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「まだ炎上ではない」視聴者からの抗議電話をスルーしたCM制作者が今も後悔すること

プレジデントオンライン / 2021年6月10日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chainarong Prasertthai

テレビのCMやインターネットの広告で炎上が起きるのはなぜなのか。クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏は「炎上するのは世論が厳しいからではなく、想像力不足で人を傷つけているという判断ができていないから。私にも痛恨の思い出がある」という――。

※本稿は、鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)の一部を再編集したものです。

■「世の中が厳しくなった」のではない

ネットやSNSの普及によって炎上問題が大きくなっています。この炎上対策ですが、お客様の心に相談することで解決できるのではないかと思っています。

炎上は気の毒な炎上と、当然な炎上に大別できます。炎上時、関係者は「世の中厳しくなってきたからなあ」と世の中のせいにしがちです。思うに、世の中が厳しくなったのではなく、真っ当な社会になったのです。昔は少々の差別を大目に見ていたものを、やっぱり人は平等であるべきだというように、社会が正常になっていると理解すべきでしょう。

クリエイティブと一言で言っても、その種類によってお客様が評価する厳しさの度合いが異なります。お客様が自分の意思でお金を払って見るもの、例えば映画では、殺人シーンが描かれていても、怒る人はほとんどいないでしょう。

一方で無料のコンテンツは厳しくなります。地上波のテレビ番組は映画に比べて厳しさが増しています。それでも、自分の意思で番組を選ぶので、制限の中で殺人シーンが許されます。無料コンテンツで最も厳しいのは広告です。殺人は絶対に許されません。

■ほとんどは勉強不足と準備不足にある

それほど厳しい理由は、第1にそのコンテンツは、見る人の意思に関係なくお金の力で見せてしまうからです。自分の意思で見たくないものが目の前に飛び込んでくると、腹立たしさも倍増するから厄介です。制限がかかってしまうのも致し方ないと割り切って向き合うしかないでしょう。そういう種類のクリエイティブだという自覚が必要です。

表現の制限がある広告で炎上が起きる原因のほとんどは勉強不足と準備不足だと断言します。広告を作るうえでは著作権・肖像権、出演者や製作者との契約があります。ここを考慮しない炎上がいくつかありました。これは正直、論外な話だと思います。

次に表現するに当たって公正取引の表示法というものがあります。これもルールですので守るしかありません。これに違反して炎上しているものをときどき見かけます。残念ながらネット広告は炎上していなくてもグレーなものが数多くあるように思います。

■テレビにあってネットにはないもの

クリエイティブの表現規制が最も厳しいのはテレビです。出稿に当たっては「考査」と呼ばれるテレビ局による審査が、かなり厳密に運用されています。ただし、放送倫理基準には「差別はいけない」としか書いておらず、どこが差別に当たるのかというものを制作側が試行錯誤しなければいけません。

さらにテレビ局ごとに考査の審査基準が異なり、もっと言えば同じテレビ局でも考査する人によって基準は変わります。全くもって曖昧な世界のため、私はこれまでに何度もテレビ局と口論してきました。

ただ、放送するに当たり、説明責任は放送局と広告主の両方にあり、視聴者からのクレームや意見にちゃんと向き合う必要があるので、考査をすること自体が悪いわけではありません。ちなみにテレビで放送されるものは、この考査を通過しているので問題ないのですが、考査のないネットの世界で炎上を起こしているものは、実はこの放送倫理基準に沿っていないケースが少なくありません。

さて、一番難しいのが難関の考査が通ったにもかかわらず、世の中からバッシングを浴びる広告が生まれることです。これは倫理や心の問題になってきます。

■強い印象で、商品もアピールできたが…

私にも痛恨の思い出があります。2007年に放送した「ムシューダ~テニス編」というテレビCMです。最終的に放送中止にせざるを得ませんでした。それはこんな内容でした。

大観衆が見守る中、センターコートではテニス(女子シングルス)の決勝戦が行われている。強豪チャンピオンと日本人の挑戦者が一進一退の死闘を繰り広げる中、なぜか日本人選手は両手で背中を押さえながらプレーをしている。ラケットはなんと口でくわえて、一歩もひけをとらない力強いストロークでスマッシュし、勝利! 日本人選手は思わず、両手でガッツポーズ。その瞬間、背中に2つの虫食い穴があるのが発覚。虫食い穴を見られたくなくて、背中を両手で押さえていたのだった。

テニスのハードコート
写真=iStock.com/mbbirdy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mbbirdy

作品のクオリティーは高く、シンプルで強い印象を残すテレビCMでした。防虫剤らしい商品訴求力もあります。しかし実は、企画段階からどこかモヤモヤした違和感を覚えていました。制作陣とそのモヤモヤについて議論を重ね、最終的に日本人選手がにっこりと微笑むシーンでCMを終えることで解決しようとしました。

今思えば、技術論でごまかし、自分の中の違和感から目を背けたのだと分かります。当時の自分はまだ、本当の意味でクリエイティブディレクターではなかったのです。

■自分がいかに想像力が足りなかったか

放映後、しばらくしてからエステーのお客様相談室に1本の電話が入りました。

「テニスのCMを拝見しました。私は身体障害者手帳を持っております。特に何かが言いたいわけではありません。ただ、悲しい気持ちになりました」

愕然としました。「絶対に人を傷つけない」と決めていたのに、間違いなく、その方の心を傷つけてしまった。なのに、私がとった行動は往生際が悪いものでした。経営陣から「取り下げた方がいいのではないか」と言われたのに、「まだ問い合わせ件数は少ない」「発表したからには、最後まで乗り切りたい」と粘ってしまったのです。

鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)
鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)

しかし、その一方で迷いもありました。ある病院関係者の知人に電話をかけ、事情を説明すると、相手は諭すように教えてくれました。

「この世には、道具を口にくわえなければ生活できない方がいる。そういう方の中には20歳ぐらいの若さで亡くなる方もいる。そうと分かっていても、一生懸命生きている人がいる。鹿毛さんはそういう人と直接接していないでしょ? だから分からないんだよ。道具を使いたいときに、口にくわえるしかない人の気持ちが……」

「でも、私らだって切符をくわえるじゃないですか」
「切符は道具ですか?」

その言葉を聞いて、自分がいかに想像力が足りなかったかを思い知ります。テレビ局の考査を通過して、クレーム件数が少なかったとしても、人を悲しませる映像を放送したことは紛れもない事実です。そのことに気付き、テレビCMの放送中止を決断しました。

■クレームという言葉にある「罠」

それからしばらくの間、私はCM作りに携わることが怖くて仕方ありませんでした。だから世の中の炎上した人の気持ちはよく分かります。しかし、炎上するのは世論が厳しいからではなく、明らかに自分の想像力の足りなさで人を傷つけているという判断ができていなかったからだとも思います。この心の問題は、自分の心を使っていろんな人たちになりきって想像することが解決につながると信じています。

「炎上しそうだからやめよう」とクリエイティブを捨てるのは本末転倒です。守るための準備をすることで、エステーのテレビCMは成立してきました。おかげで、このテニスのテレビCM以外は、18年間の仕事の中で炎上やクレーム騒ぎは起きていません。

クレームという言葉にも罠があります。本来の英語での意味は「主張する」です。正しい主張には耳を傾けなければいけませんが、自分のストレス発散や愉快犯的ないわゆる「言いがかり」も実際には存在します。その言いがかりには屈してはいけません。ネットの世界での言いがかりにどう対処するかは、放送する側がそれにちゃんと真っ向から説明できるように準備することが求められています。

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鹿毛 康司(かげ・こうじ)
クリエイティブディレクター
株式会社かげこうじ事務所代表、マーケター。早稲田大商学部卒業後、雪印乳業を経て、2003年にエステー入社。同社を日本有数のコミュニケーション力のある企業に導く。同社執行役を経て、2020年に独立、かげこうじ事務所を設立。代表作は消臭力CM。11年震災直後の「ミゲルと西川貴教の消臭力CM」で一大社会現象を起こす。現在、グロービス経営大学院 教授、エステー コミュニケーションアドバイザー、日経クロストレンド アドバイザリーボードメンバー/Ad-tech 東京ボードメンバー。著書に『愛されるアイデアのつくり方』(WAVE出版)、『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)などがある。

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(クリエイティブディレクター 鹿毛 康司)

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