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「ワタミ支援はモデルケース」官邸の意向を受けた政投銀の"大盤振る舞い"は危険すぎる

プレジデントオンライン / 2021年6月10日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/7maru

■「政府系金融機関としてのタガが外れたようなものだ」

コロナ禍の現在、政府系金融機関である日本政策投資銀行(政投銀)の存在感が高まっている。

日産自動車や三菱自動車への危機対応融資、上場が延期されているキオクシア(旧東芝メモリ)への投融資、全日本空輸(ANA)への劣後ローン供与、近鉄グループホールディングスや丸井グループへの融資、ロイヤルホールディングスの優先株引き受けなど、経営不振にあえぐ中堅・大企業の駆け込み寺となっているのだ。

その政投銀が官邸の意向を受けて3月29日からコロナ禍で特に深刻な影響を受けている飲食・宿泊等をはじめとする事業者に重点的・緊急的な金融支援策を開始した。

注目すべきは、この支援策に合わせて政投銀の基本とされてきた「民間金融機関との協調融資原則」の適用が停止されたことだ。

メガバンク幹部は「政投銀は今後、民間の金融機関が敬遠するリスクの高い案件についても単独で融資できるようになる。政府系金融機関としてのタガが外れたようなものだ」と危惧を口にする。

■「コロナ関連融資」はリーマンショックを上回る規模に

政府は2020年度第2次補正予算でコロナ禍に苦しむ企業支援枠として約12兆円を措置した。このうち半分にあたる約6兆円を政投銀や日本政策金融公庫など政府系金融機関による劣後ローンの活用、残る約6兆円を出資などの枠組みとして活用している。

これに加え、飲食・宿泊など甚大な影響を受ける事業者には、従来の「民業圧迫回避」の原則を棚上げして、政府系金融機関単独で資金を流し込もうとしているわけだ。

すでに政投銀のコロナ関連融資は2020年4~9月で約2兆円に達し、リーマンショック直後半年の実績(1兆4000億円)を上回っている。

しかも、政投銀関係者によれば「今年1月に、従来の縦割りで分けた営業部隊とは別に業種を跨いで提案する渡辺社長直轄の新組織を立ち上げ、企業の相談に幅広に対応している」という。

■「飲食・宿泊事業の審査ノウハウがあるとは思えない」

こうした動きに政府系金融機関のOBが「これは本来、日本政策金融公庫の案件でしょう。日本政策投資銀行には飲食・宿泊事業の審査ノウハウがあるとは思えないんですが……」と心配する。

というのは政投銀が官邸の意向を受けて3月末からコロナ禍で特に深刻な影響を受けている資本金10億円以上の飲食・宿泊などの事業者向けの金融支援策を開始したためだ。劣後ローンの供与はその中心となる施策で、金利は当初の3年間、民間金融機関よりも低い年1%に設定し、4年目以降も最大3%に抑える。

「民間金融機関が提供する劣後ローンは通常年4~5%の金利であることから、まさに破格な大盤振る舞いだ」(メガバンク幹部)。

また、政投銀は3月末に新型コロナ禍で打撃を受けた企業を支援するために飲食・宿泊業向けの支援ファンド「DBJ飲食・宿泊支援ファンド投資事業有限責任組合」を立ち上げ、中堅・大企業が発行する優先株を引き受け始めた。優先株は議決権がないかわりに配当が高い株式だ。企業にとって調達コストは高いが、経営の自由度は保たれる。

■ワタミへの金融支援は政投銀のモデルケース

その政投銀ファンドの第一号案件でモデルケースとされるのが外食大手のワタミへの一連の金融支援だ。

ワタミは5月24日、政投銀が組成したファンドを通じて約120億円の資本増強を実施すると発表した。新型コロナウイルス感染拡大で悪化した財務基盤を強化するとともに店舗への投資に充てるなど、経営の立て直しに取り組む。

ワタミは居酒屋から焼き肉店などへの転換を進めており、調達した資本をもとに今後5年間で計画する計130店の新規出店や業態転換にも取り組む。

ワタミオーガニックランドについて説明する渡辺美樹会長(中央)と、達増拓也岩手県知事(左)、戸羽太陸前高田市長(右)=2021年4月7日、岩手県陸前高田市
写真=時事通信フォト
ワタミオーガニックランドについて説明する渡辺美樹会長(中央)と、達増拓也岩手県知事(左)、戸羽太陸前高田市長(右)=2021年4月7日、岩手県陸前高田市 - 写真=時事通信フォト

2008年のリーマンショックの時もそうだった。融資先の追加与信に二の足を踏む民間金融機関に代わって、急場の資金繰りを支えたのは、「国の政策を受け、一時的に経済合理性を離れて投融資できる」政府系金融機関だった。

リーマンショック直後から日本政策金融公庫と日本政策投資銀行がタッグを組んだ危機対応融資には、日産自動車(500億円程度)、三菱自動車(同)、富士重工業(100億円程度)、などの日本を代表する企業が殺到した。

結果、危機対応融資の当初枠1兆円は、2009年3月末までの4カ月弱で底をつくことが確実となったため、財務省は財務大臣の判断で予算額を最大1.5倍まで拡大できる「弾力条項」を発動し、年1兆円の予算枠に5000億円を追加したほどだった。そして、政投銀による資金供給枠は、低利融資やCP、さらに社債購入まで拡大され、最終的には資金枠は保証も含め15兆円規模にまで膨れ上がった。

■東電の経営を実質的に支えているのも政投銀

さらに政府は、2009年1月に、公的資金を活用して一般企業に資本を注入する制度の創設を決めた。金融危機により一時的に業績不振に陥った企業を国が信用補完し、業務運営の円滑化と経営基盤の強化を狙うもので、産業活力再生特別措置法の認可を受けた企業を対象に、政投銀や民間金融機関などの指定金融機関が企業の優先株取得などで資本支援する仕組みだ。

この企業への資本支援については、仮に出資金が焦げ付いた場合も、政府が日本政策金融公庫を通して5~8割程度を損失補塡(ほてん)することになっているが、裏を返せば、2~5割は指定金融機関が損失を被ることになる。このため民間金融機関は腰が引けた状態で、おのずと出資の担い手は政投銀に限られる格好となった。政投銀の発言力が強まったのは言うまでもない。

そして、極め付きは東日本大震災に伴う東京電力の経営危機だ。福島第一原発事故により原発再稼働が不透明な中、東電の経営を実質的に支えているのは政投銀にほかならない。政投銀はエネルギー政策を人質に取ったようなものだ。

■政府系金融機関の完全民営化が反故にされたワケ

実は、こうした政府系金融機関の先祖帰りは、民主党政権下ですでに準備されていた。

政府・与党は2009年の国会で日本政策投資銀行法改正案と商工組合中央金庫法改正案を提出。日本政策投資銀行法の改正は、2013年~2015年とされていた政府保有株の売却による完全民営化を3年半延期する内容で、完全民営化自体を再検討できる「見直し規定」も盛り込まれた。

その上で、「政府が3分の1超の株式を保有」することが付則で明示された。同様に、商工組合中央金庫法の改正においても2015年までの完全民営化を再検討する付則が加えられている。

要は、与野党とも政府系金融機関の完全民営化を反故にする意向で一致していたわけだ。さらに2015年には、日本政策投資銀行と商工中金を2015年度から5~7年をかけて完全民営化する予定であったものを「当分の間」という表現で、事実上先送りした。政投銀、商工中金の完全民営化はすでに葬りさられたと言っていい。

■AIRDOとソラシドエアの経営統合の陰にあるもの

政投銀は航空業界の再編にも乗り出している。北海道を地盤とする航空会社AIRDO(札幌市)と、九州を拠点とするソラシドエア(宮崎市)の経営統合だ。

両社は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で旅客数の低迷が長期化する中、協業により資材調達や機体整備のコストを削減し地域路線を維持したい考えだ。コロナ禍をきっかけとした国内航空会社の本格再編の動きは初めてとなる。

経営統合に向け来年秋にも共同持株会社を設立し、両社を傘下に置く方向で調整している。実質的な経営統合となるが、2社合併の方式をとらないのは、独禁法上の問題で両社が持つ羽田空港の発着枠などが削られる恐れがあるためだ。AIRDOはボーイング767-300型機と同737-700型機で本州と北海道を結ぶ路線、ソラシドエアはボーイング737-800型機で本州と沖縄、九州などを結ぶ路線を展開している。今回の経営統合の陰には政投銀と国土交通省の人脈が関連している。

新千歳空港に着陸したエアドゥのボーイング767型機
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

両社はともにANA傘下の格安航空会社(LCC)で、政投銀が筆頭株主となっている。「AIRDOの草野晋社長、ソラシドエアの高橋宏輔社長とも政投銀出身。今回の経営統合の陰には政投銀と国土交通省の人脈が関連している。共同持株会社形式の統合を選んだのは、持株会社社長に国交省の有力OBを迎える、天下りポストを確保する意味合いもあるのだろう」(政投銀OB)とみられている。

今回の統合を踏まえ、両社は筆頭株主である政投銀にそれぞれ数十億円の優先株式の引き受けを要請する方向だ。

■投融資先の不良債権化でツケは国民負担に

コロナ禍の中、政投銀は業界再編の陰の支配者になりつつあるように見える。

経営不振企業のメインバンクとなったと言っていい政投銀だが、投融資先企業の再建は容易なことではない。金融界では、「政投銀の融資には優先弁済が付されるケースが多く、債権放棄となった場合、金融機関の足並みを乱す要素にもなりかねない」(メガバンク幹部)と早くも懸念する声が上がっている。

コロナ禍にあってまさに何でもありの世界に突入した感のある政投銀だが、公的金融がこれほどの大盤振る舞いを続けることは、市場メカニズムを麻痺させることに等しい。健全な市場原理が働いていれば淘汰されてしかるべきゾンビ企業を政治的な配慮から延命させることにもつながる。そうなれば投融資先の不良債権化は避けられない。そのツケは、財政投融資の欠損として国民負担に跳ね返ってくる。政投銀の大盤振る舞いを手放しで喜んでいるわけにはいかない。

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森岡 英樹(もりおか・ひでき)
経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学卒業後、経済記者となる。1997年、米コンサルタント会社「グリニッチ・アソシエイト」のシニア・リサーチ・アソシエイト。並びに「パラゲイト・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年4月、ジャーナリストとして独立。一方で、公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。

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(経済ジャーナリスト 森岡 英樹)

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