「日本の伝統と言いながら日本史に無知」LGBTをやたらに恐れる保守派の無教養
プレジデントオンライン / 2021年6月11日 11時15分
■中近世の日本社会では衆道が市民権を得ていた
LGBTなど性的少数者をめぐる「理解増進」法案について、自民党は今国会への提出を見送った。その背景には、自民党の保守系議員の抵抗があったとみられている。世界中がLGBT権利擁護の潮流の中で着々と法整備を整える中、日本だけがまだその第一歩すら踏み込めていない目下の情勢は極めて暗澹たる思いだ。
今次法案に反対した保守系議員の主張は微に入り細に入り屁理屈や偏見が含まれているが、大きく分ければ次の3点に集約できる。
1)LGBT権利擁護は日本の伝統と相いれない。
2)今次LGBT理解増進法案が成立すると活動家に利用される。
3)同法案の成立が同性婚容認への引き金になりかねない。
以上である。これらを少し詳しく掘り下げていく。
中近世の日本社会では、衆道(男色)が市民権を得ていたのは周知のとおりである。徳川三代将軍家光が男色家であったことは有名な史実だ。保守派の言う「LGBT権利擁護は日本の伝統と相いれない」というのは、約1500年続いてきた日本史の時間軸を無視する暴論で、衆道を認めない方が伝統と相いれない。
では、保守派の想定する「日本の伝統」とは何を指すのかと言えば、端的に言えば戦時統制期の日本の姿である。1930年代中盤から、日本は本格的な戦時統制に入った。増大する軍需に応えるため、電力、鉄鋼、造船、鉄道、新聞・通信社などのメディア、タクシーやバス業界などが次々と編成・統合され、これが戦後に接続する日本特有の縦割り的職能社会、すなわち企業社会を形成した。経済学者の野口悠紀雄はこれを「1940年体制」と名付ける。
■戦時統制期の家族観を「モデル世帯」という概念で継承している
このような中で社会規範や道徳も戦時統制色が色濃く反映された。道徳的頽廃は戒められ(現実はさておき)、男は職場や戦地に行き、女は家庭・銃後を守るという性差での役割がハッキリと固定化されたのもこの時期と重なる。
敗戦と共に一時の混乱期を乗り越えた日本は、軍隊こそ解体されたがこの戦時統制期に出来上がった家族観を「モデル世帯」という概念で継承した。男は企業戦士となり、女は専業主婦として家庭を守る。世界的にも類例を見ない異質な「専業主婦」という単語が平然と使われ続けた。
国家の縮小版が家庭だとすると、そこには「男・女」の性分担が原則存在しない「理屈」となるLGBTなどは枠外の事とされ、その権利擁護にあっては長い間黙殺され続けた。
日本社会で形成されたこの特異な戦時統制期とその残滓を、保守派は「日本の伝統」と言っているだけであり、1500年の日本史の中でそういった世界観が出来上がったのはたかだか100年未満に過ぎない寧ろ異端の社会規範である。つまり保守派の言う「日本の伝統」は単なる幻想に過ぎない。それでも彼らは、日本の伝統が、日本の伝統が、と言い続ける。奇妙な倒錯としか言いようがない。
■活動家に利用されるという妄想
昨今急速に出てきた「反LGBT権利擁護」理屈の中に、活動家にLGBT擁護法案等が利用(悪用)され、社会が混乱するというモノが急速に広まっている。保守派の想定する世界では、LGBTなどの性的マイノリティはもとより、あらゆるマイノリティには活動家なるものが存在し、商業的利益を得、政治的イデオロギーの発露の場として濫訴に及ぶ、というモノがある。
活動「家」というからにはその活動そのものを生業としているという偏見があるわけだが、あらゆる少数派・マイノリティの側からの権利擁護運動は営利目的ではなく、多数派の権利に比して自らの権利擁護度合いが低いのでその補填を求めているにすぎず、国を相手取った国賠訴訟でも原告に多額の慰謝料が認められる場合は少ない。
そもそも法廷闘争に係る費用と長い手間を考えれば「活動家」など存在せず、単に運動と言った方が正しいのであるが、保守派はそういった現実を認めず、マイノリティは常に営利と政治的イデオロギーに則って社会を攪乱させようとしているという、若干陰謀論めいた迷信が蔓延っている。
■「活動家」は正当な権利を行使しているだけ
もちろん、あらゆる闘争や運動には政治的イデオロギーの濃淡があるのは認めるところではある。しかしことLGBTの権利擁護に際しては、イデオロギー以前に異性愛者と同等の権利を認めて欲しいという義憤のみが彼らを突き動かしているのであり、「法案(法律)が利用(悪用)される」どころか、単に自腹を切って正当な権利を行使しているに過ぎない。これを活動家などという事自体がナンセンスで、偏見の塊であり、極めて差別的な世界観である。
それを言うなら保守派は、多額の寄付を募ってかつて1万人を原告団としたNHK訴訟(2010年)や、2万5千人を原告団とした朝日新聞訴訟(2014年)を大々的に展開して、いずれも完全に敗北することになったわけだが、こちらの方が原告側の主張は無理筋であり、濫訴に値するのではないかと疑う。
つまり保守派は、辛辣に言えば自らと相いれない思想や趣向を持った人々の運動は「活動家」と蔑称し、自らの価値観に合致する思考のそれは「正義の運動」と定義しているに過ぎない。噴飯モノとはこのことではないか。
■同性婚が「解禁」となった台湾でも社会は壊れていない
最後に、今次LGBT「理解増進」法案に反対した保守派には、この法案が成立するとゆくゆくは同性婚への道が(悪い意味で)広がる事を危惧する声が多数であった。この考えの根本は、1)で挙げた理由と全く同じで、戦時統制期以降に出来上がった社会規範の中にLGBTという要素自体が完全に欠落しているからに他ならない。
しかも彼ら保守派は、同性婚を認めると社会が壊れるとか、少子化が加速するなどと御託を並べているが、同性婚を認めようと認めまいとLGBTの総数は変わらないわけで、例え同性婚が日本で認められてもそれは現状の追認でしかないわけであるから、社会が壊れることもまた少子化が加速するという事もない。
現実的に世界の先進国では同性婚やパートナーシップ法案が整備されているし、隣国台湾でも同性婚が「解禁」となったわけだが、社会は壊れておらず、人口は増え続けている。これも単なる醜悪な差別意識を根底とした言いがかりである。
戦時統制期以降に形成された日本の、日本史の中で見れば異質な社会規範は、職能、つまり企業体を中心として政治力をもったコーポラティズム(市場社会主義)を形成した。特に日本型コーポラティズムは戦時統制の名残で株主利益よりも生産に重心を置いたので、その構成員には均質性が求められる。
欠品の少ない画一化された大量生産の結果、日本の鉄鋼、造船、自動車、そして半導体は90年代初頭まで世界市場を席巻した。そこでは、独創性や多様性というのは極力必要がなく、上意下達で、一定品質の製品を生産するため、均質化された職能構成員こそが最も優秀とされた。
■LGBTを「異物」として恐れる保守派
教育制度もそれに習った。とびぬけた天才は日本型コーポラティズムには必要がない。天才はある分野で突出した才能を有するため、均質を何よりも重点とする社会では寧ろ生産を阻害する攪乱要因になりかねない。
だから日本の教育現場では、永年画一的で均質的な、製造業が必要とする「優良児童・生徒」が大量に排出された。それに伴って、社会からは企業や国家が想定する「規格」からはみ出した人間は異物として認定されるようになった。これによって日本社会は、国際市場の中でとびぬけた一部の天才がもたらしたイノベーションの結果としての「GAFA」群に圧倒され、所謂デジタル敗戦を迎えることに相成ったわけである。
保守派による同性婚の拒否感は、つまるところこういった旧い日本型コーポラティズムを護持したいという魂魄と、心底で「異物」を拒絶する世界観が大きくのしかかっている。繰り返すように、今次LGBT「理解増進」法案が成立し、それが同性婚実現への道に接続したとしても、それは現状の追認に過ぎず、LGBT以外の異性愛者の社会には何ら変化も影響もない。保守派はLGBTを「異物」として認定し、それが社会を壊す脅威として認識しているが、それは全くの虚言であり間違いであると言わなければならない。
■法案成立の断念の理屈は「根拠のない偏見と無理解」
何度も繰り返すが、LGBT関連法案が立法されようとされまいと、LGBTは増えたり減ったりしないのである。
このようにしてみていくと、LGBTなど性的少数者をめぐる「理解増進」法案に対する保守派の抵抗と法案成立の断念の理屈は、至極あいまいで根拠のない漠然とした偏見と無理解から成り立っていることが分かるだろう。
保守派は日本の伝統と言いながら日本史に無知で、自分の思想と相いれない者の政治運動を活動家とレッテルし、同性婚は社会を壊すという嘘を流布し続けている。このような歪んだ声がLGBT「理解増進」法案を闇に葬ったならば、日本は世界から笑いものにされ、もはや五輪どころか「先進国」という冠名すら返上しなくてはならない時が来るのではないか。
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文筆家
1982年、札幌市生まれ。立命館大学文学部卒。保守派論客として各紙誌に寄稿するほか、テレビ・ラジオなどでもコメンテーターを務める。オタク文化にも精通する。著書に『愛国商売』(小学館)、『「意識高い系」の研究』( 文春新書)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)など。
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(文筆家 古谷 経衡)
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