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「東大合格者数ダントツ1位の女子高」桜蔭がAIの時代にお辞儀の意味を教える深い理由

プレジデントオンライン / 2021年7月1日 11時15分

小笠原流礼法宗家・小笠原敬承斎さん 聖心女子学院において初等科より高等科まで学ぶ。聖心女子専門学校卒業後、英国留学。1994年、小笠原流礼法副宗家に就任。96年より現職。現在、聖徳大学・聖徳大学短期大学部客員教授。 - 撮影=市来朋久

AI・デジタル化、グローバル化の時代の中で「礼法」の授業を実施する学校がある。東京大学に毎年数10人の合格者を出す桜蔭をはじめ、品川女子学院、聖徳学園などがお辞儀やお茶の出し方などを生徒に教えている。どんな教育的効果があるのか。小笠原流礼法宗家・小笠原敬承斎さんと、桜蔭OGでテレビ東京アナウンサーの繁田美貴さんに話を聞いた――。
※本稿は、「プレジデントFamily2021年夏号」の一部を再編集したものです。

■小笠原流礼法宗家が語る、日本人の知らない「お辞儀の意味」

「家に帰って、礼法で習った『お辞儀をする意味』をお母さまに伝えたら褒められましたと、生徒さんからお手紙を頂戴することがあります。また、親御さんからは、子供を通して作法の意味を知りましたと、おっしゃっていただくことも。学校教育で礼法を取り入れることで、皆さまに喜んでいただいています」

こう語るのは、小笠原流礼法宗家の小笠原敬承斎さんだ。

礼法とは、約700年前、室町時代の武家社会で確立した武士の礼儀作法のことで、お辞儀の仕方、立ち方、座り方、歩き方といった基本動作から、食事、訪問と茶菓子の出し方といったもてなし、贈答、慶事・弔事の心得、手紙の書き方や折り形に至るまで、多岐にわたる。明治以後は西欧のマナーも取り入れて、現代に至っている。

「武士というのは個性の強い人々の集団で、なかなか一つにまとまるのが難しかったのですね。礼法を取り入れることで、人間関係や物事が円滑に進むようになったのです」

■頭を下げるのは「心を開いています。敵意はありません」のサイン

武士は常に、相手が斬りつけてくるかもしれないという緊張感の中で生きていた。そのため、礼法には相手を思いやり、緊張を和らげるための仕掛けがたくさんあるという。

「たとえば、礼法では正しいお辞儀の基本が決まっています。相手に向かって自分の急所である頭を深々と下げますが、こうすることで相手に『あなたには心を開いています。敵意はありません』というサインを送っているわけです」

つまり、正しいお辞儀の仕方という「かたち」もさることながら、その背後にある「こころ」が一層重要なわけだ。学校でも、「かたち」と「こころ」をセットで伝えているという。

「和食の作法として箸先を左側に置くことは皆さまご存じかと思いますが、ではなぜ左側にするのか、その理由をご存じでしょうか?」

学校でこう問いかけると、一番多い答えは「右利きが多いから」だそう。それも一つの理由には違いないが、本当はもっと深い意味があるという。

「『天子南面す』といって、地位の高い人は南を向いて座るという考え方があります。南を向いて箸先を左に向けると、箸先が示す方角は東。つまり、太陽が昇る方角なのです」

万物に命を吹き込む太陽のエネルギーを箸先に受けながら食事をすることで、体内に太陽のパワーを取り込む。箸の置き方一つにも、こうした深遠な意味があるのだ。

礼法の写真
写真提供=光英VERITAS中学校・高等学校

■AI・デジタル化、グローバル化、多様性の時代にこそ礼法を

では、進学校や伝統校が礼法を取り入れるのはなぜなのだろう。学力や学びの姿勢にもつながる何かが、礼法にはあるのだろうか。

「もちろん、礼法を学ぶことがほかの教科の成績アップに直結するわけではないかもしれません。しかし、物事を俯瞰的に見て判断する能力を養えることは間違いのないことだと思っております」

敬承斎さんは、先代の小笠原忠統(ただむ)さんのエピソードを教えてくれた。

「先代はよく、『私は日本で最も和食を一緒に食べたくないと思われる人だろう』と申しておりましたが、ある時、テレビ局内のお仕事の際、スタジオでお弁当が出たのです。私もお供していたのですが、先代はスタッフの皆さまと一緒に、ここまでかたちを崩してしまっていいのかとハラハラするような箸使いでお弁当をいただいておりました。そのとき先代は、一つの作法だけを残して、ほかをすべて省略していたのです」

■なぜ、箸先を汚していいのは長くても3cmまでなのか

一つだけ残した作法。それは箸先を汚さないことだったという。

「私どもでは『箸先五分、長くて一寸』と申しますが、要するに、箸先を汚していいのは長くても3cmまで、という意味です。先代はスタッフの皆さまに不快な思いをさせないためにこの作法だけは守ったのですね。そして同時に、日本で最も和食を一緒に食べたくないであろう人物だからこその、周囲の方々を緊張させないための配慮だったともいえましょう」

つまり礼法とは、この場面では絶対にこうしなければならないというものではないのだ。TPOに合わせて臨機応変に取捨選択し、組み合わせていけばいいものであり、その判断を瞬時に行うためには、作法の引き出しをたくさん持っておくと同時に、常に頭と心を働かせ続ける必要がある。

礼法の写真
写真提供=光英VERITAS中学校・高等学校

たくさん学ぶ、そこから必要なものを選んでつなげる。それはまさに学校での学びに通じると、授業でも伝えているそうだ。

礼法
写真提供=光英VERITAS中学校・高等学校

しかも取捨選択の判断は、「いま・ここ」に対してだけ行われるわけではないと敬承斎さんは言う。

「日本人はよく『遠慮』という言葉を使いますが、これはただ単に自分がやりたいことを我慢するという意味ではなく、本来は、遠くを慮(おもんぱか)るという意味なのです。距離として時間として、いまここにある世界だけではなく、遠い世界や遠い未来にまで思いを馳せて相手を思いやることで、いまするべき行動を見極める。それが遠慮の本質です」

ますますグローバル化と多様性が進む社会で活躍するこれからの子供たちにこそ、礼法を身につける必要性があるようだ。

中学校での礼法の学び
中学1年
●礼法とは何か
●洋室での基本動作(姿勢、お辞儀、歩き方、椅子の座り方)
●和食の作法(箸の持ち方、嫌い箸など)
●折形と水引
中学2年
●和室での基本動作(姿勢、お辞儀、方向転換、襖ふすまの開け閉め)
●訪問ともてなし(玄関の上がり方、部屋に通されたときの座布団の心得)
●手紙の心得
●折形と水引
中学3年
●抹茶の作法
●煎茶の作法
●テーブルマナー(修学旅行にて)
●折形と水引
(光英VERITAS中学校・高等学校のカリキュラムより)

■桜蔭OGのテレビ東京アナウンサー繁田美貴さん

「礼法の所作で呼吸が整い精神統一できる、体幹も鍛えられる」

中学1年生のときには週に1回、その後も定期的に(高校でも頻度こそ少なくなりましたが)、礼法の授業がありました。50人ほどのクラスメート全員が、畳が敷かれた広い和室に入って、日常の基本的な所作を礼法専門の先生から教えていただきました。

私は桜蔭に入学するまで正座をする機会がありませんでしたから、それが最初にぶつかった壁でした。その後、立ち方、お辞儀の仕方、方向転換、戸の開け閉め、物の渡し方、お茶の作法などを丁寧に指導していただきました。

テレビ東京アナウンサー 繁田美貴さん
撮影=千葉充
テレビ東京アナウンサー 繁田美貴さん - 撮影=千葉充

桜蔭学園の建学の精神は「礼と学び」を大切にすることにありますから、礼法の授業はまさに建学の精神を具現したものであり、指導は温かくも厳しかった記憶があります。

具体的な所作だけでなく、礼法の根本に「他者への思いやり」があることも教えていただきました。たとえば、お茶をいただくとき、茶器の絵柄がある側に口をつけて飲まないのは、器を大切にするだけでなく、お茶を振る舞ってくださった方、さらには器の作者へも敬意を表することにつながると、実際の所作とともに学びました。

礼法のさまざまな所作は呼吸を意識しながら行うので、精神統一の訓練に近い面もあり、桜蔭生が勉強に集中するための下地になっていたかもしれません。美しい姿勢を保つために体幹が鍛えられるおかげか、桜蔭の生徒の多くは姿勢が良かった印象があります。

■礼法を通して得た社会人の基礎となる精神

現在のアナウンサーという仕事に礼法が直接的に生きているかというと、必ずしもそうとは言えません。たとえば礼法の正式なお辞儀では、頭をゆっくりと90度近くまで下げ、再びゆっくりと上げます。これをスタジオでやったら、収録の時間がのびてしまいます(笑)。

こうした具体的な作法としてではなく、目には見えないけれど社会人としての自信につながるものとして、礼法が生きていると実感することがあるのです。

人間って、かしこまった席ほどオドオドして下を向いてしまうものですが、礼法で学んだ美しい立ち方や歩き方が身についていると、どれほど緊張を要する場面でも顔を上げていることができたりします。これによって、持っている力を最大限に発揮できて、最高のパフォーマンスにつながっていくように思います。

かつて授業で教えられたことだった、ということすら忘れてしまっているほど身についた動作の中に、実は礼法が生きていることがあり、いざという場面で無意識のうちにそれを実践していることがあるのです。

桜蔭の校訓に「責任を重んじ、礼儀を厚くし、よき社会人であれ」という言葉がありますが、社会人になってしみじみと感じるのは、社会は人と人とのつながりでできているということです。そのつながりは、「他者への思いやり」なしには決して成り立ちません。

受験勉強の先にある社会人としての生活を見据え、礼法を通して社会人の基礎となる精神を教えてくれた母校に、あらためて感謝しています。

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山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』 (朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。

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(ノンフィクションライター 山田 清機 取材協力=小笠原伯爵邸)

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