「ついにサムスンもストライキ」大企業に見限られた韓国・文政権の崖っぷち
プレジデントオンライン / 2021年6月28日 9時15分
■韓国経済の“エンジン”がストを決行
6月21日、韓国最大の財閥であるサムスングループの主業企業であるサムスン・ディスプレイにてストライキが発生したと報じられた。これまで、サムスングループはストライキと無縁といわれてきた。サムスングループは大きな曲がり角を迎えつつあるようだ。
朝鮮動乱の後、韓国政府は基本的にはサムスン電子や現代自動車など財閥系大手企業の輸出競争力を高め、発揮することによって成長を遂げてきた。特に、サムスン電子は韓国経済の成長の牽引役やエンジンと評されるほどの重要企業だ。サムスングループだけでなく、韓国経済にとっても、今回のストライキ発生の意味は重いだろう。
それに加えて、米国への上場を果たした通販大手のクーパンでは、創業者が海外事業への注力を重視し始めたようだ。韓国では、企業家が自由な発想を膨らませ、新しいモノ、サービスの創出やプロセスの改善などのイノベーションを目指すことが難しくなっているとの印象を持つ。その一因として、労働組合を主な支持基盤の一つとする文在寅(ムン・ジェイン)大統領の経済政策の影響は軽視できない。
■創業から“無労組経営”で成長してきた
創業以来、サムスングループは“無労組経営の原則”を続けてきた。それは、サムスン電子をはじめとする傘下企業の成長に無視できない影響を与えた要因の一つと考えられる。
サムスングループの成長に大きな足跡を残したのが、李健煕(イ・ゴンヒ、故人)前サムスン電子会長の経営理念だった。1993年に同氏は、“妻と子供以外すべて変えよう”、のスローガンを打ちだした。その意味は、個々人が常に新しいことに取り組み成長を目指す、というものだ。
その理念のもと、サムスン電子は家電、ディスプレイ、スマートフォン、ファウンドリー(半導体の受託製造事業)など成長期待の高い先端分野に経営資源を迅速に再配分する事業戦略を実行し、組織全体の新陳代謝を高めた。その結果、財閥全体で業績が拡大し、従業員は相対的に高い給料を手に入れた。
■創業家の求心力が危うくなっている
別の見方から考えると、常に成長が目指される経営風土の中で、各従業員は自らの本業に集中しなければならず、組合活動に時間を割くゆとりはなくなる。また、労働組合活動を行うよりも、創業家出身トップの指示に従って着実に業務をこなしたほうが、より良い給料を手に入れられるという見方もあっただろう。
いずれにせよ重要なことは、サムスン電子などが従業員の不満を抑えつつ、組織を一つに強固にまとめて個々人の集中力を引き出す事業体制を確立し、強化したことだ。それによってサムスングループはグループ全体として本格的な労使の対立や労働争議を回避してきたと考えられる。
しかし、2019年にはサムスン電子で韓国労働組合総連盟(韓国における労組のナショナルセンターの一つ)に加盟する労働組合が発足した。2020年5月に李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が世襲経営に加え無労組経営に終止符を打つと表明した背景には、労使の対立を避けて協調を目指す意図があっただろう。
そうした経緯を踏まえると、一つの見方としてサムスン・ディスプレイでのストライキ発生は、創業者出身トップの求心力の綻びの兆候と解釈できる。
■なぜ組合はストライキに踏み切ったのか
現在、ジェヨン副会長は収監されており、財閥全体の利害調整は容易ではない。収監によって財閥の統率および指揮は停滞し、サムスン電子がファウンドリー事業を強化するなどして成長を目指すことができるか否かも見通しづらい。その状況下、一部の組合員が先行きを不安視し、ストライキが起きた可能性がある。創業家の求心力、統率力を軸に成長してきたサムスングループは大きな曲がり角を迎えつつあるといえる。
それに加えて、外的な影響もあるだろう。その一つが文大統領の経済政策だ。文氏は最低賃金の大幅な引き上げや時短労働の導入など、労働組合を重視した政策を進めた。その結果、労働争議は激化した。その状況を行動経済学の理論にある“バンドワゴン効果”で考えてみよう。バンドワゴン効果とは、街をパレードするバンドワゴン(楽隊車)のにぎやかな雰囲気につられて多くの人がワゴンについていく心の働きを言う。
■これまで労働争議と距離を置いてきたが…
近年、韓国の自動車産業で労使対立が鮮明だ。賃上げなどを声高に求める現代自動車やルノーサムスン自動車などの労働組合は、バンドワゴンになぞらえられる。その姿に感化されるようにして労働争議と距離をとってきたサムスン・ディスプレイの労働組合は、ストライキは待遇改善を求める有効かつ重要な手段との考えに傾斜した可能性がある。
それが韓国経済に与えるインパクトは大きいだろう。朝鮮動乱の後、韓国政府はわが国からの資金および技術支援を取りつけ、それをサムスン電子などの財閥系企業に定着させることを重視した。それが、1960年代後半以降の“漢江の奇跡”と呼ばれる高い経済成長を支えた。
1997年に発生したアジア通貨危機の後は大宇財閥などが解体され、一部事業が海外企業などに買収された。米GMは中国への輸出拠点として、また5000万人規模の人口がもたらす需要に着目して大宇の自動車事業を買収した。
しかし、ここにきてGM幹部からも労働争議を繰り返す労組への不信感が示されている。韓国経済を支えてきたサムスングループ内でのストライキ発生もあり、成長基盤には不安定化の兆しが出始めていると解釈できる。
■クーパン創業者が海外事業に舵を切った意味
一部の報道では、サムスングループ内ではストライキが他のグループ企業に波及しないか警戒感が高まっているようだ。ということは、今後、労使の対立が先鋭化し、事業運営に支障が生じるのではないかと身構える企業経営者は増えつつあるとみて問題ないだろう。今すぐ韓国において労働争議が激化し事業運営に深刻な影響が出る展開は想定しづらいが、中長期的な時間軸で考えると徐々に労使対立が熱を帯びる可能性は排除できない。
そうした展開を警戒する企業家は増えていると考えられる。クーパンを創業したキム・ボムソク氏は韓国事業のすべての役職を辞し、海外事業の運営に注力する。同社が韓国事業で収益を得ていることを踏まえると、キム氏の危機感はかなり強いようだ。その危機感は、既存の経営資源を海外事業に再配分して韓国事業のウェイトを引き下げなければ、労使対立などによって環境変化への適応が難しくなるという、ある種の強迫観念と言ってもよいだろう。
そうした心理がクーパンの日本進出に与えた影響は小さくないはずだ。経済のデジタル化に遅れるわが国での生鮮食品などの高速物流網の確立は、クーパンが海外事業を強化する上で“渡りに船”と映った可能性がある。
■“失策”の影響は深刻だ
一国の経済の成長には、先端分野での成長を目指す企業(企業家)の存在と、サプライヤーや人材、一定の需要の存在が必要だ。それが、国際競争力を持つ企業の集積を支え、その上で政府の国際世論に対する発言力も高まる。
しかし、文大統領は、目先の支持獲得を重視し、ある意味では労働組合に忖度して経済政策を進めたように見える。その結果、労使の対立は深刻化し、企業家心理は停滞しつつある可能性がある。韓国では出生率の低下も深刻であり、需要は縮小均衡に向かっている。
それに上乗せするようにサムスン電子などでも労使の対立が鮮明となれば、世界経済における韓国の競争力や発言力には無視できない影響があるだろう。やや長めの目線で今後の韓国経済の展開を考えると、文氏の経済政策は企業のダイナミズムを低下させ、経済の実力=潜在成長率を下押しする恐れがある。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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