「高校時代からオムツ交換も」80代祖母を"10年介護"した大学4年男子の生き地獄
プレジデントオンライン / 2021年7月3日 11時15分
■両親の離婚と祖母の骨折
関西在住の湖西信治郎さん(仮名・現在20代独身)は、大学4年生だ。
両親は湖西さんが物心つくかつかないかの頃に離婚し、母子家庭で育った。父親とは中学入学以来会っておらず、それ以前もほとんど父親と接した記憶がないため、湖西さんは父親がどんな人物だったのか覚えていない。自分で聞こうとせず、母親も話さなかったため、離婚の理由も知らない。
保育士の母親は30代で出産し、育休に入ったが、家計を支えるために復帰後からフルタイムで働いていた。そのため、湖西さんが保育園に通っていた頃は、電車で1時間ほどのところにある公営アパートで一人暮らしをしている母方の祖母が迎えに来た。祖母がくれたヤクルトを飲みながら祖母の家に帰り、母親の仕事が終わるまで祖母と過ごした。
湖西さんが小学校の低学年の頃は、学校が終わると母親の働く保育園へ自分で行き、宿題などをしながら、母親の仕事が終わるのを待っていた。
2008年、湖西さんは小学校高学年、母親は40代、祖母は79歳だった。もともと骨粗鬆症と診断を受けていた祖母が背中の痛みを訴えるので、母親が半休をとって病院に連れて行くと、「脊椎圧迫骨折(脊椎椎体骨折)」を起こしていることが判明。背骨の前方にある椎体が壊れて変形していた。
「脊椎圧迫骨折(脊椎椎体骨折)」は、若・壮年者が交通事故や転落事故で受傷することもあるが、多くは骨粗鬆症による骨脆弱性を背景として、高齢者に多くみられる外傷だ。
明らかな外傷のきっかけがあって痛みを伴う圧迫骨折と、はっきりとした外傷のきっかけがなく、気がつかないうちに生じている圧迫骨折とがあり、祖母の場合は後者だった。多発的に圧迫骨折が起こると、背中が丸くなり、身長が低くなるという特徴を持つ。
そのため、立ち上がったときのバランスが取りづらくなるほか、歩行困難になったり、丸まった姿勢のせいで、逆流性食道炎を起こしたり、呼吸機能に問題を生じることもあるという。祖母は入院し、骨折自体は3~4カ月ほどで良くなったが、退院する頃にはすっかり背中が丸くなってしまっていた。
■うつ病、物忘れから同居へ
退院してからというもの、祖母は自分の背中が丸くなってしまったことにショックを受け、意気消沈。入院前までは明るく活発で、自分の姉妹や従姉妹と旅行やランチに出かけていた祖母だが、一日中家の中に閉じこもるようになってしまう。プランターで花を育てるのが好きだったが、それさえせず、全く笑顔を見せなくなった。
心配した母親が、祖母を病院へ連れて行くと、うつ病と診断され、服薬を開始。また、祖母は年に何度か湖西さんの家に泊まりに来ていたが、2009年になると、電車の乗り換えの仕方を忘れたと言い、母親に訊ねるように。
母親は、「このままでは迷子になったり、行方不明になったりするのではないか?」という不安を感じ、湖西さんに「お祖母ちゃんと同居しようと思うんだけど……」と相談。湖西さんは「一緒に住めるの?」と喜んだ。
2010年。祖母との同居が始まった。介護認定調査を受けた結果、祖母は要支援2。
同居と同時に祖母は、週に3回デイサービスの利用をスタートしたが、最初はなかなかデイサービスに行きたがらなかった。だが、顔見知りが増えるにしたがって、通うのが楽しくなってきたようだ。
デイサービスがない日は、祖母は家で一人で過ごした。朝、母親が昼ごはんを用意し、「昼はこれをチンして食べてね」と口頭で伝えたり、紙に書いたりすると、まだこの頃の祖母は、その通りにして食べることができた。
![弁当](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/e/670/img_de8b6bf63429549f3133d0a732299bf1750310.jpg)
しかし、だんだん祖母の様子がおかしくなっていく。夜なのに「朝だ!」と言い張ったり、夕食を食べたのに「食べてない!」と言ってまた食べたりするようなことが増えてきた。
「母は仕事、私は学校なので、母が祖母に、『ご飯を炊いておいてね』とか、『野菜を切っておいてね』など、簡単な夕食の準備を頼んで出かけるのですが、帰宅すると何もできていないことが続き、母と祖母がケンカをすることが増えました」
朝、祖母は言われたことを忘れないように、母親が口頭で伝えたことを紙に書きとめるのだが、書いた紙の置き場所を忘れてしまい、結局何もやってないということが当たり前のようになっていった。
認知症を疑った母親は、祖母に認知症の検査を受けさせたが、「ただの物忘れ」と言われる。ようやく認知症と診断がおりたのは、約6年後の2016年、祖母が87歳になってからのことだった。
■ヤングケアラーの苦悩
湖西さんは、祖母と暮らしていることは中学や高校の友だちや担任の先生に話していたが、自分も介護をすることがあるということは誰にも話していなかった。10代で介護をしているのは自分くらいだと思っていた湖西さんは、話したところで、誰もわかってくれないと思っていたからだ。
「私にとっては、自分の時間に制約を受けることが何よりつらかったです。私と母は祖母に合わせた生活をせざるをえない状況だったので、介護していない人の自由さに、いつも羨ましさを感じていました」
湖西さんは中学生の頃から、祖母の朝と夕方のデイサービスの送迎や、帰宅の遅い母親に代わって夕食の支度、祖母の食事の介助を担い、高校生となった2017年頃からは、オムツの交換も行ってきた。
![おむつ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/a/670/img_6ae2cdde5f9fcd24e548e149d6cf1905713083.jpg)
「頼んだことができていないと、母はいちいち祖母に怒りました。高校受験の頃はまだそこまでではなかったのですが、大学受験の頃は祖母の症状が進み、2人が口論する声で受験勉強に集中できないことが少なくありませんでした。母も私も、かなりストレスが溜まっていたと思います」
祖母と母親は普段は仲が良いが、どちらも気が強く頑固なところがあり、ささいなことで口喧嘩になる。そんなときは決まって、湖西さんが仲裁に入った。
「やはり母一人で介護をさせることは心苦しいので、手伝わないわけにはいきません。かといって、この生活がいつまで続くのか、終わりが見えない状況は、本当に苦しかったです。『就職してからもこのような生活が続くのだろうか?』などと考えることが多くなり、私自身、精神的にかなり追い詰められていたように感じます」
ひたすら耐えるしかない。そんな日常に、湖西さんの心身も削られた。インターネット上で見つけた「うつ病チェック」を何気なくやり始め、途中でやめたこともある。
介護に関する悩みや不安は、母親はケアマネージャーやデイサービスの職員などに相談していたようだが、湖西さん自身は誰にも相談していない。また、湖西さんと母親は、介護に関する相談や愚痴をお互いに言うことは、ほぼなかった。
湖西さんと母親は、介護疲れやストレスからイライラすることが増え、口論になることが頻繁に。するとさらにストレスが増える……という、悪循環に陥り、家の中はギスギスした空気が充満していた。(以下、後編続く)
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ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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