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「ソニーらしくない社長による大復活」利益1兆円を達成したソニーはなぜ強いのか

プレジデントオンライン / 2021年6月25日 9時15分

経営方針説明会に臨むソニーの吉田憲一郎社長=2019年5月21日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

日本の製造業で2021年3月期決算の最終利益で1兆円を超えたのはトヨタ自動車とソニーだけ。このうちソニーをどん底から大復活に導いたのは2018年に社長兼CEOとなった吉田憲一郎氏だ。就任当初は「ソニーらしくない」ともいわれた吉田氏は、なぜ大復活の立役者となれたのか――。

■次なる目標は「顧客基盤10億人」

ソニーは今年4月、社名変更して「ソニーグループ」として新たなスタートを切った。社名変更は、実に63年ぶりだった。

そのソニーグループ(ソニーG)は、新体制移行後初めてとなる投資家向けの経営方針と事業説明会を5月26~28日の3日間開催した。そこで飛び出したのは、いまやグループ最大の稼ぎ頭となったエンターテインメント領域を核に、グループ全体の事業と直接つながる顧客基盤を10億人に拡大する目標だった。

ソニーGの顧客は現在約1億6000万人とされ、10億人はその6倍超となる。26日のオンラインでの説明会に登壇した 吉田憲一郎会長兼社長CEOは「顧客基盤10億人」の目標を掲げながらもその達成時期を具体的に示さなかったため、「大風呂敷を広げただけ」という受け止めもある。

しかし、世界ブランド「SONY」の復活は劇的だ。2021年3月期の連結最終利益は過去最高を更新し、初の1兆円超えを達成。経営者なら必ず口にする「経営は結果がすべて」を成し遂げている。新体制のスタートで打ち出した事業戦略には、むしろ強い自信がにじむ。

■「物言う株主」の要求も、結果ではね返した

その自信は、米有力アクティビスト(物言う株主)のサード・ポイントから再三にわたって突き付けられてきた「事業構成の見直し」という要求をついに結果ではね返した自負にも映る。

多角的な事業を展開する複合企業(コングロマリット)には、グループシナジーを発揮できず、むしろ企業価値を下げてしまう「コングロマリット・ディスカウント」に苦しむ事例が多い。かつてエクセレントカンパニーとして名を馳せ、世界中の企業から称賛された米ゼネラル・エレクトロニクス(GE)がその代表例で、業績不振から市場の圧力にさらされ、事業の大幅な切り売りを迫られた。

サード・ポイントは2019年6月に約16億ドル相当のソニー株保有を表明し、ソニーに半導体事業の分離や金融事業、エンタメ領域への集中など資本構成の見直しを強く迫った。しかし、最終的にサード・ポイントは2020年8月に保有するソニー株のほとんどを手放した。これはソニーがコングロマリット・ディスカウントへの懸念を打ち消したと評価できる。

■ドラスチックに事業ポートフォリオを組み替えた

日本の製造業に限れば、2021年3月期決算の最終利益で1兆円を超えたのはトヨタ自動車とソニーだけで、過去にさかのぼってもトヨタと2018年3月期のホンダだけだ。その点で2018年4月に就任して以来、「SONY」の絶対的なブランドを守りつつ、ドラスチックに事業ポートフォリオを組み替え、復活に導いた吉田氏の経営手腕は高く評価されている。

このため、ソニーGが繰り出す次の一手を示す2024年3月期までの中期経営計画で打ち出す事業戦略には注目が集まる。

中期計画そのものは4月末に、今後3年間の累計で4兆3000億円のEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)を目指すなどの数値目標の骨格は公表しており、今回の説明会では吉田氏が放った「顧客基盤10億人」がとりわけ目を引いた。

吉田氏は「期限を定めた目標ではない」として、中期計画で設定した2兆円超の戦略投資枠を活用した企業の合併・買収(M&A)などを通じ、積年の課題だったハードとソフトを融合した企業体を目指す長期的に取り組む方向性である点を強調した。

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写真=iStock.com/Girts Ragelis
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Girts Ragelis

■キーワードは「感動」と「パーパス(目的、存在意義)」

吉田氏がキーワードとして掲げたのは「感動」と「パーパス(目的、存在意義)」。そこには、ソニーGが一定のベクトルに沿って新たな事業モデルの確立に挑む解を示した意味がある。

顧客基盤10億人というスケールを考えた場合、当然、「GAFA」と称されるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムの巨大プラットフォーマーの存在を意識したのでは、と連想させる。しかし、吉田氏は「自社で必ずしも(プラットフォーム)を作る必要はない」と言い切る。

社長就任以来、M&Aなどを通じて拡充してきたエンタメ領域でのコンテンツをIP(知的財産)やD2C(Direct to Consumer/消費者に商品を直接販売する仕組み)で顧客とのつながりを広げ、顧客基盤10億人を目指す考えを事業説明会の場で説いた。

ソニーGの事業戦略を読み解くには、今年4月に行われた「ソニーGへの移行」に注目すべきだろう。

■顧客と直接つながる「D2C」を強化するシナリオ

ソニーGへの体制移行は、単なるソニーからの社名変更でない。ソニーGに本社機能を集約し、ソニー株式会社として「ソニー」の商標を継承した祖業であるエレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション事業に、ゲーム&ネットワークサービス、音楽、映画、半導体のイメージング&センシング・ソリューション、金融を加えた6つの事業がぶら下がる。

2024年3月期までの事業戦略で中核に据えるのは、今や営業利益の6割を稼ぎ出すエンタメ領域だ。ゲームや映画、音楽のそれぞれの事業が連携してグループトータルとしてのシナジーを高めるのが狙いで、「顧客基盤10億人」の目標達成のカギとなる。

吉田氏が事業説明会で語った「パーパス」を通じて「顧客に感動体験を届ける」がそれを意味し、IPを駆使して企業と顧客が直接つながるD2Cの領域を強化するシナリオにつながる。

ビルにソニーのロゴ(2011年3月・品川インターシティ)
写真=iStock.com/MMassel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MMassel

D2C強化の流れはすでに起き、収益につながっている。事業説明会で具体的に挙げたのが「鬼滅の刃」だ。傘下のアニプレックスが企画したテレビアニメが人気となり、これを2020年に公開した映画は過去最高の興行収入記録をつくった。さらに主題歌は音楽事業を担うソニー・ミュージック所属のアーティスト、LiSAが歌い、国内外でヒットした。

アニメの続編やゲームの開発も進めており、エンタメ領域で有機的に事業をつなぎ、重層的に顧客層の幅を広げる、ソニーGが目指す理想的な成功事例となった。

■「ビッグマウス」が注目された歴代トップとは決定的に異なる

しかし、この延長線上だけで「顧客基盤10億人」の目標には手が届かない。そこで打ち出すのはM&Aの加速だ。ソニーGは中期計画では2兆円を超える戦略投資枠を設定した。前の中期計画から約6000億円超上積みし、アニメ配信サービスなど「ニッチな(M&Aの)案件を重ね」(吉田氏)、大きく育てる考えだ。

一方で、ソニーGは映画事業で4月に米国のネットフリックス、ウォルト・ディズニーとの間に配信契約を相次いで結び、顧客、いわばソニーのファン獲得につなげる方向も同時進行で進める。

これらエンタメ領域でのソニーGの一連の取り組みを見れば、巨大プラットフォーマーと真っ向勝負するつもりはないことがうかがえる。

そこには最高財務責任者(CFO)として平井一夫前社長を支えてきた吉田氏の堅実な経営手法が垣間見える。それは「ビッグマウス」が注目された歴代トップとは決定的に異なる。

■就任時には「最もソニーらしくない退屈なトップ人事」とも

ソニーの歴代の経営トップといえば、立志伝中の共同創業者の盛田昭夫、井深大の両氏をはじめとする「強烈な個性」が共通点だ。それがソニーの独創的なアイデンティティを引き継ぎ、大きな浮き沈みはあったものの、絶対的なブランド価値を維持してきた。

たとえば5代目社長の大賀典雄氏は、プロの声楽家としても活躍し、CD(コンパクトディスク)で音楽の世界にデジタル化を持ち込み、「ウォークマン」をヒットさせた。6代目社長の出井伸之氏は、文系出身ながらソニーをAV(音響・映像)企業からIT企業への脱皮に邁進し、今もベンチャー企業の育成に精力的に動く。9代目社長のハワード・ストリンガー氏はソニー初の外国人トップで、米3大テレビ局CBS本社社長という経歴を持つ。10代目社長の平井一夫氏は音楽事業子会社のCBSソニー(現ソニー・ミュージック)出身で、そこからソニーのトップに上り詰めた異色の経歴を持つ。

カセットテープとウォークマンとヘッドフォン
写真=iStock.com/Shaiith
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Shaiith

現職の吉田氏は財務畑を歩き続けており、社内外の人物評は「まじめで誠実」。2018年4月の社長就任時には「最もソニーらしくない退屈なトップ人事」との評すらあった。しかし、そうした評は本質を理解しないやっかみだったといえる。現在のソニーの復活劇を見る限り、吉田氏は「トップの強烈な個性に頼る」という前例を覆し、事業構造に大ナタを振るうことで収益力を大きく回復させた。

■6事業の中で唯一、営業減益となった半導体事業

ただし、コングロマリット・ディスカウントの懸念が完全に消えたわけではない。たとえば半導体事業は画像センサーで世界シェアの半分を握り、稼ぎ頭となってきたが、市況に左右されがちで、常に巨額な投資がつきまとう。この点を懸念する投資家は多い。

実際、2021年3月期は6事業の中で唯一、営業利益は減益だった。米中貿易摩擦のあおりで得意先としてきた中国の華為技術(ファーウェイ)のスマートフォン向け画像センサーの出荷が大きく落ち込んだためで、2022年3月期も「収益回復はかなわない」(半導体事業を担うソニーセミコンダクタソリューションズの清水照士社長)と2期連続の減益を見通す。

半導体事業への設備投資は2024年3月期までの中期計画で約7000億円に上り、前中期計画から約2割増やす。自動車向け画像センサーなどが巨額投資に見合った新たな成長分野に育て上げられるかが課題だ。

■日本の製造業にはなかった新たな事業モデルへ

ソニーGにとってハードとソフト両輪での成長を目指すのが普遍的な長期戦略であり、その成否は、バランスのとれた事業ポートフォリオを通じ持続的な成長を遂げられるかにかかる。

かつてコンピューター市場で圧倒的な勢力を誇った米IBMは、1990年台にコンピューターメーカーからの脱却を図り、コンサルティングを含むサービスとソフトウエア中心に舵を切り「2.5次産業」への転換を果たした。今でもクラウドコンピューティングで存在感を示している。

復活を遂げたソニーGが今後目指す方向はモノづくりにこだわりつつ、あくまで消費者と広くつながるソフト面の幅を広げる事業モデルである。これは、これまでの日本の製造業にはなかった新たな事業モデルであり、中期計画の間にその具体的な解を示せるかどうか――。「ソニーらしくない」と言われてきた吉田氏の経営手腕の真価が試される。

(経済ジャーナリスト 水月 仁史)

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