中国では「朗読で月収数千万円」しゃべるだけで稼げるSNS新時代がくる
プレジデントオンライン / 2021年7月9日 15時15分
■気になる「音声メディアのマネタイズ」
事業投資家として、筆者は「音声メディアは買い」だと考えている。今後の日本で、音声メディア市場が拡大していくのは、米中の音声市場の広がりから見ても間違いない。
だが、日本の音声メディア市場はまだまだ小さい。音声メディアは具体的にどのようにマネタイズ(収益化)されて成長し、今後の日本の音声市場はどうなっていくのか。
音声メディアのマネタイズの柱は広告収入とユーザー課金だが、ここではまず、ラジオを含めた音声市場の広告収入が今後どうなっていくかについて述べよう。
■デジタル音声広告費はまだまだ小さいが…
メディア事業は、広告収入がその将来性を左右することは言うまでもない。日本の広告市場は2019年、インターネット広告費がテレビ広告費を上回り、広告メディアの主流が交替した。
音声広告の主流であるラジオ広告費はというと、しばらく横ばいが続いていたが、新型コロナウイルスのパンデミックの影響を大きく受け、20年は前年より16%ほど減らして1066億円となった。15年前と比べると40%減だ。
それでも、ラジオ広告費と比べると、アプリなどの音声メディアに載せるデジタル音声広告費はまだまだ小さい。市場調査会社のデジタルインファクトの調べでは、国内の20年のデジタル音声広告費はわずか16億円だ。
■デジタル音声広告は精度の高いターゲティングが可能
そんなデジタル音声広告で日本の音声市場を切り開こうとしているのが、19年からデジタル音声広告事業を始めた「オトナル」だ。
社長の八木太亮さんは「2年前はデジタル音声広告って何? ラジオじゃないの? という世間の認識で、どんな会社が買ってくれるかも、売り方もわからない状況だった」と話す。そんなところから八木さんは、デジタル音声広告というものを“布教”しながら、アドテクノロジーを活用して音声メディアに実装するという、広告代理店とメディア開発という二役をこなしてきた。
筆者は今後、音声広告の主流は、ラジオ広告からデジタル音声広告に移るだろうと考えている。その理由は、ラジオ広告とデジタル音声広告の特性の違いにある。
筆者はInterFMでラジオ番組を持っているが、その番組のスポンサーに対して、広告営業で説明できるのは、エリアに存在する世帯数や番組で想定されるリスナー像くらいだ。広告はどんな人に届くのかがわかるほうが広告を出稿しやすいのは言わずもがなだが、ラジオ広告はそのターゲットがかなりあいまいなまま販売されている。
それに対してデジタル音声広告は、かなり精度の高いターゲティング広告が可能だ。たとえばオトナルでは、音声メディアSpotifyへの音声広告出稿の場合、Spotify側が持つデータを基に、性別や年齢、位置情報のほか、どんな音楽ジャンルを聞いているか、どんなプレイリストを作っているかによって、ターゲット属性を絞り、音声広告を流すことができるという。
たとえば、Spotifyでクラシック音楽を聞いている人に対して、クラシックコンサートのチケット販売の広告を流すという形だ。このようにターゲットが絞られた広告なら、その効果はかなり高いと想像できるだろう。
■音声広告によるブランド認知度はディスプレイ広告の4.4倍
ラジオ広告はターゲットがあいまいなうえに、広告に対する反応を取ることもできない。一方、デジタル音声広告の場合は、ネット広告のようにクリックで反応が取れるということはないものの、位置情報から反応を取ることも可能だ。
たとえば、あるファストフード店が店から1キロ圏内にあるスマホで音声メディアを使っている人に、クーポン付きのデジタル音声広告を打つ。その後、その音声広告を聞いたスマホの位置情報によって、その人がファストフード店に行ったかデータで検証することもできるわけだ。
デジタル音声広告は、バナーなどのディスプレイ広告と比べても、広告効果が大きいというデータもある。音声広告会社MIDROLLが市場調査会社ニールセンと行った調査によると、ディスプレイ広告よりも音声広告のほうが、ブランド想起が4.4倍高かったという。同様の結果は、Spotifyとニールセンの調査でも出ている。
確かに瞬時に多くの情報を伝えられるディスプレイ広告よりも、音という情報だけに絞られた音声のほうが伝わりやすい面はあるのだろう。
■2025年には420億円規模になる
さらに、音声広告にはスキップされにくいという特徴もある。
動画を見ている途中に広告が流れるとすぐにスキップされがちだが、音声は「ながら聞き」が多いためか、音声コンテンツの途中に音声広告が流れても、スキップされることが非常に少ない。その完全聴取率は、radikoのデータでは98%、Spotifyでは91%と非常に高くなっている。
音声ならではの訴求力と聞かれやすさ。これらを生かしたデジタル音声広告市場は、アメリカで毎年20%程度伸びているように、日本市場でも今後大きく伸びていくはずだ。
市場調査会社のデジタルインファクトは、2019年にはわずか7億円だった日本のデジタル音声広告費が、25年には420億円にまで伸びると予測している。
とくにラジオ広告費は、同じ音声広告であり広告効果の面でも劣るため、デジタル音声広告にどんどん移行していくだろう。ラジオの視聴自体が、radikoの広がりによってネットに移行しつつあり、ラジオ業界ではすでに、radiko配信を見据えた広告販売に切り替わっているとも言われている。
■すでに始まった海外勢との熾烈な競争
そんな日本の音声広告市場の現状を、危惧を抱きながら見ているのが、デジタル音声広告事業、オトナルの八木さんだ。
「日本の音声広告市場は今後、絶対的に伸びる。ただ、海外の音声配信会社は強い。このままだと、彼らはラジオ広告も含めて、日本の音声広告市場を全部取ってしまうかもしれない」。八木さんはそう心配する。
もしそんなことになったら、日本の音声メディアが広告収入を得られず、成長が脅(おびや)かされるばかりか、日本のラジオ局も広告を取れなくなり、ラジオ局はその音声配信プラットフォームにコンテンツを納めるだけのコンテンツ産業と変わってしまうだろう。
それを防ぐには、日本の音声メディア同士の協力が必要だと八木さんは言う。「私たちは日本のラジオ局や音声メディアと一緒に音声市場を作っていくというスタンスだ」。
そんな途上の日本市場にとって脅威となる海外勢は、SpotifyやYouTubeの音声版だけではない。Amazon Musicは、Podcastで全米3位のパブリッシャーを買収し音声メディアへの投資を推し進め、FacebookはClubhouseと同じような使い方ができる「Live Audio Rooms(ライブオーディオルーム)」を機能追加した。
Twitterも「Spaces(スペース)」という音声サービスを開始し、これからは、GAFA勢と正面からぶつかる可能性がある。これにとどまらず、音声市場の大きい中国からは、音声配信プラットフォームのhimalayaも日本へ乗り込んできた。
■中国では書籍の朗読で月収数千万円も
himalayaは中国で2億5000万人の月間利用者(アプリやIoT機器、車載デバイス等も含めたサービス全体)を持つ、中国最大の音声プラットフォームだ。
安陽CEOは「中国と比べると日本市場はまだまだスタートアップレベル。himalayaは著名人の配信も一般人の配信も、ニュースも経済番組も、ASMR(咀嚼(そしゃく)音など聞き心地の良い音)もPodcastもオーディオブックも、『ここに来ればなんでもある』という総合音声プラットフォームとして、あえて色を決めずにやっていきたい」と話す。
himalayaの中国音声市場での姿は、日本の音声メディアの参考になるだろう。
中国市場でのhimalayaのマネタイズの大きな柱が、本を音声で聞くオーディオブックだ。中国ではオーディオブックの人気が非常に高い。そのためhimalayaでは多くの本の版権を抑え、その本を、アナウンサーや声優志望の人に朗読させ、ユーザーにそのオーディオブックを買ってもらって、利益を分け合う仕組みを作っている。
いまでは、本の朗読専門の「朗読者」とでもいうような職業まで誕生し、中にはそれだけで月に数千万円(!)稼ぐ人もいるという。また農家だった人が配信で人気となって、夢だった本物のアナウンサーになるというシンデレラストーリーも生まれた。
中国では音声配信を職業として、食べていける人がかなりいるということだ。
■しゃべるだけで食べていける未来
himalayaの配信者のように、日本においても「しゃべることで食べていける人」を作ろうとしているのがRadiotalkだ。Radiotalkを立ち上げた井上佳央里さんは、YouTuberが職業となったように、Radiotalker(ラジオトーカー)という職業を作りたいと考えている。
井上さんによると、音声配信は、動画配信とは違い、顔を出さないので配信の心理的ハードルが低く、容姿の良しあしも関係ない。話す力があれば食べていけるという。なにより井上さんは、「声」にはその人そのものを届ける力があり、「声」だけの配信だからこそファンを作りやすいと考えている。
「しゃべる」職業のマネタイズのベースになるのが、Radiotalkでは、ライブの音声配信でリスナーがくれるギフティング(投げ銭)だ。
実際、Radiotalkの配信で「食べていける」例も増えてきた。たとえば、無名の必ずしも若いとはいえない音楽家が、5分で30万円のギフティングを稼いだり、ギフトを集めてリアルイベントとして音楽ホールでのコンサートを開いたりしたこともあったという。
Radiotalkの井上さんは、「私たちは音声配信で『消費される情報』ではなく、『人』を届けたい。いまはスターの在り方が変わってきて、求められているのは自分にとってのスター。配信者に課金する顧客をリアルの知人から集めて『がんばって20人程度』の人でも、Radiotalkなら100人、200人と拡大できるうえに、1人数万円の熱量にまでファンの熱狂度が高まっていく。マスメディアと張り合う必要がないし、グローバルのニッチを集めればさらに1000人、1万人と広がるポテンシャルがある」と話す。それなら十分に食べていけるということだ。
配信者を「好き」になりやすい特性から、別の形でマネタイズできることもある。Voicyでは配信からグッズ販売につなげたり、サブスクリプションのオンラインサロンにつなげたりする配信者が少なくないという。
Voicyの創業者・緒方憲太郎さんによると、Voicyとオンラインサロンの両方をやっている人では、オンラインサロンのメンバーの80%以上がVoicy経由の流入だという。
■音声配信者という「ブルーポンド」
インターネットが世界中に広がり、テキストからはブロガー、動画からはYouTuberが生まれた。それに今後、Radiotalkの井上さんが目指すような、音声から職業が生まれるかどうか。
筆者はかなり可能性が高いと考えている。その理由は、音声配信者が「ブルーポンド」を持つ存在だからだ。
ブルーポンドとは、競合が少ない市場のことを意味する「ブルーオーシャン」という概念から筆者が翻案したもので、競合のいない小さな市場のことを指す。
ブルーオーシャンでも規模が大きすぎる。気づいた強者がすぐに参入してレッドオーシャン化する。さらに小さな「ポンド(池)」にこそ、持続可能な成功モデルがあるというのが筆者の考えだ。
ビジネスでいうと、ブルーポンドを押さえた会社は、そのブルーポンドで顧客との結びつきを強めることで、競合の参入を阻(はば)み、ブルーポンドでずっと利益を上げ続けることができる。
井上さんの目指す職業としての音声配信者は、少ないながらも結びつきの強いファンを持ち、そのコミュニティを保ち続けることで、食べていくイメージだ。
もちろん、声としゃべりだけで食べていくには、配信者自身とその声の魅力、しゃべる技術や企画力によるところは大きいだろうが、「しゃべる」職業でブルーポンドを目指すやり方は、マネタイズのあり方としては成立する可能性が高いだろう。
■すべてが「音声」で済む世界へ
「音声」というフロンティアをめぐり、音声メディアのキープレイヤーたちに取材を進めるうち、筆者にも彼らが見据える未来がはっきり理解できた。それは、音声認識技術がさらに進化し、スマホなどのデバイスがすべて音声入力で操作される近未来だ。
近年、Googleなどの音声認識技術の進歩がすさまじい。技術の進歩に合わせて利用者がますます増え、さらにデータ蓄積が進んで、また精度が上がるという好循環が生まれているのだろう。
音声入力は、キーボードを叩くより、文字入力がはるかに早いという優位性もある。このまま進めば、デバイスとのやりとりが、人としゃべるくらい自然なものとなり、操作がすべて音声で済ませられる未来はそう遠くないだろう。
そうなると、スマホなどの画面を見て、Facebookにテキストを書き込んだり、人の投稿を読んだりという、画面を通じて行っている行動が、音声で入力し、音声で聞くという画面を必要としないものになっていくはずだ。
メールやメッセンジャーなどの内容をAIが解析して、その人にとって重要なものから聞かせてくれるようになるかもしれない。社長への連絡や行動予定を、傍(かたわ)らで読み上げる秘書のように、スマホが進化するのだ。
■音声SNSが拓く「新しい世界」
いまのClubhouseは、日本では当初の勢いを失ってシュリンクしたように見えるが、Radiotalkの井上さんもVoicyの緒方さんも「Clubhouseの体験は復活する」と声をそろえる。
それどころか、井上さんは、FacebookにClubhouseと同等の機能である「Live Audio Rooms」が導入された場合、Facebookはテキスト主体の世界代表的SNSではなく、音声でつながることがメインになる属性が生まれる、と予測する。
もちろん、いまのClubhouseがそのままFacebookの代わりになることはないだろう。
Facebookがかつての近況報告ツールからグループのコミュニケーションツールに変わったように、Clubhouseも変化する。インターフェースが変わったり、ほかのアプリと一緒になったりすることもあるかもしれない。
ただ、筆者が間違いないと思うのは、近未来のSNSが、音声で入力し、音声で情報を得る「音声SNS」に進化する、ということだ。
そんな近未来の音声SNSの初期状態が、いまのClubhouseなのだ。そんな近未来の音声SNSの地位を確保したプレーヤーが、次のGAFAとなるのかもしれない。
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事業投資家、ラジオDJ
1978年兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、2005年ソフトバンク・インベストメント(現SBIインベストメント)入社。ベンチャーキャピタリストとして日本やシンガポール、インドのファンドを担当し、ベンチャー投資や投資先でのM&A戦略、株式公開支援などを行う。2011年兵庫県議会議員に当選し、行政改革を推進。2014年地元の加古川市長選挙に出馬するも落選。2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行っている。また、ロケット開発会社インターステラテクノロジズの社外取締役も務める。著書に『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』(講談社+α新書)、『資本家マインドセット』(幻冬舎NewsPicks)、『営業はいらない』(SB新書)、『サラリーマンがオーナー社長になるための企業買収完全ガイド』(ダイヤモンド)、『サラリーマン絶滅世界を君たちはどう生きるか?』(プレジデント)などがある。また、InterFMにて、ベンチャービジネス番組「ビジプロ」のDJも務める。Twitterのアカウントは、@310JPN。
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(事業投資家、ラジオDJ 三戸 政和)
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