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「それでも大暴落は止まらない」ビットコインが"新時代の通貨"とはなり得ない3つの理由

プレジデントオンライン / 2021年6月17日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bodnarchuk

中米エルサルバドルが世界で初めてビットコインを法定通貨に採用した。みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔さんは「暗号資産の支持者は『歴史的転換点を迎えた』と盛り上がっているが、ささいな出来事にすぎない。ビットコインが既存の法定通貨に取って代わることはない」という――。

■法定通貨になっても実体経済での運用は難しい

6月9日、エルサルバドル議会がビットコインを法定通貨とする案を賛成多数で承認したことが大々的に報じられた。現在、同国の法定通貨は米ドルだが、これも存続させるという。法定通貨としての使用は90日後に法制化され、ビットコインとドルの交換レートは市場で決定されることになっている。

法定通貨なので財・サービスへの支払いや納税をビットコインで行うことが可能になる。前回のコラム「『ビットコイン大暴落は止まらない』コロナ終息で暴かれる暗号資産の“本当の値段”」を非常に多くの方にお読みいただいたこともあってか、エルサルバドルという超小国の動きながら、「暗号資産の法定通貨化」という刺激的な動きをどう考えるかという照会をたくさん頂戴している。以下では論点を絞って、筆者の思うところをお示ししておきたい。

確かに法定通貨に指定されれば、強制通用力を持ち、決済や価値尺度、価値貯蔵といった通貨の3機能に沿った手段として使われる可能性を高める。「History!(歴史が動いた)」というブケレ大統領の言葉に呼応するように暗号資産に期待を寄せる人々は非常に盛り上がっている。だが、考えれば考えるほど不安がある。

理由は複数あるが、今回は以下の3点から説明してみたい。それは①エルサルバドルという国家規模、②ビットコインの制御可能性、③国際社会の協力体制、という3つだ。この3点から今回のエルサルバドルの動きが一定の頑健性と拡張性を持って実体経済で運用されていくのは難しいように感じている。

■歴史を変えるほどの規模ではない

まずは①「エルサルバドルという国家規模」だ。

基本的な事実も確認しておこう。エルサルバドルの名目GDPは2019年実績で270億ドル、人口は640万人、面積は2.1万平方キロメートル。世界におけるシェアは世界GDP(87兆ドル)に対して0.03%、世界人口(77億人)に対して0.1%である。

エルサルバドルの国旗を地図上にピンで表示
写真=iStock.com/MarkRubens
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MarkRubens

また、エルサルバドルの貿易総額は160億ドル弱であり、世界貿易(約18兆5000億ドル)に占める割合はやはり0.1%だ。ちなみに国の面積である2.1万平方キロメートルは九州の半分程度にすぎない。

現時点でもエルサルバドルの経済活動が金融市場に与える影響がそこまで大きいとは思えないのに、ビットコインで代替される経済活動はさらにその一部となるだろう。というのは、米ドルは法定通貨として存続し、ビットコインの使用は任意とされているからだ。

それゆえに「ビットコインは法定通貨として強制通用力を持つので支払い手段として使えるが、ビットコイン決済に対応できない経済主体は免除可能」という状況も想定されている。だとすると、実際にビットコインが利用される頻度(理論的には流通速度)は限定的になるはずである。

■「どれほどの国が追随するか」が試金石になる

「法定通貨になる」という事実はこれから「当該国の経済活動にとって不可欠なものになる」とおおむね同義のはずだが、米ドルで不都合がないエルサルバドル国民はそれを使い続けるのではないか。

もちろん、小国だから無視して良いわけではない。「ビットコインを法定通貨に制定した」という事実が通貨史における「蟻の一穴」なのだという主張もあろう。しかし、通貨の流通量が実体経済規模に規定されるのも事実だ。

例えばユーロ圏が単一通貨をビットコインにするというのであれば、明日からでも関与を強いられる経済主体は大変な数に及ぶ。実需の高まりに応じてビットコインの価値も安定するだろう。

その意味で今回のエルサルバドルの一件は、「今後、どれほどの国が追随するか」という意味での試金石としては注目に値する。しかし、今のところはささいな動きとしか言いようがない。

■「安価な国際送金手段になる」は暗号資産の強みなのか

また、②の理由「ビットコインの制御可能性」を踏まえると、そもそも法定通貨化という試みがうまくいくのかという不安を抱く。

ビットコインはエルサルバドルの所有物ではないので制御可能な代物とは言えない。

今回、エルサルバドルがビットコインを法定通貨に採用する理由として(1)米国の財政・金融政策が未曾有の規模に達し、ドルの信認が自国経済に与える影響が不透明であること、(2)国民の多くが銀行口座を持たないため、低コストの国際送金手段が魅力的であること、が報じられている。しかし、政府がビットコインの動きを制御できない以上、(1)や(2)は説得力を持たない。

先に(2)を触れておきたい。ビットコインに限らず、「安価な国際送金手段になる」という利点は暗号資産が既存の法定通貨に対して持つ強みとして必ず持ち出されるものだからだ。

フェイスブック社のリブラ(現在の名称はデュエム、以下同)が取りざたされた際にも、銀行口座を持たない人々に対する社会貢献(金融包摂)だと言われていた。だが、国際送金に関して既存の法定通貨(ひいては金融システム全体)が負っている厳格な規制は相応の理由(例:不正取引に係る資金洗浄防止など)があって存在しているものだ。

地球儀と各国紙幣
写真=iStock.com/Jenhung Huang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jenhung Huang

■ルールを守れば「期待外れ」で終わる

それが「暗号資産ならば免除される」という道理はなく、実際に監視を強める機運は高まるばかりである。例えば今年5月、米財務省は1万ドル以上の暗号資産の送金を内国歳入庁に報告することを義務付ける方針を発表し、ビットコイン価格は急落した。暗号資産が不正取引を助長しているとの懸念に基づいたものだ。

同種の動きは枚挙に暇がなく、G20においてこの方向性が変わる様子はない。今後は伝統的な金融機関以外も暗号資産を取り扱うケースが増えるだろうが、守るべきルールが大きく変わることはないはずである。

ルールを守る過程で新たなプレーヤーであっても暗号資産の利用者は規制対応コストが膨らみ、最終的な姿は「新時代の低コスト通貨」という当初の期待とは離れたものになってくるだろう。それは特別なことではない。既存の金融機関は近年の規制対応コストに関して大なり小なり悩みを抱えている。

■価格の乱高下を政府は制御できない

だが、(2)以上に理解が難しいのが(1)だ。確かに米国の財政・金融政策は未曾有の規模に達しているが、金利も物価も基本的に制御されている。

もちろん、主権国家のエルサルバドル政府やそれを支持する人々が「ドル(もしくは米金利)のボラティリティが高くなるのが不安なのでビットコインを法定通貨にすることにした」という相場観を抱くのは自由だが、現実問題としてビットコインよりもボラティリティが高い金融資産を筆者は知らない。

ただ、どうしても「米ドルよりもビットコインの方が将来有望」と信じたいのであれば、それは一つの相場観として不可侵なので健闘を祈りたいと思う。

しかし、そのような相場観を抱くにしても、エルサルバドル政府にビットコインのボラティリティを受け止める能力があるのかは良く考えた方が良い。

発表によれば、国営のエルサルバドル開発銀行に設けた信託を通じて取引時のドルの兌換(だかん)性を保証するとされている。では、何らかの理由でビットコインが変動し、国民がドル兌換に大挙した場合、本当に必要なドルを差し出すことができるのか。

ビットコインとドルの交換レートは市場で決まるらしいが、民間企業のCEOの発言1つで価値が倍増したり半減したりするのがビットコインだ。同国で流通するビットコインの数倍のドルが常時潤沢に保有されて初めて成り立つ体制に思えるが、それが可能なのか。

■他力本願の通貨体制を克服できない

もっと言えば、ドルの保有量もさることながら、ビットコインの保有量も不透明さを抱える。ビットコインの供給量(採掘量)は高性能の計算装置次第と言われている。だとすると、ビットコインを法定通貨にすることで「米国の財政・金融政策から自由になれる」といった趣旨の指摘も議論の余地がある。

「自由」というフレーズは暗号資産支持者が好んで使うものだが、ビットコインがエルサルバドル政府のものではなく、供給できる量も限定されている以上、適時適切な流動性供給をできる保証はない。ということは、ビットコインを法定通貨にしてもエルサルバドルの通貨体制が他力本願である状況に変わりはない。

自国で無制限に供給できる通貨を持たない以上、当該国の金融システムは脆弱(ぜいじゃく)性を孕む。法定通貨を司る中央銀行が「最後の貸し手」と呼ばれるゆえんだ。

■フェイスブック社“リブラ”の顚末をお忘れか

最後に③の論点「国際社会の協力体制」で終わりたい。

現状、国際経済外交の舞台で暗号資産に対する目線は厳しい。ディエム(当時はリブラ)が2019年6月に発表されてわずか4カ月後の同年10月のG20財務相・中央銀行総裁会議で「深刻なリスク」があるとの合意が取りまとめられ、懸念が払拭されるまでは各国が発行を認めない方針で意見集約されてしまった。

スマートフォンのディスプレイにのっているリブラサイン付きのチップ
写真=iStock.com/megaflopp
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/megaflopp

「懸念が払拭されるまで」とは厳格な規制などを整備し、後顧の憂いがなくなるまでは認めないということである。現に2020年前半と計画されたディエムはまだ発行に至っていない。当初、計画への参加を表明していた大手企業も当局からにらまれることを懸念し続々と舞台から降りた。フェイスブック社ですらそうだったのだ。

また、エルサルバドルがビットコインの法定通貨化を発表した翌日となる6月10日、金融機関の国際ルールを協議するバーゼル銀行監督委員会は銀行による暗号資産保有を規制する案を公表している。詳述は避けるが、同案で暗号資産に設定された1250%というリスクウエイトは保有した瞬間に全損が想定されているようなものである。

■ルールの抜け道は決して許されない

暗号資産を支持する向きは「既存体制への脅威になる」というどこかヒロイズムを抱きたがる印象がある。しかし、脅威だから認められないし、容認しない方向で意見集約されているのである。

米財務省やバーゼル銀行監督委員会の動きを持ち出すまでもなく、少なくとも既存の法定通貨や金融機関が活動している土俵には数多くのルールが存在し、全ては相応の歴史と理由がある。抜け道を作って良いところ取りができるような可能性は残さないし、それが規制当局の仕事である。

もちろん、エルサルバドルはG20加盟国ではないので、この種の合意を無視すること自体は問題ない。ただ、国際社会で認められる方向にない代物を法定通貨にして何か良いことがあるのか。

6月10日、ライスIMF報道官は「ビットコインの法定通貨採用は、マクロ経済、金融、法律上の多くの問題を提起し、非常に慎重な分析を必要とする」と指摘し、早速けん制の構えである。

現在、エルサルバドルはIMFから10億ドル以上の融資獲得を希望しているようだが、ビットコインの法定通貨化が融資交渉に良い影響を与えることは恐らくないだろう。必要な金融支援を蹴ってまでビットコインを使いたいのだろうか。そこまでの勝算があるならば、それも1つの考え方ではある。

■ルールを逸脱する通貨は存在しえない

エルサルバドルの動きは歴史的に見て目を引くものであり、今後、追随する国がどれほど出てくるのかという意味では確かに面白いトピックである。

例えば中米共同市場の開発銀行である中米経済統合銀行(CABEIの加盟国はエルサルバドル以外にコスタリカ・グアテマラ・ホンジュラス・ニカラグアが存在する。これらの国々の挙動は注目だろう。ブラジルやメキシコのような国でも支持する政治家は存在するという。

だが、以上で見てきたように、現時点では今回の動きが持続可能性を持ち、通貨の歴史に無視できない影響を与えると考えるだけの証拠には乏しいというのが客観的な評価に思う。

暗号資産に未来を見いだす人々を全否定したいわけではない。しかし、既存の金融資産やそれを取り巻くプレーヤーやルールには相応の歴史と理由があって存在している。それを承知した上で、議論する姿勢が大事だと考える。通貨の未来を語ることも魅力的だが、現行体制の在り方を確実に学ぶことも推奨したい。

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唐鎌 大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、JETRO入構、貿易投資白書の執筆などを務める。2006年からは日本経済研究センターへ出向し、日本経済の短期予測などを担当。その後、2007年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、年2回公表されるEU経済見通しの作成などに携わった。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『欧州リスク:日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、14年7月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、17年11月)、『リブラの正体 GAFAは通貨を支配するのか?』(共著、日本経済新聞社出版、19年11月)。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』、日経CNBC『夜エクスプレス』など。連載:ロイター、東洋経済オンライン、ダイヤモンドオンライン、Business Insider、現代ビジネス(講談社)など

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(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 唐鎌 大輔)

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