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トヨタ生産方式の真髄とは「靴ひもの結び方を口で説明すること」である

プレジデントオンライン / 2021年6月11日 9時15分

アルゼンチン・ブエノスアイレス州サラテ市のトヨタ自動車工場で働く作業員ら=2021年3月15日 - 写真=EPA/時事通信フォト

トヨタ自動車の強みは「トヨタ生産方式」にあるといわれる。その特徴とはなにか。文筆家の松浦弥太郎さんは「『トヨタ物語』(日経BP)に、『靴ひもを結べるかい。じゃあ、今度はそれを口で説明してくれるかい』という言葉が出てくる。ここにトヨタ生産方式の強さがあると思った」という。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが聞いた――。

※本稿は、野地秩嘉さんのnote「松浦弥太郎氏がトヨタの強さから得たもの(前編)|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第13回」の一部を再編集したものです。完全版はこちら。

■「友達3人にも送りました」

——このたびはドキュメンタリー映画の初監督作品『場所はいつも旅先だった』の劇場公開が決定したそうで、おめでとうございます。

【松浦】ありがとうございます。世界5カ国・6都市を旅しながら撮影してきました。2021年10月29日から公開予定です。

——作品にはきっと車が出てくるのでしょう。松浦さん、ポルシェが好きだから。

【松浦】ポルシェではありませんが、マルセイユのタクシードライバーが出演しています。

——各国の車の話も面白そうですが、今日はトヨタのお話を。

【松浦】野地さんと知り合ったのは数年前になりますか。親しい知人の紹介で、まあ3人でいろいろな話をする機会があって、それから半年に1度くらいの感じでごはん食べに行ったりとか……。

『トヨタ物語』を執筆されていたのも聞いていました。で、本をすぐに読んで、ある感銘を受けたこともあり、友達3人に本を買って送ったんです。

■トヨタはどうやってスケールアップしたのだろう

——ありがとうございます。どういう感銘でしたか?

【松浦】僕はアナログな『暮しの手帖』から、ITのクックパッドに入って、暮らしや仕事の楽しさや豊かさ、学びについて発信する「くらしのきほん」というウェブメディアを立ち上げ、続いてヘルスケアをテーマにした「おいしい健康」というスタートアップ事業を手がけ、次は映画監督。常に何か新しいことを求めている。

今までにない新しいことにチャレンジして一生懸命やっているわけですが、そういった生活のなかで、この本を読んで非常に感動したんです。

トヨタという日本を代表する企業がどういったスタートアップで、どのようにスケールアップしていったかというのは、これまで身近でありながらも詳しく知る機会がなかった。

だから、企業というものは成長していくものなんだな、それもある種のリーダーシップや意思決定によって、前に一歩一歩進んでいくのだなということをあらためて知りました。

■子どもの頃の後輩から手紙をもらったら…

【松浦】4歳年下の、ある後輩がいるんです。彼にも野地さんの本を送りました。

彼は子どもの頃、可愛がって、一緒に遊んでいた後輩です。ずいぶんと会っていなかったのですが、ある時、「弥太郎兄さんお元気ですか」って、突然、手紙をもらったんです。

「弥太郎兄さんの活躍をいろんなところで見てます。だから手紙を書かせていただきました」

それから文通が始まるわけです。発信元は北海道でした。東京に来たら、もしくは僕が北海道に行ったら飯でも食おう、とやりとりしていて……。

それで、僕もうっかりわからなかったのですが、住所が旭川なんです。グーグルマップで住所を調べたら何もないところで、おかしいなあと思って拡大していったら刑務所でした。

——刑務所の中から手紙をもらっていたんですね。

【松浦】はい。僕はあらためて手紙を出しました。

「悪かった。何も知らずに飯食おうとか、世間の話をしちゃったけど、君がそこにいることは調べてみたらわかったんだ」

そうしたら、彼から返事がきました。

「僕は道を外れてしまい、今はこういうところにいる。無期懲役です。しかし、自分は世間に誤解されている、罪を着せられている」

そういう孤独な世界の中にいる後輩と私は今も文通を続けています。言葉で言うのは簡単だけれども、精神を正常に保つのさえ過酷な環境でしょう。そこにずっといなくてはいけない男なんです、彼は。

文筆家の松浦弥太郎さん
文筆家の松浦弥太郎さん

■刑務作業でカイゼンをやろうと

ただ、一方で、彼は非常な読書家になりました。法律書から何から何でも読んでいる。本が好きだというから、僕はいつも本を送ってあげているのですが、『トヨタ物語』と、これもまた野地さんが書いた『高倉健ラストインタヴューズ』(プレジデント社)をセットで送ったんです。彼はすごく感動して、感想をくれました。

「やっぱり働くということは、何かを発明することなんだ」と。

彼は刑務所のなかでは模範囚でモノを作っているんですよ。そして、この本を読んで、「やっぱりカイゼンだ」と言って、旗を振っている。トヨタ生産方式だ、カイゼンだとやっているようなんです。自分はリーダー格だから、自分が看守に監視されてふてくされて仕事をしていてはいけない。もっと工夫したり、もっと観察をして、もっといい仕事の方法を自分で発明していく。

そういうことが手紙のなかに書いてあって……。でも、こういう話はまずいのかなあ。

——いえ、トヨタの人たちにもちゃんと伝えます。

■どんな環境にいてもモノづくりの人には響く

【松浦】世の中にはある種、センシティブな人がいるでしょう。僕はちっとも恥ずかしい話とは思っていないけれど、センシティブな人から見れば、「松浦は刑務所に友達がいて、そんなのと文通してる」みたいに取る人もいる。でも、僕にとってはいつまでも後輩ですし、幼なじみですし、何年もずっと文通を続けているんです。

いつか、会える日が来るかもしれないのだから、文通して、自分が感動したり、もしくは自分が学んだ本を送ってあげたい。だから、彼が過酷な環境のなかで、トヨタの生産方式を参考にして、モチベーションを高めてがんばってるというのは非常にうれしいことです。

この本、どんな環境にあっても、モノづくりの人にはやっぱり、いい話なんです。いや、ほんとに読んでよかったなあと思います。

■創業期が現代のスタートアップとは違う

【松浦】この本はまず、トヨタの草創期から現在までの非常に正確な記録としても読むことができます。そして、(トヨタ生産方式を体系化した)大野(耐一)さんという人の偉大さ。それを野地さんが僕の横で話してくれていると感じます。だからこんな分厚くてもあっという間に読むことができる。

——嬉しいお言葉です。

【松浦】読み終えて、僕はもう1回、野地さんの話を聞きたいと思って、また読んで、今回、インタビューに答えるので、また読みました。3回、読んだわけです。なかなかこれだけの厚さの、400ページを超える本を3回読むって大変ですよ。いくら読書好きといっても、日々の仕事もありますしね。

でも野地さんが真横に座って僕に話をしてくれている。そんな感じを持たせてくれる文章だから、あっという間でした。

あと、この本に描かれているトヨタが豊田喜一郎という、ひとりの人間から始まっていて、それがどういうふうにスケールアップしたのかは、今の若い人は新鮮に感じるんじゃないかな。今のIT企業などを見ると、スタートアップから成長までが早いでしょう。でも、トヨタは着実に、盤石に進んできた。そういう例もあることを知るのは逆に新鮮でしょう。

■「1日に10回、手を洗え」の本当の意味

1987年でしたか、『エスクァイア』の日本版が創刊されて、世界の実業家とか、世界に影響を与えた人のインタビューが載っていました。そのなかにはアップルのスティーヴ・ジョブズのインタビューなどもありました。でも、僕が覚えているのは(トヨタ名誉会長の)豊田章一郎さんが社長時代のインタビューでした。章一郎さんがトヨタと、父でありトヨタ創業者の喜一郎さんについて、ある遺訓を語っていたのです。

「1日に10回、手を洗え」

それは何かといえば、どんなポジションであっても、現場を見ろと。現場に出て、自分の手で触れ。モノを実際に触ることがすごく大事だ、と。事実をつかむには、自分の手で実物を触れ。自分で持てば重さもわかる、温度もわかる。

喜一郎さんは自分の手を汚せ、1日に10回くらい手を汚し、洗わないとトヨタはよくならない、成長もしない、と……。

手を洗う
写真=iStock.com/Stígur Már Karlsson/Heimsmyndir
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stígur Már Karlsson/Heimsmyndir

僕はずっと覚えていました。実にいい話ですよね。それが『トヨタ物語』を読んで、意味がわかった。喜一郎さんがこだわったジャスト・イン・タイムという思想も、(喜一郎氏の父であり、トヨタグループ創始者の)豊田佐吉さんが提唱した自働化の意味も分かった。

■リーダーが現場に寄り添うトヨタの原点

『エスクァイア』には佐吉さんの遺訓もありました。

「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」

喜一郎の遺訓と、佐吉の「つねに時代の少し先を行け」という遺訓。そのふたつが合体したものがトヨタの原点なんだなあと。それは僕のなかにはすでにインプットされていたことでした。それもあって、この本を読んで、確信することができた。

——リーダーが現場に寄り添ってますね。

【松浦】ええ、リーダーは部下たちを見ていて、離れない。

——離れないという表現、しっくりきます。(トヨタ生産方式を体系化した)大野(耐一)さんが部下に「この丸のなかに立って見とけ」と、今だったらパワハラと言われそうな場面があります。だけど、そういうふうに丸を描いて、ここから見るんだぞ、と教わるってすごいことだと思うんですよ。大きな工場のなかで、そこから見れば必ず何か大切なことが見えてくるぞ、と導いてくれているわけですから。

【松浦】ものすごいことです。お前の仕事は「見ること」だと教えている。

それが仕事であり、成果はそのなかから生まれる。成果が上がると、プライドが生まれ、みんな元気になる。

■変化に抵抗せず、どうしようかと考えること

【松浦】今は何でも答えを教えてしまうことが増えている。それは一見、効率的なようでいて、失ってるものもある。トヨタという会社は現場で見ること、学ぶことで組織を強くしている。そういうことをこの本は教えてくれています。トヨタがすごいなと思うのは、生産方式なり、カイゼンなりが、どんな業種でも通用するということ。

——そうですね。トヨタは今、車を作っているけれど、別のものを作っても……。

【松浦】そう、車を作っているけれど、作っているものは別。いわば何でもいいものを作れる会社なんですよ、トヨタの生産現場は。

そして、やっぱり大野(耐一)さんはすごいなと思いました。大野さんは何事に対しても肯定的に理解しようとしている。どんな人に対しても、どんな意見にも、どんな出来事にも全肯定なんですよ。そこが強い。

僕らはどうしても抵抗したくなる。抵抗してから受け入れたりする。でも、大野さんは全肯定の生き方です。何が起きてもいったんそれは受け入れて、抵抗せずに、では、どうしようかと考える。その心持ちや生き方にはものすごく感動します。

指導に対してもあきらめがないでしょう。あきらめを持とうとしない。

■成功の反対は「失敗」ではない

——終わりがない。

【松浦】終わりがないんです、ずーっと終わりがない。でも、経営ってそういうもんじゃないですか。人に対しても事業に対しても、あきらめないし、終わりがない。そう、あきらめないということを会社のある種の社風にしたことは、ほんとうに日本人として誇れる企業だと思いますよね。

——大野さんは失敗をとがめだてしません。

【松浦】ええ、大野さんは寄り添うリーダーですね。失敗をするからやめろとは言わない。とにかくいろんなことを経験させる。社員はみんな経験不足なんです。

——小さな失敗をたくさんさせてあげるって大事なことですね。

【松浦】大事ですよ。人間が成長していくタネになりますからね、失敗というのは。

僕には好きな言葉があります。アメリカへ行ったとき、ある友人から言われた言葉ですが、「成功の反対は失敗じゃない。成功の反対は何もしないことだ」と。

ショックでしたよ。なるほど、成功の反対というのは何もしなかったことなんだ、と。何もしないということは価値がないんだ。それは要するに経験をしろということでしょう。

失敗は学びですから、非常に価値があるんです。それに比べて、無関心は良くない。今、無関心な人が多いんじゃないかな。自分のことにだけ関心を持って、周り、環境、会社、横で起きてること、後ろで起きてることを少しも見ようとしない。失敗しようとしない。

でも、社会に対する関心を持たないと自分の仕事のモチベーションにはなりません。自分に関係ないことなんてこの世の中にないんです。地球の裏側で起きていることだって自分に関係している。もっと関心を持って、それを自分の手で触りに行こうよという態度が大事なんです。

■金の流れまで把握するのがモノづくりだ

大野さんの言葉でけっこうガツンときたのが、モノをつくるだけじゃなくて、代金を回収するまでのタイムラインを見て、そのタイムラインを限りなく短くするんだと言っていることです。

——モノづくりというと、いいものができるまでしっかりやれみたいな話が多いですね、一般的には。

【松浦】そう。さっきの無関心につながる話なんです。モノづくりをしていればそれでいいという態度は無関心そのものです。

「俺はこれだけいいものを作ってるから、あとはお前らが売ってこい」

一見、カッコいいかのようだけれど、次の元手となるお金を稼がなければ、もっといいモノは作れない。モノづくりの現場にいても、お金が返ってくるところまで関心を持つ。お金の流れをしっかり把握することも……。

——モノづくりの仕事。

【松浦】そうです。そしてもうひとつ、本書の言葉で勉強になったことがありました。エリヤフ・ゴールドラットという学者が言ってます。

「靴ひもを結べるかい。じゃあ、今度はそれを口で説明してくれるかい」

これもすごい。これだけで僕はおそらく3年ぐらい楽しめる。靴ひもの結び方を口で説明できるようになることは自分にとってひとつの課題になりました。

靴ひもを結ぶビジネスパーソン
写真=iStock.com/Dobrila Vignjevic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dobrila Vignjevic

■自分の手を汚し、自分の手で触る大切さ

【松浦】僕は今ベンチャーでスタートアップ企業の経営をやっていますが、大切なことは、ユーザーに伝える、社員に伝える、経営者同士でさまざまな話を伝えていく……。

いかにわかりやすく、人に伝えるかは大きな課題なんです。靴ひもの結び方を口で伝えられるかどうか。その問いに、あらためて考えさせられました。

——自分がやれることを人に伝えるのがいかに難しいか。

【松浦】やれることと教えることは違うんです。そして、あとはやっぱり情熱ですね。人に教える時に、間違いを恐れていたら意見はできない。もし、間違えていたら、このあいだ言ったことは間違いでした。申し訳ないと伝えればいいだけの話なんです。でも、それがいちばんできない。僕らみたいな若い者は特にできない。頭を下げるという、ひとつの方法でさえ、下手をすると失いがちになるんですよね。

やはり、自分の手を汚すこと、自分の手で触ることがもっとも大事なんですよ。僕らは今、「おいしい健康」というヘルスケアをテーマとしたアプリサービスを提供していますが、医療従事者とか患者とか現場の人に会って、そこを見て、そして、話を聞く。

この本のなかにも「わからないことがあったら現場の人に聞け」とあるけれど、まったくその通りです。机上で考えるのではなく、出かけて行って患者さんや健康不安を持ってる人の話を聞く、そして、ドクターからも話を聞く、学会に行く……。僕らはそればかりやっている。でも、その態度を失ってしまったらもう何も新しいことは作れない。

■これは人にやりがいを与えるしくみだ

——機能的にはプログラムができたとして、でも、使う側にしてみたら、現場の感覚が入ってないものは信頼できません。

【松浦】結果的にはやはり情報収集なんですけれど、それはネットで集めてくるものではない。やっぱり手を汚す、手で触ることなんです。アイデアにつながる情報とはバーチャルなものではなく、自分が経験した、自分が手で触ったものがどれだけあるかということなんです。把握の先にある熟知。それが成功の秘訣じゃないのかな。

——リーダー、経営者もそうですが、現場の人もなんとなくわかったつもりにならずに、あれっ、これもしかしたらこんなふうにできるかもって考える人が一人二人と増えていったら、企業が、日本が変わる気がしています。

【松浦】変わりますよ。だからたぶんトヨタの工場って、何事かに熟知した詳しい人だらけなんでしょうね。そして、詳しい人には誰も勝てないんです。社長でさえも。

僕はこの本を読んでほんとうによかった。僕の幼なじみが大変な状況にあっても、トヨタ生産方式に取り組んでがんばってくれてるというのもすごくうれしい。人にやりがいを与えるしくみということなのだから。

ここに書いてあることは「俺には無理」じゃないんです。「あ、俺にもできるぞ」ということなんです。だから、トヨタ生産方式は世界中で共有できたんです。誰でもできる。それを知ることが、やろうという気分につながるし、元気になりました。読後感のいい本でした。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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