「東京五輪の広告収入は過去最高」IOCが絶対に五輪開催をあきらめないワケ
プレジデントオンライン / 2021年6月23日 11時15分
■「ぼったくり男爵」が意識するのはアメリカのテレビ局だけ
東京五輪の開幕まであと1カ月余りとなった。いまだ「中止」を訴える声はやまないが、21日には観客数上限を定員の50%以内で最大1万人とする方針が正式に決まった。すでに多くの選手や関係者が日本に上陸しており、このまま開催が強行されそうだ。
開催国である日本はまだ感染が収まっていないのに、ぼったくり男爵ことバッハ国際オリンピック委員会(IOC)会長はそんな状況を歯牙にもかけない様子だ。中止できない大きな理由として、「IOCにとって最大のスポンサーである米テレビ局NBCの意向を無視できない」という話がかねてより語られている。
実際に、今回の東京大会でNBCは、全米向けの放送時間を過去最長の7000時間とすると発表。これを受け、広告収入は12億5000万ドル(約1375億円)と同社にとって史上最高額になる見込みだという。
米国での放映権を独占するNBCとそれに逆らえないIOC。両者には、いったいどんな関係性があるのだろうか。
■IOCとNBCの「切っても切れない関係」
五輪中止をめぐる報道から、日本でもNBCの名がすっかり浸透したようだ。そもそもNBC(現社名は、NBCユニバーサル)とはどんな会社か。
米国には歴史的に「3大ネットワーク」と呼ばれるメジャーテレビ局が存在する。その3社とは、NBCのほか、CBS、ABCを指す。日本のキー局を頂点とするネットワークとは体制が異なり、3社は主に番組編成に注力。そこへ流すコンテンツは番組制作会社が作るが、こうした会社は局が傘下に持っていたり、映画会社の一部門だったりすることが多い。
NBCは「3大ネットワーク」の他の2社を出し抜くためのキラーコンテンツとして、五輪中継の放送権を巨額の費用を投じてIOCから入手しているというわけだ。IOCは、NBCからの放送権料を当てにして財源確保を狙っているため、両社は切っても切れない関係にある、といっても過言ではない。ただ、テレビ中継が始まって以降、すべての五輪中継がNBC独占だったわけでもなく、一時は他社が放送権を得たこともある。
■6大会分を7800億円相当で一括契約
NBCが米国に向けて五輪中継を始めたのは、くしくも1964年東京大会が最初だ。当時、五輪の開会式として、米国向け初のカラー衛星中継が実現したという歴史が残っている。その後、1980年モスクワ大会で初めて「米国向け放送権」を得たが、米国代表チームそのものがボイコットして、放送自体が立ち消えとなった。
こうした歴史を経て、NBCによる五輪のテレビ中継は、夏季は1988年ソウル大会から、冬季は2002年ソルトレークシティー大会から現在まで途切れることなく続いている。
今年に延期された東京大会の中継は、2011年にIOCと締結した「2020年夏季大会までの独占放送権」を基に行われることとなる。NBCが当時支払った放送権料は43億8000万ドルで、2012年ロンドン大会から夏冬合わせて5大会分を含んだものだ。
そのわずか3年後、両者は「2022年開催の冬季大会から2032年夏季大会までの独占放送権(6大会分)」を、今度は過去最高額の76億5000万ドル(約7800億円、当時の為替相場)で契約した。2011年契約と比べ、冬季大会が1回分多いだけにもかかわらず1.7倍の増額で決定したことは、NBCがそれだけの投資をしても五輪番組は売れると見込んだものにほかならない。
視聴率が最も期待できる競技のひとつに陸上がある。「米国代表チームが千葉県での事前合宿を辞退」というニュースが瞬く間に全世界に広まったのは、陸上は高視聴率が期待できる代表的な種目だからだろう。
■長期スパンで契約するIOCの狙いは?
なぜこれほどの長期スパンで放送権を契約する必要があるのか。そこにはIOCが安定的に収益を確保したいという狙いがありそうだ。
五輪開催地の選定は、少なくとも2022年冬季大会の誘致合戦まで、「公式な誘致活動を経て、開催の7年前にIOC理事会で決定する」という方法で続いてきた。あのキャッチフレーズ「お・も・て・な・し」で勝ち取った東京五輪だが、これは2013年9月、ブエノスアイレスで開かれた理事会の席上で決まっている。7年前というタイムスパンは微妙で、「次の大会開催地は決まっているが、さらにその次は未定」という格好が続いてきたわけだ。
したがって、東京五輪が決まる直前の2012年ロンドン大会では、日本から多数の誘致関係者が訪英し、IOC理事などの要人に売り込みをかけた。東京五輪組織委会長の橋本聖子氏は当時日本代表チームの副団長だったが、日本が誘致拠点としたロンドン市内の臨時施設「ジャパンハウス」に同氏が出入りしていた様子を、ロンドン市民の筆者も目撃している。
■誘致の費用がかかりすぎ、賄賂の疑惑も…
ところが、こうした公式誘致活動は、名乗り出る都市への金銭的負担が大きすぎるという意見のほか、決定の投票権を持つIOC理事らへの賄賂の疑いが何度となく浮上するなど、マイナス面ばかり注目されるようになった。多くの国々が「理事への付け届けが面倒」、あるいは「大会開催自体がもはや環境保護の姿勢から見ると逆行している」などと判断したこともあり、近年は招致熱が一気に下がってきている。
五輪の火を消したくないIOCは、こうした選定方法を断念。2024年大会以降については、コンペ方式をやめて書類選考や個別視察などを通じて開催地を指名する「一本釣り選定」に切り替えた。先日、2032年夏季五輪の開催地にオーストラリア東部のブリスベンが内定したのも、この方式を踏襲している。
■「11年先」を今決めるのも巨額契約のため
ここで米テレビ局NBCとの関係に戻ろう。IOCは、それまでの「7年前スキーム」とは全く違うタイムフレームで、NBCと2022年~2032年大会までの先行契約を結んだ。契約時の2014年からみて18年後に当たる2032年大会の放送権までコミットしたのだから、IOCは「確実に催行してくれる都市」をより吟味した上で、より早い時期に開催地を発表する必要に迫られている。
言うまでもなく、今回のコロナ禍による延期はIOCとして予期できない大きなトラブルだったはずだ。東京組織委がIOCに対して支払うライセンス料は、延期が決定した際に返金し、全て組織委側に残すことが決まっている。
そうした「収入放棄」をしながらも、五輪開催を続けていかねばならないIOCとしては、最大スポンサーであるNBCの顔色を伺いながら、11年も先のブリスベン開催をこのタイミングで内定した。コンペ式から指名制という方針転換は、五輪を確実に催行し、巨額のカネを生み出す体制をより盤石なものにしたということだろう。
■“五輪特需”を歓迎するブリスベンだが…
ブリスベンとはどんな街なのか。オーストラリア東部クイーンズランド州の州都であるこの街は、人口223万人。コロナ禍前には日本との直行便があり、市内にある「ローンパインコアラパーク」は日本人カップルの海外旅行先として名高い。周辺には美しい海岸「サーファーズパラダイス」を擁するゴールドコーストという街がある。
この一帯を五輪開催地として見るとどうだろうか。古くは1988年に万博(EXPO)、2003年にはラグビーW杯が開かれており、国際的な大イベントを経験しているが、IOCにとって大きな選出の決め手になったのは、2018年にゴールドコーストで開催された英連邦競技大会(コモンウェルスゲームズ)が大成功に終わったことだ。2032年の開催に当たり、両都市を含む周辺地域にある現用施設を80%利用できるとしており、低予算での実施を目指している。
内定が決まったブリスベンの様子はおおむね歓迎ムードのようだ。コロナ禍で痛手を負った旅行業界をはじめとするサービス業や、土地価格の上昇を見込む不動産業など、すでに“五輪特需”を期待する業界もある。
ブリスベンをベースに長く豪州事情を発信してきたライターの植松久隆さんは、さまざまな要素を勘案したうえでこう歓迎する。「ブリスベンにしてみれば、シドニー、メルボルンの2大都市には規模や知名度で遠く及ばない永遠の第3都市から脱却し、今後の有りようを打ち出していく絶好機です。開催まであと11年と、コロナ禍以降の五輪運営を見極めながら準備ができることも大きく、州と市が結束して『オール・ブリスベン』で準備を進めていけば素晴らしい大会になるのでは」
■内定は「はったり男爵」のおかげ?
一方、今回の内定をめぐり、こんな話もある。筆者が話を聞いた現地在住者のひとりは、「そもそもこのタイミングで決まってしまうこと自体、(IOC副会長で豪州NOC会長の)ジョン・コーツ氏の差し金のように思える。誘致が正式に決まって以来、ブリスベンが開催権を得られるよう、同氏がいろいろとアドバイスしたのでは」と推測する。
コーツ氏は、東京五輪でいわば現場監督に当たる調整委員長を務めており、「ぼったくり男爵」のバッハIOC会長と並んで、「はったり男爵」と揶揄(やゆ)されている人物だ。
ブリスベン五輪がいわば「コーツ案件」ではないかとされる疑念に加え、市民の間からは不安の声も上がる。
「シドニーやメルボルンと比べて、人や車が少なく暮らしやすいブリスベンで、五輪開催を契機に工事の増加や人口増で渋滞などが起きるのは困る」「2018年の英連邦競技大会時のように、実施のためにあちこちが封鎖されるなら生活に支障が出る」。国際大会が生活圏で行われてきたことで、混乱や規制の強化に抵抗があるようだ。
■次の餌食は「札幌大会」か
NBCがIOCから買い上げた放送権の対象となる大会は前述の通りだが、その中にひとつだけ開催都市が決まっていない大会がある。それは、2030年の冬季大会だ。
この大会にどの都市が名乗りを上げているのか調べたところ、ピレネー山脈を舞台にしたスペイン・アンドラ・フランスの3カ国共催、カナダ・バンクーバー(2度目)のほか、札幌市も1972年以来2度目の催行を目指し招致活動を進めている。
2018年には町田隆敏副市長が、2020年1月には秋元克広市長がそれぞれバッハ会長と会っており、「札幌優位」とみる五輪関係者もいると、地元紙の北海道新聞が伝えている。
そこで、札幌の招致活動を取材していた旧知の記者に話を聞いてみた。
■「札幌までの新幹線を早く作れ」と言い出す恐れ
「札幌冬季五輪の実現は、北海道新幹線の札幌延伸開通が前提のようです。開業予定は2030年度末なので、それだと五輪に間に合わない。秋元市長は『2029年中には開業していなければいけない』と前倒しの開業に意欲的ですが、観光需要が蒸発したJR北海道の経営難は深刻で、工期の短縮でさらなる赤字を抱えるのは必至です」
コロナ禍でも東京五輪の実施をゴリ押しするIOCに対して、多くの日本人は不信感を抱きつつある。一方で、冬季大会の誘致は世界的に不人気な状況にある。IOCが札幌を指名するとなれば、確実な催行のために「札幌までの新幹線を早く作れ」と言い出すかもしれない。
東京五輪から10年もたたないうちに、今度は札幌五輪のために採算性が疑問視される巨大交通インフラの建設を求められる恐れがある。日本は大会開催だけでなく、関連建設をも含めた、巨額の費用を再び押しつけられることになるのだろうか。そうした事態だけは何としても避けてほしいものだ。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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