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「すべては首相続投のため」尾身会長の警告さえ無視する菅首相の身勝手な野心

プレジデントオンライン / 2021年6月22日 18時15分

森ビルが設置した新型コロナウイルスワクチンの職場接種会場を視察する菅義偉首相(左から2人目)=2021年6月21日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

■「宣言」から「重点措置」にするのも五輪のため

9都道府県の「緊急事態宣言」が解除され、岡山県と広島県を除く東京など7都道府県では6月21日から「まん延防止等重点措置」に移行した。感染者の数が高い水準で推移し、医療提供体制が逼迫している沖縄は7月11日まで宣言が延長された。

感染対策が「宣言」から「重点措置」に変わったところで、私たち国民に与える影響はほとんど変わらない。それなのに、なぜ政府は重点措置に移行させたのか。それは東京オリンピック・パラリンピックの開催を前に、海外からの目を気にしているからだ。

緊急事態宣言だと、海外から厳しいロックダウン(都市封鎖)と受け止められる恐れがある。東京五輪を少しでも開催しやすくするため、わざわざ今年2月に重点措置の制度を設けたのである。

■「デルタ株」はワクチンの効果を落とす危険性も

重点措置の対象地域では、飲食店に午後8時までの営業時間の短縮を求め、アクリル板設置などの感染対策の徹底があれば、アルコール類の提供が午後7時まで認められる。

一方、大規模イベントの観客数は「5000人以下」に限られ、重点措置の解除後の1カ月間は「1万人以下」とする経過措置が設けられている。期限の7月11日にまん延防止等重点措置を解除した後、8月中旬までは「1万人以下」となる。これも五輪開催を見据えた設定だろう。あまりに露骨だ。

第4波となった3月下旬からの感染拡大は、イギリスで確認された変異ウイルス「アルファ株」の流行が引き金となり、全国の新規感染者はピーク時の5月上旬で7000人を超えた。重症者は1400人台に達し、昨冬の第3波を超え、全国各地で医療現場の混乱を招いた。

それにしても7月23日に東京五輪開催が迫るなかでの緊急事態宣言の解除である。今後、菅義偉政権は感染の再拡大を防ぐことができるのか。現在、都内では感染者数の下げ止まり状況にあり、「五輪の開催前後に感染が再拡大する危険がある」と警告する感染症対策の専門家は多い。さらにインドで確認された変異ウイルス「デルタ株」は、アルファ株よりも感染力が強く、免疫に影響してワクチンの効果を落とす危険性が指摘されており、ウイルスの置き換わりが懸念される。

■尾身会長「いまの状況でやるというのは普通ではない」

五輪開催に対する菅首相の思いはかなり強い。異様とも言える。新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、これまで何度も「いまの状況でやるというのは普通ではない」「いったい何のためにやるのか、しっかりと明言するのが重要だ」と批判しているが、それでも菅首相は五輪中止をおくびにも出さなかった。

政府が新型コロナウイルス感染症対策本部を開き、緊急事態宣言の解除を正式に決めたのは6月17日。この日の夜、菅首相は首相官邸で記者会見を行い、国民にこう呼びかけた。

「今後、何よりも警戒すべきことは、大きなリバウンド(感染再拡大)を起こさないこと」
「大事なことは、対策を継続して感染者数の上昇をできるだけ抑え、同時に1日も早くワクチン接種を進めて医療崩壊を起こさないこと」
「人類が新型コロナという大きな困難に直面するいまだからこそ、世界が団結し、人々の努力と英知でこの難局を乗り越え、五輪を開催していくことを日本から世界に発信したい」

要は菅首相が頼りにしているのはワクチンなのである。極端に言えば、五輪を安心・安全に開催できる根拠は、ワクチン接種しかない。確かにワクチンの効き目は高い。しかしながら、頼みの綱がワクチン1本しかないのに、五輪開催へと突き進むのは心もとない。

新国立競技場
写真=iStock.com/Ryosei Watanabe
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ryosei Watanabe

■「菅首相の野心」に日本全体が巻き込まれつつある

東京五輪は盛り上がりに欠けている。それは「復興五輪」のスローガンを失い、「コロナ五輪」「菅五輪」と化しているからだ。なぜ菅首相はそこまで五輪にこだわるのか。それは首相続投には五輪開催が欠かせないからだろう。

五輪後に自民党の総裁選と衆院選挙がある。菅首相は五輪を成功させて国民の人気を勝ち取り、この2つの選挙に打って出たい。両選挙に勝てば、首相を続けることができると考えているのだろう。

ただし、五輪が感染拡大で失敗した場合、菅首相と自民党の人気はガタ落ちとなるはずだ。その結果、立憲民衆党など野党が勢いを得て、衆院総選挙で大きく躍進するかもしれない。野党らが政界再編の中心となり、反自民政権が再来する可能性はゼロではない。

しかし、3.11の東日本大震災と福島原発事故での旧民主党の対応のまずさとひどさを思い出すと、それだけは避けたい。野党の支持率は決して高くない。多くの国民は政権の安定を期待しているのだ。それなのに、「五輪開催」という賭けに出るのは、菅首相の野心だろう。日本全体がそれに巻き込まれつつある。

■政府の掲げた「5本柱」で進んでいるのはワクチン接種だけ

5月26日付の社説で菅首相に五輪中止の決断を求めた朝日新聞(6月18日付)は「再拡大懸念下の解除 五輪リスク、首相は直視を」との見出しを大きな1本社説に付け、リード(前文)でこう書く。

「それに加えて、1カ月後に迫る東京五輪である。選手の行動は制御できても、祝宴ムードで人の流れが増えれば、感染拡大につながりかねない。国民の命と暮らしを守る重責を担う菅首相は、『五輪リスク』から目をそむけてはならない」

五輪は大きなお祭りだ。それゆえ人流は間違いなく大きく膨らむ。人流の問題をどう解決していくのか。菅政権の実力が試される。思うに「五輪リスク」とは五輪中止を求める朝日社説らしい言葉である。

朝日社説は指摘する。

「前回の解除時に政府が掲げた5本柱の総合対策は、ワクチン接種を除けば、多くは中途半端なままだ」
「追加の病床確保はさほど進まず、変異株の監視・封じ込め態勢も十分とはいえない。無症状者を対象としたモニタリング検査も、再拡大の予兆を捉えられているか甚だ疑問だ」

朝日社説の指摘は手厳しいが、これもすべて菅首相が頑固に五輪の開催を推し進めているからだ。菅首相にバランス感覚はないのだろうか。

■一番大切なのは開催する勇気ではなく、中止する勇気

朝日社説は指摘する。

「首相は、国民の命と健康を守るのが前提といいながら、具体的なリスク評価を示すことなく、五輪開催に向けて突き進む。日常生活になお、さまざまな制約を受ける国民からすれば、『五輪は特別扱いなのか』という思いは拭えないだろう」
「社説はこの夏の開催中止の決断を首相に求めたが、政府は厳しい現実に目をふさぎ、もはや後戻りは出来ないといわんばかりの頑なな姿勢を崩さない」

菅首相は五輪の成功をバネに続投を目指す。だからこそ、菅首相にとって五輪は特別扱いなのである。「後戻りは出来ない」のではなく、周囲に目が届かないから切羽詰まった状況を自ら作り出している。

6月4日付の記事「『五輪開催の意義を語らない選手は不戦勝』産経社説のあまりに理不尽な主張は大問題だ」にも書いたが、一番大切なのは開催する勇気ではなく、中止する勇気なのである。

■躊躇することなく、再び緊急事態宣言を出すことができるか

まだ間に合う。菅首相は五輪中止を視野に入れておくべきだ。五輪に失敗すれば、自らの政治生命を失うだけではない。世界中に日本の敗北を伝えざるを得なくなる。中国は喜び叫び、来年2月の冬季北京五輪のための絶好のエサ(糧)にするだろう。

朝日社説は「来日する選手の行動範囲は、宿泊先である選手村、練習や試合会場に限られるが、約8万人ともいわれる大会関係者は都内や近郊に滞在する。約7万人のボランティアをはじめ、食事や清掃、輸送、警備など大会を支える人々が、選手村や会場などに出入りする。感染のリスクは否定できない」とも指摘し、最後にこう主張する。

「政府の解除方針を了承した分科会の尾身茂会長は、再拡大の兆しがあれば、機動的に宣言に踏み切ることが前提だと述べた。首相は会見で、必要なら宣言や重点措置を行う考えに変わりはない、と述べた。その言葉通り、五輪の前や期間中であっても、再宣言をためらうべきではない。『開催ありき』『観客ありき』の発想では、国民の命と暮らしは守れない」

果たして菅首相は躊躇することなく、緊急事態宣言を再び出すことができるだろうか。これまでの菅首相の国会での答弁を聞いた限りでは、ためらって感染の拡大を許してしまうように思えてならない。

■ほかのスポーツイベントと五輪は比較にならない

6月18日付の産経新聞の社説(主張)も大きな1本社説である。

産経社説は冒頭部分で「スポーツなど大規模イベントの人数については、緊急事態宣言や重点措置の解除後1カ月程度の経過措置として、会場定員の50%以内であれば1万人を上限とする新たな基準が設けられた。7月21日にサッカーとソフトボールで競技が始まり、23日に国立競技場で開会式を迎える東京五輪は、この経過措置期間中に開催される」「新たな基準が、東京五輪を念頭に置いたものであることは明らかだ」と書いたうえで、こう主張する。

「経過措置期間中の『上限1万人』は、尾身氏が会長を務める分科会が了承したものだ。尾身氏は『1万人の観客上限は東京五輪の観客の議論と関係ないことを政府に確認した』とも述べるが、五輪のみを特別視する提言は明らかな矛盾をはらむ。その解消は政治の責任である」

尾身氏は18日午後に日本記者クラブで提言を公表し、「五輪は無観客が望ましい」と訴えていた。この記者会見に先立ち、産経社説は「提言は五輪のみを特別視する」と問題視している。五輪はその規模で膨大な人の流れが予想され、他のスポーツイベントの比ではない。その意味で五輪は特別な巨大イベントなのだ。「五輪のみを特別視する」との産経の指摘は腑に落ちない。

「その解消は政治の責任である」も意味が分からない。矛盾の解消を政権の手で行えと主張したいのだろうか。

さらにこれに続く、「この際、菅首相は国民に向けて明確に五輪開催への支持、協力を求めるべきではないか。外国首脳に支持を求めて国民への姿勢が曖昧なままでは筋が通るまい」との指摘も分かりにくい。菅首相は五輪開催のために国民に感染拡大防止の協力を求めている。産経社説は協力を求めていないと考えているのだろうか。

■大きな変異が起これば、いまのワクチンは効かなくなる

産経社説は菅首相の頼みの綱であるワクチンについて「幸い、ウイルスとの戦いの切り札となり得るワクチン接種をめぐっては、菅首相がリーダーシップを発揮し、順調に進んでいる。自衛隊による大規模接種に加え、職域接種も始まった」と言及し、こう主張する。

「さらなるスピードアップが可能なはずだ。自治体によってはワクチンを打ちたくても接種券が届いていない人が大勢いる。打ち手を確保できずに職域接種に手を挙げられない企業がある」

「さらなるスピードアップ」とは菅首相以上にワクチンに依存していないか。冷静に考えてほしい。あくまでもワクチンは人体にとって異物であり、今回の「mRNAワクチン」は人類にとって初めての試みだ。まだ予期せぬ副反応や数年後の影響の問題がすべて解決されたわけではない。スピードアップで無用な混乱も生じかねない。大きな変異が起これば、いまのワクチンはすべて効かなくなる。

■2回接種後にしっかりした抗体ができるには1カ月ほどかかる

産経社説は書く。

「専門家による種々のシミュレーションでは、7月、あるいは8月にも感染の第5波が訪れる予測がある。だが、ワクチン接種の迅速化で感染や重症化を減らし、人流や行動の抑制で予測を外すことは可能なはずである」

専門家はワクチンの効果が表れる時期も計算に入れて第5波を予測している。ワクチンは3週間を間に挟んで2回接種し、その後しっかりした抗体(免疫)ができるまで1カ月ほどかかる。ましてや、集団免疫を獲得するには少なくとも人口の6割以上が2回の接種を終える必要がある。五輪開催の前後に第5波が出現するものと考えて対策を練っておくべきである。

最後に産経社説は「やがて世界からトップアスリートが東京に集結し、聖火台に灯がともる。五輪が東京の、日本の開催でよかったと思いたい、思われたい。そのための、菅首相の言葉が必要である」と訴えるが、五輪の開催に感情的になっていないだろうか。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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