おもちゃをねだる子に「買い与える」「我慢させる」より重要な"第3の選択肢"
プレジデントオンライン / 2021年6月30日 15時15分
※本稿は、李雅卿『天才IT相オードリー・タンの母に聴く、子どもを伸ばす接し方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■外から見ると「誰からも愛される子」だが…
Q:一人息子の龍龍(ロンロン)のことを私はとても大切にしています。なのに、息子は「何もしていないのに、学校でいじめられている」と言います。
息子さんは種子学苑に来て数日のうちに、裁判所(※)の常連になっただけでなく、たくさんの敵を作りました。一方、龍龍自身は「どうしてみんないじわるばかりするんだろう?」と、とても戸惑っています。
※台湾・新北市で1994年に開校した種子学苑には、教師や生徒間のトラブルを学苑の規定に則り解決する裁判制度がある。現在の学校名は種子親子実験国民小学校。
小さな一年生の龍龍。外から見ると、整った顔立ちにきれいな服装、笑顔は愛らしく、頭もよくて体も健康――まさに誰からも愛される子です。ところが、クラスメイトの輪に入ったとたん、龍龍の評価は一気に変化します。他の子の言葉を借りれば、「とても好きになれない」子になるのです。
なぜこんな評価になるのか、いくつか例を挙げれば理解できるかもしれません。
■コマを回して遊んでいる友達がいると…
1、教室で十歳の孟孟(モンモン)が中国ゴマ(空中で回転させるコマ)を回して遊んでいました。すると龍龍がやってきて、回転中のコマに手を伸ばしました。孟孟は体をよじって避けようとしますが、龍龍は負けじとコマを追いかけます。嫌がる孟孟が「触らないで!」と言っても、聞く耳を持ちません。
孟孟は学苑の規定に従い、手を止めるよう忠告しましたが、それでも龍龍は全くやめようとしません。とうとう孟孟は大きな声をあげて龍龍を突き飛ばしました。体の小さな龍龍は床に倒されてしまい、大声で泣き始めました。
その後、龍龍は「いじめられた」と言って先生のところにやって来ました。あなたは孟孟があなたのお子さんをいじめたと思いますか?
2、安安(アンアン)が模型のおもちゃを持って、龍龍に「一緒に遊ぼう」と言いました。すると龍龍はそのおもちゃをちらっと見て、「ださい! うちにはもっとすごいのがあるよ」と言いました。
龍龍はその時すでに安安が嫌な気持ちになっていることに気づかなかったのでしょう。そばにいた生徒に「すごいね!」と言われると、「そうだよ! うちには○○があって……」と話し始めました。でも話が終わらないうちに、誰も龍龍を相手にしなくなっていました。
■「かかってこい!」と威勢はいいのだけど
3、高学年と低学年が一緒にドッジボールをしていました。龍龍はコートの中を行ったり来たりしながら、「かかってこい! 怖いもんか!」と叫びました。
これを聞いてみんなが龍龍にボールを投げました。龍龍は校舎の方に逃げながら、振り向いて「ガキ! かかってこい! ガキ! 怖いもんか!」と言いました。何人かの子は「ガキ」という言葉に腹を立て、追いかけていきました。
それでも「当ててみろよ! 怖いもんか!」と言って逃げ回るので、それを見た六年生の君君(ジュンジュン)は、この「ガキ」を少しこらしめようと思い、手にいくぶん力を込めて龍龍にボールを当てました。龍龍はあまりの痛みに、君君を訴えようと事務室に向かいながら、まるで自分が「ヒーロー」であるかのように「かかってこい! 怖いもんか!」と言い続けました。
4、各学期の最初の授業では、まず教科書を配ります。でも改訂前の本が交じっていることがあるため、生徒がそれぞれ中身を確認して、古い本があれば交換します。その日も、みんな教科書を開き、他の子と挿絵などを確認し合っていたのですが、龍龍だけは先生のそばを離れず、先生に自分の新しい雨傘を見せていました。
■掃除に靴ひも…何でもやってもらいたがる
先生に「龍龍がきれいな傘を持っているのは分かった。でも今は教科書を見る時間だから席に戻ってちょうだい。授業が終わったらまた見ようね」と言われても、今見てほしいと言って聞きません。
こうやって授業中いつも授業の内容とは無関係な話題を持ち出し、先生の注意を引こうとするので、他の生徒は龍龍を教室から追い出してほしいと先生に頼みました。龍龍は「何もしていないのに、どうしてみんないじめてくるの?」と不満そうです。
![教室で先生に向かって手を挙げる子どもたち](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/4/670/img_94cbf1b2fae0accc79b4802fda24a17f304015.jpg)
5、ある日、机に牛乳をこぼしてしまった龍龍は、先生に向かって「先生! 机を拭いて」と言いました。先生は「ドアの近くにふきんがあるから、自分で拭くといいよ」と答えました。でも龍龍は「先生に拭いてほしい」と譲りません。先生は仕方なく「自分でできることは自分でしなさい。拭き方を知らないなら教えてあげる。きっとできるはずだよ」と伝えました。
でも次の日になると、先生に泥のついた靴を洗わせようとしました。その次の日は、靴ひもを結ばせようとしました。こうして龍龍は、確かに先生はやり方を教えてくれるだけで、代わりにやってくれることはないと理解しましたが、すると今度は毎日先生にくっついて、何でもかんでも自分のやることを見てもらおうとしました。他のクラスメイトは「あんまりだよ!」と言っています。
■「大切に育ててきたつもり」の落とし穴
龍龍は一人っ子なので、何よりあの子が大切だというあなたの気持ちは分かります。しかし、ここ数日の様子を見た結果、恐らくあなたのお子さんは甘やかされ、無視された子どもであるとお伝えしなければなりません。
きっと納得できないでしょう。こんなに愛しているのに、自分があの子を無視しているわけがないと思うでしょう。でも、私たちは龍龍のような子を何人も見てきました。この子たちの親は、自分に対する埋め合わせのために子どもを甘やかしているのです。
親は自分の姿を子どもに投影しているだけなので、結果的に子どもの心の中にある本当の要求は無視されてしまいます。こうした子どもは親に拒絶された子どもと同じく、過剰なまでに大人の注目を集めたがり、深刻な場合には、力で人を支配しようとする人間になります。自分の非を認めない、何でも一番にこだわる、負けず嫌いといった性格は、子どもに対する親の期待と関係していることが多いです。
親の期待に応えようとして、子どもが無意識に自分の感情を閉ざしてしまうと、外に表れる言動と心の中の要求がどんどん離れていって、最後には人を思いやる心を失ってしまいます。これは本当に心配なことです。
![親と手をつなぐ子ども](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/a/670/img_8a75406cf9fce076d0d64e00af91bffd292536.jpg)
■親の自己投影のために子どもが使われている
子どもの要求を「直視」するとは、ひたすら子どもの求めに応じることではありません。子どもが社会や他人と関わり合い、社会性や対人関係を学ぶためには、親が真剣に子どもの要求に向き合い、先入観のない態度で応じることが必要です。親が子どもを甘やかす、または拒絶していると、結局は子どもの心の要求が「直視」されないままです。
だからこそ多くの親が戸惑いながら「心血を注いで育てたはずが、どうしてこんな難しい子に?」という疑問を抱きます。それはこうした親の努力が、全て自己投影や自己満足のために費やされていたからなのです。
例えば、子どもがロックマンのおもちゃが欲しいと言ったとします。欲しい物を買えなかった子ども時代の埋め合わせがしたい親、子どもに面倒を起こされたくない親、子どもに後ろめたさを感じている親は、口をそろえて「いいよ! お金をあげる」と言い、子どもを拒絶する親は「ダメ!」と言うでしょう。
でもどちらの場合も、親は子どもの要求を直視していません。なぜなら、親は子どもがおもちゃを欲しがった理由も知らなければ、この要求に対する自分の理解や、この答えに至った理由を子どもに伝えてもいないからです。
■それは本当に「意思を尊重している」のか
もう一つ例を挙げましょう。子どもが家に帰って泣きながら「隣の子に叩かれた」と訴えたとします。子どもに自己投影をしている親なら、顔を傷つけられたと怒り狂い、子どもを連れて棒を片手に「復讐」に行くでしょう。中には「弱虫! 勝つまで帰ってくるんじゃないよ」と冷たく言う親もいるかもしれません。相手の子やその親御さんについて勝手な想像をめぐらす親もいるでしょう。
![李雅卿『天才IT相オードリー・タンの母に聴く、子どもを伸ばす接し方』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/b/200/img_dbddd5e4e9ce222d6667774b82d45e67230380.jpg)
しかし、この件を子どもがどう感じ、どう見ているかをきちんと理解していないため、こうした親たちは子どもを教育する絶好のチャンスを逃しているのです。
子どもが公共の場で大声をあげたり、他人のものを触ったり、周りの備品を壊したり、駄々をこねたり、ふざけたりするのを放っておいて、もっともらしく「子どもの意思を尊重している」と言う親をよく目にします。
実は、これも子どもを無視しているのと同じです。親は子どもの要求に自分の心を傾け、子どもが世の中と適切な関係を築くため、子どもに手を差し伸べる存在であってほしいと思います。そうでないと、人に尊敬され、好きになってもらえる子を育てるのは難しいでしょう。
たった一人の子どもですから、あなたは龍龍が嫌われ者になることを望まないはずです。だから私は真剣に考えた結果、この手紙を書きました。どうか怒らないでください。
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種子学苑創設者
1954年中華民国(台湾)生まれ。自らの子育てやジャーナリスト、社会運動家としての経験をもとに、94年種子学苑を創立。台湾の教育改革に取り組んだ。主宰した台北市の自主学習実験計画(中高一貫教育)は、ユネスコの研究者に「アジア最高のオルタナティブ教育」の一つと評された。夫はジャーナリストの唐光華。長子は台湾IT相のオードリー・タン、次子は自主学習を広める活動に従事している。
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(種子学苑創設者 李 雅卿)
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