「史上初の日本人対決で敗北」畑岡奈紗に伝えたい"敗北したゴルファーのその後"
プレジデントオンライン / 2021年6月9日 18時15分
■笹生優花の「勝利」の陰に、畑岡奈紗の「敗北」がある
女子ゴルフの海外メジャー、全米女子オープンで笹生優花(19)が優勝した。2位になったのは畑岡奈紗(22)。2人の日本人選手がサドンデス・プレーオフで勝敗を決するという史上初の展開を、日本のみならず世界各国のゴルフファンが固唾を飲んで見守った。
19歳11カ月7日で大会を制した笹生は史上最年少優勝。笹生の素晴らしい「勝利」は疑うべくもない。ただ、今回はその陰に隠れる形になった畑岡の「敗北」について紙幅を割きたい。
6月6日。全米女子オープン最終日の終盤、畑岡には勢いがあった。首位から6打差の6位で最終日を迎えた彼女は、終盤に猛追をかけ、ついには首位を捉えて後続組のホールアウトを待った。
一方、首位と1打差で最終日を迎えた笹生は、序盤から2連続ダブルボギーを喫して大きく後退したが、終盤の連続バーディーで巻き返し、畑岡と並んだ。
そして2人はサドンデス・プレーオフへ突入。3ホール目でバーディーパットを沈めた笹生の勝利が決まった。
■ジャンボ尾崎「素晴らしい2位であった」
畑岡は敗北を喫しても、メディアの取材にきっちり答える優等生だった。そして、心から勝者を讃えるグッドルーザーでもあった。
「優花ちゃんとはジュニア時代から同じフィールドで戦ってきたので、簡単には勝たせてくれないとは思っていました。優花ちゃんの攻めのプレーも本当に素晴らしかった」
そして、敗北しても、卑屈にはならず、顔を上げ、毅然と胸を張った。
「(首位から)6打差がありましたけど、伸ばせばチャンスはあるのかなと思って、最後まで諦めずにできたのは良かった。6打差ある中でプレーオフに進めたのは良かった。ピンチが続く中でも諦めずにプレーできたのは良かったです」
笹生を指導する尾崎将司は「最大の賛辞を送りたい。素晴らしい2位であった」と敗北した畑岡を讃えた。
その通り、畑岡はよく耐え、よく伸ばし、ネバーギブアップのゴルフを見せてくれた。難コースのオリンピッククラブで4日間をアンダーパーで回り終えたのは、わずか5人。その中でもベストスコアとなる4アンダーで回ったのは、笹生と畑岡だけであり、プレーオフでどちらが勝つか負けるかは、本当に紙一重だった。
ジャンボ尾崎の言葉通り、それは「素晴らしい2位」だった。
■12年間、メジャーで勝てない日々を過ごしたミケルソン
しかしながら、勝利を目指すアスリートにとって、やっぱり2位は2位にすぎず、どんなに惜しい負け方であっても、負けは負けなのである。
畑岡には2018年の全米女子プロでも首位と9打差の23位から猛チャージをかけてプレーオフに持ち込み、敗れた苦い経験がある。今回は6打差からの猛追でプレーオフに持ち込み、今回も敗れた。
メジャーに勝ちたい。メジャー・チャンピオンになりたい。その願いがかないそうで、なかなかかなわず、それでも毅然と前を向く畑岡の姿を目にしていると、思い出されるのは、男子ゴルフ界の先人たちのメジャー惜敗のシーンだ。そして、多くの場合、その惜敗の過程には「よりによって」と恨みたくなるようなアンラッキーがあった。
ここでは2人の先人の名前をあげたい。今年の全米プロで優勝したフィル・ミケルソンと、昨年のマスターズを制したダスティン・ジョンソンだ。
かつて「メジャー・タイトル無きグッドプレーヤー」と呼ばれ続けていたミケルソンは、プロ入りから実に12年間、メジャーに勝てない日々を味わい、2004年マスターズでようやくメジャー初制覇を遂げた。
しかし、彼が「一番勝ちたい」と願い続けている全米オープンでは、6度も優勝に王手をかけながら、ことごとく敗れた。
■今年の全米プロを制覇して、史上最年長メジャー優勝に
最も印象的だったのはウイングドフットで開催された2006年の全米オープンだ。最終日の18番でミケルソンが打ち放ったドライバーショットは大きく左に飛び出し、「よりによって」コース沿いに立ち並んでいたコーポレート・テントの屋根に当たり、大きく跳ね上がって木々の間の見通しの悪い位置に止まった。そこから無理にグリーン方向を狙った結果、ミケルソンは自滅し、目前だった勝利を逃した。
あの惜敗のビターな味わいは、今でもミケルソンの胸の中に残り続けているという。
だが、苦い経験があった一方で、彼は2004年のマスターズ制覇を皮切りに、次々にメジャー・タイトルを獲得し、今年の全米プロを50歳11カ月で制覇して史上最年長メジャー優勝を達成。メジャー通算6勝目を挙げた。
勝てそうで勝てなかった苦しい時代を乗り越えた先には、素敵な未来が待っている。そう信じれば、苦い敗北も糧になる。
■世界ランキング1位のDJが経験した「2罰打」の悲劇
やはりメジャー惜敗を繰り返していたダスティン・ジョンソンは、2010年の全米プロの72ホール目で悲劇に見舞われた。2打目を打つ際、彼はウイスリングストレイツの中に無数に広がる巨大なバンカーの中にいることに気付かず、ベアグラウンド上だと思ってソールした。
ギャラリーに踏み固められ、ゴミまで散乱していたその場所が、まさかバンカー内だったとは誰も思わず、ジョンソンもまったく気づいていなかった。「よりによって」そんな場所に彼のボールが止まったことは、どうしようもないほどのアンラッキーだった。
ホールアウトし、サドンデス・プレーオフに挑もう、勝ち抜こうと戦意を燃やしていたジョンソンは、ルール委員から「バンカー内でソールしたから2罰打だ」と言い渡され、目の前のプレーオフ進出は、突然、かなわなくなった。
そんな「悲劇」を乗り越えたジョンソンは、今、世界ランキング1位の王座に君臨している。2016年全米オープンを制してメジャー初制覇を遂げると、昨年はマスターズを制し、メジャー2勝目を挙げた。その勢いに翳りは見られない。
今はまだ勝てそうで勝てていない畑岡にも、その迷路から抜け出しさえすれば、光り輝く未来が、きっと訪れるはずだ。
■17歳で日本女子オープンを制した畑岡奈紗への期待
畑岡の歩みを振り返れば、2016年に17歳のアマチュアにして日本女子オープンを制し、プロ転向した彼女は、2017年から米ツアーに挑み始め、2018年6月にアーカンソー選手権で初優勝。同年11月にはTOTOジャパン・クラシック、2019年3月にはキア・クラシックを制し、米ツアー通算3勝を挙げた。
鳴り物入りでプロ転向したとき、日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)の小林浩美会長は「畑岡奈紗は逸材ですから」と太鼓判を押し、「大きく育ってほしい」と願っていた。
母国のゴルフ界、そして大勢のファンからの大きな期待を担い、もちろん自らも勝利を目指し、メジャー優勝を渇望し、しかし、その想いがなかなか実現されない歩みは、歯痒いだろうし、悔しいだろう。
歯痒さや悔しさを噛み締めながらも毅然としていること、気丈であり続けることは、とても苦しいだろう。
もしかしたら、かつてのミケルソンがそうであったように、若干の遊び心を取り入れてみたり、ときには感情を露わにしてみたり、そうやって何かを変えてみることが、メジャー優勝への「あと一歩」の距離を埋めるヒントになるのかもしれない。
■ジャック・ニクラスが敗者に投げかける「決まり文句」
松山英樹が、一度も付けたことが無かったスイングコーチを生涯で初めて付けたら、10度目の挑戦にして今年のマスターズを制覇したように、「えっ?」「ホントに?」と思うような変化が、迷路から抜け出す突破口になることもある。
答えを見つけ、答えを出し、実践するのは畑岡自身。見守るだけしかできない私たち周囲は、彼女がきっと掴むであろう明るい未来の到来を楽しみに待っていようではないか。
苦しんだ分だけ、喜びは増すはず。耐えた分だけ、楽しさは長く続くはずだ。
「(今は)悔しい気持ちのほうが大きいですけど、これからも試合は続くので、しっかり調整していきたい。まだ全米女子プロもありますし、まだたくさん試合は続く。次こそは、勝てるように頑張りたい」
そう、次こそは畑岡の番だ。そして、次を獲れば、その次も、そのまた次も、きっとあなたの番がやってくる。
ゴルフ界の「帝王」ジャック・ニクラスには、毎年、自身が大会ホストを務める大会で敗者に投げかける決まり文句がある。
「私は優勝した回数より、2位になった回数のほうが、はるかに多いんだ」
ニクラスの言葉が畑岡の耳に届いてくれたら――。彼女の胸に響いてくれたら――。
そんな願いを込めて、この記事を書いた。
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ゴルフジャーナリスト、武蔵丘短期大学客員教授
東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て、1989年にフリーライターとして独立。93年に渡米し、米ツアー選手と直に接し、豊富な情報や知識をベースに米国ゴルフの魅力を発信。2019年から米国から日本に拠点を移す。著書に『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)などがある。
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(ゴルフジャーナリスト、武蔵丘短期大学客員教授 舩越 園子)
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