「貧しい人ほどビットコインに夢を見る」暗号資産で一発逆転を狙う小国の末路
プレジデントオンライン / 2021年7月6日 9時15分
■経済発展のノイズでしかない暗号資産
中米の小国エルサルバドルで6月8日、暗号資産であるビットコイン(BTC)が法定通貨として採用された。暗号資産の推進派はこうした動きを歓迎、新興国の経済発展にも貢献すると息巻いている。反して、暗号資産の慎重派はBTCを法定通貨に定めたことに対して懐疑的な見方を強めており、評価は文字通り二分化している。
エルサルバドルの狙いは、暗号資産を起点に金融立国を目指し、経済を発展させることにあるようだ。同様の思惑を持つ国も徐々に出てきており、例えば東欧にあるウクライナはその端的なケースとなる。とはいえ、ウクライナの場合は独自の法定通貨であるフリヴニャを維持しているため、エルサルバドルほど過激ではないと言える。
ここで一つの疑問がわく。エルサルバドルのような途上国の経済発展を考える時、BTCなどの暗号資産は果たして有用だろうか。伝統的な経済学に基づけば、暗号資産は経済発展のノイズでしかないという見解に行きつく。その理由は、通貨の安定が途上国の経済発展の前提条件であるにもかかわらず、暗号資産の利用はそれと真逆の意味を持つからだ。
ではなぜ通貨の安定が必要なのか。一般的に途上国はモノ不足の経済、そのため国内のインフレ率が常に高い状態にある。しかしインフレ率が高ければ、経済は安定して成長できず、発展もしない。そこでインフレを鎮静化させるために、米ドルやユーロなど信用力が高い外国通貨と自国通貨との間の為替レートを安定させるのである。
為替レートを安定化させるためには、保守的な財政・金融政策が必要となる。とはいえ政治的な圧力を前にすると、どのような国でも財政・金融政策は拡張型になりやすい。その結果、自国通貨の為替レートは下落を余儀なくされ、そうであれば、いっそ独自通貨を放棄して、米ドルなどの外国通貨を自国の法定通貨に採用してしまえばいい。
■乱高下を繰り返す暗号資産は物価のかく乱要因でしかない
このように政府が独自通貨の発行を放棄し、米ドルなど信用力が高い外国通貨を唯一の法定通貨に採用する大胆な決断は「完全なドル化」と呼ばれる。この政策を採用した場合、政府と中銀は通貨発行益(シニョリッジ)を喪失、通貨政策と金融政策の裁量も放棄することになるが、言い換えれば政策運営に伴うコストを支払う必要もなくなる。
エルサルバドルは2001年、この「完全なドル化」に踏み切った。その前年の2000年には、南米のエクアドルも同じ決断をしている。両国とも当時は高インフレに苛まれており、その解決策として「完全なドル化」という政策を採用したわけだ。結果的に両国のインフレはかなり安定し、通貨政策としての「完全なドル化」の有効性を見せつけた。
エルサルバドルの場合、今年の9月からBTCが法定通貨として利用される。米ドルも引き続き法定通貨であるため、保守的な人々は米ドルでの取引を優先するだろう。BTCでの取引を拒否することは禁じられるようだが、そうした規制がどの程度の実効力を持つかは分からない。いずれにせよ、BTCがエルサルバドルでどの程度利用されるかは不透明だ。
BTCの利用が限定的であれば、それほど問題はないかもしれない。しかし利用の機会が増えるほど、ボラタイル(価格の変動率が大きいこと)なBTCが物価安定を阻むノイズになると警戒される。今年1月1日の終値は1BTCが2万9346米ドルだったが、4月13日には6万3518米ドルまで急騰した。しかし6月23日には3万3703米ドルまで下落、安定とは無縁の世界だ。
BTCが金融資産である以上、価格が上昇すれば資産効果が働くし、逆もまた然りとなる。しかしマクロ的には、資産効果が働くことで内需が刺激され、むしろインフレ圧力が高まる事態が警戒される。価格が下落して逆資産効果が生じた場合も、内需が抑制されなければ、輸入インフレを起点とするインフレがかえって加速すると懸念される。
■資本逃避や組織犯罪を促すことへの懸念
そもそもエルサルバドルのように完全にドル化した国は、物価の安定と引き換えに通貨政策と金融政策の裁量を放棄した経済だ。言い換えれば、BTCによってインフレが加速した場合、増税などを通じた財政の引き締め以外に物価を安定させる手段は残されていない。とはいえ、BTCの価格の乱高下に対応できるような機動力を財政政策は持っていない。
また途上国の経済発展を考えた場合、資本逃避を防ぐことは非常に大きな課題となる。確かにBTCなどの暗号資産は、コストが低い国際送金のツールとしても使える。そのため暗号資産の利用が広がれば、途上国に流入する資本が増えると期待される。ただ流入しやすくなれば流出もしやすくなるため、資本逃避の規模も大きくなる恐れがある。
言い換えればこのことは、個人が国外に資産を移すツールとして、つまり資産防衛の手段として暗号資産が有効であることを意味している。しかし国単位での経済発展を考えれば、必ずしも歓迎できない動きである。資金洗浄(マネーロンダリング)などの組織犯罪にも使われかねないことから、中国やトルコなどは神経を尖らせているわけだ。
中国は経済が発展して久しい一方、人々の政府に対する信頼感が弱いこともあり、資産防衛の手段として暗号資産に強いニーズがある。5月21日には劉鶴副首相が暗号資産の採掘(マイニング)を規制する方針を示し、6月21日には中国人民銀行が一部の銀行や企業に対して暗号資産の取引を禁じるなど、当局は取り締まりを強化している。
■キャッチアップの手段になり得ない暗号資産
戦後、いわゆる途上国が先進国にキャッチアップできたケースは非常に少ない。言い換えれば、途上国は途上国のままの状態が続いている。とはいえ、高名な経済史家アレクサンダー・ガーシェンクロンが示した「後発性の優位」という概念そのままに、途上国でもデジタル環境は急速に整備されており、先進国との差は大きく縮まっている。
かつて経済発展の王道は、輸出主導の工業化を図ることにあった。しかし近年、途上国は新たなキャッチアップの手段としてICT(情報通信技術)産業を重視、経済発展の経路が変わりつつある。暗号資産を経済発展の核に据える戦略もその延長線上にあると言えなくはないし、実際、エルサルバドルやウクライナはそれに活路を見出したと言える。
とはいえ暗号資産を法定通貨に定めることは、途上国の経済発展の根幹に関わる通貨の安定を自ら放棄することと同じ意味を持つ。それはまさに、国家ぐるみのギャンブルだ。そうした奇策が途上国経済の新たな発展戦略のスタンダードになるとは、到底考えられない。エルサルバドルの決断を徒に賛美する暗号資産推進派は、無責任極まりない。
途上国の通貨はボラタイルだから、暗号資産に換えても同様だという意見にも賛同できない。いくら途上国の通貨がボラタイルだとは言え、暗号資産ほどではない。キャッチアップの手段に苦慮する途上国には同情するが、発展の手段に暗号資産の様な不安定なツールを用いることは、やはり邪道以外の何物でもないと言えよう。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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