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「マネーもプライバシーも中国共産党のもの」デジタル人民元の"真の狙い"

プレジデントオンライン / 2021年7月10日 9時15分

天安門広場で行われた中国共産党創立100年記念式典で演説する習近平国家主席=2021年7月1日、中国・北京 - 写真=AFP/時事通信フォト

2020年11月、電子商取引大手アリババグループ傘下のアントグループの新規株式公開(IPO)が突然中止され、創業者のジャック・マーが一時消息不明となるなど、世界に大きな衝撃が走った。明らかに民間IT企業の抑え込みに政策転換した中国共産党、習近平の本当の狙いとは。野口悠紀雄一橋大学名誉教授は「一連の動きは今後の米中デジタル戦争の行方に重大な影響を与える」と指摘する──。(第2回/全3回)

※本稿は、野口悠紀雄『良いデジタル化 悪いデジタル化』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

■準備が進むデジタル人民元

中国の中央銀行デジタル通貨(CBDC)であるデジタル人民元の準備が着々と進んでいる。2020年10月には、深圳(しんせん)をはじめとするいくつかの都市で実証実験が行われた。12月には蘇州で実験が行われた。この実験を通じて、デジタル人民元の仕組みがかなり分かってきた。

デジタル人民元の導入はきわめて大きな変化であり、場合によっては、日本に対しても甚大な影響を及ぼす可能性がある。そこで、どのような仕組みになっているのかを説明することにしよう。

デジタル人民元は二層構造になる。すなわち、中国人民銀行が利用者に直接にデジタル人民元を供給するのではなく、間に仲介金融機関が入る。これまでの実証実験では、4大商業銀行(中国工商銀行、中国建設銀行、中国銀行、中国農業銀行)が仲介金融機関になっている。

人民銀行は、4大商業銀行にデジタル人民元を供給する。これは、現在、中央銀行から民間銀行に紙幣が供給されるのと同じ仕組みだ。ただ、物理的な存在である紙幣の代わりに、デジタル人民元というデジタル情報が供給されるという違いがあるだけである。

■4大銀行がウォレットを提供

デジタル人民元の利用は、4大銀行が発行するウォレット(電子財布)によって行われる。これは、スマートフォンのアプリだ。デジタル人民元を利用しようとする人は、スマートフォンにこのアプリをインストールする。

その際、人民銀行による承認が必要とされる。本人確認の厳格さなどに応じていくつかの段階が設定され、利用可能なデジタル人民元に限度が設定される。

簡単な本人確認であれば利用限度額が低くなり、本人確認を厳格にすれば利用限度額が高くなる。無制限の利用が可能になるランクがあるのかどうかは、分からない。

4大銀行に預金口座を持つ人は、その残高を自分のウォレットに移すことができる。

■電子マネーとは異なる性質

ウォレットに入ったデジタル人民元は、支払いに使うことができる。この場合、デジタル人民元は、コインの型で流通する。それは、つぎのような意味だ。

たとえばAさんが自分のウォレットから1デジタル人民元をBさんに支払うとする。すると、Aさんのウォレットで残高が1デジタル人民元だけ減り、Bさんのウォレットで残高が1デジタル人民元だけ増える。そして、Bさんはその人民元を他の支払いに使うことができる。これらの取引は、銀行口座には反映されない。

つまり、デジタル人民元は、それ自体で価値があるものとして機能するわけである。この点が電子マネーとの違いだ。

電子マネーの取引とは、銀行口座の残高を増減させる指示に過ぎない(このため、中国の銀行に預金残高を持たない日本人には、Alipayなどを使うことができない)。

中央銀行デジタル通貨においても、このような仕組みにすることは可能であった。しかし、デジタル人民元は、そうはしなかった。

このような仕組みになっているため、4大銀行に預金を持たない人でもウォレットを持つことができれば、デジタル人民元を使うことが可能になると考えられる。誰かから売り上げ代金などの形でデジタル人民元を送ってもらい、それを支払いなどに使えばよいのだ。

■ビットコインなど仮想通貨と同じ

デジタル人民元がウォレットの間を転々流通していくのは、ビットコインなどの仮想通貨の場合と同じものだ。

仮想通貨の場合には、ブロックチェーンを用いてこれが運営される。たとえばビットコインの場合だと、Aさんのウォレットから1ビットコインがBさんのウォレットに送金されるという情報を、インターネットを通じて、複数のコンピューターのネットワークに送信する。

これらのコンピューターは、その取引が正しいものであることを確認する(過去の記録に照らして確かにそれだけの残高を有していること、Bさん以外に二重送金をしていないことなど)。正しければ、その取引を記録していく。

ビットコインなどの仮想通貨においては、誰でも取引を記録するコンピューター(ノード)になれる。コンピューターがある種の計算問題を解き、そこで得られる値を暗号化してつぎのブロックに送る。この仕組みによって、記録内容を改竄(かいざん)できないような仕組みになっている。これを「プルーフ・オブ・ワーク」という。

このようなブロックチェーンの仕組みを、「パブリック・ブロックチェーン」という。一定期間の取引をブロックに記録し、それを時系列的にチェーンのようにつなげていくので、「ブロックチェーン」と呼ばれる。

デジタル人民元の仕組みが具体的にどうなっているのかは、まだ公表されていない。ブロックチェーンを用いるのが自然な形だと考えられるが、そうではないという関係者のコメントもある。

■災害時に便利なオフライン取引も可能

なお、デジタル人民元では、オフラインの取引も可能になっている。つまり、2つのウォレットを近づけると、NFC(近距離無線通信)やBluetoothなどの通信が行われて取引が可能になる。蘇州の実験では、この形態の取引も実験された。

これは、災害時などインターネットを用いることができない場合においても、送金が可能であるようにするための仕組みだ。法定通貨であるから、いかなる場合でも送金が可能でなければならないわけで、そのためにこのような仕組みが導入されている。こうした取引は、直接にはブロックチェーンに記録されないと考えられる。

デジタル人民元のウォレットとしては、ハードウォレットも作られている。これはスマートフォンのアプリではなく、人民元のウォレットに特化した装置だ。

スマートフォンの場合はインターネットに接続されているので、アタック(サイバー攻撃)に遭(あ)う機会がある。また、紛失したり、機器を壊したりする危険もある。ハードウォレットはウォレットの機能だけに特化しているので、普段はインターネットから切り離して安全な場所に保存しておくことができる。

中国国旗
写真=iStock.com/namussi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/namussi

このような機器が作られるということは、巨額のデジタル人民元を資産として保有することも想定されているからではないかと考えられる。

■現在の電子マネーはどうなるのか?

まだはっきりしていない点もある。その1つは、AlipayやWeChatPayなどの電子マネーがどうなるかだ。

これらが4大銀行と同列の仲介機関になるのだろうか? そうなるとの報道もあるが、もし排除されれば、デジタル人民元は電子マネーよりさまざまな面で優れているので、電子マネーは競争上不利な立場に立つ。仲介機関になるにしても、現在の電子マネーの仕組みではなく、現在とはかなり違う形になる可能性もある。

デジタル人民元の真の狙いは、巨大化しすぎたAlipayやWeChatPayなどの力を削ぐことにあるとの見方が可能だ。

アントが上場の直前に当局の介入で突然上場が中止になったのも、中国当局が、Alipayに対して友好的ではないことを示すものなのかもしれない。

■外国人はデジタル人民元を使えるのか

日本人の立場から見て最大の関心事は、外国人が使えるかどうかだ。これについては、まだはっきりしない。技術的な観点だけからいえば、これまで述べてきたことから明らかなように、可能と考えられる。

ウォレットとはスマートフォンのアプリに過ぎないので、世界中の誰でもスマートフォンを持っていれば、それをダウンロードすることができる。そして、デジタル人民元を持っている誰かから送金をしてもらえば、それを他の支払いに用いることができる。

たとえば、日本の輸出業者が中国の企業に輸出し、その代金をデジタル人民元で受け取るといったことが考えられる。

ただし、ウォレットは、人民銀行に申請して審査を経ないと、ダウンロードできない。つまり、誰がどの程度の限度でデジタル人民元を使えるかは、人民銀行の裁量に任されている。したがって問題は、人民銀行が外国人の利用を認めるかどうかということに尽きる。

■すべては中国当局の裁量次第

仮に外国人の使用を無制限に認めてしまうと、中国の富裕層が資産を海外で保有するために用いられるかもしれない。そうしたことが行われると、中国から大量の資本流出が起きてしまう。

中国当局としては、こうした事態はぜひとも阻止しなければならない。だから、外国人の利用を無制限に認めることはないだろう。しかし、一定限度で監視付きで認めることは、大いにあり得る。

野口悠紀雄『良いデジタル化 悪いデジタル化』(日本経済新聞出版)
野口悠紀雄『良いデジタル化 悪いデジタル化』(日本経済新聞出版)

たとえば、一帯一路の参加国やアフリカ諸国に対して、利用を認めていくことは十分に考えられる。援助を与える場合にデジタル人民元の形で与え、これらの国の中でも流通を認めるということだ。そうなると、デジタル人民元が、国際的な通貨として流通することになる。

では、日本はどうだろうか?

日本に迷惑を与えないという外交政策的な配慮から、これを認めないことは十分に考えられる。しかし、貿易取引など取引実態がある場合には、巨額であっても利用も認めることは考えられる。また、取引額が少額である場合には、そうした条件を付さずに、自由な利用を認めることもあり得る。

これは、まったく中国当局の裁量によるので、予測のしようがない。ただし、技術的には可能なことであるから、日本としては、それに備えておく必要がある。

■AliPayが生み出す巨大な企業価値

アリババ集団傘下の金融会社アントグループの企業価値が急速に大きくなったのは、「決済サービスを無料にし、そこから得られるデータを活用して収益を上げる」という新しいビジネスモデルを確立したからだ。

この基礎にあるのは、「芝麻(ジーマ)信用」という信用スコアリングだ。AliPayの取引データから、AIが利用者の決済履歴や、事業者の資金使途などを解析して、信用力を評価する。

AliPayの流通によってきわめて詳細な取引データが得られる。アントはこれを用いて信用スコアリングを行い、それを融資の判断に使うのだ。ここから得られる収益がアントを支えている。

アントの巨大な企業価値は、これによって生み出されている。

■デジタル人民元の真の狙いはデータ?

ところが、中央銀行デジタル通貨であるデジタル人民元が発行されれば、電子マネーの場合と同じように詳細な取引データが、中国人民銀行(および中国共産党)の手に入る。これは国民支配のためのきわめて貴重なデータだ。

連絡先のトレース
写真=iStock.com/LeoPatrizi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LeoPatrizi

中国はすでに2019年に「暗号法」を制定している。その中で最も重要なのは、最高クラスの暗号は国家が管理するとしていることだ。

これは、デジタル通貨によって得られる情報を中国政府(共産党)が管理することを狙ったものではないかと考えられる。

デジタル人民元の真の狙いは、AliPayなど民間の電子マネーの成長を抑えることにあるのかもしれない。デジタル人民元によってマネーの世界をコントロールしていくという中国政府の戦略が見えてきた。

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野口 悠紀雄(のぐち・ゆきお)
一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを歴任。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『経験なき経済危機──日本はこの試練を成長への転機になしうるか?』(ダイヤモンド社)、『中国が世界を攪乱する──AI・コロナ・デジタル人民元』(東洋経済新報社)ほか。

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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)

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