「困ったことがあれば経産省に頼ればいい」それが"東芝問題"の根本原因だ
プレジデントオンライン / 2021年7月2日 11時15分
■2017年末にあった「6000億円増資」の異例さ
東芝の株主は、6月25日の定期株主総会で永山治取締役会議長の再任を否決した。取締役会議長の再任が否決されるのは、極めて異例だ。
東芝の社内からは「自分たちの意をくんでくれる最後の支え」とする声が聞かれていたが、投資ファンドなどを中心とする海外投資家の要求が通った。
経営破綻の懸念もあった会計不正から6年。ようやく再建への希望が見えかけた中での混乱に、社内からはあきらめのような声も聞かれる。
今回のドタバタ劇の発端は、東芝が2017年末に実施した6000億円の増資だ。このとき、引受先として資金を供給したのが、今回の株主総会で永山氏らに「退場」を突き付けた物言う株主=アクティビストだった。東芝の幹部は「アクティビストを大株主として招かざるを得なかったことを考えれば、いつか経営陣と衝突する芽は内包されていた」と振り返る。
※編集部註:初出時、東芝の株主構成についての表記に誤りがありました。また、増資の背景について誤解を招く表現がありました。訂正します。(7月3日9時30分追記)
■車谷社長の信任票は99%から57%にまで低下
シンガポールの投資ファンドであるエフィッシモ・キャピタル・マネージメントや米ファラロン・キャピタル・マネジメントらは、投資の見返りとして自社株買いによる株価引き上げや高額な配当を要求してきた。当初はこうしたアクティビストの声に車谷氏も応えてきた。
しかし、昨年9月、東芝の株主総会の運営に疑義があるとして、エフィッシモが調査を要求、これを車谷氏ら東芝の首脳陣が無視したころから両者の関係は一気に険悪となる。
昨年7月の総会では車谷氏の信任票はその前の年の99%から一気に57%にまで低下、このころから車谷氏はエフィッシモらアクティビストの動向に神経をとがらせるようになった。
再建途上の東芝にとって、高額な配当を要求し、自ら推薦する人物を経営陣に送り込むこれらアクティビストの存在は目障りだったことは想像に難くない。そこで車谷氏らはMBO(経営陣が参加する買収)で非上場化することでエフィッシモらの影響力をそぐことを計画したとみられている。資金の引受先は、車谷氏が日本法人会長として籍を置いていた英CVCキャピタル・パートナーズである。
■資金支援を要請しながら、MBOで非上場化するというシナリオ
東芝の社外取締役にはCVC日本法人最高顧問の藤森義明氏もいる。この2人が「結託」してCVCを使ってエフィッシモらアクティビストの追い出しを画策しているというシナリオだ。
上場を維持するためにアクティビストに資金支援を要請しながら、自分の立場が悪くなると追い出しを図り、MBOで非上場化する。こうした動きは、取締役会議長、さらには指名委員会委員長として東芝のガバナンスの先頭に立っていた永山氏に不信感を抱かせることになった。
永山氏は自ら率いる指名委員会で「今度(21年6月末)の定時総会で車谷氏を再任しない」という報告を受け、解任動議も視野に入れていたとされるが、その前に車谷氏は自ら辞任を申し出て東芝を去ることになった。そして、その車谷氏を追うように藤森氏も社外取締役を辞めた。
車谷・藤森ペアの「追い出し」に成功したエフィッシモらだが、まだ彼らの東芝経営陣への追及は終わらない。彼らの要求で立ち上げた外部の調査委員会が昨年の総会について「東芝が経済産業省と一体となり株主の権利を制約しようとした」とする報告書を6月に公表したのだ。
■「改正外為法」を使って経産省とタッグを組んで株主に圧力
東芝の監査委員会は「不当な圧力が加えられたことを疑わせる証拠は認められない」としていたが、それを全面的に否定。結局、今回の総会で永山氏も東芝を追われることになった。
東芝は、日本で初めて委員会等設置会社に移行した大企業だ。しかし、その後の不正会計問題に加え、今回の騒動で、ガバナンスの不全は広く知られることになった。
ここまでなら東芝という一企業の話だが、それでは終わらない。外部の調査委員会は、アクティビストを排除するために経産省と東芝が結託していたと指摘しているからだ。
アクティビストの執拗な経営への介入に、東芝は先に改正された外国為替及び外国貿易法(改正外為法)を根拠に経産省とタッグを組んで圧力をかけたとされる。同法では原発や防衛産業など国の安全保障にかかわる企業については株式を1%以上もつ海外投資家の権利を一部制限できるよう定めている。同法を盾にアクティビストの影響力をそごうという算段だ。
■「困ったことがあれば経産省に頼ればいい」というなれ合い
原発や防衛産業を手掛ける東芝と経産省との「なれ合い」の歴史は長い。東芝の歴代社長をみると、経団連会長などを歴任した第4代社長の石坂泰三氏や第二臨調で知られる第6代社長の土光敏夫氏は、人事抗争や業績低迷のため、外部から招かれた経営者だ。第20代社長の車谷氏も三井住友フィナンシャルグループの出身で、東日本大震災で被災した東京電力の再建を巡って、経産省と通じていた。
「『困ったことがあれば経産省に頼ればいい』というなれ合いの構図が東芝には根強くある」(東芝幹部OB)という風土は、さきの外部報告書で実名入りで書かれた東芝役員と経産省幹部とのやり取りからもうかがい知れる。
経産省にしても、凋落する日本の製造業への危機感に加え、業界への影響力を保持し、さらには自らの天下り先を確保していくためにも東芝をはじめとした老舗企業の存続は「至上命令」となる。
■経産省による「企業再建」は失敗続き
しかし、かつて、経産省が乗り出して成功した企業再建の事例はほとんどない。半導体では経産省主導でNECや日立製作所、三菱電機のDRAM事業を統合したエルピーダメモリが破綻。液晶でもシャープへの支援を画策するが鴻海精密工業の傘下に入った。
そして極めつきが東京電力だ。福島第一原発で被災、現在、国家管理下にあるが、常時、取締役を送り込んでいるのにもかかわらず、業績は悪化の一途だ。
原発に関しては安全面での一連の不祥事で柏崎刈羽原発の再稼働は見通せない状況になっている。電力自由化で業績も悪化の一途で、この夏や来年の冬には電力不足が予想されるなど、電力の安定供給にも問題が生じつつある。
東芝はNAND型半導体では世界で伍していける技術力があったが、一連の経営の混乱とそれに伴う財務の悪化で、東芝メモリ(現キオクシアホールディングスを米投資ファンドのベイン・キャピタルと韓国半導体大手のSKハイニックス連合に株の過半を売却した。さらに最近では米中対立を契機にマイクロン・テクノロジーやウエスタンデジタルといった米半導体大手もキオクシアへ食指を伸ばし始めている。
■経産省の画策で、海外からの信用を一気に失う恐れ
半導体不足は日本の自動車メーカーにも打撃を与えていることから、経産省らは、台湾の半導体受託製造大手TSMCの国内誘致を進めている。供給力不足の解消に加え、弱体化する半導体産業のテコ入れを目指すが、「新たに半導体を設計・開発する力はすでに日本にはなく、せいぜい半導体製造装置や材料メーカーが潤うだけ」との冷めた見方が多い。
経産省の主導する政策はどこか腰が引けている。東芝のある幹部は、「2~3年ごとに幹部が入れ替わるため、長期的な視点で企業経営に取り組める役人はいない」という。一方、経産省の担当者からすれば「先々の出世を考えれば、任期中はリスクを取らずに無難にやり過ごすほうが得策だ」という本音がある。
自らの保身のため、法律を盾に、経産省らに頼る東芝の姿勢は批判されてしかるべきだが、日本の企業にコーポレート・ガバナンスコード(企業統治指針)の順守を説いてきた張本人が経産省だ。外為法の改正は当初、「恣意的な運用などにより海外投資家の日本離れを加速する恐れがある」という指摘があった。案の定、今回の一件で海外からの信用を一気に失う恐れがある。
改正外為法の趣旨や運用について、梶山弘志経産相や菅義偉首相がしっかり説明する必要がある。それができなければ、今度は市場からの信用失墜という重いペナルティーが、日本企業全体に科されることになる。
(プレジデントオンライン編集部)
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