「内輪ではウケる"政治家のジョーク"はなぜ大炎上を招くのか」言語学者が解説する
プレジデントオンライン / 2021年6月29日 15時15分
※本稿は、川添愛『ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』(新潮選書)の一部を再編集したものです。
■「主語が大きい」一般名詞に要注意
ツイッターなどのSNSで起きる言葉のトラブルに、「主語が大きい」ことが原因になっていることがある。たとえば、次のようなケースだ。
ここで問題になっているのは、「言語学者」という名詞の意味だ。
「言語学者」のように、物事の属性や特徴を表す名詞は「一般名詞」と呼ばれる。たとえば「猫」という一般名詞で考えてみよう。その意味にはさまざまな解釈がある。
「猫は動物だ」という文は「すべての猫は例外なく動物だ」という意味になるし、「猫はすばしっこい」と言えば「猫は一般に/たいていの猫はすばしっこい」という意味になる。この相談を考えるにあたって思い出すべきなのは、こういった「すべての○○」と「○○は一般に/たいていの○○」の違いだろう。
相談者は、「言語学者は、実際に誰も言わないような変な文ばかり研究している」という発言によって、「言語学者は一般に~」とか「たいていの言語学者は~」とかということを意図したつもりだった。
つまり、言語学者についての「ただの一般論」を述べたにすぎず、「言語学者なら例外なく、みんなそうだ」と主張する意図はなかった。しかし「言語学者」という一般名詞は曖昧であり、この文も「すべての言語学者は~」とか「言語学者はどの人も例外なく~」のように解釈することが可能だ。「そうじゃない言語学者だっている」と反論した言語学者は、「すべての~」のように解釈したのかもしれない。
■私たちはごく少ない事例を一般論にしがち
また別の可能性として、相談者の「ただの一般論」という意図自体は伝わったものの、その上であえて反論されたということもありうる。たとえ部外者から見れば問題なさそうに見える一般論でも、自分の職業や属性にそういうイメージを持たれると困る当事者としては、「みんながみんなそうじゃない」とか「そうじゃない人もいる」などと言いたくなるかもしれない。
いずれにしても、「○○は××」という形の文の意味は、「すべての○○」とか「たいていの○○」といった「大きな主語」になりがちだ。実のところ、私たちが何かものを言うときに大きな主語を避けるのは、かなり難しい。そもそも、私たち人間のものの見方の特性として、「ごく少ない事例にあてはまることをすぐに一般論や法則性に広げてしまう」というものがあるからだ。
こういった特性自体は、必ずしも悪いものではない。たとえば、何かをして危ない目に遭ったときに「これは危険な行為だ」と認識して二度としないようにするといった「広げ方」は、人間の生存に大きな役割を果たしていると言える。
しかし、この「一般論に広げやすい」という特性が偏見を生み出していることは間違いないし、人がそれを不用意に言葉にすることで、憎しみや争いといった不幸が生まれていることも事実だ。とはいえ、「自分の思ったことを言わない」とか「ただ黙り込む」というのも得策ではない。いったい、どうすればいいのだろうか?
■根拠とする事例に戻って考えよう
私自身もたいした解決策は持っていないのだが、少なくとも「一般論や法則性を語る前に、その根拠となった事例に戻って考えてみる」というのは有効かもしれないと思っている。
この相談の例で言えば、相談者自身が、なぜ自分は「言語学者は、実際に誰も言わないような変な文ばかり研究している」という一般論を導き出すに至ったのだろう、と考えるということだ。
そこにはおそらく、「とある(/数人の)言語学者が書いたものを読んだら、実際に誰も言わないような変な文が見受けられた」といった「いくつかの事例の観察」があるだろう。もしそういった事例がごく少数であることに気づいたら、もしかすると相談者も「わざわざ声を大にして言うようなことではないな」と思い直すかもしれない。
■語るのは「行為」「状態」にとどめよう
また、口に出すにしても、一般論や法則性の方を言うのではなく、「事例の方を話題にする」という選択ができるかもしれない。
実際、「○○はすべて(/たいてい)こうだ」と言うよりも、「こういう○○がいた」とか「こういうことがあった」という事例そのものを話題にする方が、無駄に敵を作るリスクが低くなるし、実のある議論にもつながりやすいだろう。
他人について何か言うとき、その「行為」や「状態」そのものではなく「性質」に言及するのも、「一般論に広げすぎ」な発言になりがちだ。
たとえば、誰かが靴紐を結ぶのに苦労しているのを見て「あの人は不器用だね」などと言うのは、相手の行動(靴紐を結ぶのに難儀していること)を観察しただけで、相手の一般的な性質(不器用だということ)を決めつけていることになる。自分の発言が「広げすぎ」になっていないかをチェックするには、主語だけでなく、述語にも気をつけた方がいい。
人間である以上、「一般論に広げすぎる」という傾向から逃れることは難しいが、もし「ほんの少し、自分の言葉を振り返ってみる」ことで軋轢を避けられるなら、それをやってみるに越したことはないのではないだろうか。
■「冗談」の取り扱いも要注意
ユーモアはコミュニケーションの潤滑油だが、ユーモアのあるところを見せようとして悪い結果を招いてしまうことも少なくない。
とりあえず、相談者の冗談が全然面白くないということは脇に置いておこう。ここでは、冗談のつもりで発した言葉がトラブルに発展するケースについて考えたい。冗談が他人との軋轢を引き起こすパターンにはいくつかあるので、順に見ていこう。
■本気だと思われないように気をつけよう
【原因1】冗談のつもりだったのに、本気の発言だと受け止められる。
これは一番分かりやすく、よくあるパターンだ。
過去には、差別的なブラックジョークをSNSに投稿した人が、多くの人々に本気の発言だと受け止められてしまい、大炎上したあげく職まで失ったという事件があった。また、空港の係員に冗談のつもりで「俺はテロリストだ」と言った人が拘束されたケースもある。
冗談においては、話し手の発言の文字どおりの意味と、そこに込められた話し手の意図が大きくかけ離れていることが多い。話し手が文字どおりの意図を持っていないことが聞き手に伝わるには、話し手の人となりや、その発言に至るまでの文脈などが聞き手に理解されていなければならない。
また、話し手の表情や音声も重要な手がかりとなる。SNSのように、相手の顔も見えず声も聞こえず、言葉が文脈から切り離されやすく、さらに不特定多数の人々に拡散されやすい状況では、冗談が冗談として受け止められなくなる危険性が高い。
■内容が不適切ではないか考えよう
【原因2】冗談の内容が相手の不安や不快感をかき立ててしまう。
これは、冗談であるということ自体は聞き手に伝わったのに、冗談の内容に問題があるため笑えないというものだ。実は、先の相談の問題点の一つはここにある。
先の相談には、相談者は普段から冗談を言う人で、友人もそれをよく知っているという前提があった。また、言い方や声の調子からも、相談者が冗談で「(あなたの彼氏は)浮気でもしてるんじゃないの?」と言っていることが聞き手に通じているはずだ。
しかし、たとえ聞き手が「話し手は冗談のつもりで言っているのだろう」と理解しているとしても、もしその内容が聞き手自身にとって「本当かもしれない」のであれば、その冗談は必ずしも笑えない。つまり、聞き手である友人がほんの少しでも彼氏の浮気を疑っているのであれば、相談者の冗談がその不安をかき立ててしまう可能性がある。
同様に、冗談を言うこと自体には問題のない流れであっても、冗談の内容がショッキング過ぎたり、倫理的に問題があったりする場合には、相手に眉をひそめられることになりかねない。いくら冗談であることが明確であっても、話し手がそういう言葉を口に出していいと思っていること自体は他人に伝わり、「冗談でもそんなことは言うべきではない」と問題視される可能性がある。
■冗談を言っていい場面か考えよう
【原因3】冗談を言っていい状況かどうかの判断を誤っている。
先の相談のケースにはこの問題もある。たとえば、もし相談者が「(あなたの彼氏は)浮気でもしているんじゃないの?」と言うかわりに、「ツチノコでも探しに行っているんじゃないの?」とか「山にこもって空手の修行をしているんじゃないの?」と言ったならば、聞き手がそれを「実際にそうかも」と思う可能性は低い(ただし、彼氏がオカルト好きだったり空手家だったりする場合は別だ)。
しかしその場合でも、友人は相談者に対して「私が真剣に悩んでいるのに、冗談で返すなんてひどい」とか、「私の悩みなんかどうでもいいと思っている」と思うかもしれない。つまり、「そういう状況で冗談を言うこと」自体が問題になることもあるのだ。
このように考えると、冗談が通じて、なおかつ言った方と聞いた方の両方が笑顔になるのは相当ハードルの高いことであるようだ。今のご時世、誰も不快にならない冗談を言える人がいたら、もっと賞賛されていいのかもしれない。
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言語学者・作家
九州大学、同大学院他で言語学を専攻し博士号を取得。津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授等を経て、言語学や情報科学をテーマに著作活動を行う。著書に『白と黒のとびら オートマトンと形式言語をめぐる冒険』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』『聖者のかけら』『ヒトの言葉 機械の言葉 「人工知能と話す」以前の言語学』『ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』等。
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(言語学者・作家 川添 愛)
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