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「現地に行くよりいい」デンソーの"オンライン工場見学"のすごい評判

プレジデントオンライン / 2021年7月2日 9時15分

デンソーの主力工場の一つ、善明製作所の全景 - 写真提供=デンソー

■「これはいつおさまるか、わからない」

日本国内で新型コロナウイルスの最初の感染が確認されたのは2020年1月である。時間とともに感染は拡大し、4月には緊急事態宣言が出され、外出や移動などの自粛が要請される。

この混乱のなかで5月に入るころ、株式会社デンソーの経営役員の山崎康彦氏は、新経営研会からの依頼への対応を考えていた。山崎氏はデンソーでCMO(Chief Monozukuri Officer)の重責をになう。

デンソーの主力工場のひとつ、善(ぜん)明(みょう)製作所では、新経営研究会からの依頼を受けて見学会をともなう異業種・独自企業研究会の受け入れを、2020年3月に予定していた。2月ごろからの新型コロナ感染拡大を受けて、この見学会は同年の夏に延期することを決めていた。

新経営研究会は1982年に創設され、40年近い歴史をもつ技術系経営者層・幹部が集まる研究会である。代表の松尾隆氏のもと、製造企業の経営者層を中心とした会員に、交流や相互啓発の場を提供してきた。見学会の参加予定者には、日本を代表する企業の著名な経営者の名前も混じる。

延期を決めたものの4月に入り、コロナ感染は国内外で拡大し、猛威を振るう。5月に入るころには山崎氏は、「これはいつおさまるか、わからない」と考えるようになっていた。夏の見学会も、再延期になるかもしれないが、先が見えない。ずるずると先延ばしするよりも、オンラインに切り替えてはどうか。

■音や匂いを感じ、意見を交わすことの価値

5月になり山崎氏は、新経営研究会にオンライン見学会への切り替えを提案した。提案は受け入れられず、「ウェブでやっても無意味」といわれた。

新経営研究会の異業種・独自企業研究会が大切にしてきたのは、「人と人とのダイレクトな交流、そして現場を踏むこと」、すなわち「現場・現物・本人と実際に出会う、触れること」である。経営やものづくりの指導的な立場にある人たちが、技術や経営、科学や文化などの領域で革新的な挑戦を行っている組織や個人のもとを訪れ、現場に直接触れ、夢や未来をめぐる議論を交わす。このような場の提供に異業種・独自企業研究会は努めてきた。

こうした研究会のあり方を踏まえると、見学会は、話がオンラインでつながれば、ビデオを見れば、事足りるわけではない。人と人が出会い、工場のなかを歩くことに意味がある。ビデオのカメラが向いているところだけではなく、360度対象外からも飛び込んでくる光景や音や匂いを感じる体験に価値がある。実際の体験を振り返り、ワイワイ、ガヤガヤと意見を交わすことに意義がある。

■オンラインであってもやり遂げたい

ここで中止に踏み切る選択肢もあったはずだ。しかし、山崎氏は、工場見学は何とかして行いたいと考えていた。オンラインはそのための有効なツールとなりそうだった。山崎氏は、重ねて提案を行った。

デンソーは、日本の自動車企業のジャスト・インタイムのリーンな生産を支える。そのために同社の工場では、供給を止めないための努力を重ねてきた。安定供給だけではない。生産の現場の絶えざる工夫と改善で、品質やコストのレベルアップを止めない努力も続けている。この現場を紹介する見学会は重要であり、きちんとやり遂げたい。そして、止めたくない。山崎氏はこのように考えていた。

デンソーでは、「工場も商品」と考えている。同じスペックの部品や素材であっても、どのようなつくり方をしている工場から供給を受けるかは、その先にある製造企業には無視できない問題のはずである。

■対面でなくても、できることはある

同年4月にはデンソーでも、新入社員研修などはオンラインに切り替わっていた。こうした体験などから山崎氏は、対面でなくてもできることはあると感じていた。

新経営研究会の側も、会員のあいだに、やらない不満を積もらせていくよりも、オンライン見学会という新しい形態を試みてみる意義があると、考え直しはじめていた。山崎氏は新経営研究会に次のような提案を行い、受け入れられた。

・異業種・独自企業研究会の趣旨と長年培ってきた精神をおろそかにしない。
・今回オンライン見学会で使用するビデオは、異業種・独自企業研究会のためにすべて新規に撮影する。
・オンライン見学会でQ&Aを担当する幹部社員は、対象となる生産現場の各箇所に立ち、カメラを持ち込んでダイレクトに質問を受け、実況中継のようにその場で答える。

■初めてのオンライン工場見学会

オンラインで行われた善明製作所の異業種・独自企業研究会の見学会は、51名の参加者をえて2020年8月21日に開催された。デンソー側は、オンライン見学でも、従来の見学会と案内する内容は変えないことにした。事前に現場で撮影したオリジナル・ビデオの視聴後に、生産現場からカメラを通じてライブで質問に答えるというかたちで、オンライン見学会は行われた。

日本中、ネットワークでつながるイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

デンソーとしては、ビジネスユースの工場見学をオンラインで受け入れるのは、初めてであり、自信があったわけではない。しかし、早く手を挙げてのトライアルであれば、失敗も許されやすい。チャレンジすれば、オンラインでできることと、できないことの見極めも早く進む。1回楽しんでやってみよう。このように社内で話し合いながら準備を進めての見学会開催だった。

見学会は好評だった。新経営研究会に参加者から寄せられた感想には、「衝撃的な感動」「十分に臨場感があった」「実際に工場を見学しているよう」「リアルな工場見学よりもわかりやすい」「今後のオンラインによる勉強会のお手本になる」等々の称賛の言葉が並ぶ。多くの参加者にとって、期待以上の体験となったことが読みとれる。

■実際にやってみてわかったこと

経営における創造のひとつの重要な源泉は、現場を訪問し、そこで人と人が直接交流することから生まれる創発である。この生の経験価値を完全にオンライン見学に置き換えることができるわけではない。生産ラインの流れ、在庫のたまり具合、清掃清潔の徹底など、現地に行かないと把握できないことは少なくない。

しかし、一方でオンライン見学会を行ってみたことで、わかったことがある。オンライン見学会には、リアル見学会にない利点がある。例えば、工場などのノイズの多い現場だと、後方の参加者には説明の声が十分に届かない、現物とはいってもよく見えるのは前方の4~5人といったことが起こる。

しかしオンライン見学だと、通信環境を整えておけば、全員が平等かつクリアに説明に接することができる。デンソー善明製作所のオンライン見学会でも、「リアル見学よりもわかりやすいと感じた」との声が少なくなかった。

そしてオンライン見学でも、時間の共有はできる。リアル見学についていえば、その臨場感は時間と空間の共有から生まれる。同時配信のオンライン見学には、この空間の共有はないが、時間の共有はあり、そこから生まれる場を共にした参加者たちの一体感がある。

加えてオンライン見学では、参加するための時間や場所の制約が低下する。忙しい経営者が、会議の合間をぬって参加することも可能になる。

■新たに広がっていく夢

新経営研究会の松尾氏は、こうした経験をコロナが生み出したチャンスととらえている。そのうえでさらに、新しい研究会の新しいあり方の構想を検討しはじめている。

リアルの見学会の価値がなくなったわけではない。しかし、リアルとは別の価値がオンラインによって生まれるのであれば、新しい見学会のあり方が考えられる。例えば、日本の経営者たちが、海外の現場を同時訪問し、熱い対話を交わす見学会も、オンラインだとより多くの参加者を見込める。現地に中継のためのスタッフを派遣し、自動翻訳などを活用すれば、多忙な経営者を長時間拘束しなくてもよく、隙間時間での参加が実現する。制約が解き放たれ、自由な学びの理想へと踏み出すことができる。

コロナ禍のもとでも、止めない、止まらない。この行動から、新たな可能性が芽生え、それをとらえることで、新しい夢が生まれている。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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