「実はコロナ前から低空飛行」菅政権に頼るしかないJTBと近ツーの崖っぷち
プレジデントオンライン / 2021年6月17日 11時15分
■ワクチン接種が進んでも、売上はコロナ前の半分か
コロナ禍で旅行業界の先行きが危ぶまれている。最大手のJTBが5月に発表した2021年3月期連結決算は、最終利益が過去最悪となる1051億円の赤字に沈んだ。巨額赤字の計上に伴い、3月末時点の自己資本比率は6.9%となり、昨年3月末時点の24.3%から急落、債務超過の危機が迫る。
同じ旅行大手の近畿日本ツーリストやクラブツーリズムを擁するKNT-CTホールディングスはもっと深刻だ。同じく5月に発表した21年3月期の連結最終損益は284億5600万円の赤字で、96億5400万円の債務超過となった。
債務超過は二期連続となる。このままだと、上場廃止となる。上場廃止を回避するため、主要取引銀行である三菱UFJ銀行と三井住友銀行が資金を貸し付ける合同会社2社、そして親会社である近鉄グループホールディングスに対し、議決権のない社債型優先株を割り当てて400億円を6月末までに調達。上場廃止を回避する考えだ。
とはいえ、外部環境の厳しさは変わらない。2022年3月期は売上高1800億円、営業損益は140億円の赤字を見込んでいる。ワクチン接種が本格的に進み、Go Toトラベルの再開も回復を後押しするが、国内旅行は2019年3月期の50%程度にとどまるとみられている。
■23億400万円あった資本金を1億円に減資
JTBは新卒採用の見送りや退職による自然減で、22年3月期には20年3月期と比べ国内外で約7200人の従業員削減を進めるほか、社員の平均年収を約3割減らす。さらに国内店舗もすでに73店を閉鎖するなどコスト削減を進めているが、売り上げの落ち込みにリストラが追い付かない。
ワクチン接種の拡大によるコロナの収束に期待するしかない中で、JTBも躍起だ。その象徴が資本金1億円への「減資」だ。23億400万円あった資本金を1億円に減資すると2月に発表した。
この減資の目的は中小企業だけが受けることのできる複数の税制上の優遇、つまり「税逃れ」を狙ったものではないかという指摘がある。もっとも大きいメリットは、外形標準課税の免除だ。法人事業税の一つで、人件費などを基準に算出される。給与などの人件費は1.2%が企業に対して課税される。資本金1億円を超える大企業のみが対象で、中小企業には課されない。
グループで2万7000人を超える従業員を抱えるJTBの人件費は1000億円を超えるとみられる。それを基に試算すると、中小企業化によって、JTBは約12億円分の税金の支払いを回避できる。JTBの売上高は1兆円を超えるが、店舗の賃料などの営業コストが高いため収益率は低く、直近で黒字だった20年3月期の税引前純利益はわずか16億円にすぎない。12億円の税金免除でもその恩恵は大きい。
■シャープの失敗で、「1億円減資」は禁じ手だったが…
業界内でもっとも受注額の多いJTBは社員の給与水準も高い。また、業界トップとして、GoToキャンペーンでも主導権を握り、その恩恵を受けている。「コロナで存亡の危機にある」からといって、中小企業と同じように税制上の優遇措置の恩恵にあやかるのはどうかという声は経済界で少なくない。
かつて、この減資による“税金逃れ”で世間の批判が高まったことがあった。シャープの事案だ。2015年当時、韓国勢などとの液晶テレビなどの競争激化でグループ全体の前期最終赤字が2223億円に膨らみ、破綻の危機に直面した。その際、状況を打開すべく画策したのが減資だった。1218億円の資本金を1億円に減らし、中小企業化による節税を狙ったのだ。
この動きに対し、経済界から批判が続出。宮澤洋一経済産業相(当時)も「企業再生としては違和感がある」と批判。結局、減資は5億円までに留まり、節税による業績底上げ策は失敗した。
その後、税制の優遇にありつこうとする大企業の中小企業化は、「禁じ手」として忌避されてきたが、JTBは、コロナ禍を口実に、そのタブーを破ってしまった。
■旅行業界は「二階―菅ライン」にすがるしかない
さらにJTBは日本政策投資銀行への資金支援も要請している。同行の「危機対応融資」に加えて新たに設けられた500億円のファンドから「優先株」の出資を受けられる仕組みを活用しようというのだ。前年の3倍の2.8兆円に増額された「危機対応融資」も繰り出して、まさに飲食・宿泊・旅行業の「駆け込み寺」と化した政投銀にすがるなど、使える手はいくらでも使おうとしている。
今や風前の灯火であるJTBやKNT-CTホールディングスなど旅行業界がすがるのは「観光業界に影響力を持つ自民党と政府の二階―菅ラインしかなくなった」(JTB幹部)とされる。
禁じ手だった「資本金1億円への減資」や政投銀の優先株引き受けなどについて、シャープのときのような批判は政府・与党内ではみられない。それどころか国民の半分以上が開催に否定的な東京五輪についても政府は実施する方針を堅持している。
それ以外にもコロナ禍で消えたと思われた統合型リゾート(IR)事業も最近になって動きが出てきた。その一つが二階氏のお膝元である和歌山県だ。6月2日、同県の仁坂吉伸知事は県内に誘致を進めているIRの事業候補者にカナダのクレアベスト・グループを選定したと発表した。大阪府や市、横浜市、長崎県などIR事業者の誘致を進めているが、運営事業者を選定したのは和歌山県が初だ。
■批判多数でも政府・自民党がカジノ誘致を続けるワケ
県の事業者公募には2社が応じたが、5月に1社がコロナなどを理由に撤退し、クレアベストのみとなっていた。クレアベストはトロントに本社があるIR投資会社で、北米を中心にカジノやリゾート開発などを手掛けている。同社提案は国際会議場や展示場、レストラン、宿泊施設、カジノ施設など約56.9万平方メートルからなり、初期投資額は約4700億円。開業4年目の経済波及効果は約2600億円を見込んでいるという。
仁坂知事は「自信を持って次のステップにいける」と評価しているが、「入札企業が1社しか残らなかったなかで、断念という選択肢もあったはず。こうなるとクレアベスト社の言いなりになって和歌山県は事業費の持ち出しなどを迫られかねない」との声も政府内では漏れる。
菅氏のお膝元である横浜市でもIRの選定はまだ続いている。有力視されていたラスベガス・サンズが撤退したが、まだ2社が残る。その一つであるゲンティンを代表とするグループは、大林組、鹿島、セガサミーホールディングス、ALSOK、竹中工務店の5社が構成員として参加する。このうちセガサミーの創業者である里見治会長と菅氏をはじめとする自民党首脳との蜜月ぶりは有名だ。
■「全国旅行業協会会長」を30年近く務める二階氏の存在感
8月には林文子横浜市長が任期満了を迎えるが、同市へのIR誘致を巡っては地元から住民投票を求める声が上がったり、候補地の横浜ふ頭の関係者も市長選で反対派の候補の擁立に動いたりするなど、対立が深まっている。それでも菅氏ら政府・自民党がIR事業を続けるのは「つながりの深い旅行・観光業界への支援だ」と指摘する声は自民党内からも多い。
かつて運輸大臣を務め、支持母体である全国旅行業協会の会長を30年近く務めるなど運輸や旅行業界に隠然たる影響力を持つ二階氏と、その二階氏が実質的に擁立した菅政権。それにすがる旅行業界の構図はかねてから指摘されてきた。
しかし、そもそもJTBやKNT-CTホールディングスなど、「各旅行業者がコロナ感染前までにすべき構造改革を放置してきたことが一気に膿となって出てきた」という指摘は市場から多く聞かれる。
■ネット対応の遅れで、旅行大手はコロナ前から低空飛行だった
JTBはコロナ前の19年3月期の連結決算でも151億円の赤字(前の期は10億円の黒字)を出した。リーマン・ショック後の消費不振などで赤字となった10年3月期以来9年ぶりで、当時として赤字幅は過去最大だ。
頭打ちの国内事業を補うためにブラジルやアジアの旅行会社を相次いで買収したが軌道に乗せられず減損を迫られた。さらに実店舗からネット販売への転換に必要なITシステムを導入したが、その移行作業に伴う損失も加わり、合計で132億円の特別損失を計上したのが響いた。
18年3月期は何とか10億円の黒字を堅持したが、長く「低空飛行」が続いている。主戦場が「海外・ネット」になるなかで、JTBなど旅行業界の構造改革が遅れているのは周知の事実だ。これにコロナが加わり、一気に過去の不作為によるダメージが顕在化した。
■親会社である鉄道会社が「見切り」をつける恐れ
今や国内の旅行業界が生き残るためには政権頼みしかないのか。もう20年近く前の話になるが、2001年にKNT-CTホールディングスの前身である当時業界2位の近畿日本ツーリストと、同3位の日本旅行が経営統合を発表したことがあった。主導したのは両社の親会社である近畿日本鉄道とJR西日本だった。しかし、その統合は頓挫した。
両社は「統合発表後に起きた米国多発テロによる混乱」を統合中止の表向きの理由にしていたが、実際は経営統合後の主導権争いなどが起こり、関係がこじれたためだ。
JTBが頼る大株主のJR東日本やJR東海、今回は増資に応じたもののKNT-CTホールディングスの親会社である近鉄もコロナによる影響で空前の赤字となっている。JTBなど旅行各社の自助努力が停滞するようだと、親会社である鉄道会社が「見切り」をつけて、また大なたを振るう可能性が日増しに高まっている。果たしてそれまでに旅行各社は生き残りを自ら見出せるか、現経営陣に問われている。
(プレジデントオンライン編集部)
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