「アメリカ人の消費の半分はアマゾン経由」コロナ禍で進んだ"アマゾン化"の中身
プレジデントオンライン / 2021年7月9日 9時15分
2019年6月6日、ネバダ州ラスベガスのAriaホテルで開催されたロボットと人工知能に関するカンファレンス「Amazon Re:MARS」の基調講演で挨拶するAmazonの創業者兼CEO(当時)のジェフ・ベゾス氏。 - 写真=AFP/時事通信フォト
※本稿は、ダグ・スティーブンス・著、斎藤栄一郎・訳『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■SFの世界が現実に……政府も手を出せない巨大企業
未来を描いた映画には、ごく少数の邪悪な巨大企業に支配された暗黒のディストピアが人類を待ち構えていて、人々の生活が至るところでコントロールされているといったストーリーが少なくない。
『ロボコップ』(1987)のオムニ・コンシューマ・プロダクツ社しかり、『エイリアン』(1979)のウェイランド・ユタニ社しかり、『ブレードランナー』(1982)のタイレル社しかり。こうした未来を牛耳る企業は、世界の中枢まで深く食い込んでいるだけに、超大国に活動を邪魔されることもない……。そんな筋書きだ。
パンデミック後の小売業界では、デジタル格差を飛び越えたその先で、こうした企業はもはや小説や映画だけの話ではなくなっている。つまり現実になっているのだ。
■パンデミックの世界に君臨する4大企業
小売業者にとって、新型コロナウイルス感染症は隕石の衝突のようなものだった。100年に一度あるかないかの存亡の危機をもたらす出来事であり、小売業界を覆う大気の化学組成まで変えてしまった。その結果、小売業界に生息していた多くの種が絶滅し、残った種による死に物狂いの適応行動が始まった。
宇宙のビッグバン直後にも似たポストコロナという混沌とした状況から、これまでに見たこともないような新しい捕食者が誕生した。それは遺伝子の突然変異によって小売業界に生まれ落ちた新しい種で、天敵も外部からの脅威もない。
自然界でこうした種は、食物連鎖の頂点に立つ捕食者(頂点捕食者)だ。小売りの世界では、アマゾン、アリババ、京東商城(JDドットコム)、ウォルマートと呼ばれる。
■コロナでさらに強大化した“怪物企業”
この4社を合わせた年間売上高は約1兆ドルに達し、常連客の数は数十億人に及ぶ。彼らには地理的な境界も時間帯もカテゴリーの垣根も関係ない。ある1日の株価のわずかな変動だけでも、普通の大企業の時価総額と同じか、それ以上の額が動く。
コロナ禍は、多くの小売業者にとって致命的だったが、彼ら頂点捕食者にとっては、それまでも今後も代謝ステロイドの静脈注射を打ち続けるようなものになる。
この頂点捕食者たる怪物企業は、パンデミックでさらに大きく、さらに強く、そしてさらに大きな権力を持って浮上した。売り上げの最大80%を失って衰退する小売業者があるなか、一握りの巨大企業だけは思わず二度見してしまうほどの業績を上げていた。
唖然とするほどの成長率からもわかるように、パンデミックでこの4社はただただ大きくなるばかりだ。しかも飛躍的に。
■コロナ禍すら成長の追い風にするアマゾン
アマゾンがエリート企業リスト、すなわち「1兆ドルクラブ」に名を連ねたのは、2020年2月4日のことだ。アマゾンはその日の終値ベースで時価総額を1兆ドル台に乗せ、アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグルの親会社)などと肩を並べることになり、現在、時価総額で世界最大の小売企業となっている。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、世界各地でロックダウンが実施された初期段階で、『ガーディアン』紙は、アマゾンでの製品・サービスの購入に、1秒間に1万1,000ドルが消費されていると報じた。つまり1日10億ドル弱である。実際、2020年第1四半期にアマゾンの売り上げは750億ドルとなった。
つまり、アマゾンの同四半期の売り上げ分だけで、米大手量販店チェーン「ターゲット」の2019年の年間売上高にわずかに満たない額なのだ。
これがどういう意味なのか、改めて考えてみよう。
■アメリカ人の消費の半分はアマゾンを経由している
ほとんどの企業がコロナ禍で事業の中断を余儀なくされたが、このこと自体、2019年に業績好調ですでに大飛躍は時間の問題だったアマゾンというロケットの打ち上げ燃料になったのである。その年、『エコノミスト』誌は「同社から発送された商品は、35億個。地球上の人類の2人に1人がアマゾンで購入した計算になる」と指摘している。
また、昼間は1億人以上がズームで会議を行い、夜も同じくらいの人々がネットフリックスで映画やドラマを楽しんでいるが、これをクラウド技術で支えているのが、アマゾンのクラウドコンピューティング部門であるアマゾンウェブサービス(AWS)である。こうしたビジネスも含めると、アマゾンの売り上げは2,800億ドルに上る。
世界がパンデミックに突入すると、アメリカで1ドルが消費されるたびにその半分の約50セントがアマゾンに転がり込むようになった。オンラインでの商品検索のうち、約70%はアマゾンで発生している。
この場合、ユーザーは自分がどの商品を探し求めているのか具体的にわからない状態で検索しているのだ。自分のほしいものがわかっている場合、約80%のユーザーがアマゾンで品定めを始める。
■検索バーは会員データを入手するツール
それだけでも大変なことだが、1億5,000万人以上が有料会員サービス、アマゾンプライムの会員になっていることも付け加えておこう。プライムは、客寄せの役割だけでなく、迅速な配送や映像・音楽のストリーミング配信といった特典や付加価値でアマゾンのプラットフォーム全体でのユーザー囲い込みを強化している。また、プライム会員の購入額は、非会員の3.5倍に達する。
さらに、プライムは、アマゾンが収集するデータの中核をなすものでもあり、顧客のニーズや行動を分単位で読み解く鍵となっている。「商品検索をアマゾンから始めるユーザーの数では、日本が世界で一番多い」と明かすのは、日本でアマゾンのファッション事業責任者を務めるジェームズ・ピーターズだ。「その結果、消費者が何を求めているのか、良質なデータが手に入る」という。
つまり、アマゾンの検索バーの役割は、会員がアマゾンの取扱商品を見つける手段にとどまらないのである。アマゾンにとっては、どんな商品を揃えればいいのか、リアルタイムに情報を吸い上げる市場調査ツールでもあるのだ。
■なぜ純利益率わずか1%の食品スーパーを買収したのか
単刀直入に言えば、アマゾンを小売業者と見るのをやめて、データ・技術・イノベーションの企業と捉えれば、一見わかりにくい同社の戦略的な動きの多くが、完全に筋の通ったものであることがわかる。
たとえば、2017年のホール・フーズ(アメリカ、イギリス、カナダを中心に約270店舗を展開する食料品スーパーマーケットチェーン)の買収はどうか。買収当時、多くの業界関係者は真意がつかめず、訝しがった。食料品分野にアマゾンの食指が動いたのはなぜか。そもそも過去の例から見て純利益率1%しか出せない分野である(誤植ではない。本当に1%である)。
私見では、食料品の価値うんぬんではなく、食料品販売が生み出すデータの価値にヒントがあるのだ。私の言わんとすることを理解していただくため、今度スーパーマーケットに行ったら、次のことを覚えておいてほしい。
■食料品購入履歴は、個人や世帯消費データの宝庫
レジ前で自分の列に並んでいる他の客のショッピングカートやカゴの中を注意して見てみよう。そこに入っている商品を見て、何かひらめくことはあるだろうか。
ペットを飼っているかどうかわかるだろうか。子供はいるだろうか。健康意識の高い人か。料理好きか。それとも惣菜を好んで買っているだろうか。ブランド重視で商品を選んでいるか。それとも店のプライベートブランド(PB)商品を好んで買っているだろうか。このような気づきがたくさんあるのではないだろうか。
食料品分野ほど個人や世帯の消費データを如実に炙り出す分野はない。アマゾンのような企業にとって、こうしたデータは、牛乳や卵を売って手にする微々たる儲けに比べたら、はるかに大きな価値がある。食料品分野の競合にとってアマゾンが危険な存在である本当の理由は、ここにある。
■あらゆる分野で進行するアマゾン・エフェクト
いったいアマゾンはどこまで大きいのか。ニューヨーク大学スターン経営大学院教授のスコット・ギャロウェイは次のように言う。
「アマゾンの株価が7%下落したら、ボーイングの時価総額が吹き飛ぶほどである。アマゾンは今まさにそういう状況にある。たった1日の取引でボーイングの時価総額相当分が増えたり減ったりしているのである。この巨大すぎる企業について語る場合、1日の株の値動きでボーイングという企業を売ったり買ったりしていると考えてもいい」
同様に、アマゾンが未進出分野にちょっと関心を見せるだけで、その分野の既存企業の市場価値を下落させるほどの影響力がある。たとえば、2017年にアマゾンが家電販売への進出を発表したところ、ホームセンターのホームデポ、家電量販店のロウズやベストバイ、ワールプールの時価総額のうち、合わせて125億ドルが吹き飛んだ。たった1日の出来事である。
これでもアマゾン支配の構図が信じられないというのなら、2019年にフィードバイザーがアメリカの成人2,000人を対象に実施した調査を紹介しよう。それによれば、「オンラインショッピングならアマゾンで買う」との回答が89%に上った。これがプライム会員に限定すると、96%にまで増加する。
■アマゾン包囲網ができる理由
だからといって、アマゾンが盤石(ばんじゃく)とは限らない。実際、隙はある。同社は、冷酷な幹部が大手を振る労働環境、さらに劣悪な倉庫の従業員の労働条件など、悪評に手を焼いている。
また、アマゾンは自ら小売業者として商品を販売する一方、外部小売業者がアマゾン内で商品を販売する「マーケットプレイス」も運営している。アマゾンは自社の販売が有利になるように外部業者の販売データを不正に利用したという不誠実な前歴もある。
ときにはアマゾンでの商品検索結果を表示する際、アマゾンが販売する商品の価格を外部業者の商品より下げて自社に有利にすることで、競合商品を徹底的に追い落とすことまでやってのける例もあった。
■コロナ禍で激増したジェフ・ベゾスの個人資産
こうした逆風もなんのそので、大多数の人々が新型コロナによる病気や雇用・社会不安に気を揉んでいた最中の2020年7月20日、たった1日でジェフ・ベゾスは個人純資産を130億ドルも増やしていた。
その結果、彼の個人資産総額はニュージーランドの年間GDPに匹敵するまでになったのだ。2020年8月には、アマゾンの時価総額は1兆7,000億ドル弱にまで増加し、わずか7カ月で70%増を記録した。
パンデミックの嵐が小売業界全体に襲いかかった一方、アマゾンはその嵐を追い風に、ジャーナリストのブラッド・ストーンの言葉を借りれば「エブリシング・ストア(何でも買える店)」というゴールをめざして順風満帆で進んでいたのである。
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小売りコンサルタント
小売りコンサルタント、リテール・プロフェット社創業社長。メガトレンドを踏まえた未来予測は、ウォルマート、グーグル、BMWなどにも影響を与えている。著書に『小売再生 リアル店舗はメディアになる』(プレジデント社)。
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(小売りコンサルタント ダグ・スティーブンス)
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