「日本との関係修復は避けて通れない」韓国のものづくり産業の"これから"
プレジデントオンライン / 2021年7月5日 13時0分
■日本から韓国への輸出が勢いづいている
2020年秋口以降、わが国から韓国への輸出の推移をみると、わが国からの輸出の増加ペースは勢いづいている。その背景の一つには、韓国での半導体部材や、半導体製造装置などの需要増加がある。わが国から韓国への輸出の増加傾向は、韓国経済にとってわが国のモノづくりのアクセスの重要性を浮き彫りにしている。
韓国の景気循環を振り返ると、基本的に株価が上昇して景気回復期待が高まる局面で、対日輸入は増加した。特に、アジア通貨危機後の化学製品の輸出の伸びは、今日の韓国経済の牽引役というべきメモリ半導体メーカーの競争力を支える重要な要素と考えられる。
サムスン電子などはメモリ半導体に加えて、ロジック半導体の受託生産(ファウンドリー)事業を強化しようとしている。中国経済の成長の鈍化懸念など不確定な要素もあるが、中長期的に韓国経済全体でわが国からの素材や機械の調達の重要性は高まる可能性がある。微細かつ精緻なモノづくりの力はわが国経済の成長を支えるコア・コンピタンスであり、官民総力を挙げて強化することが必要だ。
■日本からの輸入品は約30年で様変わりした
財務省が公表する貿易統計によれば、1988年以降のほとんどの月において、わが国の対韓貿易収支は黒字だ。以下では、韓国がわが国から何を輸入し、どのように経済成長を実現したかを確認しよう。
1988年1月時点での対韓輸出を品目ごとに見ると、最大の輸出品目は電気機器(対韓輸出に占めるウェイトは約28%、半導体等電子部品や音響・映像機器およびその部分品など)、2番目が一般機械(同23%、金属加工機械やポンプなど)だった。
それに対して、2021年5月時点の対韓輸出では、最大の品目が化学製品(同24%、半導体生産に必要なフッ化水素など)。2番目が一般機械(同21%)だ。また、シリコンウェハーなどは科学光学機器をはじめとする特殊取扱品に分類され、対韓輸出に占める割合は上昇している。
品目ごとに見た対韓輸出の推移から示唆されることは次の通りだ。1980年代後半の韓国は、すでに機能が確立された製品、およびその部品などをわが国から輸入し、国内需要を満たした。また、韓国はわが国から工作機械などを輸入して資本蓄積を進めた。それは、韓国の企業がわが国の生産技術に習熟する機会にもなっただろう。
■日本の機械が分解され、模倣されてきた
わが国から韓国への技術移転を加速させる一因となったのが、1980年代半ば以降の日米の半導体摩擦の熾烈化だ。それによって、わが国電機メーカーから韓国企業へ、メモリ半導体などの技術移転が進んだ。1989年には日立製作所との技術提携によって、LGが金星エレクトロンを設立した。金星エレクトロンは今日のメモリ半導体大手であるSKハイニックスの前進企業の一つだ。
わが国からのモノの輸入や技術移転によって、韓国の家電(後のデジタル家電)や半導体の生産能力は高まった。その結果、1980年代後半から1990年代後半にかけて、部品を含む電子機器と精緻な加工を可能にする一般機械はわが国の対韓輸出の主要品目だった。2000年代に入ると、対韓輸出に占める電子機器の割合は徐々に低下した。それが示唆することは、特定の機能を発揮するモノは分解され、模倣されるということだ。
■韓国経済にとって対日輸入の重要性は
次に、韓国の景気循環とわが国の対韓貿易収支の推移を確認し、韓国経済にとっての対日輸入の意義を考えよう。1988年以降、韓国総合株価指数(KOSPI)と月次の対韓貿易収支の相関性はかなり高い。
韓国の景気が持ち直し株価が上昇する局面ではわが国から韓国への輸出が増加する関係が示唆される。特に、アジア通貨危機後の韓国経済にとって、わが国の微細かつ精緻なモノづくり力へのアクセスの重要性は時間の経過とともに高まっている可能性がある。
1997年11月に韓国は国際通貨基金(IMF)に支援を申請し、金融システムの安定化や、経営体力が低下した財閥の整理を進めた。1998年秋口にはKOSPIが底を打った。その後、2007年秋口までKOSPIは上昇トレンドを保った。
その状況下におけるわが国の対韓輸出を確認すると、1998年1月に対韓貿易収支は赤字に陥ったが、翌2月には黒字に戻った。その後、徐々に対韓輸出の構成品目に変化が現れた。
■アジア通貨危機を境に変化を遂げた
その一つが化学製品の緩やかな増加だ。対韓輸出に占める化学製品の割合は1988年1月時点が約14%であり、アジア通貨危機直後までおおむね10%台前半だった。その後、1998年秋口ごろから化学製品の対韓輸出は徐々に増加し、2000年代に入ると増加が勢いづいた。その背景には、次のような韓国経済の変化があった。
![コンピュータ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/2/670/img_92d148a51a88b0bf5feb95f10e0f5399953108.jpg)
1990年代、サムスン電子は東芝からNAND型フラッシュメモリーの技術供与を受けた。それは、アジア通貨危機後の韓国経済の回復と成長を支えた重要な要素だ。また、アジア通貨危機の発生によって韓国では、サムスン電子など一部財閥系大手企業に経営資源がより集中した。
つまり、アジア通貨危機を境に、サムスン電子などは、それまでのわが国からの技術移転を活かしてメモリ半導体や家電の大量生産体制を強化し、価格競争力を発揮し、米国のIT先端企業の成長などを追い風に半導体などの輸出を増やした。
そのために、原材料や生産工程で用いられる部材としてわが国の化学製品への需要が高まったと考えられる。なお、アジア通貨危機の発生を境に、一時は対韓輸出の3割程度を占めるに至った一般機械のウェイトは低下した。しかし、2015年頃からは半導体関連の装置需要が高まり、韓国向けの一般機械輸出は増加に転じた。
■ファウンドリー事業で先頭に立ちたいが…
以上から、わが国の対韓輸出は、より微細な素材(化学製品)やより精緻な機械にシフトしてきたことが分かる。今後、その傾向はより鮮明となる可能性がある。
足許、韓国の半導体メーカーはファウンドリー事業をより重視しているようだ。サムスン電子はファウンドリー最大手の台湾積体電路製造(TSMC)とのシェアの差を縮めたいようだ。SKハイニックスもファウンドリー事業の強化を重視しているとみられる。その背景には、中長期的なメモリとロジック半導体の需要拡大期待があるだろう。
その一方で、TSMCは前工程で重要な微細化技術に加えて、検査や組み立て専業メーカーが担当してきたパッケージングなど後工程技術の向上に取り組んでいる。世界的に半導体の不足は深刻であり、その状況が2023年ごろまで続く可能性がある。TSMCは半導体生産の総合力に磨きをかけ、シェアの拡大を目指していると考えられる。
韓国勢がファウンドリー事業に取り組むためには、微細化だけでなく後工程で必要な部材や装置(機械)の調達力を高めなければならない。自社ブランドでのメモリ半導体生産も行うサムスン電子とSKハイニックスにとって、台湾勢よりも有利な立場でわが国から半導体の部材や製造装置を調達できるか否かは、事業戦略を左右する要素だろう。
■対日関係を見直すべき時期に来ている
それは、わが国経済に大きなチャンスをもたらす可能性がある。わが国にはシリコンウェハー上に形成された回路の研磨、切り出し、さらには検査などを行う装置分野で世界シェアを持つ企業が集積している。化学製品に加えて、機械やシリコンウェハーなどの対韓輸出は一段と増加する可能性がある。
対韓直接投資にも同じことが言える。米国が自国内での半導体生産の増加を重視しているとみられることを加味すると、微細かつ精緻なモノづくりの力は、わが国経済が世界に誇る強みだ。
今後、サムスン電子などは中芯国際集成電路製造(SMIC)をはじめ中国半導体メーカーの追い上げにも対応しなければならない。中長期的な展開を考えると、韓国企業にとって対日貿易環境の修復、安定、強化をどう目指すかは避けて通れない問題といえる。逆に、わが国は官民の総力を挙げてモノづくりの力を磨き、さらなる発揮を目指すべき時を迎えている。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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