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「神を近くに感じた」本物の宇宙飛行士たちに愛読される立花隆さんの影響力

プレジデントオンライン / 2021年6月30日 15時15分

4つの大学共同利用機関のトップらの記者会見で、国立天文台のすばる望遠鏡の実績を例に挙げ、研究費確保を訴える評論家立花隆さん(右)(東京・本郷の東京大学) - 写真=時事通信フォト

ジャーナリスト・評論家の立花隆さんが亡くなった。その作品群の中に『宇宙からの帰還』(中公文庫、初版発行1983年)がある。『宇宙から帰ってきた日本人』(文藝春秋)で日本人宇宙飛行士全12人の証言を集めたノンフィクション作家の稲泉連さんは「その多くが『宇宙からの帰還』を愛読していた。立花さんの著作は、日本の宇宙開発にも大きな影響を与えた」と振り返る――。

■1969年の「人類の月面着陸」はどんな体験だったのか

10代の終わり頃に出会い、今でもふとページを開いては、何とはなしに読み始めてしまう一冊の本がある。立花隆さんの『宇宙からの帰還』――私にとって長いあいだ人生の傍らに置いてきた大切なノンフィクション作品だ。

立花さんが1983年に上梓したこの著名な作品は、アメリカの有人宇宙開発に携わった宇宙飛行士たちを取材したものだ。アメリカでは1969年のアポロ11号のミッションによって、ニーム・アームストロングが人類の歴史で初めて月面に降り立ち、バズ・オルドリンがそれに続いた。

立花隆『宇宙からの帰還』(中公文庫)
立花隆『宇宙からの帰還』(中公文庫)

「これは人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」

アームストロングのこの言葉が発せられて以来、アメリカは計12人の宇宙飛行士を月面に送り届けた。

現在、星出彰彦さんが船長として滞在している国際宇宙ステーション(ISS)は、地上から高さ400キロメートルの「地球低軌道」を周回している。アポロ計画の飛行士たちはその低軌道を離れ、地球から38.4万キロメートル離れた月へと向かった。『宇宙からの帰還』ではそんな冒険的な旅を体験した彼らから、立花さんが「宇宙体験」の内的な意味を聞き取っていく。

■宇宙空間に滞在した日本人12人全員にインタビュー

宇宙からの帰還後の飛行士たちの歩んだ道はさまざまだ。キリスト教の伝道師になった者、実業家になった者や政治家に転身した者、長く心を病んだ者もいる。では、そうした彼らの帰還後の人生や価値観に、宇宙体験はどのような影響を与えていたのか。『宇宙からの帰還』における立花さんの関心はそこにあった。

稲泉 連『宇宙から帰ってきた日本人』(文藝春秋)
稲泉連『宇宙から帰ってきた日本人』(文藝春秋)

私がこの作品に心を奪われたのは、当時の自分が置かれていた状況も関係しているように今では思う。高校を1年生の時に中退した私は、大検を受けて大学に入るまでの15歳からの3年間のほとんどの時間を、家と近所の個人塾との往復に費やしていた。その頃の自分の世界の狭さを思うと、月への旅という想像を絶するスケールの大きさと、そこから見える光景のイメージの壮大さに魅了されるものがあったのだろう。

作品との出会いから20年ほどが過ぎ、ノンフィクションを書くようになった私は2019年、宇宙空間に滞在した経験を持つ12人の日本人全員にインタビューを行い、『宇宙から帰ってきた日本人』という本を書いた。もちろんそこに込めたのは、ずっと愛読してきた『宇宙からの帰還』への自分なりのオマージュでもあった。

■『宇宙からの帰還』を念頭に置いた言葉が自然と出てくる

そのインタビューであらためて知ったことがある。それは立花さんの『宇宙からの帰還』が、現役の日本人宇宙飛行士たちに対しても、今なお大きな影響を与え続けていたことだった。

彼らに自らの宇宙体験について聞いていると、『宇宙からの帰還』を念頭に置いた言葉や表現がときおり自然と発せられた。例えば、「新世代」と呼ばれる宇宙飛行士の一人・大西卓哉さんにインタビューした際、彼は「将来、月や火星に向かうために地球から離れるとしたら、どんな感情を覚えると思うか」という質問にこう答えた。

「アポロ時代よりももっと遠く、地球が他の星と同じような点になるようになることを想像してみてほしいんです。地球が“マーブル”ですらない遠く、夜空の星と見分けがつかないような点でしかなくなっていく。そのとき、僕が宇宙でずっと感じていた安心感は消えてしまうでしょう。

自分が生まれ育った、人類の全てのただ一個の故郷である星。そこから遠く離れた人間は、親から切り離された子供みたいなものです。手の届きそうなところにあったその星が、『帰れる場所』ではなくなったそのとき、人間の精神が受ける影響は計り知れないものがある、と僕は宇宙で思いました。もちろん実際に自分がどう感じるか、その孤独感に耐えられるかどうかは、とても興味深いことではありますけどね」

月と地球
写真=iStock.com/Arndt_Vladimir
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Arndt_Vladimir

■「宇宙の暗黒の中の小さな青い宝石。それが地球だ」

ここで大西さんは月軌道の辺りから見えるだろう地球の姿を、「マーブル」という言葉で表現している。これはまさに『宇宙からの帰還』のなかで、アポロ15号で月まで行ったジム・アーウィンが、月の軌道にたどり着いたときの光景を振り返る際に使っていた表現だった。

帰還後にキリスト教の伝道師となったアーウィンは、実際に〈大きめのビー玉〉くらいのマーブルを手に持っており、それを立花さんに見せながらこう語るのだ。

〈地球を離れて、はじめて丸ごとの地球を一つの球体として見たとき、それはバスケットボールくらいの大きさだった。それが離れるに従って、野球のボールくらいになり、ゴルフボールくらいになり、ついに月からはマーブルの大きさになってしまった。はじめはその美しさ、生命感に目を奪われていたが、やがて、その弱々しさ、もろさを感じるようになる。感動する。宇宙の暗黒の中の小さな青い宝石。それが地球だ〉

■人が宇宙へ出ていくことの「よい面」と「悪い面」

あるいは、今年5月2日に3度目のミッションから帰還した野口聡一さんは、宇宙飛行士を志した自身の原点の一つとして、高校3年生の時に『宇宙からの帰還』を読んだことを挙げている。彼は著書『オンリーワン』の中でこう書いている。

〈立花さんが本のむすびに「私が宇宙体験をすれば、自分のパーソナリティからして、とりわけ大きな精神的インパクトを受けるにちがいないだろうと思う。その自分に何が起きるだろうか。私はそれを知りたくてたまらない」とかいていらっしゃるように、高校三年生のぼくも同じように好奇心を感じた〉

『宇宙からの帰還』には〈宇宙飛行士が宇宙へ出ていくことのよい面だけでなく悪い面〉も含めての「宇宙体験」が描かれており、だからこそ、「宇宙飛行士」をリアルな職業の一つだと思わせてくれた、と野口さんは続けている。

■『宇宙からの帰還』は実際の宇宙空間まで運ばれて読まれた

また、早ければ来年にも5度目となる宇宙ミッションを予定している若田光一さんもそうだ。彼の自著『続ける力』を読んでいたとき、掲載されている一枚の写真を見て私は思わず「あっ」と声を上げそうになった。そこには丸窓の向こうに地球の薄い大気層が見えるISSの室内で、若田さんが『宇宙からの帰還』の文庫本を読む姿が映し出されていたからだ。『宇宙からの帰還』は宇宙飛行士の手によって、実際の宇宙空間まで運ばれて読まれたのだった。

そのときのことを尋ねると、若田さんは次のように語った。

月と地球
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Ramberg)

「いまは電子書籍がずっと一般的になりましたが、あの頃は持っていける本は五、六冊という時代でした。他に持って行ったのは『かもめのジョナサン』でしたね」

大学時代には航空機について研究し、宇宙飛行士になる前は日本航空のエンジニアだった彼が、『宇宙からの帰還』を読んだのは学生時代だったという。子供の頃、アポロ計画の月着陸の光景に憧れて宇宙に興味を持った彼にとって、地球の低軌道を離れた宇宙飛行士たちへのインタビューは心に強く残るものだった。

「月に降り立った宇宙飛行士の『神の手に触れた感じがした』といった言葉に触れて、『ああ、こんなふうになるのか』と。立花さんの本によって、宇宙体験が人間に与える影響の深さのようなものに対して、漠然とした興味を抱くようになりました」

■「同じ作品を宇宙で読んでみたらどんな印象を抱くのか」

彼にとって『宇宙からの帰還』のさまざまな記述は、実際に宇宙飛行士として宇宙に行った際も意識し続けていたという。

「確かにアポロで月に行った人はそう思ったかもしれない。一方で自分自身は宇宙に行っても、同じような気持ちになることはありませんでした。でも、それは何故なんだろう? 宗教の違いもあるでしょうし、月に行ったかどうかも当然、関係しているでしょう。また、私の時代はもはや地球の低軌道が日常化してきていた、ということもあったかもしれない。いずれにせよ、学生の時にあの本を読んだ私は、同じ作品を宇宙で読んでみたらどんな印象を抱くのかにちょっと興味があったんです」

『宇宙からの帰還』とはこのように、現役の日本人宇宙飛行士が傍らに置き、自らの宇宙体験の内的な「意味」を意識的に考えてみようとする上での手掛かりにもなってきたわけだ。

フロリダ州メリット島のケネディ宇宙センター
写真=iStock.com/Mampfred
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mampfred

2010年4月にスペースシャトルで宇宙に行った山崎直子さんも、『宇宙からの帰還』を「バイブル」のような作品と語る一人である。

■「この地球以外、我々にはどこにも住む所がないんだ」

ある雑誌でインタビューをした際、彼女は「私自身の経験から言えるのは、『宇宙に行くこと』とは『地球を知ること』。宇宙から青い地球を見上げるように眺めると、私たちにとって地球こそが宇宙の中の憧れであり、かけがえのない場所であるのだと感じます。『宇宙船地球号』という言葉が、文字通り強烈に実感されるのです」と話していたがこうした言葉もまた、立花さんが同書で描いた世界を踏まえてのものに違いない。

『宇宙からの帰還』で立花さんは地球低軌道、船外活動、月軌道や月に降り立った飛行士など、さまざまな種類や深さの宇宙体験を描き、〈この地球以外、我々にはどこにも住む所がないんだ〉(合計3度の宇宙飛行を経験したウォーリー・シラーの言葉)という彼らの実感を印象的に伝えている。

そして、そうした証言を〈実体験した人のみがそれについて語りうるような体験〉であるとし、最後に〈彼らにインタビューしながら、私は自分も宇宙体験がしたいと痛切に思った〉という気持ちを吐露している。

ISSを中心に進められてきた有人宇宙開発はいま、「次の段階」に進み始める時期にきている。NASAは月面に再び人を送り込む「アルテミス」計画を発表し、イーロン・マスクのスペースX社など、民間企業による有人ロケット開発や月・火星探査の動きも活発化している。宇宙飛行士たちの先進的な活動が再び月や火星といった次のステージへと移っていく一方、宇宙体験は職業的な宇宙飛行士だけが独占するものではなくなっていくのだろう。

そのとき、立花さんの数多くの作品がそうであるように、『宇宙からの帰還』もまた繰り返し新しい読者を獲得し、新しい読まれ方をされ続けていくはずだ。

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稲泉 連(いないずみ・れん)
ノンフィクション作家
1979年生まれ。2002年早稲田大学第二文学部卒業。2005年『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死』(中公文庫)で第36回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著書に『こんな家に住んできた 17人の越境者たち』(文藝春秋)、『豊田章男が愛したテストドライバー』(小学館)、『ドキュメント 豪雨災害』(岩波新書)などがある。

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(ノンフィクション作家 稲泉 連)

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