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中国の"妨害"に遭い…日本からのワクチンに大喜びした台湾の深刻な状況

プレジデントオンライン / 2021年6月10日 11時15分

英アストラゼネカ製の新型コロナウイルスワクチンを台湾へ輸送する日本航空機の貨物積み込み作業=2021年6月4日午前、成田空港 - 写真=時事通信フォト

■日本からのワクチンに大喜び

6月4日午後、台湾・台北市郊外にある桃園国際空港に日本から贈られた新型コロナウイルスワクチンが到着した。台湾へのワクチン輸入をめぐっては、これまで中国による執拗な「妨害」に遭い、確保の見通しが遠のいていたこともあり、人々はもろ手を挙げて大歓迎、ネット上はもとより町中に日本に感謝する文字があふれた。

台湾はこれまで、徹底した入国管理や、感染者が持つスマホの動きから感染の広がりを追跡するなど、新型コロナウイルスの感染抑制で世界の優等生と目されていた。ところがここへきて、ワクチンの到着を渇望するほどに感染拡大が進み、台湾中がパニックに陥っている。

多くの国が、一定数の感染者がいることを許容する「ウィズコロナ」の社会を肯定しながら集団免疫の獲得を狙う中、台湾はコロナウイルスの流入を徹底的に阻止する「ゼロコロナ」の政策を推し進めてきた。1日当たりの感染者数は、2020年3月のコロナ禍の端緒こそ2桁の水準だったが、4月以降は1年以上にわたって1桁にとどまっており、台湾の人々は感染拡大をほとんど体験することなく過ごしてきた。

ところが、今年5月中旬に入り、台湾はまるで別の国になったかのように感染が拡大、15日から右肩上がりで感染者が増え続け、22日には過去最多の723人に達している。

■たった4週間で感染者数が100倍に増加

今回の感染拡大で、台湾の人々はなぜパニックに陥ったのだろうか。1日当たりの新規感染者数は500人以下と、他国とは比べものにならないほど少ないのに、である。しかし次のような数字を知ったら、感染拡大のすさまじさを実感できるのではないだろうか。

2020年初頭のコロナ禍の初期から、今年4月の貨物機パイロットを起源とするウイルスの市中感染が始まる直前(今年5月10日)まで、台湾の感染者数は累計でわずか100人以下だった。ところが、そこから4週間で100倍以上の1万人超まで膨れ上がった。こうした事態を見て、政府や市民が冷静でいられるはずがない。

10万人当たりの感染者数をそれぞれ5月の感染ピークの1週間で比較すると、東京都は43.95人なのに対し、台湾は59.66人に達する。ほとんどは台北首都圏、台北と隣接の新北市から発生しており、しかも、台湾の方が概して人口密度が高いため感染拡大のリスクは大きい。

目下、台湾全土の警戒レベルは4段階あるうちの上から2つ目の「レベル3」と、外出制限はかかっているものの欧米型のロックダウンには至っていない。最初の緊急事態宣言が出た昨年4~5月ごろの東京の様子に近いと考えると分かりやすいだろうか。6月7日には、14日までの予定で続いている「レベル3」の2週間延長が決まった。

これほど劇的なまでに感染が拡大した理由と原因について、時系列でその経過を追ってみたい。

■IT技術と罰則で抑え込んできたが…

台湾では、これまでコロナの拡散が非常に少なかったことから、一度、感染者と認定されると「案件番号」が背番号のように付けられる上、例えば、どこで外食したとか、交通機関をどこで利用したかといった社会活動の内容がすべて細かく発表される。

こうした公表により、一般市民は感染者の動きを把握し、同じような行動をしていた心当たりがあれば、PCR検査を受けて感染していないかを確認することができる。さらに感染者が立ち寄った先に出入りしていた市民には、スマホの通信機能で行動履歴をさかのぼり、警告がSMSで流れてくる仕組みにもなっている。

IT応用をめぐっては、政府や政治家がSNSを使って速効性のある情報公開を進めることで、感染発覚後の措置を的確適切に実施。オードリー・タン(唐鳳)デジタル大臣の主導で「在庫が今どこにあるかがすぐ分かるマスク実名制配布」「データを活用した厳しい隔離体制」など次々と対策を打ち出してきた。

QRコードで非接触決済を行う男性
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi

よく知られているように、これらのコロナ対策の中には罰金を伴う厳しい規制もある。例えば、中国から戻った男性が隔離中にもかかわらず外出を繰り返したとして100万台湾ドル(約370万円)の罰金を科せられたほか、隔離先のホテルで数秒間廊下に出ただけで10万台湾ドル(約37万円)の支払いを求められたケースもある。

このように徹底した「水際対策」をとっていたのに、ウイルスの流入を許してしまったほころびはいったいどのように生まれたのだろうか。

■1.航空関係者の隔離期間が短い

原因の一つは、各国を行き来する航空関係者の隔離期間を緩めすぎた点にある。

いま起きている感染拡大の発端は、チャイナエアライン(中華航空)貨物機のパイロットが英国由来の変異株「B117」を持ち込んだためとされる。4月中旬、乗務から戻ったクルー向け隔離施設のひとつ「ノボテル桃園国際空港」に滞在していたこのパイロットを起点に、同僚のクルー、さらに同ホテルで働く従業員に感染が広がってしまった。同ホテルを起源とするクラスターで22人の感染者を出している。

台湾では現在、パイロットなどのクルーがワクチン未接種にもかかわらず、隔離期間は3日間だけとなっている。当初は14日間だったが、これを5日間に短縮。さらに3日間まで縮めてしまった。巣ごもりによる通販利用の急増で貨物機の需要は空前の高まりをみせており、隔離期間を短くしてパイロットらの勤務間隔を強引に縮めようとした疑念がある。こうした利益重視の施策が、結果として水際対策のほころびにつながった可能性は高い。

■2.「地方の名士」がスプレッダーに

2つ目は、地域に影響力のある地方の名士が感染源となったことだ。台湾の現地メディアは5月11日、空港にほど近い新北市に拠点を置く社会奉仕団体「ライオンズクラブ」の会員とその家族らから感染者が出たと初めて報じた。会員らは5月4日、同市内の中華レストランで宴会を催したことがその後の調べで分かっている。

会員らへの感染経路が不詳なため、ウイルスの遺伝子を調べたところ、貨物機パイロットが台湾に持ち込んだものと同一と判明。つまり、「ノボテル」のクラスター感染は、航空会社クルーやホテルの関係者だけにとどまらなかったのだ。

ライオンズクラブといえば、世界各国・地域の名誉職や経営者、篤志家などが会員として名を連ねている組織だ。ところが、この地域の前会長とされる人物は、自身がコロナに感染していることを知らぬまま、4日の宴会の後、台北市内の萬華区にある風俗街で「どんちゃん騒ぎ」を起こした。

■飲んで歌っての大騒ぎで10人が感染

立ち寄り先は1軒にとどまらず、複数の店をはしご。酒を飲んで騒ぎ、歌い、「接触」を繰り返したという。7日にはすでにコロナ感染の典型症状が出ていたのに、9日に発熱を理由に診察を受けるまで、連日市内のあちこちの飲食店を立ち寄っていた。こうした状況をつかんだ保健当局は12日、115人の感染状況を調査した。

「前会長」は風俗街だけで少なくとも10人を感染させた。国立台湾大学の林先和副教授は英公共放送BBCに対し、「前会長はスーパースプレッダーと認定できる」と話している。さらに、ブルームバーグは台湾の一般事情として「退職老人の中には、オレは法律より偉い、と思い込んでいる人がいる」と分析。地方の名士のような人々が風俗店を渡り歩いた行動履歴をつまびらかに話すとは思えない。これは感染経路を確認するに当たって大きな障害にもなり得る。

■3.封じ込めの成功体験がアダに

パイロットから始まったウイルス拡散だったが、最終的にクラスター認定は「ノボテル」のほか、「ライオンズクラブの宴会(5月14日現在で25人が陽性)」「萬華の風俗街(同、23人)」そして、風俗街にいた感染者が遊びに出かけたことで広まった「宜蘭県のゲームセンター(同、9人)」の計4つとなった。しかし、パイロットからライオンズクラブ会員らにどう感染したのか、その経路は1カ月以上たった今も判明していない。

感染者数が少ないとはいえ、台湾市民のみならず政府関係者も「水際対策がしっかりしているから、「ウイルスは絶対入ってこない。台湾は大丈夫」と自意識過剰ともいえる空気が漂っていた。この前提が崩壊してしまったいま、感染対策で迷走する日本を横目に「自信の持ちすぎだった」との反省も聞こえてくる。

さらに検査体制が不十分だったという指摘もある。台北在住で観光・運輸政策に関する研究を進めている小井関遼太郎氏によると、台湾では「コロナはもう国内に存在しない」として人々が暮らしてきたため、たとえ発熱しても「コロナが原因ではないだろう」と考える人々もいるなど、PCR検査などを使って陰性か陽性かを調べようとする市民の数は極端に少なかったという。

2018年4月26日の逢甲夜市
写真=iStock.com/FotoGraphik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FotoGraphik

■もうワクチンに頼るしかない

台湾は徹底したゼロコロナ政策を打ち出してきた。そうしたことから、今回のパイロットを起点とする市中感染拡大についても、「感染は2週間で止める、台湾の奇跡を世界に見せつける」と考える人々も少なくなかった。

「ゼロコロナ」を目指し、かつそれを達成し続けられれば、人々の安心感は大きく高まる。しかし、ひとたび「コロナの鎖国」が崩れてしまったいま、身体が持つ免疫はもとより、精神的な免疫を持たない人々も容赦なく打ちのめした。

そうした市民の不安感を一掃するためには、もはやワクチン接種に頼るしかないところに来ているのではないか。日本からのワクチン到着に感謝の声が沸き起こったのもうなずける。

台湾のワクチン接種率は、人口比で2~3%ほどしかない窮状を呈している。日本が提供したのは英製薬大手アストラゼネカ(AZ)製ワクチン約124万回分だが、この分量はこれまでに台湾で接種された量(約88万回分)を上回る。これに加えて6日には、米国から台湾向けにワクチン75万回分の提供が決定した。

日本ではワクチンの接種予約をめぐり、かなりの混乱を呈している。一方、台湾は「感染抑制の優等生」として世界から称賛されてきた。これまでも成果を上げているITの応用で円滑な接種予約システムを実現し、「優等生」の復権に期待したい。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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