「iPhoneと同じことが起きる」アップルカーは3年以内に自動車業界を根本から変える
プレジデントオンライン / 2021年6月21日 9時15分
2020年10月23日、米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の新型モデル「12」シリーズが発売された。新機種は高速・大容量のデータ通信が可能な次世代通信規格「5G」に対応した初のアイフォーン=東京都渋谷区のアップル表参道 - 写真=時事通信フォト
※本稿は、田中道昭『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■エコシステム全体の覇権を奪う戦いを仕掛けてくる
一連の報道で明らかになったのは、アップルカーとは単なるEV、単なる自動運転車ではなく、実際には次世代自動車の4つの潮流である「CASE」全体を推進するものであろう、ということです。すなわち、Connected、Autonomous、Shared & Service、Electric。スマート化、自動運転、シェア化・サービス化、電動化です。
そしておそらくは、単に「クルマ」を推進するものでもなく、次世代自動車産業におけるプラットフォームであり、エコシステム全体の覇権を奪おうとする戦いを、これからアップルは仕掛けてくるでしょう。
これは、アップルがスマホの世界で実現してきたことでもあります。「ものづくり」に強いこだわりを持つアップルですが、デバイスを作るだけに終わらず、OS、アプリ、サービスといったエコシステム全体で勝負をしかけてくるのが常であり、スマホはその代表的な事例です。
これに対し、NECや東芝、富士通、ソニーなど日本の携帯電話メーカーはデバイスメーカーとして戦いましたが、「iPhoneは競合ではない」と油断している間に、完全に市場を掌握されてしまいました。
■アップルカーは3年以内にローンチされるだろう
同じことが今、自動車業界に起ころうとしています。アップルが自動車業界をデジタル化し、破壊するということです。
「アップルカー」はおそらく3年以内にローンチされることでしょう。そのとき既存の自動車メーカーはどうするのか。私は『2022年の次世代自動車産業』において、次世代自動車産業における「10の選択肢」をまとめましたが(図表1)、日本の自動車メーカーに残されている道は多くはありません。ハードとしての車を作るだけのポジションに成り下がるのか。それともアップル同様にプラットフォームやエコシステムを支配するポジションをつかみ取るのか。
強い危機感を持ったトヨタは明白に「OS、プラットフォーム、エコシステムを支配する」道を目指していますが、残念ながら、ハードとしての車を提供するだけのプレイヤーも続出するでしょう。その姿はハードとしてのスマホのみを供給するプレイヤーと重なります。
![【図表1】「“クルマ×IT×電機”の次世代自動車産業」における主な10の選択肢](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/b/670/img_8b0430a2dfda83cd1d15d34570bee7cb606967.jpg)
■企業DNAのように根付く、インダストリアルデザインへのこだわり
以上を踏まえて、あらためて「アップルカー」の戦略に私が分析を加えるならば、次の6点にまとめることができます。
![アップルストア](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/1/670/img_81f4240c48a6dd6ccd8e01ea5a84ebe7699744.jpg)
(1)単なる「EV」ではなく「EV×自動運転車」を目指す
アップルカーは単なるEVではなく、自動運転車であることが明らかになりました。また、CASEのS(サービス)においては、サブスクリプションモデルを併用して展開してくる可能性が高いと見ます。
(2)インダストリアルデザインの細部にまでこだわる
iPhoneに限らず、アップルの製品にはもれなく、故スティーブ・ジョブズのインダストリアルデザインに対する哲学、想い、こだわりが込められています。グーグルやアマゾンほど具体的なミッションやビジョンを掲げていないアップルですが、インダストリアルデザインに対するこだわりはアップルの企業DNAのように根強く息づいています。
事業構造を見ても、ハード、ソフト、コンテンツ、クラウドなど広範な事業領域をカバーしつつも、主な売上はiPhoneによるものです。その意味でアップルは典型的な「ものづくり」の会社であり、やはりメーカーなのです。
であるならば当然、アップルカーにおいてもiPhone同様のインダストリアルデザインを追求してくるはずです。外部委託による水平分業としながらも、自社工場なみに生産管理を徹底し、細部までデザインにこだわりぬいたプロダクトを発表してくるでしょうし、ユーザーもまたそれを期待しています。
■車でも「新しいライフスタイル」を提供するはずだ
(3)「製品」のみならず「エコシステム」にこだわる
アップルはものづくりの会社ですが、これまで論じたとおり、アップルがハードとしての車を提供するだけにとどまることもないはずです。iPhoneがiOSやアプリ販売のアップストア、音楽配信のアップルミュージックなど各種のサービスからなるエコシステムの中心に位置しているように、「アップルカー」では、スマートカーを中心に置いた新しい生活サービスのエコシステムを構築してくるに違いありません。
(4)「自分らしく生きる」ライフスタイルブランドとしての車
アップルは、製品を通じて「新しいライフスタイル」を提案することで、熱狂的なファンを生み出してきたブランドでもあることを忘れるわけにはいきません。例えば携帯音楽プレイヤーのiPod。音楽データ配信サービス「iTunes」と併せて提供することで、音楽=CDで聴くものから、音楽=データ配信で聴くものに刷新し、「いつでもどこでも、聴きたい音楽を買い、聴ける」という新しいライフスタイルを提案しました。
またテレビCMでは「Thinkdifferent」というメッセージを打ち出し、「自分らしく生きる」人々を後押ししてきたアップルです。アップルカーもまた単なる車というより、ライフスタイルブランドとして提供してくるはず。そこに込められた信念や価値観に共感するユーザーが、アップルカーのユーザーになるのです。
■直接顧客とつながり、コミュニティを育む
(5)気候変動対策
アップルは2030年までのサプライチェーンのカーボンニュートラル(CO2排出量と吸収量を合わせてゼロの状態)にコミットしました。これにより、今後はアップルに部品を提供しているサプライチェーン全体をカーボンニュートラルにすることを目指すでしょう。EVであるアップルカーは、アップルのこうした取り組みを象徴するプロダクトとも言えます。もし日本の自動車メーカーがアップルカーの受託生産を請け負うことになれば、当然、カーボンニュートラルへの対応を迫られることになります。
![田中道昭『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』(日経BP)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/0/200/img_e0289e039313c2aded049e4e10ec85ee248845.jpg)
(6)ディーラーに代わる新たな販売網
アップルカーは売れるのか。あるいはどう売るのか。そこはいまだ未知数ですが、ここではテスラやペロトン(第6章参照)が先行事例となるでしょう。
アップルは、テスラ、ペロトンと並んで高いNPS(ネット・プロモーター・スコア)を誇っています。この3社の共通点は、D2C(Direct to Consumer)の会社であること、そしてリアル店舗を持っていることです。ただしリアル店舗といっても従来の小売、非デジタルネイティブの会社とは一線を画しています。そこは顧客体験を作る場であり、コミュニティを作る場所なのです。
ペロトンはオンライン販売のみならず、全米24のモールにリアル店舗を展開しています。それはフィットネスバイクを売るためではなく、顧客とのリアルな接点を作り、試乗体験などを通じて優れたカスタマーエクスペリエンスを提供するためです。テスラも同様にディーラー網を持たず、現在はインターネット販売と直営店のみです。
アップルもアップルカーを販売するために同じ戦略を取るのではないでしょうか。すなわち、既存の自動車産業がディーラーを介した販売を行うのに対し、アップルは直接、顧客とつながろうとする。またアップストアと同様、アップルカー用のリアル店舗を展開してくると予想します。ただし、その店舗はセールスのための拠点ではなく、顧客に対してカスタマーエクスペリエンスを提供する場であり、コミュニティを育む場です。
■店舗とディーラーが果たす役割は決定的に変わる
こうした新しい販売の形は、日本の自動車産業に対する大きな問いかけでもあります。
「もう店舗はいらないのか、ディーラーはいらないのか」と結論を急ぐ必要はありません。すぐにリアル店舗がなくなることも、車を販売する人が不要になることもないでしょう。
ただし、店舗とディーラーが果たすべき役割は、従来と決定的に変わるはずです。ただ売るための場所、売るための人のままではいられません。これからは大切なのは、コンシェルジュ的に顧客に寄り添い、関係を深めていくことです。
アップルカーはおそらく、販売とサブスクリプションの両面で展開してくるに違いありません。サブスクは、単なる月額支払を意味するものではなく、長期的・継続的な関係性を顧客との間に築くための手段です。「売って終わり」にせず、売ったあとも顧客に伴走し、関係を構築していく。そのようなディーラー、セールスパーソンのあり方が問われてくる。アップルカーがもたらすインパクトは、それほど大きなものです。
アップルカーの特徴を「理想の世界観」実現ワークシートに落とし込んだものが図表2です。従来の自動車産業と比較して、アップルカーがどれだけ顧客視点に根ざしたものであるのか、おわかりいただけると思います。
![【図表2】アップルカーの「理想の世界観」実現ワークシート](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/f/570/img_1f8a83c2bd1f599f03d813be07ff4e8e596645.jpg)
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立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。
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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)
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