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服役中の元キャバ嬢が「歌舞伎町の深夜薬局」にどうしても手紙で伝えたかったこと

プレジデントオンライン / 2021年6月27日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maruco

日本屈指の歓楽街、新宿・歌舞伎町。朝まで眠らないその町に、世間とはほぼ正反対の時間帯に営業する「深夜薬局」がある。店主のもとには、夜の街で働く人々がさまざまな相談を持ちかけてくる。その内容とは――。(後編/全2回)

※本稿は、福田智弘『深夜薬局』(小学館集英社プロダクション)の一部を再編集したものです。

■「AVに行こうかな」と薬剤師につぶやく性風俗店の女性

(前編から続く)

基本的に中沢さんは「聴き役」だ。アドバイスを求められれば、適切なひと言を語るが、そうでなければ、自分からなにかを忠告したり、ましてやお説教のようなことを言ったりはしない。

あくまで基本的には……である。

2020年4月、新型コロナウイルスの流行にともなって東京都が緊急事態宣言を出したとき、歌舞伎町の性風俗店ではたらいていた若い女性がニュクス薬局にやって来た。

「お店も自粛をはじめて、仕事がなくなっちゃったんだよね」

全国的に「自粛」が叫ばれ、夜の街から人通りがなくなったあのとき。ましてや、「濃厚接触」をともなう性風俗店の仕事がめっきり減るのは、想像に難くない。そこで彼女は、新しい道に進もうかと、中沢さんに相談を持ち掛けた。

「AVに行こうかな」

基本的に中沢さんは、自分からアドバイスや意見を言うことはしない。しかしそのときは、はっきりと自分の思いを伝えたという。

「いまは仕事がなくて大変なのはわかる。けど、AVとして形に残ってしまうのはあまりよろしくないと思うよ」

職業に貴賤はない。それでも、偏見はある。世の中から偏見をなくしていくことはもちろん我々みんなが努めなければならないことだけれど、中沢さんが言っているのは「現実」の話で、起こる可能性の高い「近い将来」の話だ。

もちろんそういった仕事に理解のある男性もいる。けれど、理解のないひとがいるのも現実だ。

■「気がのらないんだったらやめておいたほうがいいと思うよ」

「選ばれる側になっちゃうんだよ」と中沢さんは言った。

こちらから好きなひとを選ぶことができなくなる。現実問題として、理解のある男性のほうが圧倒的少数だ。好きなひとと一緒になるときにも、いい相手を探すぞ、というときにも不利になる。

「気がのらないんだったらやめておいたほうがいいと思うよ」

珍しく、意見を言った中沢さん。

「そこはね、もう、後悔しているひとを山ほど見てきたので」

新宿歌舞伎町(2012年10月15日)
写真=iStock.com/aluxum
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aluxum

後悔する気持ちは、きっと「怯(おび)え」にあるのだろう。AVから足を洗っても、いつ見つけられてしまうかわからない恐怖。いまは1回ネットにアップされてしまえば、永遠に「残って」しまう。夫や子ども、同僚や友人に、見つかってしまったら……そうビクビクして過ごすのは、つらすぎる。

「AVの撮影だと聞かされずに勝手に撮られ、海外のサーバに上げられてしまった子もいました。その子は泣き寝入りせずに戦おうとしたんです。ウチに置いてある、そういった被害者に寄り添うNPOのチラシを見て。でも、海外のサイトは、日本の法律では裁けなかった。結局、いまもインターネット上のどこかに、その動画は残っているはずです」

後悔したり涙を流したりしているお客さんをたくさん見てきたからこそ、目の前のひとがそういう未来を生きることがないように、はっきりとアドバイスしたのだろう。

ただ、アドバイスをもらったひとは、みんな、それに従うのだろうか?

「いやあ、そうでもないです。その子も『やっぱりお金がないから』ってAVの事務所に連絡してみたらしいです。ただ、AV業界も撮影は自粛していて仕事がないって言われたそうで。ほかにも、まあ……みんな最後はやりたいようにやりますね(笑)」

中沢さんはそう言ってから付け加えた。

「べつにいいんですよ、それは。なにか助言したからってそれに従わなければいけないという義理はないんですから」

■コロナ禍で仕事を失ったキャバクラ嬢

2020年、新型コロナウイルスが流行し、緊急事態宣言が出たときも、中沢さんは店を開けていた。もちろんお客さんの数は少なくなったが、「コロナ以前」と同じようにカウンターに立ちつづけた。

その最中、亡くなってしまった女性がひとり、いる。死因は、コロナではない。自死だ。ニュクス薬局によく顔を出していたひとだった。

その女性はもともと専門学校に通っていたものの、人付き合いを苦に感じて途中で退学。その後、性風俗店ではたらきはじめたものの精神的につづかず、キャバクラにうつったのが2020年のはじめのころだった。そのときは、「キャバクラ(こっち)ならがんばれそう」と前向きに語っていた。

ところが、新型コロナウイルスが流行しはじめると、「接待を伴う飲食店」であるキャバクラは休業を余儀なくされた。売上も、もちろん収入もほとんどゼロ。彼女はもう一度、収入を得るために、性風俗店に戻っていった。

しかし悪いことに、そのタイミングで緊急事態宣言が発令された。完全なる「ステイホーム」ムード。性風俗も、仕事がほとんどなくなってしまった。

常連だった彼女は、その前後、何度かニュクス薬局にやってきた。中沢さんも、生活保護の話もしたし、

「何かあったら、いつでもうちにおいでよ」

などと声をかけていた。あるとき

「そんなに困っているんだったら、家族とか親に相談してみたら」

と話したら、

「いや、親が……」

と暗い顔をする。過去に親から虐待を受けていたという。「だれも頼れない」と、以前言っていたのはそういうことだったのか。

話を聴いてもらえる相手は、もう中沢さんしかいなかったのだろう。

■「いつでもいいから、またおいで」が最後の会話に

その日も、いろいろ話して、ニュクス薬局を出たときは元気そうな顔になっていた。しかし、それから1週間も経たずして警察から連絡があった。自死されたという。警察は、彼女の部屋にあった薬か、お薬手帳をたどって、ニュクス薬局のことを知ったのだろう。

「いつでもいいから、またおいで」

薬局を出ていくとき、告げたその言葉が最後の会話になってしまった。

死を決意する前の彼女に、ほんの少しの笑顔とひとのあたたかさを与え続けた中沢さん。しかし、夜の街ではたらくひとには、政府や自治体から満足な補償が与えられなかった。

「ここなら」と思えた仕事を得たのに、コロナに翻弄されてしまった女性。メディアで「夜の街」と矢面に立たされていた歌舞伎町で、こうして、必死に生きようとして、ついに命を絶つしかなくなってしまったひとがいた……まさに「いた」のだ。

■獄中の元キャバクラ嬢から薬局への手紙

仕事帰りにしょっちゅう立ち寄っては、ただ雑談だけして帰っていくキャバクラ嬢がいた。明るい子だった。ところが、しばらく顔を見せない期間があり、どうしたんだろうと思っていると……ある日、突然手紙が届いた。それは、刑務所からだった。

福田智弘『深夜薬局』(小学館集英社プロダクション)
福田智弘『深夜薬局』(小学館集英社プロダクション)

封を開けてみると、手紙には覚醒剤使用で逮捕されて服役中であること、そして自分の無実を訴える内容が書かれていた。「罠にハメられたんだ。ホテルでお酒にクスリを入れられたんだ」と。

彼女はキャバクラではたらいているとき、元カレの詐欺犯罪に巻き込まれて一度逮捕されている。そのときは執行猶予がつき、引きつづきキャバクラではたらいていた。

ところがアフターで、あるお客さんとホテルに行ったところ、お酒に覚醒剤を入れられてしまう。頭がぐるぐるして気持ちが悪い。「これはおかしい」と思い、ホテルから飛び出た瞬間、警察に肩を叩かれた。執行猶予中の犯罪だったためそのまま実刑が下された。

「だけどわたしはホントに2件ともシロなんだ」

そんな話がつづられていた。

その後中沢さんは、10通ほど彼女と手紙のやりとりを交わした。もちろん、すべての手紙で、ただ無実を訴えられたわけではない。反省や後悔がつづられているものもあった。とにかく「自分の気持ちを伝えたい」「刑務所内で起こったできごとを話したい」「だれかと、言葉のやりとりをしたい。つながりたい」そんな彼女の、さまざまな思いがこもった手紙だった。

もし、自分が刑務所に入ったとしたら、いったいだれにその思いを伝えようとするだろう。家族か、恋人か、親友か……「友人」程度の相手には、おそらく筆は取らない。ときどき一緒に遊ぶくらいの仲だったら、遠慮してしまうのではないだろうか。ましてや、「よく通っていた薬局のひと」なんて、普通なら、候補にも上がらないだろう。

しかも、刑務所から受刑者が出せる手紙の枚数は、基本的には1カ月に4通(半年問題なく過ごすと5通)。1回につき2通まで、1通につき7枚までなど厳しい制限がある。その貴重な1通を使ってだれに自分の声を届けたいか? そう考えると、決して適当な、薄いつながりの相手ではないとわかるだろう。むしろ世の中に、こんなに思いのこもった84円切手はないかもしれない。

彼女にとって、その1通を使う相手が中沢さん、「よく通っていた薬局のひと」だったのだ。

■「わたしたちの居場所をつくってくれて、ありがとう」

親子仲はあまりよろしくなかったらしい。家族には筆を走らせられなかったのかもしれない。

便箋を前に、ふと中沢さんの顔が浮かんだのだろう。彼女にとってニュクス薬局は文字どおりかけがえのない存在になっていたに違いない。

「自分が想像していた以上に、そうだったみたいですね」

と中沢さんは言った。やりとりした手紙のなかには、こんな一文があったという。

「わたしたちの居場所をつくってくれて、ありがとう」

やがて彼女は、出所した。そしてあいさつに来た。もう歌舞伎町は卒業したという。二度と会うことはないのだろうか、それともまた中沢さんを必要として戻ってくるのだろうか?

わからない。それはわからないけれど、いずれにしても中沢さんは、ニュクス薬局のカウンターの中、いつもの場所で、今日も「待っている」。

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福田 智弘(ふくだ・ともひろ)
歴史・文学研究家 作家
1965年埼玉県生まれ。東京都立大学卒。歴史、文学関連を中心に執筆活動を行っている。おもな著書に『ビジネスに使える「文学の言葉」』(ダイヤモンド社)、『世界が驚いたニッポンの芸術 浮世絵の謎』(実業之日本社)、『よくわかる! 江戸時代の暮らし』(辰巳出版)などがある。

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(歴史・文学研究家 作家 福田 智弘)

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