「もう"美人すぎる魚屋"じゃない」逆境を逆手に編み出した"注文殺到の新商品"
プレジデントオンライン / 2021年6月25日 13時15分
■「若い女性の魚屋の跡取り」に取材が相次ぐ
森朝奈さんは毎朝、寿商店の社長である父・嶢至(たかし)さん(61歳)とともに、名古屋市中央卸売市場へ魚の買い付けに行く。夫婦で鮮魚店を営む人も多く、市場では「魚屋のおかみさん」はちらほら見かけるが、やはり圧倒的に男性が多い。
「若い女性はほとんどいないですね。(東京から家業を継ぐために名古屋に戻り)父と市場に来始めた当時、私は24歳でしたから、もしかしたら市場に出入りする女性の中では最年少だったかもしれません」
森さんはその後、社内のシステム化や効率化を推し進め、当初2店舗だった居酒屋を12店舗にまで拡大する土台を作った。SNSを駆使するなど、広報活動も積極的に行った。
東京の大手IT企業を辞めてUターンしてきた、業界には珍しい若い女性の跡取り。取材の申し込みも相次いだ。取り上げられた記事の見出しには“美人すぎる魚屋”“若くてきれいな跡取り娘”といった言葉が並ぶ。
■メディアの中の自分の姿にギャップ
森さんは、「『客寄せパンダ』になることに抵抗がありましたし、自分の思いと違うところばかりが取り上げられることに、すごく複雑な思いがありました」と話す。
筆者が森さんを知ったのも、メディアやSNSなどで性的な対象として見られることへの戸惑いを吐露した記事だった。ネットで検索してみると、とにかく容姿に関する書き込みが多く、「着ているものを売ってほしい」「水着でグラビアをやってほしい」など、性的なコメントも散見された。
しかし、森さんに取材が入ると、社員も盛り上がる。「会社の宣伝になるなら」と、積極的に取材を受け、言われるまま、仕事とは関係のない趣味やプライベートの写真撮影に対応したこともあった。
「こういう打ち出し方をされるのは嫌だったんですが、頼まれると、どうしても相手の求めているものを提供しないといけないと考えてしまうところがあって……。でも、こうした取材の受け方をしていると、勘違いもされやすい。私自身が考えている自分の姿と、メディアを通じて見た私の見え方が違うことも感じました。そのギャップに悩んで、どうふるまうべきかわからなくなったこともありました」
若さや容姿ばかりが注目されるのは嫌だったが、だからこそメディアに取り上げられ、宣伝になる部分もある。「客寄せパンダ」の役割を担うべきなのか。メディアから求められる姿でいなくてはいけないのではないかと思ったこともあるという。
しかし最近は、「言われるままに取材を受けるのではなく、もっと選ばないといけないと思うようになりました」と話す。
■コロナ禍で買い手がつかない魚「何とかしたい」
こうした心境の変化の背景には、自分の技術や経験、知識に自信がついてきたことがあるという。今では、会社の収益に大きな貢献もできるようにもなった。IT業界から、鮮魚販売の業界に飛び込み、魚の見立てもさばき方もわからなかった20代の森さんと、今の森さんはまったく違う。
森さんが自分でも「大きく変わった」と感じるようになったきっかけが、2020年に始まったコロナ禍だ。
愛知県では、2020年4月に最初の緊急事態宣言が発出され、飲食店に休業要請が出されて売り上げは大幅に落ち込んだ。寿商店も例外ではなく、鮮魚の卸売業はもちろん、12店舗を展開する居酒屋「下の一色」などの飲食業も大きな打撃を受けた。
「(2020年の)4月、5月ごろに市場に行くと、いい魚が入っているのに値段がものすごく下がっていたんです。漁師の友達は、魚を取っても買い手がつかないので『漁に出られない』と嘆いていましたし、クルマエビの養殖業者さんも『これ以上大きく育てても売れないし、お金がかかるばかり。まだ小さいけど安くするから買ってくれないか』と。そうした状況を見て、何とかしたいと思ったんです」
■「おまかせ鮮魚BOX」に注文が殺到
「こんなに安くて新鮮な魚介類なら、きっと食べたい人はいるだろう」と考えた森さん。まずはSNSで友達に向けて、市場の様子を写真で見せながら「こんなに立派な天然の鯛が1000円で買えるんだよ。欲しい人は送るよ」と呼びかけたところ、大好評だった。
「これほど需要があるんだ」と感じた森さんは、翌日には商品ページを作成してSNSで発信、下処理済みの旬の魚介類を詰め合わせた「おまかせ鮮魚BOX」の販売を開始した。
通常であれば料亭や旅館、ホテルなどに販売されるような、新鮮で質の良い魚が、家庭で調理しやすいよう下処理済みで家に届く。「巣ごもり需要」にもマッチした。東海エリアのすべてのテレビ局で取り上げられたほか、SNSでも話題になり、1日2000件もの注文が入る人気商品になった。
森さんは、ネット通販の売り上げを伸ばすために、YouTubeのチャンネル「魚屋の森さん」も開設。魚のさばき方や魚料理レシピの合間に、「おまかせ鮮魚BOX」などのネット通販の商品を紹介したところ、これも売り上げに貢献。2020年のネット通販全体の売り上げは、2019年に比べて10倍に増えた。
「居酒屋などの飲食の売り上げは、今でも平年に比べて6割減ですが、それを補填(ほてん)してくれる売り上げを自分で作ることができたのは、本当に大きな自信になりました」
これまで、会社の組織作りや広報活動などで成果を上げてはきたものの、コロナ禍になって初めて、自分が起こした行動が売り上げに直結し、会社を救うことになったのだ。
毎日、父の嶢至さんに同行して魚の目利きを学んできたこと。SNSの情報発信に力を入れてきたこと。父の反対を押し切って受発注業務のシステム化を推し進めたこと。今までやってきたことすべてが実を結んだ。「『カードを切るのは今だ』と、タイムリーに新商品を出す判断ができ、売り上げにつなげられたのは大きかったです」
■こういう状況だからこそ「攻める意識」を
コロナ禍で厳しい環境はまだ続きそうだが、「こういう状況だと、つい守りの姿勢になってしまう性格なのは自分でもよくわかっているんです。だからこそ、あえて『攻める意識』を持つようにしています」と言う。
「重要なのは、働く人のモチベーションだと思うんです。お客様が入らず、売り上げがなくて暇だとしんどい。だからといって、簡単に居酒屋を閉めて、たとえば焼肉屋だとか、まったく別の飲食業に移行するようなことはできません。魚を扱う職人さんの、仕事に対するプライドやこだわりも強い。従業員さんたちのモチベーションを保ち、今までやってきたことを守りながら、新しいことをやっていかないと」
■「鮮魚BOX」経験ヒントに新業態の店舗を開発
ヒントは、コロナ禍で生まれた「おまかせ鮮魚BOX」にあった。
この商品が人気を呼んだ理由の一つに、骨抜きや三枚おろしなどの下処理をして、これまで魚をさばいたことがなかった人でも、手軽に新鮮でおいしい魚を楽しめるようにしたことがあった。
「『おまかせ鮮魚BOX』のために大量の魚の下処理をしたので、こうした作業を効率的に行うオペレーションの形ができてきたんです。『これは飲食店経営にも生かせる』と思いました」
セントラルキッチンで魚の下処理を行ったうえで各店舗に送れば、店舗側の手間が減る。「居酒屋はどうしてもFLコスト(食材費と人件費)の割合が高くなってしまうんですが、このスタイルであれば人件費が抑えられます。フードコートのような出店であればワンオペに近い形でも運営できる。こうして、新鮮でおいしい魚を手軽に楽しんでもらえる、コロナの影響を受けない新業態を開発しています」
今年の夏には、新しい業態の店舗を県外に出店する計画で、その後も今年、来年と新規の出店を続ける予定だという。
■同じ悩みを語り合う「跡取会」
幼いころからの夢だった、大好きな、尊敬する父の跡を継いで魚屋になることは叶えた。ただ、「家業を継ぐ」ことの大変さはある。
「家族だと、何でも言い合える分、他人以上に気を使うところがあります。親子と仕事のスイッチを切り替えるのは難しいと感じることも多いですね」
四六時中顔を突き合わせていれば、時には意見が食い違ったり、ぶつかったりすることもある。
「でも、正面から父が言うことを否定したりはしないようにしています。父が作ってきたものを私が受け継ぐわけですから、まずは父を理解しないといけないと思っています。ただ、それってすごくエネルギーを使いますね」
同じ悩みを共有できる場が、森さんが2年前に立ち上げた「跡取会」だ。名古屋など東海地方の中小企業の「跡取り」たち約120人がゆるやかにつながる。
「120人で、お互いの愚痴をずっと聞いてるって感じです(笑)。先代との付き合い方、ほかの社員との関係など、みんな悩みは同じなんです。でも、社内で愚痴を言うわけにもいかないし、なかなか周りには悩みを理解してくれる人がいないので、孤独なんですよね。話だけでも聞き合えたら力になるのではと考えて作りました」
メンバーは、米穀店、お茶販売店、運送会社、解体業者など、あらゆる業界から集まる。コロナ禍が始まってからは、直接顔を合わせることが難しくなったが、オンラインで交流会を行い、助成金や給付金の勉強会を行ったりもした。「『気軽に参加できる2代目の愚痴会』という感じですね」と森さんは話す。
コロナ禍で、飲食業界は厳しい状況が続く。森さんは「正直、不安はあります」というが、立ち止まらずさまざまな取り組みを行っている。
人気商品となった「おまかせ鮮魚BOX」のほかにも、自分で魚をさばいてみたい人のために、下処理をしない鮮魚を詰め合わせた「おさかなさばきチャレンジBOX」や、離乳食に適した魚を、下処理して小分けし、加熱・冷凍処理した「鮮魚BOX for ベビー」なども次々発売。今年1月と2月には、コロナ禍で厳しい状況にあるひとり親家庭を対象に、無料で「おまかせ鮮魚BOX」を届ける支援プロジェクトも行った。
6月には、経理システムのクラウド化を実施。この夏には、新業態の店舗の県外での開店も控える。「今、仕事がすごく楽しい」という森さん。「凄腕の女性経営者」として、これからも力強く前へ前へと突き進んでいくに違いない。
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寿商店 常務取締役
1986年生まれ、名古屋市出身。2009年に早稲田大学国際教養学部卒業、楽天入社。社長室配属。退職して名古屋市に戻り、2011年に父・嶢至さんが創業した、鮮魚販売や飲食店を展開する寿商店に加わった。2017年常務取締役就任。YouTubeの「魚屋の森さん」チャンネルを運営するユーチューバーでもある。
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(寿商店 常務取締役 森 朝奈 文=元川 悦子)
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