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定年のないオーナー経営者に敏腕弁護士が「65歳定年」を助言する納得の理由

プレジデントオンライン / 2021年6月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Koji_Ishii

経営者には定年はない。それでは経営者は何歳で後進に道を譲るべきなのか。数多くの事業承継に携わってきた弁護士の島田直行さんは、「経営者は65歳で引退したほうがいい。事業承継は『早い』という印象を受けるくらいがちょうどいい」という――。

※本稿は、島田直行『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■「社長の椅子を手放してくれない」

自社の将来の繁栄は、社長の椅子を後継者に託すことでしか実現できない。社長であれば、難しい説明をするまでもなく、本能的に事業承継の重要性を理解している。

されども、社長の椅子をなかなか渡すことができない。後継者をはじめ、周囲の者から代替わりについてやんわりアドバイスを受けても、いぶかしく感じる。「まだ後継者が育っていない」「大変な時期だから」と事業承継ができない理由をひたすら列挙するものの、いずれも本質的なものではない。

事業承継に関しては、「(現社長が)社長の椅子を手放してくれない」という後継者からの相談が圧倒的に多い。これはもはや法律論ではない。もちろん自社株の保有率によっては、現社長を解任することができる場合もあるかもしれない。だが、一方的に現社長を解任すれば、親子関係の断絶は目に見えている。

しかも後継者には「あいつは自分の親を排斥して乗っ取りをした」という風評が広がってしまう。これではこれからの取引においても、悪影響を及ぼしかねない。

いくらグローバル社会やネット販売が叫ばれていても、圧倒的多数の中小企業は、特定の地域に根ざした事業を展開している。地元の金融機関、地元出身の社員、地元の取引先など、地域を離れた事業というのはイメージしにくい。

事業と地域が密接に関わっているがゆえに、事業承継の失敗は、噂としてあっという間に広がることになる。「あそこは兄弟を会社に入れたからもめた」「社長の相続でもめているらしい」などの話を耳にしたこともあるだろう。

「そんな風評なんて気にしない」という社長もいるかもしれないが、それほど簡単な話ではない。本人はよくても、家族としては、世間体を気にして生きづらくなることもある。

■世間の評判を気にして代替わりを躊躇する経営者

あるいは世間からの評価を意識するばかりに、合理的な判断ができなくなった社長もいる。世間体を気にするあまり、課題に対して毅然(きぜん)とした対応をすることができないということだ。

こういった傾向は、幼稚園など教育関係の事業において目立つ。

社会において「先生」と言われる立場は、周囲からの信頼の下で成立している。そのため、周囲からの評判を過度に意識してしまい、事業や家庭の問題が外部に知られることを極度に恐れ、何もできないというケースが少なくない。そのため、労働事件も起きやすい。

弁護士としてアドバイスをしても、「それはわかります。でも周囲からの評判が」と言って、受け入れてもらえないことが珍しくない。

ある教育施設では、社長の長男と長女を勤務させていた。わがままな長男は、自分の思うとおりにならなければ、家族や周囲の者を容赦なく叱責した。しかも、児童らの親に対しては、「児童たちのために全力で学校を変えている」と唱えてまわるような状況であった。それで長男の処遇についての相談を受けることになった。

社長は「長男を直ちに辞めさせたい。ただ、教育者として、家族間のトラブルが世間に知られるとまずい」という、なんとも定まらない姿勢だった。「人の風評をコントロールすることはできない」ことを説明しても、理解していただけず、案件としてお受けしなかった。

風評に悩まされることなく事業承継を遂行するには、「社長の椅子を手放す」という覚悟が不可欠である。手放すからこそ手に入る将来の繁栄がある。さりとて、なかなか覚悟できないところに社長の悩みがある。

窓際に立って外を眺めるビジネスマン
写真=iStock.com/baona
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

■「社長業の魔力」オーナー社長が引退したがらない理由

オーナー社長の楽しみは、何といっても、自社のヒトとカネを自由に動かすことができることだ。自分の判断の下でヒトとカネを動かして利益を手に入れることは、知的好奇心に満ちている。それだからこそ、経営の重責を背負いながら、これまでやってくることができた。しかも周囲からは「社長」と呼ばれて尊重されている。「社長」というポジションで人脈も構築している。

オーナーにとって、自分の人生のすべてが「社長」という立場を基礎に成立している。自分と「社長」という肩書きが不可分になっている。それはしだいに「社長」という立場に対する執着となり、それが離れることへの恐怖になっていく。「社長を辞める」ことが、ときに自分を否定することのようにすら感じられる。

社長業は、やればやるほど自分と一体化して、離れることが難しくなる。そこに社長業の魅力と魔力が共存している。気がつけば、自分の両手が社長の椅子に鎖でつながっている状態になっている。

社長の椅子はひとつしかない。辛くとも自ら鎖を断ち切り、椅子から立ち上がらなければならない。椅子から離れれば、もはやヒトもカネも自由に動かすことができない。会社における居場所も、見慣れた通勤の風景も、あらゆるものが変わってくる。拍手喝采は新たに椅子に座った後継者に向けられ、自身はいつのまにか「先代」と呼ばれるようになってくる。

ある社長は、後継者に事業を渡した後、「(社長の仕事は)あれほどしんどかったけど、いざ辞めてみると寂しいな。声をかけてくる人も少なくなって」と話されていたのが印象的だった。まさにありのままの心情だろう。本人にとっては「これほど仕事に邁進してきたのに」という一抹の不満もあるだろう。

だが、すべては「未来にわたる自社の繁栄」という大きなストーリーのなかの一部だ。社長の努力があるからこそ、渡すべき事業ができあがっている。社長であれば、自信を持って立ち去りの美学を追究してほしい。花は散り際こそ美しい。社長の生き様も同じであってほしい。

■後継者も先代の心情に寄り添うべき

後継者からは「父は経営が好きで、いつまでもバトンを託してくれない」という相談を受けることがある。たしかに経営が好きということもあるだろうが、実際には「社長という立場を失った後の自分がわからない」という不安こそ大きいものだ。

後継者として先代を尊重するとは、こういった先代の不安に寄り添うことではないかと事業承継を目にしながら日々感じる。何かに執着することは、人間にとっての苦しみのはじまりである。苦しみから逃れる術がわからず、もだえている社長は少なくない。

ビルの中庭を見つめるビジネスマン
写真=iStock.com/Martin Barraud
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Martin Barraud

先代と後継者の感情的な軋轢は、そういった「先代の本音についての理解不足」というところも多分にある。結局のところ、家族といえども、他人の心のうちは誰にもわかりはしない。

後継者が「先代はこう感じているはずだ」と考えても、たいていは明後日の方向だったりするものだ。大事なことは「先代の心情を理解している」という自信ではなく、「先代の心情を理解しよう」とする行動だ。そういった行動の積み重ねが、先代から後継者への信用につながっていくものと言える。

■退任時期を宣言することの3つのメリット

一般的に言われることだが、仕事は取りかかれば半分終わったようなものだ。取りかかるまでに時間がかかる。これは事業承継にも通じるものがある。

「事業承継をどのように展開していこうか」「相続対策をどのようにするべきか」と思案して、セミナーに参加したり、本を読んで学んだりする社長は多い。だが、いくら知識を手に入れたとしても、具体的に取りかからなければ、何も変わらない。むしろ悩みが増えるだけだ。

事業承継は、重大でありつつも、緊急の対応を求められるものではないため、後手になってしまう。社長の判断に任せていたら、いつまでも動き出さず、周囲をやきもきさせることになる。事業承継を進めるためには、自分をそうせざるを得ない環境に置く必要がある。

もっとも効果的な方法は「自分が退任する時期を周囲に宣言する」ことだ。周囲に宣言することには、次の3つの効果がある。

① 外部に表明したために、動き出さざるを得ない

ビジネスにおいては、あらゆるものに期限がある。期限があるからこそ、「なんとかしなければならない」という意識になって、プロジェクトを終えることができる。事業承継には、明確な期限がない。そのため、いつまでも手つかずになってしまう。社長自ら引退する時期を公表し、期限とするべきだ。

話は脱線するが、「優れた決定」とは、何らかの制約要因があってこそ生まれてくる。「何でも自由にどうぞ」という状況においては、判断要素が多すぎて、何も決まってこない。

「事業承継の期限」が設定されることによって、事業承継に関するすべてについて、制約要因が生まれてくる。だからこそ、諸々の対策についてスピードを上げていくことができる。

② 退任をする時期を明確にすることで、対策を逆算的に検討することができる

たとえば、5年後に引退するとすれば、そこから逆算して「現時点で何をするべきか」を決めていくことができる。将来の承継を現在に引き直して考えることこそ、事業承継をダイナミックに捉えるということだ。

日本のカレンダー
写真=iStock.com/pixalot
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pixalot

オーナー社長であれば、役員退職金の金額について考えることもあるだろう。役員退職金は、節税効果も高く、自社株の評価を下げることもできるため、事業承継において必ず検討しなければならないことだ。

たいていの社長は、金額ばかり気にしているが、それでは「取らぬ狸の皮算用」ということになりかねない。自分が引退する時期を前提にしなければ、税理士が具体的な退職金を算定することもできない。また、具体的な退職金の金額が定まることで、財源の確保についても考えることができる。

役員退職金については、財源について悩むことが多い。周囲からは「できるだけ役員退職金を取ったほうがいい」とアドバイスされる。もちろん、退職金は多いに越したことはないが、先立つだけの資金がないというのが社長の悩みだ。

また、業種によっては、特別な配慮を要するときがある。たとえば、建設業では、公共工事の入札に入るために、財務状況の審査がなされる。いわゆる「経審」と呼ばれるものだ。社長は、多額の役員退職金を取ることで貸借対照表が傷つき、経審に影響することを危惧し、退職金について抑制的な場合もある。

このように、退職金ひとつにしても、できるだけ早い段階から計画を立てておかなければならない。

③ 退任の時期が公表されることで、後継者、社員の目の色が変わる

会社が変わっていくということが現実的なものになり、緊張感が一気に広がる。後継者の不安は「いつ自分が社長になるか」がわからないことだ。先もわからないままひたすら日々の業務をこなすというのは、精神的にも滅入ってしまう。

これが「数年後には自分が社長になる」とわかっていれば、日々の業務の見え方すら変わってくる。すべてにおいて「自分が社長になれば」という視点で考えながら業務をこなすようになるからだ。

思考があってこそ、作業が仕事になる。社員にしても、事業承継の時期が決まれば、「この会社はこれからも続く」という安心感につながる。社員にとっては、会社が存続することこそ、もっとも大事なことだ。いくら理念や夢を語られたとしても、会社が消滅すれば暮らしていくことができない。

あるメーカーの経営計画の発表会における出来事である。社長は、地元でも確固たる地位の企業を一代で作り上げることに成功した。公益的な役職にも従事し、まさに地元の名士という方であった。その社長が、発表会の挨拶のなかで「3年後に退任して後継者に任せる。みんなそのつもりで頼む」といきなり発言した。

第一線で活躍していた社長からのいきなりの発表は、後継者も社員も青天の霹靂だった。同時にすべての人の覚悟が決まった。懇親会で古参の社員が「社長はいつもいきなりだから困る。言われたからには3年以内に結果を出して花道を飾らせます。あと新社長を一丸となって支えます」と挨拶をしていた。私は見事な組織だと感じ入った。

■65歳になったら事業承継を考えなくてはならない

では、社長は具体的にいつまでに退任すべきであろうか。社長には「定年」というものがないために悩ましい。しかも、会社の実情もあるので、一概には判断できない。個人的には「70歳までには事業承継をいったん終了させるべき」と考える。もっと言えば、65歳をひとつのマイルストーンに設定して、事業承継を考えていただきたい。

現代において65歳はまだまだ現役世代であって、「引退するには早い」という印象を受けるかもしれない。されど、事業承継は「早い」という印象を受けるくらいがちょうどいい。こういった時間的余裕を確保するのは、事業承継に失敗した場合のリスクを回避するためだ。

島田直行『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(プレジデント社)
島田直行『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(プレジデント社)

あるサービス業では、次男に社長を譲ったものの、先代と方向性がまったく合わなかった。次男は自室にこもり、数字だけを眺めながら経営を進めようとした。結果を出せない社員を執拗に責め、求心力も失っていた。

「引退した人が口を挟むな」という次男の姿勢にしびれを切らした先代は、苦渋の決断として、次男を社長の椅子から降ろし、会社から離れさせた。父親としては辛い判断であったが、会社と社員を守るための判断であった。

もちろん顧問税理士から、代表取締役に復帰することによる税務的リスクについての説明もあったが、背に腹は代えられぬということでの判断であった。事業を整理して、改めて別の親族に経営を渡して正式に引退した。社長として見事な姿である。

不測の事態において、一時的に社長に舞い戻るためには、やはり体力が必要である。高齢になって身動きが取れなくなった状態で、会社を建て直すことはできない。余力を持って、事業承継を組み立てていただきたい。

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島田 直行(しまだ・なおゆき)
島田法律事務所代表弁護士
山口県下関市生まれ、京都大学法学部卒、山口県弁護士会所属。著書に『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』、『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』(いずれもプレジデント社)がある。

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(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行)

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