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「お手伝い感覚では親になれない」育休を取らない男性は脳科学的に損をしている

プレジデントオンライン / 2021年7月7日 8時15分

松川るい参議院議員 写真=本人提供

今年6月、男性の育休取得を促進する改正育児・介護休業法が成立した。そもそも、男性が育休を取得することは、どんな意味があるのだろうか。ジャーナリストの大門小百合さんが、脳科学の視点からリポートする――。

■「こんな負担で“活躍”なんてできない」

育児は一人では大変だ。生まれて間もない赤ちゃんは、昼も夜も関係なく2、3時間おきにミルクを欲しがり泣く。母親は究極の睡眠不足でふらふらになる。そんな時、夫が仕事を休んで少しでもそばにいてくれたらと思う女性は少なくないだろう。

男性の育児休業を取りやすくするため、6月に国会で成立した育児・介護休業法の改正は、そんな女性たちにとっては朗報だ。

参議院議員の松川るいさんもそんなワンオペ育児経験者だ。出産当時、彼女は外務官僚で、夫もキャリア外交官。しかし、家事育児はほとんど彼女の仕事だった。「女性活躍とか言っているけど、1日24時間しかないのに、私にだけこんなに負担がかかって、活躍なんかできるわけない」と思っていたという。

現在の日本の男性育休の取得率は、わずか7.48%。しかも1週間以内の短期間の取得が7割を占める。松川さんは、もっと男性に育児休業をとってもらいたいとの思いで、2年前に男性の育休「義務化」を目指す議員連盟を立ち上げ、この法案を推進してきた。

「男性でも育休をとりたいと思っている人もいる。でも、周りから『男のくせにとるのか』などと言われてしまうことも多く、本人の意思だけに任せていては絶対にとれない。だから、企業の方からプッシュ型で働きかけて取らせるというのが一番のポイントだった」と、今回の法改正を振り返る。

■ワンオペは「生物学的に不自然」

その結果、今回の改正法には、企業に対し、妊娠や出産を申し出た従業員に制度の周知や取得の働きかけを義務づけたり、出産日から8週間の間に、4週間の育休を取得できる仕組みを新しく作ることが盛り込まれた。また、完全に休みをとることができない男性は、育休中もスポット的に就業することが可能になる。

実は、男性の育休を望む人にとっての追い風は、今回の法改正だけではない。近年、脳や心の発達の研究が進んできたことで、「男性にも十分育児に適した能力がある」ということが科学的にも証明されてきた。そして、母親への育児負担が大きすぎる現在の日本の状況は、「生物学的に不自然である」ということがわかってきたのだ。

そこで、人間科学の分野から子育てを研究している学者の1人である京都大学大学院の明和政子教授に、人間の育児について最近、明らかになってきたことについて詳しく話を聞いた。

■子どもは共同で養育されるべきもの

明和教授によると、生物としての人間は、チンパンジーなどと違い、「共同養育(母親以外の複数の大人が育児に関わる)」という育児形態によって、生存、進化してきたと考えられるという。

京都大学大学院教育学研究科の明和政子教授 写真=本人提供
京都大学大学院教育学研究科の明和政子教授 写真=本人提供

「人間の脳の成熟には25年かかる。脳の発達で一番時間がかかるのは、前頭前野とよばれる部分です。これは人間だけにあるもので、『メンタライジング』という、相手の立場に立ち、他人の心を推論する機能をつかさどる場所です。人間は13歳から14歳ぐらいで子どもが産める身体になるので、脳の成長と生殖機能の間には10年ぐらいのギャップがあります」

たとえば野生のチンパンジーは、メスが1人で時間をかけて子どもを育てあげ、6年から8年の間隔を空けて次の子どもを出産する。ところが人間は、子どもを産んで、その子がまだ幼いにも関わらず、2~3年経つと次の子どもを産むための体の準備は整う。しかし、子どもの自立には長い時間がかかるとともに、人間の親としての脳と心もゆっくりとしか発達しないので、ここに無理が生まれてしまう。そのことから、人間の女性は子どもを産む役割はあったが、母親だけが子育てをするのではなく、母親以外の大人も関与し、進化してきたとみられている。

「私たち人間は、『相手の立場に立って物事を推論する』という特別な力を持っています。そのメンタライジングを十分に働かせることができる、成熟した脳を持った個体が子どもを産み育てている母親とともに、相手の立場を推論し共感し、協力して支援するということができる社会を、人間は進化の過程で築き上げることができたのです」

確かに昔は、おじいちゃん、おばあちゃん、親戚のおばさんなど、たくさんの大人の目で子どもを見ていた。近所の人の助けもあった。今は、どうだろう。核家族で、母親のみに負担が集中している現代社会の状況には、無理がある。現代社会では、共同養育者として一番ふさわしいのは、父親になるのかもしれない。

■育児に特化した脳の領域「親性脳」

これまでに行われてきた基礎研究からは、乳児が動く様子を見るなど、育児に関する刺激があると、脳内の特定の領域が活発になることがわかってきた。これらの領域が「親性脳(parental brain)」と呼ばれるものだ。

親性脳の領域の一つは、「情動的処理」という、子どもの状態に無意識に反応するものだという。この情動的処理という領域は、子育て経験をする中で活性化されるが、本やYouTubeから子育ての知識を得ても活動は促進されないという。

もう一つが、前述の前頭前野で起こる「メンタライジング」だ。子どもがおかれている状況や心の状態を「意識的・客観的」に判断し、どのような養育行動をするべきかを「論理的に推論」する領域を指す。子育てに適した親性脳が発達するためには、この2つのネットワークが円滑につながって働くことが必要だという。

「親性脳」​
提供=明和政子教授

■「親性脳」の発達に男女は関係ない

明和教授によると、2014年、男女の親性脳の発達に関して、アメリカで興味深い研究が発表されたという。

この研究は、3つのグループに分けた子育て中の親にMRI(磁気共鳴画像診断)撮影装置の中に入ってもらい、乳児の映像を見せて脳の活動を調べたものだ。第1グループは、ほぼ全ての子育てを担っている母親たち。第2グループは、子育てに補助的に関わっている父親たち。そして、第3グループは、子育てを主に担っている父親たちだ。

「その結果、第1グループと第3グループの脳の活動はほぼ同じで、第2グループの父親のみが、親性脳の活動が非常に弱いことが明らかになりました」と明和教授はいう。つまり男性は、育児経験を蓄積することで親性脳が発達することが証明された。

また、これらの脳の変化は、女性、男性を問わず起こる。子育て経験によって起こる親性脳の発達には、生物学的な性差はないことがわかったという。

■「長時間労働」と「親性脳」の関係

では、妊娠、出産といった身体的な変化が起こらない男性の親性脳は、いったいいつから発達するのだろうか。

明和教授らは、これまで3年間で100人以上の父親に協力してもらい、「父親はいつから父親としての脳と心を発達させるのか」について調べた。世界初の研究だ。

昨年の12月に発表されたこの研究では、初産で妊娠中のパートナーを持つ男性に3回大学に来てもらい、親性脳がどのように発達しているかをMRIで調べた。

1回目は妊娠20週目、2回目は出産直前、3回目は生後4カ月から6カ月に調査した。さらに、養育行動に関係があるといわれているテストステロンとオキシトシンというホルモンの値も調べ、それらが親性に関わる脳活動とどのように関連するかを検証した。また、育児に関する心理・行動性を調べる質問とインタビューも行われた。

研究の結果、父親の親性脳は、パートナーの妊娠期からゆっくりと発達が始まるが、そこには大きな個人差が存在することが分かった。一方、テストステロンとオキシトシン値の個人差については、親性能の個人差との関連は見られなかったという。この研究結果は、脳機能に関する学術専門誌『NeuroImage』に掲載されている。

研究によると、妊娠期から親性脳の発達が著しかった父親のグループ、親性脳の活動が少し見られたグループがある一方、親性脳の発達が全く見られないグループも3分の1あったという。

そして、こうした個人差は、就労時間や最近の育児経験(乳幼児との交流経験)の有無といった、特定の行動と関連していたという。

妊娠期から親性脳が著しく発達していた男性は、1週間あたりの就労時間が短く、親性脳の発達が芳しくなかった男性群は、長時間労働をしていた。また、親性脳の発達が良かった父親のすべてが、過去2年以内に、赤ちゃんを抱っこするなど、他人や親戚の赤ちゃんと接触した経験があった。

父親の親性脳発達の個人差に関連する要因
提供=明和政子教授

これらの相関関係についての分析は今後の研究に期待したいが、この結果はとても興味深い。

産休や育休をとれば、誰もが同じように親性脳を発達させることができるわけではなく、そこには、個人差があり、それぞれに合った育児支援学級などのプログラムが必要だと明和教授は言う。

■脳科学を「パパ教育」に活かす

教授たちは現在、これらの研究で集めたデータを基に、消費財メーカーと共同で、親性脳をはぐくむ教育プログラムを開発中だという。

たとえば、スマホアプリで約14項目の質問に答えてもらうと、その人がどのくらい親性脳を持っているかを予測できるようになるという。また、その結果に応じて、それぞれにあった育児教育プログラムを提供することができる。

「子育ては、だれも褒めてくれない。ですから、個別型の教育コンテンツを設定し、目標に到達したら『よくできました』と、可視化してフィードバックする。ドーパミンを高めないと持続できないので、自分の成長を自分で確かめることができるような教育コンテンツを作っています」

議連のメンバーや厚生労働省も、これらの研究結果に注目しているようだ。法律は改正されたが、育休を取りやすくするために企業や自治体をサポートすることが必要だからだ。

「こうした科学的根拠に基づく、親性脳を育成する『パパ学級』のようなプログラムを、負担の少ない形で、自治体や企業などがどうしたら提供できるか。それがこれからの課題です」と松川議員は言う。企業向けには、育休についての個別周知を行うためのマニュアルやフォームを作り、なるべく企業への負担を少なくしながら、多くの人に周知するための仕組みを作っていきたいと話す。

これからが、男性育休普及に向けての本番だ。長い間、子育ては「おんなこどもの話」という文脈で語られてきた。しかし、親としての脳は、育児経験を蓄積することで男女問わず発達することがわかってきた今、男性も育児に積極的に関わってほしいと思う。そして政府や企業には、最近の科学的データも踏まえながら、育休を意味のあるものにするための制度を整えていってほしい。

明和教授は言う。「子育ては、自分の成長の絶好の機会でもある。それを誰もが認識し、男性にも女性にも『堂々と子育てをして成長してください』と言えるような社会にならなければいけないのではないか」

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大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員
上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。

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(ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員 大門 小百合)

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