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「国民の多くは夫婦別姓に賛成なのに」最高裁が"ずるい判決"を出した本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年6月27日 11時15分

最高裁判所(2006年2月)出典=つ/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

6月23日、最高裁は夫婦別姓を認めない民法の規定を「合憲」とする判断を示した。ジャーナリストの鮫島浩さんは「夫婦別姓に賛成する人が約7割を占めるが、司法も国会も動かない。しかし絶望してはいけない」という――。

■繰り返される夫婦同姓の合憲判決

最高裁判所が夫婦同姓を定めた民法の規定は憲法に違反しないという判断を示した。6月23日の家事審判の決定で、2015年の最高裁判決の考え方をそのまま受け継いだ。

世論調査ではここ数年、選択的夫婦別姓への賛成が反対を大きく上回っているだけに、賛成派の人々は「司法に裏切られた」という思いであろう。

最高裁判事15人のうち女性は2人。男女比のいびつさが最高裁の判断を歪めているという指摘はあたっていると思う。最高裁が国民の感覚から遠く離れた存在であることを改めて印象づけることになったのも間違いない。

最高裁は「この種の制度のあり方は国会で判断されるべきだ」との考えを示している。「夫婦は同姓でなければならない」という現在の婚姻制度は憲法違反とまでは言えないものの、国会が民法を改正して「夫婦は同性か別姓かを自由に選べる」という制度に変えても何の問題もないということである。国民の多くが望んでいるのなら、国会が世論を受けて選択的夫婦別姓を導入すればよい、と言っているのだ。

朝日新聞が今年4月に実施した世論調査では選択的夫婦別姓に賛成が67%、反対が26%(自民支持層でも賛成61%、反対32%)。2015年12月は賛成49%、反対40%(同賛成38%、反対54%)だった。この数年で賛成が反対を大きく上回るようになったのに、国会は依然として反対が強い。

世論と国会のねじれについて、最高裁はただ「傍観」しているとも読めるし、国会に対して「世論の声に耳を傾けなさい」と促しているとも読める。賛成する人には、たしかに「ずるい」姿勢だ。しかし、決して絶望してはいけない。

■「別姓にすれば家族が壊れる」右派政治家の歪んだ主張

私は選択的夫婦別姓に大賛成である。そんな私から見れば、政治家の不作為にいら立ちを覚える。安倍晋三前首相ら自民党右派は伝統的な家族観を守る立場から強く反対し、国会で民法改正の議論が進むことを阻止してきたからだ。

「別姓は家族の絆や一体感が壊れる」とか「日本の伝統的な家族観」という程度の理由で価値観を押し付ける政治姿勢にも、私は強い抵抗感を覚える。

選択的夫婦別姓はすべての人に夫婦別姓を強要するのではない。国家が夫婦同性を義務づけるのをやめ、希望者だけが夫婦別姓を選択できるのだから、いったい誰の人権や自由を損なうことになるのか。

仮面をつけて演説する政治家
写真=iStock.com/Cemile Bingol
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cemile Bingol

逆に夫婦同性を強要されて苦しんでいる人々がこれほどいるのだから、その人々を救うために民法を改正して夫婦別姓を選べるようにするのは国会の責任である。

国際的にみても「夫婦同性の強要」は非常識そのものであり、日本の「人権後進国」ぶりを象徴する事例である。国会は一刻も早く選択的夫婦別姓を導入する民法改正を実現すべきだ。政界のキングメーカーとなった安倍前首相に遠慮して民法改正を渋る自民党の国会議員たちには「国会の役割」を再認識してほしいと思う。

■最高裁判事の人事も“官邸案件”

私は今の最高裁に極めて批判的である。現在の最高裁判事15人は全員、安倍・菅政権下で任命された。安倍政権は内閣法制局や検察庁、日本学術会議など過去の政権が介入を避けてきた「中立部門」の人事に露骨に手を入れ、それら機関の意思決定を歪めてきたが、最高裁判事の人事も例外ではない。

安倍氏の親友が経営する加計学園の監事を務めていた弁護士を任命したり、日弁連が推薦する弁護士を任命する慣行を打ち破り弁護士になったばかりの刑法学者を任命したり、安倍政権は法曹界の自主性を最大限尊重してきた過去の政権とは違って最高裁人事に深く介入していると指摘されてきた。

その結果、沖縄の米軍基地に関する訴訟などで国側の意に沿った判決が繰り返されている。「最高裁が官邸を忖度(そんたく)した」という疑念を招かないため、過去の政権は最高裁人事に関与しないように配慮してきたのに、安倍政権の人事決定プロセスは不透明で、人事介入への疑惑は深まる一方だった。

最高裁が今回、夫婦別姓を合憲と判断したのは「安倍氏の意向を忖度した結果」と疑われても仕方がないだろう。

■裁判所の本当の役割

とはいえ、私は「この種の制度のあり方は国会で判断されるべきだ」という今回の最高裁の判断には、賛成とは言わないまでも一定の理解をしている。その理由について「司法の役割」と「国会の役割」という視点から説明したい。

私は京都大学で憲法や法律を学んだ。最初に戸惑ったのは、日本の裁判所の「統治行為論」という立場である。「自衛隊は憲法9条に違反しているか」というような国家統治の基本にかかわる高度な政治問題について、裁判所は司法判断を避けるべきであるという考え方だ。

法学部生なら誰しも最初に戸惑うこの問題について、ある教授が宴席で披露してくれた解説がとても印象的だった。おおむね以下のような内容である。

「裁判所は政治問題を決着させる場所ではありません。それは国会の役割です。裁判所は憲法が最も重視している基本的人権を守る場所なのです。政治的に対立している問題に立ち入ることは極力避けます。しかし、一人ひとりの基本的人権が侵害される個別の問題には積極的に介入し、その人の基本的人権を救済しなければなりません。裁判所は一つひとつの具体的な事案を詳細に検証して、目の前にいるひとりの人を救うための場所なのです」

剣と天秤を持つ正義の女神
写真=iStock.com/NiseriN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NiseriN

■「目の前にいるひとりの人間を救うための場所」

若き学生の私は半分わかった気がしたが、半分もやもやした気分が残った。だが、それに続く教授の「仮定の話」で、目が開く思いがした。

「例えば、いま目の前に、離婚訴訟を争っている夫婦がいると仮定しましょう。夫には高い地位と十分な財産があります。妻にはそれらがありません。ところが、離婚の直接的原因はどうも妻にあります。過去の判例に照らせば夫が勝訴します。その結果、妻が路頭に迷うことは間違いありません。さて、あなたが裁判官ならどうしますか? 夫を勝たせますか? 優秀で誠実な裁判官なら躊躇します。夫の勝訴が公正な社会をつくるとは思えないからです。いま目の前にいる妻を救う方法がないかを真剣に考えます。あらゆる判例やあらゆる法令を探して、妻を勝訴させる合理的な判決を導き出せないかを懸命に探ります。

さて、それでも妻を勝たせる法理が見つからない場合、あなたが裁判官ならどうしますか? 泣く泣く夫を勝たせますか? たいがいの裁判官は心にわだかまりを抱えながらも夫を勝たせるかもしれません。しかし、ほんとうに優秀で誠実で勇気のある裁判官なら、その不公正な結論を受け入れることができません。そのときはじめて、妻を勝たせるために「新しい判例」に一歩踏み出すのです。このようにして、ひとりの人間の具体的な事案が判例を塗り替え、世の中を変えていくのです」

私は感動した。裁判所とは何か、司法とは何か。この教授が語った「仮定の話」がすべてを言い尽くしていると思った。これは正規の授業では講義しにくい「司法の真髄」であると思った。やはり宴席でしか伝えられないものはあるのだろう。

裁判所は「いま目の前にいるひとりの人間を救うための場所」なのだ。私は法学部のいかなる授業からも、いかなる法律の教科書からも、この宴席における教授の「仮定の話」以上の感銘を受けたことはない。

■国会にゆだねられた選択的夫婦別姓

夫婦別姓に対する最高裁決定に話を戻そう。今の最高裁判事の15人が「ほんとうに優秀で誠実で勇気のある裁判官」かどうか、私には判断する材料がない。

たしかなことは、15人のうち違憲という判断した4人は「新しい判例」に踏み出すべきだと考えたが、残る11人は「今回の事案は新しい判決に踏み出すことでしか救えないほどの切迫した不公正とは言えない」と考えたということである。彼らの立場からは「この種の制度のあり方は国会で判断されるべきだ」という結論になる。

私が言いたいのは、11人の判断が正しいということではない。むしろ11人の夫婦別姓問題に対する時代感覚はずれていると思う。

しかし、裁判所というものはそもそも「いま目の前にいる人を救うための場所」なのだ。安倍前首相らが固執する「夫婦同性」か、国民世論の過半数が支持する「選択的夫婦別姓」かという政治的対立を決着させる場所ではないのである。今回の最高裁決定は「今回の審判を申し立てた夫婦の敗北」であっても「選択的夫婦別姓の敗北」ではないのだ。

夫婦別姓を強要されて苦悩するこの国の多くの人々は、民法を改正すれば一瞬にして全員救われるのだ。これこそ裁判所ではなく、唯一の立法機関である国会の役割ではないか。

選択的夫婦別姓を望む人々は今回の最高裁決定に落胆しないでほしい。裁判所も国家権力のひとつだ。過度に期待してはいけないし、国民が直接選んでいない裁判官が何でも介入してくる世の中はかえって恐ろしい。裁判所の役割は「いま目の前にいるひとりの人間を救うこと」なのである。

■時代遅れの政治家には退場してもらおう

選択的夫婦別姓は、裁判ではなく、政治で実現されるべきものだ。先人たちが苦難の歴史を重ねて勝ち取ってきた「参政権」と同じように、国民が自らの手で勝ち取る権利なのだ。何も恐れることはない。世論の過半数は選択的夫婦別姓に賛成だ。あとは行動に出るのみである。

秋に総選挙が迫っている。これは総選挙の争点にして決着させるべき問題であると私は思う。選択的夫婦別姓に賛成の人々は、今回の最高裁決定を機に政治に関心を持ち、選挙で投票するだけではなく、選挙活動に参加してみてほしい。

政治家や政党に、選択的夫婦別姓を公約に掲げるよう強く迫り、最も実現してくれそうな政治家や政党を具体的な行動で応援してみてほしい。逆に反対する政治家を一人でも多く落選させるように行動してほしい。知人に投票を呼びかけるなど、ちょっとしたことでいい。それが選択的夫婦別姓を実現させる王道であり、民主主義というものだ。

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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部デスク、特別報道部デスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。2021年5月31日、49歳で新聞社を退社し、独立。SAMEJIMA TIMES主宰。

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(ジャーナリスト 鮫島 浩)

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