「なぜマスコミは"でっち上げインタビュー記事"を作ってしまうのか」言語学者が導き出した仮説
プレジデントオンライン / 2021年6月30日 11時15分
※本稿は、川添愛『ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』(新潮選書)の一部を再編集したものです。
■「婚活中と思われて迷惑だった」ケーススタディ
自分の言ったことに対して、他人から余計な「色付け」をされてしまうこともよくある。次のケースを見てみよう。
Q:ご趣味は何ですか?
私:太極拳です。
Q:どれくらい長く続けていらっしゃるんですか?
私:そうですねえ。確か、震災のあった年に始めたので、九年になるかと思います。
Q:我が社の職場環境についての意見をお聞かせください。
私:社員がみな生き生きと働いているのが良いと思います。私の同僚の中にも結婚して子育てをしながら働いている人がいますが、会社の制度が充実しているので、仕事と家庭の両立がうまくできているようです。私は今独身ですが、もし将来結婚して子供を持ったとしても、この会社なら安心して仕事を続けられると思います。
後日、発行された広報誌の記事を見てみると、私のインタビューがこんなふうにまとめられていました。
この中には私が言った覚えのないことが入っているのですが、なぜこうなってしまったのでしょうか? 記事を見た人たちからは「今、婚活中なの?」などと言われるし、いい迷惑です。
■言っていないことを書かないためのテスト
この記事には、相談者が言ってもいないことが少なくとも二つ書かれている。
一つ目は、「震災をきっかけに(太極拳を)始めた」という部分である。「~をきっかけに」という言葉は動機や理由を表すので、この部分を文字通りに解釈すれば、相談者が「震災を経験したために」太極拳を始めた、ということになる。しかしインタビューにおいて相談者が言ったのはあくまで「震災のあった年に始めた」ということで、このことは必ずしも「震災をきっかけに始めた」ことを意味しない。
ここで言う「意味しない」というのは「含意しない」ということである。
「文Aが文Bを含意する」というのは、文Aが本当だった場合、文Bも必ず本当になるということだ。「震災のあった年に太極拳を始めた」と「震災をきっかけに太極拳を始めた」について言えば、たとえ前者が本当であっても、後者は必ずしも本当にならない。このことは、次のテストによって示すことができる。
① 文Aと、文Bを否定したものをつなげた文を作る。
② ①の文に矛盾が生じるかどうかを判定する。矛盾が生じるようであれば「文Aは文Bの内容を含意している」ことになり、生じなければ含意していないことになる。
これを使って、相談者の言ったことと、記事に書かれた文の否定をつなげると、次のようになる。
◇相談者の言ったことと、記事に書かれた文の否定をつなげた文
「私は震災のあった年に太極拳を始めたが、震災をきっかけに太極拳を始めたわけではない」
もし相談者の言ったことが「震災をきっかけに始めた」という内容を含意しているのであれば、この文に矛盾が感じられるはずである。しかし実際には、ほとんど矛盾は感じられないはずだ。このことから、前者が後者を含意しているわけではないということが分かる。
■相手に対する先入観があると勘違いしやすい
記事中の「○○さんも早く結婚して、子供を育てながら仕事を続けたいという」という部分にも同様の問題がある。インタビューで相談者は「私は今独身ですが、もし将来結婚して子供を持ったとしても、この会社なら安心して仕事を続けられると思います」と答えているが、これは必ずしも「早く結婚して、子供を育てながら仕事を続けたい」ということを含意しない。このことも、同じテストによって示すことができる。次のように、相談者の言ったことと記事に書かれた文の否定とをつなげたものは、とくに矛盾を感じさせない。
◇相談者の言ったことと、記事に書かれた文の否定をつなげた文
「私は、もし将来結婚して子供を持ったとしても、この会社なら安心して仕事を続けられると思うが、早く結婚して子供を育てながら仕事を続けたいわけではない」
![赤ちゃんを膝に乗せてノートパソコンで仕事する女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/6/670/img_36f9d05a461ce4819c7081b97d2d9228401915.jpg)
このインタビュアーに限らず、私たちは他人の言うことを理解しようとするとき、たまに相手が言っていないこと(つまり、相手の言葉が含意していないこと)を勝手に付け加えてしまうことがある。中には悪意を持ってそういうことを故意に行う人もいるが、そのような意図がなくても、相手に対する先入観であるとか、相手の言葉から受けた勝手な印象を「相手が言ったこと」だと誤認して、そのまま言葉にしてしまうことはある。
■人の話を聞くとき末尾に気をつけよう
また、自分が人から聞いたことを別の人に伝えるとき、相手に強い印象を与えたいという欲求が暗に働くのか、つい大げさで不正確な表現になってしまうことも多い。とくに、文の終わりにはそういった「不正確な言い換え」がよく見られる。たとえば次のようなものだ。
元の発言「~である可能性が高い」→よくある不正確な言い換え「絶対に~である」
元の発言「~である可能性は低い」→よくある不正確な言い換え「けっして~ではない」
元の発言「~しない方がいい」→よくある不正確な言い換え「~してはならない」
元の発言「~は難しい」→よくある不正確な言い換え「~は絶対にできない」
これらの言い換えが元の発言から含意されないことは、先のテストから明らかだ。なぜなら、次の各文には矛盾が見られないからである。
~である可能性は高いが、絶対に~であるわけではない。
~である可能性は低いが、けっして~ではないというわけではない。
~しない方がいいが、~してはならないというわけではない。
~は難しいが、絶対にできないというわけではない。
他人の話を聞くとき、私たちはその中の「何がどうした」という具体的な情報を担う部分に目を向けがちだ。しかし、その人がその情報の信憑性や実現の可能性などをどう捉えているかは、たいてい文の終わりあたりで表現される。不正確な情報を広げてしまわないためには、その部分にも十分に気をつける必要がある。
他人が自分の言葉に対して不正確な言い換えをすると非常に気になるが、自分が他人に対して同じことをしているときは、なかなか気づくことができないものだ。自分が勝手な言い換えをする側にならないためにも、迷ったときはここで使ったテストを活用してみるといいかもしれない。
■「話がかみ合わない」ケーススタディ
言葉の意味について、他人と意見が一致しないこともよくある。次の相談を見ていただきたい。
【私】ねえねえ、『タピる』と『タピオカを飲む』って、同じ意味だよね?
【友人A】違うよ。『タピる』は若い人しか言わないし。
【私】いや、だからさ、そういうことじゃなくて、『タピる』と『タピオカを飲む』って同じ意味だよね?
【友人A】違うって。『タピる』って言うと、『私は若いです』って言っていることになるけど、『タピオカを飲む』って言っても別にそういうことにならないじゃん。
【友人B】いや、Aはおかしい。『タピる』って言ったって、『私は若いです』って言っていることにはならないよ。誰かが『タピる』って言っているのを聞くと『あ、この人若いな』って思うけど、それは言葉のニュアンスであって、意味じゃないよ。
【私】やっぱりそうだよね! 結局、『タピる』は『タピオカを飲む』っていう意味しかないよね?
【友人B】いや、あんたも間違っている。『タピる』っていうのは単にタピオカを飲むことじゃなくて、友達と一緒に流行りのタピオカ屋に行って、タピオカを飲みながらおしゃべりすることだよ。そこまでやらないと『タピる』とは言えない。
【私】えー、それは違うんじゃない?
【友人B】いいや、絶対そう。私はその意味以外、認めないから
【友人A】私はBが言う意味なんか認めないからね。『タピる』には絶対、『私は若い』っていう意味もあるんだから!
![タピオカミルクティーを飲む女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/0/670/img_7097e8e452ada4136aac48c8b3f0335e403506.jpg)
世の中、噛み合わない議論は多く存在するが、この相談者と友人たちの議論もその一つだと言える。原因は、三人が「タピる」という言葉に対して異なる受け止め方をしていることだ。
とくに流行り言葉や新しい言葉というのは、人々の間で意味や用法が一致しないことがよくある。こういう場合、誰の理解の仕方が正しいかを決めるのは容易ではないが、少なくとも自分や他人がどういう受け止め方をしているかをある程度明確にすることはできる。ここでは、「含意される内容かどうかを判定するテスト」および「同じ意味かどうかを判定するテスト」を利用して、相談の中に出てきた三つの意見を整理してみたい。
■「タピる」を言語学的に考えてみる
まずは、読者の皆さんが「タピる」と「タピオカを飲む」についてどう感じられるかテストしてみよう。次のように、「タピる」と「タピオカを飲む」以外はまったく同じであるような文を作り、これからこの二つの言葉が「同じ意味かどうかを判定するテスト」をする。
(1)
a.私は家に帰る途中でタピった。
b.私は家に帰る途中でタピオカを飲んだ。
テストの手順は、ふたつの文をつなげた上で、一方の文を肯定し、もう一方の文を否定するというものだ。ここでは、「(1)aの肯定文+(1)bの否定文」と「(1)bの肯定文+(1)aの否定文」を作ってみよう。すると、以下が出来上がる。ちなみに、(2)のカッコ内は省略して読んでも構わない。
◇(2)a.(1)aの肯定と(1)bの否定をつなげた文
「私は家に帰る途中でタピったが、(私は家に帰る途中で)タピオカを飲んだわけではない」
◇(1)bの肯定と(1)aの否定をつなげた文
「私は家に帰る途中でタピオカを飲んだが、(私は家に帰る途中で)タピったわけではない」
(2)a、bの両方について「矛盾している」と感じる人は、相談者と同じく「私は家に帰る途中でタピった」と「私は家に帰る途中でタピオカを飲んだ」の表す状況が同じである、と考えていることになる。すなわち、両方に矛盾を感じる人たちにとっては、「タピる」と「タピオカを飲む」は「同じ行為(状況)を表している」ということになる。
これに対し、どちらかあるいは両方に矛盾を感じない人は、「タピる」と「タピオカを飲む」がまったく同じ行為ではないと考えていることになる。たとえば「タピる」に対して「タピオカの入った飲み物を飲むか、あるいはタピオカの入った食べ物を食べる」という意味を付与している人は、(2)aをおかしいとは感じないだろう(つまり、タピオカを「食べた」可能性があるということだ)。また、友人Aのように、「タピる」には「私は若い」という意味も含まれていると考える人や、友人Bのように「タピる」に「友人と一緒にタピオカ屋に行き、タピオカドリンクを飲みながら楽しくおしゃべりをする」などといった意味を付与している人にとっては、(2)bは矛盾しない。
■「タピる=私は若い」?
さらに、友人Aの言う「『タピる』という言葉には『私は若い』という意味が含まれている」という主張をもう少し掘り下げてみよう。友人Aの主張のとおりなら、「私は家に帰る途中でタピった」という文は、「私は若い」という内容を含意していることになる。このことを、「含意される内容かどうかを判定するテスト」で検証してみよう。
![川添愛『ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』(新潮選書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/b/200/img_4bd6a6b4ebe49c7609c1ea0c6711d9fc167250.jpg)
テストの方法は、先ほどの広報誌インタビューの時と同じだ。「私は家に帰る途中でタピった」という文と、「私は若い」という内容の否定をつなげると、次のようになる。
私は家に帰る途中でタピったが、(私は)若いわけではない。
この文に対して、矛盾は感じられるだろうか? 矛盾が感じられる人は、「タピる」を友人Aと同じように理解していることになる。ちなみに、私個人に関して言えば、とくに矛盾は感じない。「もう若くないのに、若い人がするようなことをしてみた」という照れのようなものは感じられるが、それは矛盾とは違うように思う。よって、少なくとも私の「タピる」の理解においては、友人Aの言うような「私は若い」という意味は入っていないようだ。
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言語学者・作家
九州大学、同大学院他で言語学を専攻し博士号を取得。津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授等を経て、言語学や情報科学をテーマに著作活動を行う。著書に『白と黒のとびら オートマトンと形式言語をめぐる冒険』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』『聖者のかけら』『ヒトの言葉 機械の言葉 「人工知能と話す」以前の言語学』『ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』等。
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(言語学者・作家 川添 愛)
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