「定年で終わる人vs定年後に活躍する人」人生の最後を分ける"たった1つの習慣"
プレジデントオンライン / 2021年7月4日 11時15分
■独学で「人生コース」を変えた
新著『人生を変える「超」独学勉強法』で最も強調したかったのは、「独学によって人生を変えることができる」ということだ。これは私自身の経験に基づいている。
私は、後で述べるベンジャミン・フランクリンやエイブラハム・リンカーンのような「完全独学者」ではない。彼らは、学校に通うことができず、ほとんどすべてを独学で勉強した。
それに対して私は、学校で勉強を続けられたので、すべての知識を独学で身につけたわけではない。
ただし、少なくとも、独学によって人生コースを変えたことは間違いない。これは、決定的に大きな方向転換だった。これがなければ、私の人生コースはまったく違うものになっていたはずだ。
■思い描いた進路が自分に合わない…
私は東京大学工学部の応用物理学科に在籍していたのだが、4年生になってから、方向転換をしたくなった。
そのきっかけは、夏休みの企業実習だ。ある大手電機メーカーの中央研究所に1カ月ほど通ったのだが、「こうした仕事は自分に向かない」と実感した。
そして、「もっと視野の広い仕事がしたい」と強く望むようになった。応用物理学の知職を活用する仕事でなく、経済学を活用する仕事につきたいと思ったのだ。
法学部や経済学部に学士入学することも考えたのだが、それだけの回り道をする余裕が経済的になかった。そこで、工学部の大学院に進学し、実験や論文作成をするかたわらで経済学を勉強し、その関係の仕事につけないかと思った。
そのためには、「経済学部の卒業生と同程度の経済学の知識を持っている」ことを示す証拠が必要だ。それを獲得するには公務員試験を受けるのがいちばんよいと思い、経済職の公務員試験を受けることにした。
■「シグナル」が欲しかった
大学院は暇だから勉強するのは簡単だ、と思われるかもしれない。実際にはまったく逆で、工学部の大学院は、実験に明け暮れる毎日なのだ。夜まで実験が続くときもある。しかも、私の指導教官は、工学部でも有名なハードワーカーだった。
だから、公務員試験の勉強をする時間は限られていた。しかも、勉強していることを回りの人には言えない。実験の合間にこっそり勉強するようなことも多かった。
公務員試験を受けたのは、公務員になりたいからではなく、勉強した証明が欲しかったからだ。つまり、「シグナル」が欲しかったのである。
しかし、結局のところ、私は大蔵省(現・財務省)で働くことになった。人生のコースは、大きく変わった。
■大学で教えていることは独学で勉強できる
私がこの経験を通じて確信したのは、「大学学部で教えている経済学なら、独学で勉強できる」ということだ。
私は、「大学で勉強することが無意味」と言っているわけではない。大学で勉強することには、重要な意味があると考えている。
それは、やや逆説的だが、「大学での勉強とはこの程度のことだ」と知りうることだ。
大学に行けなかった人が陥(おちい)る最大の問題は、「大学では大変高度な教育を行っており、それによって専門家が育成されている。だから、大学教育を受けなかった私は、専門家にはなれない」と思い込んでしまうことだ。
人間は誰も、知らないことに対しては、畏敬の念を感じるものだ。大学に行けなかった人にとって、大学はまさに近寄りがたい知の殿堂なのだ。そこで教育を受けないかぎり、知識労働者のグループには入れないと考えてしまうのは、無理もない。
しかし、そうではないのだ。
私が工学部を卒業してから経済学を独学で勉強したのは、「独学でも習得可能」という見通しがあったからだ。そして、その見通しは、工学部で学んだ経験によって生じていたものである。
■「可能性」をみずから限定してはいけない
私が学生だった時代の日本の大学進学率は、10%程度だった。
つまり、大学に行けない人のほうがはるかに多かった。だから、きわめて高い能力をもちながら、家庭の経済的な事情のために大学に行けなかった人が、いくらもいた。そうした人たちの無念さを、私はよく知っている。
その後、日本の大学進学率は上昇した。
しかし、いまでも、大学で学ぶための経済的負担は重い。奨学金や教育ローンが充実したとはいえ、親の収入だけでまかなうには限度がある。実際、上昇はしたものの、日本の大学進学率は50%程度だ。
一方、大学を出ないとつけない職業がある。明示的にそう決められていなくとも、事実上そうである場合が少なくない。だから、大学に行けなかった無念さをかみしめている人は、いまの日本にも大勢いる。
しかし、それにめげて、みずからの可能性を限定してはいけないと、声を大にして主張したい。独学によって、学歴制約を突破することが可能だからだ。
大学卒業が受験資格になっている資格試験は多い。そして、日本には、高卒認定試験はあるが、大卒認定試験はない。これは誠に残念なことだ。
しかし、弁理士、行政書士、司法書士、公認会計士、通訳案内士、不動産鑑定士、気象予報士など、受験資格に学歴制限がない試験もある。IT関係でも、学歴制限がない資格試験がいくつもある。
こうした試験に挑戦して高得点を取ることができれば、それによって新しい人生が開けるだろう。
■独学者は自由な立場で新しい発想ができる
18世紀から19世紀のアメリカには、独学によって人生を切り開いた人が多い。
まずは、ベンジャミン・フランクリン。彼は、独立宣言に署名した5人の政治家のうちの1人だ。学校の成績は優秀だったが、学費の負担が重いので10歳で退学し、印刷業者の徒弟になった。仕事場にある本や新聞などの印刷物を、仕事の合間に読みあさった。
第16代大統領のエイブラハム・リンカーンの場合、正式な教育は、巡回教師からの18カ月間の授業だけで、あとはまったくの独学だった。借りることのできたすべての本を読んだ。「私は誰にもつかずに学んだ」と語っていた。
世界最大の製鉄会社・カーネギー鉄鋼会社を創業したアンドリュー・カーネギーは、少年時代、本を買うことができなかった。近くに住んでいた篤志家(とくしか)が、働く少年たちのために開放してくれた個人蔵書で勉強した。
発明王トーマス・エジソンは、小学校に入学したが、3カ月で中退してしまったため、正規の教育を受けられず、図書館などで独学した。「自動車の父」ヘンリー・フォードは、高校を中退。自分で勉強した。
この時代においても、高学歴の人々が勢力を持っていた。独学の人々は、こうした環境にめげなかった。彼らは権威ではなく、自分の力を信じた。
そして、独学者だからこそ、自由な立場で新しい発想ができた。それが、彼らの成功の源泉だ。
■「学び直し社会」がやってきた
上で述べた人たちは、20世紀初め頃までの人だ。「彼らが成功できた時代はいまとは背景が違うから、現代には通用しない」という意見があるかもしれない。
20世紀になってから、大組織で経済活動が進められるようになり、条件が大きく変わったことは間違いない。
学歴社会が形成され、高学歴でないと大組織の一員として仕事をすることが難しくなった。組織化、官僚化が進めば、独学だけで専門家集団のトップに立つのは、難しくなる。また、技術開発に多額の資金が必要となると、個人発明家の役割は限定的になる。
しかし、いま再び時代が変化しようとしているのだ。
「日本社会の勝ち組『現場の叩き上げ』が通用しなくなった根本原因」で述べたように、時代の変化が激しければ、学校の勉強だけでは仕事を続けていくことができない。独学を続けないかぎり、最先端に追いつけない。
また、大きな変化が起これば、これまで誰も手をつけていない世界が広がる。そこでは、独学で身につけた知識をもととして、新しい事業を起こすことができるだろう。
「学び直し社会」になったということは、独学によってコースを変えることが、前より簡単にできるようになったということだ。
学歴社会では、学歴によって人生のコースがほぼ決まってしまう。しかし、実力社会になると、どれだけ学んで能力を高めたかのほうが重要になってくるのだ。だから、上で述べた独学者たちの経験は、現代社会で再び重要な意味を持つようになった。
■独学で、いつまでも仕事を続ける
独学で人生のコースを変えたことを、私は少しも後悔していない。
それどころか、私は、役所には入ったが、その後再び方向転換して、大学で教えることになった。そして80歳を過ぎたいまになっても、20年前、30年前と同じように仕事を続けている。
そこで必要な知識も、大部分は独学で学んだことだ。
独学によって、組織の定年の縛りに制約されることなく、いつまでも仕事を続けることができるのだ。
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一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『経験なき経済危機──日本はこの試練を成長への転機になしうるか?』(ダイヤモンド社)、『中国が世界を攪乱する──AI・コロナ・デジタル人民元』(東洋経済新報社)ほか。
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)
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