「売れ筋商品を完コピ」やりたい放題のアマゾンにアメリカ政府すら手を出せないワケ
プレジデントオンライン / 2021年7月15日 9時15分
※本稿は、ダグ・スティーブンス・著、斎藤栄一郎・訳『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■独占禁止法違反でアマゾン包囲が進む
「その規定に違反したことがないとは保証できない」
シアトルの本社からリモートで米議会下院に設置されたモニターに現れたジェフ・ベゾスは、そう説明した。ベゾスの言う規定とは、プライベートブランド(PB)の商品開発に外部事業者のデータを利用することを禁じたアマゾンの社内規定のことである。質問したのは、アマゾン本社のあるシアトルも含めたワシントン州選出のプラミラ・ジャヤパル下院議員だった。
2020年の夏に米議会下院司法委員会はデジタル分野の競争環境について大手テクノロジー企業のグーグル、フェイスブック、アップル、アマゾンの4社を呼んで聴取するマラソン公聴会を開催し、各社に対して、倫理や競争上の問題について、議員から次々に厳しい質問が飛んだ。
ジャヤパル議員の追及は、そのうちのベゾスに対する質問の一コマだ。これに対してベゾスは、アマゾンが開発するPB商品を決定する際、同社通販サイトでの商品カテゴリーごとの「集計データ」以外を従業員が見ることはできない社内規定があると主張した。
■出店業者の販売データはアマゾンに筒抜け?
小売コンサルタントとして30年近くアマゾンの一挙手一投足を見守ってきた私に言わせれば、ベゾスのこの回答は馬鹿馬鹿しい。
アマゾンのPBで販売する商品を決定する際、同社通販サイトに出店する外部事業者の販売データを略奪的な目的で利用していたかどうかに質問が及んだために、ベゾスがはぐらかそうとしたことは明らかだ。長年に及ぶ事業のなかで、その「社内規定」なるものが何度も破られているかどうか定かでないとベゾスが言うのは、笑止千万である。
しびれを切らした別の議員が、「その『集計データのみ』とする社内規定は、特定カテゴリーで少なくとも2つの競合商品があれば、仮にそのうち一方が圧倒的なシェアを確保している商品だとしても、アマゾンはカテゴリーを問わずそのデータを自由に閲覧できると言っているのと同じではないか」と、ベゾスに詰め寄る場面もあった。
たとえば、『ウォール・ストリートジャーナル』紙の調査報道によれば、アマゾンは、同社通販サイトに出店する外部事業者2社の販売データを利用して、車のトランク用整理収納ケースの設計に反映したという。
問題は、その整理収納ケースの売上高の実に99.95%は「フォーテム」というブランドが生み出していたことである。
■検索データに基づいて人気ブランドの類似品を安く提供
ここで読者にクイズを出そう。アマゾンのPB商品の整理収納ケースが最終的にどういうデザインになっただろうか。
「フォーテムの商品と同じ」と答えた方、お見事、大正解である。アマゾンが商品検索データを事実上、完全な支配下に置いている以上、アマゾンに出店する販売業者でなくても、カモにされる可能性がある。
次に、ジョーイ・ズウィリンジャーの話に耳を傾けてみよう。ズウィリンジャーは、ニュージーランド発のシューズメーカー、オールバーズの共同創業者である。素材にウールを使ったランニングシューズを手がけるユニークなブランドとして大成功を収め、販売は直販体制を採用している。
これだけの人気を誇るオールバーズだけに、アマゾンは寸分違わぬほどそっくりのデザインのシューズを開発した。さらに恥の上塗りと言うべきか、アマゾンはその類似品に1足35ドルも下回る価格を設定していたのである。
![ラップトップの上に置かれたショッピングカートの模型](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/6/670/img_e6675e82f4c4b58b251957b92e69e4b5295167.jpg)
ズウィリンジャーはあるインタビューで「アマゾンは消費者のことをよくわかっていて、アマゾンでたくさんのユーザーがオールバーズを検索していることも筒抜けだった」と指摘する。
「データからアルゴリズムではじき出したデザインでシューズを作ったからそっくりになったようだ。となれば、当然、オールバーズの需要に乗じて売ることも可能だ」
■アマゾン包囲網ができる日はまだ遠い?
他にも公聴会では、アマゾンのスマートスピーカー「エコー」が原価割れの価格でダンピング販売されていて競合品の販売が阻害されていることや、ユーザーが音声指示で注文しようとすると同スピーカーの頭脳に当たるアレクサがアマゾンのPB商品を推奨する傾向が非常に強いといった指摘もあった。
アマゾンの労働条件や労働組合つぶしといった問題も報告されているが、公聴会では、そこを追及するまっとうな質問は見られなかった。実際、ベゾスが質問に応じた3時間のうち、明確な回答を避ける場面が多く、たびたび「引き続き調査する」と約束するにとどまっている。
ベゾスはアマゾンの影響力を懸念する声の広がりに、「当社が参入している小売市場は非常に規模が大きく、競争が激しい」としたうえで、「小売りには、いくつもの勝者を生み出す余地がある」と締め括った。
このとおり、苦言と生ぬるい警告が続くだけの公聴会は、期待はずれの結果に終わった。この状況に何か手が打たれるにしても、どういう措置が講じられるのか定かでないが、アマゾンなり、他の怪物企業なりが政府の規制で大幅に事業を制限される日が来ると思っている人がいるなら、もうしばらく時間がかかると考えたほうがよさそうだ。
■パンデミック収束まで議論はお預け状態
パンデミック前の世界では、企業の独占に反感を持つ社会の空気が醸成されていて、規制当局の調査も活発だった。だが、パンデミックになってからは、アマゾンなどの企業が、消費者にとっても出店業者にとっても、回り回って各国の経済にとっても、なくてはならない頼みの綱となった。
通常、政治家が批判するのは、有権者の顔色をうかがいながらのパフォーマンス的性格が強いことを考えると、少なくともパンデミックが収束するまで、巨大テクノロジー企業は腫れ物にさわるように扱われるはずだ。
今後、ますます不可欠の存在になるだろう。今、どの国の政府も、新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした混乱の最中にあり、他にもっと大切な仕事がある。
■アマゾンが雇用の受け皿になっている事実
しかも、政治家が下心を持ってアマゾンを見れば、そんなに悪者に見えない可能性もある。
アイルランドでは、同社がAWSのクラウドコンピューティング事業に首都ダブリンで1万6,000平方メートル弱の用地を確保し、2年間で5,000人を雇用する計画を明らかにした。カナダでは、現地事業に新たに5,000人の雇用計画を発表している。イギリスでは、同様の計画で1万5,000人の新規雇用が明らかになった。この手の話はまだまだ続く。
エンターテインメント業界専門紙『バラエティ』の2020年7月号によると、アマゾンは同年3月以降、新規に17万5,000人の雇用を生み出し、このうち12万5,000人を正社員に転換するという。
その背景には、ユナイテッド航空からメイシーズ百貨店までさまざまな企業が大規模な人員削減に踏み切り、数千万人の失業者が出ている現実がある。欧米諸国の政治家にしてみれば、強力な雇用創出マシンであるアマゾンのご機嫌を取っておいたほうが得策だし、パンデミック中に人々が必需品の入手先として頼れる数少ない補給線であることも証明された。
![配送センターのアマゾンプライムトレーラー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/d/670/img_7d211d860952fc0b369d9cf6d4b4f338304547.jpg)
■巨大IT企業に絡めとられる消費者
だとすれば、新型コロナウイルスは、単にきたるべき未来を手前にぐっと引き寄せる役割を担っただけではない。まったく異なる小売りの未来へと続く類いまれな入り口にもなったのではないか。つまり、こうした怪物企業が世界中の消費者の暮らしに有無を言わさず深く入り込んでいくための玄関口である。
停電になって初めて電気に大きく依存していることを痛感するのと同じように、今後こうした小売業者が一種のライフラインのようになっていくはずだ。すると、怪物企業の規模もこれまでとは比べものにならないほど大きくなるだけでなく、もっとうまみのある新たなカテゴリーに触手を伸ばすための確かな足場を築くことになる。
消費者にとっては、購入商品の大部分はもちろん、住宅や自動車の保険も処方薬もリハビリも子供の家庭教師も何から何までアマゾンが供給するような未来像は、以前よりも現実味を増している。
オンラインで何かを買うときは決まってアリババになるだけでなく、銀行も近所のショッピングセンターのオーナーもアリババになっている世界は、決してあり得ない話ではなく、むしろ想像しやすい。自宅の冷蔵庫の内部はもちろん、子供たちが毎日何時間も使っているSNSまでウォルマートの管理下に置かれるような世界を荒唐無稽と言い切れるだろうか。
少しでも可能性があるとすれば、多くの小売業者にとどまらず、地球上で人間を相手に何かを売っているすべての関係者にとって脅威だ。こういった国境なき巨大な怪物マーケットが消費者の暮らしの隅々まで入り込んでしまうと、価値と効用という名の有刺鉄線が顧客の周りに張り巡らされる。すると、他の業者がこの顧客にアプローチすることはほぼ不可能になる。
■小売りを入り口に生活のすべてを握られる?
パンデミックで、食物連鎖の頂点に立つ巨大な怪物の遺伝子組成は変異した。こうした企業がすでに桁外れの規模と売り上げに達していることを考えると、今後、この遺伝子変異で、信じられないような成長軌道に乗るだろう。
![ダグ・スティーブンス・著、斎藤栄一郎・訳『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/2/200/img_b207b80512f504939d4a56fc375f7ff8272292.jpg)
そして、もっともっと巨大化していくはずだ。感染拡大の混乱が続くなか、このような怪物企業は、中間層の小売店やチェーン、百貨店をほぼ壊滅させ、品揃え、利便性、価格競争力を徹底的に向上させて、今日の量販店やコンビニなどの業態の多くは焦土と化すだろう。
むろん、危険性は明らかだ。ひとたびこうした怪物企業がこれまでよりうまみのあるカテゴリーを次々に掌中に収めていけば、ECサイトでの商品利益率はあまり重要でなくなるのだ。極端な話、ECサイトは採算ラインぎりぎりで運営し、純粋に新規顧客の獲得手段として利用することも可能になる。
その場合、商品は、新規顧客を招き寄せるための撒き餌に過ぎない。釣られた客は、怪物が用意した巨大エコシステムに生涯にわたって取り込まれることになる。銀行にしても、保険会社にしても、保健医療機関にしても、教育機関にしても、輸送業者にしても、怪物に大事な商売道具をごっそり持っていかれるわけだ。
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小売りコンサルタント
小売りコンサルタント、リテール・プロフェット社創業社長。メガトレンドを踏まえた未来予測は、ウォルマート、グーグル、BMWなどにも影響を与えている。著書に『小売再生 リアル店舗はメディアになる』(プレジデント社)。
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(小売りコンサルタント ダグ・スティーブンス)
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