「やめなさい」と叱り、行動そのものをやめさせる親、「靴でシートを汚したらいけないよ」と諭す親、「ほかの人に怒られるからやめようね」となだめる親、黙ってそっと靴を脱がす親と、対応は色々でしょう。
もっとも親子の間に波風を立てずに収めるのは、そっと靴を脱がすことかもしれませんが、それでは、子どもは何も考えることなく成長してしまう。つまり、先回りする親のせいで、壁がない生活が続いてしまうのです。それで、いざ学校や社会から強く注意されると、子どもが傷つき、泣いて帰ってきたと怒り、クレームをつける親もいます。
でもそういう時には、どうしてそうなったのか、まずは子どもと一緒に考えてほしい。そして傷つけたいから注意されたのではなく、必要だから指摘を受けたのだと受け止めてほしいのです。
■「過保護すぎる親の子」が挫折した時の悲劇
もし過保護のために親子の意識が一体化していると、なかなかそうもいきません。だからこそ、どこかで親と子が別々に、客観的にその状態を眺める必要もあるでしょう。そうしなければ、何かあった際に、親子ともども追い詰められてしまいかねませんし、子どもは親がいない場面で、大変に戸惑うことになります。
万が一、外の集団生活の中で指摘されて傷つき、そのまま家に籠もるようなことがあれば、状況はより複雑となります。
学校で不適応を起こした子どもを守るべく、必死に支え、生きる希望を失って死にたいという相手に寄り添い、機嫌をとるために好きなものを買い与えることで安定を保つことができても、それは閉じた安定の中で適応しただけです。
もしその先で親から「自立しなさい」と言われる時がきても、本人はどうしていいか分からないから、暴れ出してしまいます。まして青年期に入ってしまえば、修正はより難しくなります。
■子どもには適度な“壁”が必要である
最近では、80代に差し掛かった親が、50代の引きこもった子どもの面倒を見ている、という現象が起きていて、「8050問題」などという言葉が生まれました。これなどは、子どもの頃に社会に弾き出された子どもを親が心配し、保護的に育てた結果なのでしょう。
もちろん、ある時期がきたら自立するように促すつもりだったのでしょうが、その力は育たないまま、子どもはすっかり中高年になってしまったとも言えます。
内閣府などの発表によれば、中高年の引きこもりの数は、数十万人に至るとされていますが、その状況を見ても、社会に適合するため、子どもには適度な壁を用意してあげることが重要だとあらためて感じています。
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東京大学 先端科学技術研究センター 教授
1956年、山口県生まれ。東京大学先端科学技術研究センター人間支援工学分野教授。広島大学大学院教育学研究科博士課程後期単位修得退学後、カンザス大学・ウィスコンシン大学客員研究員などを経て現職。異才発掘プロジェクトROCKETなどICTを活用した社会問題解決型実践研究を推進。著書に『どの子も違う 才能を伸ばす子育て 潰す子育て』(中公新書ラクレ)など。
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(東京大学 先端科学技術研究センター 教授 中邑 賢龍)
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