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「フィットネス業界のネットフリックス」米国で"ペロトンする"が大流行したワケ

プレジデントオンライン / 2021年6月28日 9時15分

ペロトンの公式サイト。フィットネスバイクに乗る男性 - 画像=ペロトン公式サイト

ペロトンは米国で急成長しているベンチャー企業だ。主な事業はフィットネスバイクの製造・販売だが、そのユニークなビジネスモデルから「フィットネス業界のネットフリックス」とも呼ばれる。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「最大の特徴は『売って終わり』にしない点にある」という――。

※本稿は、田中道昭『世界最先端8社の大戦略「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』(日経BP)の一部を再編集したものです。

■月額4200円のネット番組を会員310万人が契約中

ペロトンはフィットネスバイクのDXによってフィットネス業界にイノベーションをもたらしている企業です。ペロトンという言葉には、マラソンや自転車競技などの走者の一団、集団、グループ、仲間といった意味があります。

ペロトンの事業領域は多岐にわたりますが、まずはフィットネスバイクの製造、販売が挙げられます。他社製品がせいぜい5万円程度のところ、ペロトンのフィットネスバイクは2245ドル(約24万円)という高付加価値製品です。

もっとも、ペロトン最大の特徴はフィットネスバイクというハードを「売って終わり」ではないことです。ペロトンはSaaS企業でもあります。ニューヨークのスタジオからエクササイズ番組を24時間ストリーミング配信し、また7000以上のクラスをオンデマンド配信しています。これによりユーザーは「自宅に居ながらにしてフィットネスのクラスが受けられる」のです。月額料金は39ドル(約4200円)。310万人(2020年6月30日現在)の会員を集める、世界最大のインタラクティブ・フィットネスプラットフォーム、それがペロトンです。

高額のハードを売ってサブスクでサービス提供
画像=『世界最先端8社の大戦略』

■ハードを起点にサブスクモデルを展開

ペロトンの急成長ぶりは株式市場からも評価されています。2019年9月にニューヨーク証券取引所に上場し、2020年4月頃までの株価は20ドルから30ドルで推移していましたが、5月に入ると上昇を始め、10月には130ドル台に達しました。背景には新型コロナウイルスの影響があります。「ステイホーム」により自宅でのフィットネス需要が爆発し、有料会員が増加したのです。

もっとも、ペロトンの成功は新型コロナによる追い風のみが理由ではありません。まず指摘したいのは、ペロトンがフィットネスバイクという事業の本質をDXしたこと。裏を返せば、DXすべき本質を誤らなかったことです。

フィットネスバイクの本質とは何でしょうか。私が思うにそれは「自宅で手軽に運動できる」という点です。これをDXにより「サブスク型オンラインレッスン」へとアップデートさせたのがペロトンです。

「SaaS+a Box」というビジネスモデルもキーワードです。Boxとはハードのこと。ペロトンがフィットネスバイクの製造・販売をしていることがこれにあたります。SaaSは月額制のストリーミングサービスを指しています。アップルならiPhoneがハードに、アップルミュージックやアップストアなどがSaaSに相当します。ハードを売って終わりにするのではなく、SaaSのみに注力するのでもなく、ハードを起点にサブスクリプションモデルを展開しているのです。これは日本が誇る製造業=ものづくりの強みも活かせる新たなSaaSの形としても、注目に値します。

ただし、ここで私が論じたいのは、ペロトンが「SaaS+a Box」というビジネスモデルを選んだ理由です。

■アパレルの会社でも、ロジスティクスの会社でもある

ペロトンは2012年に創業されました。現在は、創業者の1人のジョン・フォーリーがCEOを務めています。彼はハーバード・ビジネス・スクールを卒業し、米国最大の書店チェーン、バーンズ・アンド・ノーブルのEC部門責任者を務めたという経歴の持ち主です。彼のカスタマーエクスペリエンスにかけるこだわりは相当なものです。「SaaS+a Box」というビジネスモデルを選んだ理由の1つも、そこにあります。

フォーリーがカスタマーエクスペリエンスにかけるこだわりの強さは、ペロトンの事業領域の広さにも表れています。同社の「上場目論見書」では、10の機能を持つ会社として自社を定義しています。すなわち、テクノロジー、メディア、ソフトウェア、プロダクト、エクスペリエンス、フィットネス、デザイン、リテール、アパレル、ロジスティクス、です。

フィットネスバイクの会社がアパレルでもあり、ロジスティクスでもあるとは、どういうことでしょうか。不思議に思われるかもしれませんが、これは紛れもない事実です。ペロトンは、フィットネスバイクを購入するところから派生する顧客の欲求を満たすため、幅広い領域の事業を手掛けているのです。

「Saas + a Box」でフィットネスバイク事業をアップデート
画像=『世界最先端8社の大戦略』
ペロトンの公式サイト。番組を見ながら体を動かす女性
画像=ペロトン公式サイト
ペロトンの公式サイト。番組を見ながら体を動かす女性 - 画像=ペロトン公式サイト

■カスタマーエクスペリエンスのために垂直統合を実行

つまり、こういうことです。まず上質なフィットネスバイクを開発(プロダクト、デザイン)します。また有料会員にストリーミング番組を提供し、エクササイズ・ミュージックも提供します(フィットネス、ソフトウェア、メディア)。そのためにペロトンは2018年に音楽配信会社を買収しました。エクササイズにはスポーツウェアや水分補給のためのボトルなどが必要です(アパレル、リテール)。それらを配送する物流網も不可欠です(ロジスティクス)。

ペロトンはテクノロジー企業でもあります。そこで得られた顧客情報(ビッグデータ)はAIで分析され、顧客のニーズをくみ取り、顧客に合ったプログラムをレコメンドします。「フィットネス業界のネットフリックス」とは、ペロトンのことです。

これらの事業が垂直統合されている点も見逃せません。音楽もロジスティクスも、ペロトンがすべて一気通貫で提供しているのです。

特に私が驚いたのは、自社の配達員が顧客に対してフィットネスバイクのセットアップ、ハード・ソフトの使い方まできめ細かく説明する、という話です。なぜ、そんなことをするのでしょうか。経済合理性という視点だけなら、SaaSの企業がわざわざハードを手掛ける必要も、ロジスティクスまで自前で行う必要も皆無です。

しかしペロトンは垂直統合を実行しました。なぜなら、それが優れたカスタマーエクスペリエンスを提供するために最適な方法だったからです。垂直統合というと生産性向上ばかりを目的にする日本の大企業とは、発想が違うのです。

■フィットネスバイクは「経験への入り口」に過ぎない

繰り返すように、ペロトンのビジネスは「売って終わり」ではありません。むしろ「継続して愛用してもらう」ことに力点が置かれています。

顧客はペロトンのフィットネスバイクを起点として、様々なサービスを手にできます。フィットネスバイク自体は、次々と便利な経験(エクスペリエンス)を積み重ねていくための入り口に過ぎない、とも言えます。

わざわざリテールを展開するのも、カスタマーエクスペリエンスのためにほかなりません。ペロトンはD2Cでオンライン販売するだけではなく、全米24のモールにリアル店舗を展開しています。それは、フィットネスバイクを売るためではありません。顧客とのリアルな接点を作り、試乗体験などを通じて優れたカスタマーエクスペリエンスを提供するためです。

現に、ペロトンのNPS(ネット・プロモーター・スコア)は全米でテスラに次ぐ第2位です。フォーリーCEOは、NPSが高い企業の共通点を「自前の店舗を持っていること」だと指摘しています。確かにテスラもD2Cでありながらリアル店舗を持つ企業であり、垂直統合にこだわる企業なのです。

「2つの重要な円が交差する企業は3社しかない」とフォーリーCEOは胸を張ります。すなわち、ビジネスモデルのイノベーションによって成功している企業は数あれど、自動車やスマホなどソフトとハードにおける優れたUX企業と、ECなどで消費者に直接モノを販売するD2Cのイノベーター企業、そのどちらの領域にも属する企業は、アップルとテスラ、そしてペロトンしかいない、というのです。

「2つの重要な円が交差する起業は3社しかない」
画像=『世界最先端8社の大戦略』

■「宗教を代替するようなコミュニティ」を創る

フォーリーCEOは次のようにも語っています。

田中道昭『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』(日経BP)
田中道昭『世界最先端8社の大戦略「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』(日経BP)

「宗教を代替するようなコミュニティの創造がミッション」

ユーザーの間では、「ペロトンする」という動詞が使われています。これはペロトンが最強のブランド力を手に入れた証だといえるでしょう。マーケティングの大家フィリップ・コトラーは、「本物のブランドになるには文化ブランドになることが不可欠だ」と語りました。文化ブランドとは社会的課題に対峙して、その成果が人々に受け入れられることを意味しています。

それでは、ペロトンが対峙する社会的課題とは何か。フォーリーCEOは「アメリカで宗教コミュニティに属する人がどんどん減っている」と指摘しました。このままでは、従来の宗教コミュニティが人々に提供していたものが失われてしまう。フォーリーCEOは、「導き、儀式、帰属、コミュニティ、内省、霊性、祭式、音楽の価値を提供しようと考えている」と宣言しました。

■ペトロンが「生活になくてはならないもの」になる

宗教を代替するとは実に壮大なミッションですが、フォーリーCEOは本気です。それはすでに現実のものになろうとしています。

フィットネスバイクをDXによって進化させ、サブスク型のオンラインレッスンで全米に浸透させたペロトン。さらに各地域にリアル店舗を配置したことで、オフラインの「ペロトン・コミュニティ」も生まれつつあります。

こうなると、ペロトンは単なる商品とはいえません。もちろん顧客は「自宅で運動がしたい」というシンプルな動機でペロトンのフィットネスバイクを購入するはずです。しかし、ペロトンが「生活になくてはならないもの」になるまで時間はかからないでしょう。

■「ペトロンする」こそが価値の正体だ

フィットネスバイクが自宅に運ばれ、セットアップされ、物流スタッフから手厚い説明を受ける。インタラクティブなオンラインレッスンを受け、新しい仲間とともに、成果を競い合う……。その結果生まれたのが「ペロトンする」という言葉です。それこそ、ペロトンが顧客に提供している価値の正体なのです。「ペロトンする」とは、バイクをこぐことだけを指してはいません。コミュニティに所属する、音楽を楽しむ、学ぶ、仲間とつながる。そこには、宗教的な要素が多分に含まれているのです。

コロナ禍で在宅フィットネス需要が増加したことを追い風に、急成長を遂げたペロトン。しかしコロナは成長のきっかけに過ぎません。ここで強調すべきはペロトンがフィットネスバイクという事業の本質を見誤らずDXしたこと。「売って終わり」にせず顧客と繋がりコミュニティを形成すること。モノづくりのみならずカスタマーエクスペリエンスの追求そのものに「徹底的なこだわり」があること。ここには、DXで立ち遅れている日本の製造業が学ぶべき点が凝縮されています。

ペロトンの「理想の世界観」実現ワーク
画像=『世界最先端8社の大戦略』

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)

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