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「卒業生の4割は無職だが…」中国政府が"起業学部ライバー養成学科"に力を入れるワケ

プレジデントオンライン / 2021年7月1日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bunditinay

中国政府は、配信動画で商品を売る「ライバー」を職業として公認している。それだけでなくライバーやインフルエンサーの養成に力を入れており、一部の公立大学には「起業学部ライバー養成学科」も出現した。フリージャーナリストの姫田小夏さんは「背景には、労働意欲をなくした『横たわり族』と呼ばれる若者を何とかしたい中国政府の焦りがある」と指摘する――。

■大学の「インフルエンサー養成所」が人気に

昨今の中国では、猫も杓子も「直播帯貨」(ネット生中継による実演販売、ライブコマース)にはまっている。かつて、日本でも週末の大型店舗に行けば実演販売に黒山の人だかりができていたが、「ネット上で商品説明をストリーミング(生中継)して売る」という現代の販売手法は、コロナ禍の巣ごもり消費で瞬く間に広まった。

中国の調査会社によれば、2020年、ライブコマースの市場規模はおよそ9610億元(約16兆3000億円)に急成長したという。その中国で“直播销售員(ライバー)”が中国で正式な職業として認可され、これを専門に学ぶ高等教育機関まで出始めている。

2019年12月、浙江省義烏市の義烏工商職業技術学院で「ライブコマース科」が立ち上がり、受験生(とその親)から高い注目を集めている。人文観光学部、機械電機情報学部、外国貿易学部、起業学部など10の学部と31の専門学科が設置されている公立大学であり、およそ9600人が学んでいる。

かつて技術を学ぶ高等教育機関といえば、専門学校に近い位置づけだったが、同大学は中国の教育再編を経て普通大学と同じ扱いとなった。ライブコマース科は同学院の「起業学部」の中に設置されている。

■動画作成、大衆ウケの話術、実演販売の練習…

「ライブコマース学科」では、商品の選び方、企画の立て方、実際の運営、顧客サービス、そして消費者を購買に促すためのマーケティング心理学も学ぶ。シナリオやコピーライティングの書き方、動画作成もカリキュラムに入れ、大衆ウケする表現やそれにふさわしい口頭話術を叩きこむ。製品の紹介方法のみならず、市場分析や法律法規も学び、前期は理論、後期は実践に集中し、プロのライバーを育成している。

企業とのコラボも進めている。「ライブコマース科」はアリババ・グループの淘宝網(タオバオ)と協力して「タオバオ・ライブコマーススタジオ」を設立した。商品を売りたい企業を集め、授業の一環として学生に販売させるという実践機会の提供である。

中国の「南方都市報」は、授業の様子を次のように描写している。

■億万長者のライバーになれるのも夢じゃない?

「毎日午前9時~午後1時まで、19歳の学生はカメラの前で、インターンシップ先企業の20種類の商品を扱い、価格や品質、注文方法やクーポンの受け取り方などを紹介する。毎日4時間をこのようにしてライブコマースの実践に費やしている」

新設されたばかりのライブコマース科だが、卒業生には明るい未来が待っているのだろうか。この学科で育成するのは「商品紹介をメインとしたライバー」だが、課程を修了したからといってすぐに億万長者級のKOL(Key Opinion Leader)やインフルエンサーになれるとは限らない。中国のライバーは影響力がある順に、「網紅」と呼ばれるインフルエンサー、タレント、企業家、店員・店長と4分類できるが、記録的売り上げを出せるのは上位の3つだと言われている。

上海でコンサルティング業に従事する王磊さん(仮名・30代)は「中国人の消費動機は『有名人が宣伝しているから』ということが多い。卒業後は、ライバー自身の注目度をいかに高めるかがカギになるでしょう」と語っている。

■中国政府が「公式の職業」に認定した意味

中国の調査会社「艾媒諮詢」によれば、2019年、中国のライブコマースの市場規模は4338億元(約7兆4000億円)、2020年には9610億元(約16兆3000億円)と、約2.2倍に膨れ上がった。巣ごもり消費で爆発的なブームとなったライブコマースだが、目下、業界ではライバー不足で、育成のためのカリキュラムの標準化と人材の大量輩出が求められている。

2020年7月、中国人力資源社会保障部(略称:人社部、日本の厚生労働省に相当)は、国家が公式に認める9種の職業を新たに発表した。「ブロックチェーンエンジニア」「オンライン学習エンジニアサービス士」などとともに「インターネットマーケター」がこれに加わった。ライバーはこの「インターネットマーケター」の中に分類されているという。

中国には、政府が職業を公認するという独自のシステムがある。あらゆる職業は「中華人民共和国職業分類大典」の中で分類されており、これは職業に必要な技能基準を政府が定め、職業資格証明を作るためにも必要だとされている。経済統計や人口調査、労働需要の予測などもこれをベースに行われている。ライバーは、この分類コードの新職業として今回追加された。

■フリーランスの概念がようやく浸透してきた

このシステムからは、末端の労働者を含む、多くの国民を安定的に就業させなければならないという国家としての使命が感じられるが、逆に言えば、就業体系の崩れは国家安定の基盤に影響する。そのため、職業もまた中国政府によって徹底した管理が行われているというわけだ。ちなみに改革開放前の中国都市部は、労働者の誰もが政府系や公営の勤務先に所属しており、フリーランサーという概念などなかった時代だった。

筆者が中国を初めて訪れた90年代初期は、フリーライターという身分さえもなく、この職業をどう説明していいか困ったこともあった。それだけに、“スマホ1つで一獲千金”というフリーランサーの出現は隔世の感がある。そして昨年、フリーランサーの範疇にあった「ライブ配信者」が、正規の職業として突如として格上げされたわけだが、このことは多くの中国人の耳目を集めた。

新しい産業が生まれれば新しい職種が生まれる“スピーディーな中国”において、“新手の職種”が次々と創出されるのはむしろ自然なことではあるが、話はそれで終わらない。「ライバーの出現」と最近増加している「中国の大卒者の失業」は、実は底辺でつながっているのだ。

■卒業生の4割が「仕事がない」状態

6月の中国は卒業シーズンに当たる。大学や専門学校の高等教育機関を卒業する人数は、過去3年で増加傾向にあり、834万人(2019年)、874万人(2020年)に続き、2021年は909万人が卒業した。南京大学の学長である呂建氏は「909万人は過去最高だが、これに留学帰国者を加えると、就職を必要とする卒業生は1000万人を超える」とコメントした。

卒業式での卒業帽の後ろ姿
写真=iStock.com/baona
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

しかし、近年の中国はGDP成長率が鈍化傾向にある。世界的に拡大したコロナ禍で先行きの不透明感が高まり、雇用を削減する企業も少なくない。特に新入社員の採用には消極的だ。中国では以前から「卒業すると失業する」といった皮肉が合言葉のように繰り返されてきたが、これに追い打ちをかける事態となっている。一説によれば、909万人の卒業生のうち4割が未就業だという。

しかし、まったく仕事がないわけではない。日本の4年制大学を卒業した北京在住の謝小秋さん(仮名)は帰国後に地元企業に就職した。生存競争の激しい中国で、学歴に箔(はく)をつけようとする学生が修士や博士課程に進学するケースは近年珍しくなくなったが、謝さんは進学をしなかった。

■ラクして稼ぎたい「横たわり族」が増えている

筆者は謝さんのその後を見守っていたが、案の定、彼女はわずか数カ月で「勤務時間が長い上、給料が低くて疲れきっている、もう辞めたい」と音を上げた。日本の4年制大学を卒業しても理想とする仕事には就けないようなのだ。

かつてから中国では労使間のミスマッチが激しかったが、最近ますます噛み合わなくなっている。近年の大卒者は飯のタネを探すのではなく、“黄金の飯のタネ”を探そうとしている――こんな分析を掲載する中国メディアもあるように、背景には90后(90年代生まれ)世代に共通する「ラクして高給を得たい」という労働観がある。

謝さん一家は生活も恵まれていて、中国国内にも東京都内にも投資物件を持っている。どのみち食べるには困らない謝さんは「両親からは無理して働かなくてもいい」と言われている。

中国では、競争に疲れ、仕事に対しても高い意欲を持たず、現状維持でよしとする“躺平族(横たわり族)”という言葉がさかんに取り上げられるようになったが、確かに謝さんも「理想の仕事がなければ最終的には“躺平”でいい」と思っている。かつて世界が賞賛した「ハングリーな中国人材」の姿はない。

■エリート大学にも「就職離れ」の波が

北京の中国伝媒大学は、「2020年度卒業生就業の質の報告」(以下、リポート)を公表した。同大学は放送、メディア分野における中国最高峰の大学で、大手新聞社や放送局などに卒業生を送り込んできた。国家事業を支える人材を大量に輩出してきたその歴史にもかかわらず、リポートが明らかにするのは、「同大学における2020年度の卒業生は2割が仕事に就いていない」という実態だ。

リポートによると、2020年度に同大学を卒業したのは3752人で、このうち留学、修士、博士課程への進学者905人(約24%)を除くと、就業した者は2104人(約56%)、未就業の者は743人(約20%)だという。

未就業者743人のうち、約46%が「留学や修士、博士課程への進学を“計画中”(筆者注:何らかの理由で年度内に進学できなかった可能性がある)」だとしており、「働く意欲はあるが仕事が見つからない」と回答した学生は約49%に上っている。

■どうせ働くならフリーランサーがいい

一方、就業した者は2104人いるが、このうち企業と雇用契約を交わした者は956人と半数以下にとどまる。同時に目を引くのが、フリーランサーを選択した者が496人(13%)もいるということだ。

同大学を卒業すれば、有名企業で花形職業に就くのも夢ではない。だが、リポートから見て取れるのは明らかな「就職離れ」であり、「仕事をするならフリーランサーの道を歩む」という傾向だ。

ちなみに、2020年6月29日、中国教育部(日本の文部科学省に相当)は、大学から報告される就職先データを精査すると通達した。就職実績を上げたい大学が、雇用先と虚偽の契約を交わしたり、雇用証明書を改ざんしたりするなどして、教育部に報告していたためだ。

教育部は大学に対し、「卒業生に雇用契約や労働契約へのサインを強制してはならない」とも警告している。こうした通達からも「大学生の就職離れ」が国家的な重大問題となっていることが伺える。

■将来の中国を担う若者たちの“変化”

このリポートが示すのは、卒業生の"新しい生き方"の選択だ。振り返れば、中国には特有の職業観があった。2000年代前半、筆者が居住していた上海で、多くの若者に共通する将来の夢は「有名企業の管理職か社長になりたい」というものだった。彼らの両親も、子息が国営か外資系の大企業に就職することを望んでいた。

若者の憧れの職場は、時代とともに変化した。2000年代中盤から住宅ブームが到来し、不動産会社が人気の職場となった。2010年代の株バブル期は、破格のボーナスが出るという証券会社にスポットが当たった。国家が経営母体の中央企業にも希望者が殺到した。いずれも短期間のうちに高年収を稼げることで共通している。

一方で、フリーランサーの地位も徐々に高まった。少なくとも2000年代の中国でも、所属企業のないフリーランサーという働き方は異端視され、卒業生の誰もが雇用先を探していたものだが、リポートからも分かるように、新しい世代はフリーランサーへの抵抗をなくしている。

それを象徴するのが、フリーランス的な働き方ができるライバーだ。企業の厳しい労働条件に縛られることもなく、「売り上げ金額10億元(約170億円)」などという一獲千金も夢ではないため、2020年代に入ると、ライバーに夢を託す若者たちが出現した。実際、大学や専門学校在学中にライブコマースの味をしめ、卒業後もこれを生業にする人材は少なくない。

アイシャドウを紹介する動画を撮影中の女性
写真=iStock.com/twinsterphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/twinsterphoto

■政府の切羽詰まった状況が見て取れる

「ライブ配信者」が中国で正式な職業に認定されたのは、「産業の構造転換」と「労働観の転換」で、従来の雇用がもはや受け皿とはなり得なくなったためだが、市場規模が拡大するライブコマースを、フリーランサーのまま水面下にとどまらせておくわけにはいかないという、政府の焦りも垣間見える。

これを正規の職種に格上げすれば、少なくとも「公認の職に就業している人数」は増え、統計上の体裁も整うからだ。仮にこのまま卒業生の就職動向を正確に把握できない状態が続けば、政府の雇用政策に影響が及び、ひいては国家の基盤を大きく揺るがすことになりかねない。

デジタル革命により、中国では誰でもスマホひとつで金が稼げる時代になった。「ライバーの公式認定」からは、普通のサラリーマン職に関心を失い自由な生き方を望む中国の90后世代と、それを必死で追いかける中国政府の、切羽詰まった状況が見て取れるのである。

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姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
フリージャーナリスト
東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。1990年代初頭から中国との往来を開始。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊し、10年にわたり初代編集長を務める。約15年を上海で過ごしたのち帰国、現在は日中のビジネス環境の変化や中国とアジア周辺国の関わりを独自の視点で取材、著書に『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)など、近著に『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)がある。

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(フリージャーナリスト 姫田 小夏)

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