橋下徹「大接戦だった大阪都構想で米大統領選のような紛糾が起こらなかったワケ」
プレジデントオンライン / 2021年7月8日 9時15分
※本稿は、橋下徹『決断力 誰もが納得する結論の導き方』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■答えがないからこそ「意思決定までのプロセス」を重視せよ
世の中には、何が正解かわからないことがたくさんあります。政治でもビジネスでも、わからないことだらけです。先の見えない中で「こちらに向かうべきだ」と決断し、組織やチームを動かすこと。誰もが決められない問題について意思決定を行い、責任を取ることがリーダーの役割です。
ところが、今の国会議員たちを見ていると、「正解は何か」という議論ばかりをしています。「自分の意見は絶対に正しい」「いや、そっちのほうが間違っている」と。国会議員だけではありません。自治体の長や地方議員などの政治家や企業、組織のリーダー・責任者も「何が絶対的な正解か」を議論しすぎて、ドツボにはまっていることが多々あります。
正解がわからないことについて議論を延々と続けたら、永遠に決断ができない。これではリーダー失格です。では、どうやって決断したらいいのか。それは、「組織やチームが納得するプロセスを踏むこと」です。
日本は成熟した国ですから、国民の教育レベルが高く、価値観も多様です。その中で、「これが正解」と全員が合意することは、そもそも難しい。日本のように成熟した民主主義の国で、指導者層が国民や組織のメンバーの納得を無視した判断をし続ければ、やがて彼ら彼女らの反発を受けて支持を失ってしまいます。
だから、リーダーは「こちらの案にする」と決めたとき、選ばなかったほうの案を主張した人たちにも、自分の決断に納得してもらう必要があります。組織やチームのメンバーの納得感が薄ければ、その後も物事は前に進まない。だからこそ、「組織やチームの人間が納得するプロセス」を踏むことが必要です。
そうしたプロセスを踏んだ上で決めれば、もともと決定案に反対していた人たちも「これだけのプロセスを踏んだのだから仕方がない」と納得してくれます。
■司法試験の勉強で衝撃を受けた「手続的正義」という考え方
では、メンバーが納得できる決断のプロセスとはどういうものか。答えは、「手続的正義」という考え方にあります。
司法の世界において、正義の考え方には「実体的正義」と「手続的正義」の2つがあります。「実体的正義」とは、ある結果の内容自体に正当性があるかどうかを問う考え方のこと。いわば、「絶対的に正しい結果かどうか」を問うものです。
対して「手続的正義」とは、結果に至る過程・プロセスに正当性があるなら、正しい結果とみなす、という考え方です。論点は「適切な手続きに則って判断された結果かどうか」にあります。
僕がこの概念について学んだのは、司法試験の勉強をしていたときでした。授業が録音されたカセットテープを聴いていたとき、「ある2人の間で、ケーキを公平に2つに分けるためには、どうしますか」という話がありました。なお、2人はお互いに大きいほうを取りたいと思っていることが前提です。
まず考えられるのは、ケーキを正確に「真っ二つ」に切る方法です。たとえば、超高性能なケーキカットマシンを作り、1グラムの誤差も出ないよう2つに切り分ける。たしかに、お互いに不平不満は出ないやり方でしょう。これは「実体的正義」、つまり結果の正当性を追求する考え方です。
■「正解とみなせるルールやプロセス」を組み立てればいい
しかし、「正確に真っ二つに切る」ために、仮に超高性能な機械を作るとすれば、多大な労力とお金が必要です。さらに厳密に言えば、どこまで正確性を追求しても、完全に真っ二つに切ることは不可能です。ミリ単位、ナノ単位で誤差が生じるからです。したがって、現実的な方法ではありません。
そこで出てくるのが、「手続的正義」に基づく次のような方法です。まず、1人がケーキを2つに切ります。その後、ケーキを切らなかった人が2つのうち好きなほうを取り、切った人は残りをもらうというルールを設定する。
こうすれば、両者ともに納得感が得られます。切る人は、自分が損をしないようにできるだけ真っ二つに切ろうとします。その結果、誤差が出た小さいほうのケーキをもらうことになったとしても、自分で切ったわけですから、納得するしかありません。他方で、切らなかった人は自分で「大きい」と思うほうを選択したわけだから当然、不満は残りません。
このように、結果として厳密に真っ二つでなくても、双方が納得するルール・プロセスがあればよい、というのが「手続的正義」の考え方です。あらかじめ手続きを決めておくことによって、お互いに納得できる結論を引き出すわけです。
手続的正義の話を初めて聞いたとき、僕は衝撃を受けました。完璧な結果の正当性を追求しなくても、結果に至るルールやプロセスを工夫することで、結果の正当性を確保できる。いわばフィクションとしての結果の正当性を成立させられるわけです。
僕は「これからの時代は、正解がわからなくなったら『正解とみなせるルールやプロセス』を組み立てればいいんだ」と理解しました。僕はそれを追究していこうと決め、これまで自分なりに研究し、実践をしてきました。
■政治には「手続的正義」がきちんと成立している必要がある
「手続的正義」を考える上で参考になる事例が、2020年11月1日に行われた大阪都構想の住民投票(大阪市廃止・特別区設置住民投票)です。結果は、反対が約69万3000票、賛成が約67万6000票で、約1万7000票の僅差で反対票が上回りました。パーセントで表すと、反対50.6%、賛成49.4%。大まかに言えば、「51対49」です。
2020年11月のアメリカ大統領選挙も接戦で、多くの選挙区で51対49の結果でした。選挙の結果に不満を持ったドナルド・トランプ氏の支持者が抗議活動を行い、ワシントンの連邦議会議事堂へ突入する騒ぎとなったのは、皆さんご存知の通りです。
大阪都構想もアメリカ大統領選挙の結果も、51対49の僅差ですから、「絶対的に51のほうが正しい」という結果ではありません。しかし、政治を動かしていくには、51の結果を正しいとみなしてもらい、49の案を支持する人たちにも、ある程度納得してもらわなければなりません。したがって、厳格に定められたルール・プロセスに従った結果であること、すなわち「手続的正義」がきちんと成立している必要があります。
■多数決の結果を認めさせるための「厳格なプロセス」
僕は、2020年のアメリカ大統領選挙が紛糾したのは、手続的正義がしっかりしていなかったことが問題だと見ています。
今回の大統領選挙は、新型コロナウイルスの感染が広がる中での選挙でした。そのため、郵便投票システムが大規模に導入されました。僕は当時、この郵便投票システムが適切な選挙プロセスと言えるのか、疑問を抱いていました。本当に不正があったかどうかは別として、選挙結果を決めるプロセスとしてずさんさを感じたからです。
たとえば接戦となったジョージア州では、当初、バイデン氏が約1万3000票差でトランプ氏に勝利したと報道されました。ところがその後、約5800票の未集計票があったと報道されています。仮に5800票すべてがトランプ氏の得票だったとしても、勝敗はひっくり返りません。
「結果は変わらないのだから、多少の未集計は問題ない」という考え方もあるかもしれません。しかし、日本の選挙の感覚からすれば、5800票もの未集計票というのは信じられない数です。適切なプロセスを重視する手続的正義の考え方からは、5800票も未集計票が出てくるアメリカの郵便投票システムには許容できないずさんさを感じます。生きるか死ぬかの壮絶な選挙戦を戦っている当事者からすると納得できるものではありません。
日本の選挙制度では、選挙管理委員会が有権者に投票用紙を配布した数と投票箱から回収した数を一票単位で合わせる厳格なシステムを採用しています。このような厳格なプロセスを踏まえた投票ですから、日本では、投票結果が仮に一票差であっても、票数が上回ったほうを「正しい」とみなすことができます。「有権者の多くが納得できるプロセス」を踏んだからです。
多数決の結果を認めさせるには、結果に至るプロセスが適切なものでなければなりません。そのための仕組み作りこそ、リーダーが率先して行うべきことなのです。
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元大阪市長・元大阪府知事
1969年、東京都生まれ。弁護士、政治評論家。2008年から大阪府知事、11年から大阪市長を歴任し、大阪都構想住民投票の実施や、行政組織・財政改革などを行う。15年に大阪市長を任期満了で退任。現在、テレビ出演、講演、執筆活動を中心に多方面で活動。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)
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