「実は顧客サービス」福島第一原発のコンビニがタバコの個数をわざと間違えるワケ
プレジデントオンライン / 2021年7月12日 9時15分
■「大きなツインシュー」が以前ほどは売れなくなってきた
9時──。
入退域管理施設内の奥の階段を上ってしばらく歩くと、隣接する大型休憩所の2階に「ローソン東電福島大型休憩所店」がある。いわき市の企業「鳥藤本店」が経営するフランチャイズ店だ。
作業員に人気の「大きなツインシュー」が棚に山盛りになっている光景はこの店の名物だが、他にも缶コーヒーやカップラーメンの種類の多さは全国でも群を抜いているだろう。
この時間の店のスタッフたちには、ローソン富岡小浜店からトラックで運ばれてくる商品を受け取る仕事が待っている。開店時間は6時から19時まで。商品の陳列作業は朝と夕方の二度。店長を務める黒澤政夫が言った。
「最近、ちょっと変化が感じられるのは、『大きなツインシュー』などのスイーツ系の商品が、以前ほどには飛ぶように売れなくなってきたことです。“昔”はとにかく甘いものを食べられるだけで嬉しい、という感じだったのですが、最近は控え目。かわりに『ちょっと太ってきちゃってさ』なんて言いながら、生野菜や豆乳を購入する方が増えてきたんです。現場が当時ほど過酷ではなくなったり、各企業が健康診断を奨励したりしていることもあって、作業員の人たちに健康を気にする余裕が出てきたような気がしますね」
■原発の社員食堂からコンビニ店長へ
この年で43歳になる黒澤は調理師免許を持つ「鳥藤本店」の社員で、震災前は福島第一原発の社員食堂で働いていた。同社は第一原発だけではなく、第二原発でも食堂を運営しており、当初の炊き出しを振り出しに自動販売機の飲料の補充業務など、原発関連施設をめぐる「飲食」に事故後も携わり続けてきた。そんななか、大型休憩所にコンビニエンスストアを出店する際、店長として指名されたのが黒澤だった。
店のオープンから時間が経ち、青と白のストライプ模様の制服を着て働く彼は、今ではすっかり事務棟での有名人の一人だ。棟内を歩くと、防護服姿の作業員たちから次々に声をかけられ、その度に「お、ご無沙汰していますね」「元気にしてました?」と笑顔でちょっとした会話を交わす。
「異動していなくなっていた人が戻って来て、『久しぶりだね』と言われたり。お客様が顔見知りばかりになってくると、お会計の流れもスムーズになっていきますね」
■2016年の開店時は、不機嫌なお客も多かった
だが、報徳バスの運転手の海辺が語っていたのと同様、ここでも2016年の開店時は「とても良い雰囲気とは言えなかった」と彼は言う。
ローソンのフランチャイズ研修を受けたとはいえ、全く初めてのコンビニ経営である。
「最初はめちゃくちゃでした。お客様に『申し訳ございません』と言いっぱなしで──」と彼は快活に笑った。
構内に食堂や店がなかった頃、いわき市内や6号線沿いの路面店で弁当を買うしかない作業員たちにとって、コンビニエンスストアの開店は待ち望まれた職場環境の大きな変化だった。オープン当初は開店時間前から防護服姿の客がずらりと並び、慣れないレジ打ちを懸命にこなす黒澤やスタッフたちは、「立っているのもやっと」というくらいに疲労困憊(こんぱい)した。
「それに当時の原発の構内は、今よりもずっと雰囲気が悪かったんです。すごくぴりぴりしていて、ぶすっと不機嫌で疲れているお客様も多かった。休憩所でもみんな疲れ切っていて、最初はとても暗い感じだなと思いましたね。何度も怒られ、文句を言われつつ、なんとか前を向いて走ってきたんです」
■「強面のお客様をちょっとだけ笑わせてみよう」
そうした「廃炉の現場」で働く一人として黒澤が必要としたのは、自らの仕事に徹底して前向きに取り組む姿勢だった。
「強面でちょっと怖そうなお客様が来たら、よし、この人をちょっとだけ笑わせよう、っていつも思っていました」
と、彼は振り返る。
例えば、ぶっきらぼうに煙草の銘柄の番号を言われた際、あえて2箱を渡してみる。「2個じゃないよ、1つでいいんだ」というちょっとした会話から、コミュニケーションのきっかけを作っては相手の顔を覚えた。
「ここに来るお客様は、いわば全員が常連客です。だから、顔を覚えていれば、次からは煙草の銘柄も言われる前に出せる。どうにかしてここを楽しく、一生懸命仕事に取り組める場所にしたい、とずっと考えてきました」
店で働いていると、様々な客が来店する。ふて腐れた態度の客もいれば、理不尽な怒りをぶつけられることもある。だが、そこで気持ちを落ち込ませてしまったら、ただでさえ暗い雰囲気のこの場所がもっと暗くなってしまう──。
「だから、それならいっそ『喜ばせようぜ』『楽しくやろうぜ』って五人のスタッフにはいつも言ってきました。そうやって場数を踏んでいるうちに、だんだんと仕事にも慣れてきた。
何より私自身が率先して明るく振る舞っていると、全体のテンションが上がってお客様への対応もよくなっていくんですよね」
■「伸びしろがあれば仕事にやりがいを感じる」
大型休憩所に食堂が整備されたいまは、構内の雰囲気も以前とは比べものにならないほど穏やかになった、と彼は感じている。「またね」「この新しいコーヒーいいね」といったちょっとしたやり取りも多くなり、働いていて嬉しいと思える瞬間も増えた。
「やっぱり食べ物の恨みは怖いものですから」
と、彼は再び笑う。
店では食堂との競合を避けるため、弁当は基本的に置いていない。だが、最近はミニサイズの冷やし中華や寿司といった軽食を増やしている。店内調理やカウンターコーヒーも導入し、品ぞろえを路面店に近づけるのが当面の彼の目標だ。
「顔なじみの人たちが増えていくに連れて、自分たちも廃炉の現場で働く仲間の一員なんだという気持ちが生まれてきました。私には福島を復興させることはできないけれど、ここに少しでも居心地の良い場所を作る努力はできる。まだ店に伸びしろがあると思うと、仕事にやりがいを感じるんです」
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ノンフィクション作家
1979年生まれ。2002年早稲田大学第二文学部卒業。2005年『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死』(中公文庫)で第36回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著書に『こんな家に住んできた 17人の越境者たち』(文藝春秋)、『豊田章男が愛したテストドライバー』(小学館)、『ドキュメント 豪雨災害』(岩波新書)などがある。
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(ノンフィクション作家 稲泉 連)
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