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「出るのも地獄、留まるのも地獄」中国にすべてを奪われた香港市民のこの先

プレジデントオンライン / 2021年7月8日 9時15分

中国共産党100周年記念式典を受け、イギリス・ロンドンの中国大使館前で抗議活動を行う香港市民ら=2021年7月1日 - 写真=AA/時事通信フォト

■英国への“大量脱出”が始まっている

「私は2019年の民主化デモに運動家として参加しました。中国当局の逮捕対象になっているかもしれない」。香港から英国に移住した女性は、筆者に恐怖を口にした。

英国内務省によると、今年2~3月に「英国海外住民(BNO)パスポート」を持つ香港市民による英国へのビザ申請は3万4300件に達し、5月下旬までに7200人分が承認されたという。香港の2019年の海外移民者は7000人程度(香港の政府統計)だったことを考えると、大幅な増加だ。

香港では、民主派メディアの旗頭だった「リンゴ日報」が、6月24日付の朝刊を最後に発行停止、廃刊した。香港国家安全維持法(国安法)の施行以降、反体制的な言論への締めつけが強まったことで、香港市民の「中国レジームへの嫌悪感」が移住を決意させていることが分かる。

一方中国では、中国共産党が結党100周年を迎えた。7月1日には首都・北京の天安門広場で7万人を集め、壮大な記念式典が開かれた。

7月1日といえば、香港が24年前、英国から中国へと主権を返還された記念日でもある。その当日、極めて大掛かりな集会を行ったのは、「香港の中国化成功」を内外に知らしめるためのイベントという一面を感じさせる。

中国にとって、香港民主派の言論やデモ活動はいわば「目の上のタンコブ」だったわけだが、こうした勢力の殲滅に成功した中国当局の間では「当面の敵を倒した」と安堵が広がっていることだろう。“リンゴ潰し”のために国安法を作ったともいわれる中国にとって、リンゴ日報とはどのような新聞だったのか。

■「真実を知らせる」と大義を掲げて登場

「リンゴ日報」は返還直前の1995年に発刊された。1991年から香港で暮らしていた筆者は、トップ面がカラー、そして巨大フォントの見出しで人々に訴える「リンゴ」の初号を手にして、明らかにそれまでの香港の新聞とは異なる姿勢を感じた。返還後の香港に不安を感じていた民主派寄りの人々のために「真実を知らせる」と大義を掲げた新聞の登場は、それなりのインパクトがあった。

それまでの香港では、中国系の報道姿勢をとる新聞が発行される一方、一般ニュースを掲載しつつ、どちらかというと芸能人のゴシップ記事を集めることで販売部数を確保していた大衆紙のどちらかに傾向が偏っていたと記憶している。

「リンゴ」を創刊したのは、現在も国安法違反の罪で収監されているジミー・ライ(黎智英、72)氏だ。

広東省広州市で生まれたライ氏は幼少の頃、家族環境に恵まれず、12歳で香港へ密航。その後、地下工場で働きながら暮らしてきたが、25歳となった1975年、紡績工場を創立。これがきっかけとなり1981年、ファストファッションの嚆矢(こうし)とも言われる「ジョルダーノ(Giordano)」を設立した。

ジョルダーノは今も香港をはじめ、アジア一円に店舗網が広がっているが、ライ氏自身は1990年までに全株を放出。これを機にメディア業へと進出し、リンゴ創刊の前には「壱週刊」と名付けた週刊誌を発刊している。

「リンゴ」とは、アダムとイブが食べた「禁断の果実」を指す。ライ氏は「2人がリンゴを口にしなければ、世界に罪悪や物事の是非が存在せず、ニュースも生まれなかった」と社名の由来を説明する。

■激しいデモ運動が起きた「雨傘革命」

香港返還を前に、中国と英国は「一国二制度」の旗印の下、「返還から50年間はいかなるルールも維持する」と内外に向けて発表。これにより、体制変更を嫌う香港市民の国外への脱出を抑えることができたほか、世界的な金融拠点としての地位も約束された。

これによって、市民はもとより、多くの外国人や拠点を構える企業はひとまず香港に残れると安心した。一国二制度により、メディアの自由、政治活動の自由は守られるはずだった。

しかし、香港では英国植民地時代から、市民による行政トップの直接選挙が認められていない。返還後も、中国政府寄りの人物が香港のトップである「行政長官」に選出される格好となっており、これは民主派勢力にとって許し難いルールだった。直接選挙を求める最初の大きなうねりは2014年に起きた「雨傘革命」で、3カ月にわたって香港中心部の目抜き通りがデモ隊によって占拠された。

香港中心エリアで抗議する市民=2014年10月28日
写真=iStock.com/Sherman_Sham
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sherman_Sham

■リンゴ日報を「市民を扇動する役割」とみなしたか

その後も香港では民主派による要求がエスカレート、2019年には普通選挙の実現のほか、デモ隊を取り締まる警察の暴力が適切だったかを調べる独立調査委員会の設立、デモ参加者の逮捕取り下げなどを求める「五大要求」を旗印とした民主化デモが勃発した。そして2019年7月には、膠着(こうちゃく)した事態に我慢できなくなった反対派が議会議場になだれ込み占拠。内部の備品などを徹底的に破壊する暴力行為が起きた。

この間、「リンゴ」は民主化デモの動きを全面的にサポート。警察や当局による暴挙を調べ上げ、鎮圧の不当性を訴える記事を連日報道し続けた。一方、「反体制派」の徹底駆除を是とする中国政府の目には、リンゴ日報が香港市民を“煽動”する中心的役割を担っていると映ったようだ。

■逮捕だけでなく、運営会社の口座も凍結

こうして中国当局は、香港でのデモ行為や報道を制限する際の法的根拠を持たせるため、2020年6月に「国家安全維持法(国安法)」を導入、即座に施行した。ただ、同法は恣意(しい)的に人々を検挙できるとみられる条文も多い。

国安法導入により、香港の民主化運動は徐々に勢いが低下。ライ氏自身も昨年8月、「外国勢力と結びつき、国家の安全に危害を加えた」として、国安法違反で逮捕された。同じ日には、日本でもよく知られる女性民主派リーダー、アグネス・チョウ(周庭、24)氏も同法違反で逮捕されている。

当局の「リンゴ」に対する締めつけは、創業者の拘束にとどまらなかった。中国政府は今年6月14日、国安法の条項「違反者に対する資産凍結」を初めて適用。「リンゴ」を発刊するメディア企業「壱傳媒(Next Digital)」の株を凍結するとともに、関連3社の銀行口座が凍結された。

壱傳媒株の市場価値は3億香港ドル(約45億円)相当とされるが、こうした資産が一切動かせなくなった。さらに同17日には「リンゴ」の幹部5人も国安法違反の疑いで当局に逮捕されたことで事業継続を断念せざるを得なくなり、6月24日をもって廃刊した。

これと同時に、同社の過去記事が閲覧できるウェブサイトも、関連のSNS等も全て閉鎖されている。

■100万人規模の市民が英国へ逃れるのか

今回の「リンゴ」廃刊は、単なるいち新聞社の閉鎖にとどまらない問題だ。

民主化を求める人々の精神的な支柱ともなっていただけに、同紙の廃刊を「香港の自由の終焉」と見る向きも多い。今の香港は、アグネス・チョウ氏らをはじめとする民主化勢力への迫害だけでなく、一般民衆に対し「密告の奨励」が現実のものとなっている。友人や家族の間で、むやみに政権批判をしようものなら、密告されていきなり逮捕される可能性もあるわけだ。

数年前まで「普通選挙の実施を!」と自由を求めていたのが、逆に香港が「監視国家への仲間入り」をするという異常な状況に陥っている。

「こんな香港にはいられない」と、新天地を求める人々が香港を捨てて他国を目指す動きも顕著となってきた。

香港をかつて150年余り統治していた英国政府は、「多くの香港の友人たちを助けるため」と、返還以前の出生者を中心に、英国への移住に道を開くと明言。今後5年間のうちに香港からやってくる移民者数を30万~100万人と試算し、欧州連合(EU)離脱後の新たな労働力としても期待している。

■「出るのも地獄、留まるのも地獄」

冒頭で筆者の取材に答えた女性は、英国に移住した理由を「中国の国安法導入などの動きに私は絶対に同意できなかった」と説明したが、一方で「香港へ戻れる希望が絶たれるのはとても悲しい」と、苦渋の選択だったことをにじませる。

しかし、こうした英国への市民流出を中国当局が指をくわえて見ているわけではない。すでに中国政府はBNOパスポートについて「国際的な渡航に無効である」と宣言しているほか、香港から英国に逃れようとする人々の動きを監視しているようだ。先には、「リンゴ」の主筆だった馮偉光氏が英国行きの航空機に搭乗する直前、国安法違反容疑で逮捕されている。

香港市民にとって最も身近で、言葉も通じやすい目的地は台湾だが、香港にある台湾の大使館的機能を持つオフィスは、中国当局によって取り潰される寸前にある。今や「香港を出るのも地獄、留まるのも地獄」といった様相だ。

■中国の暴走をこれ以上許してはならない

中国の習近平国家主席は、100周年記念式典での1時間にわたる演説で、世界一の強国実現への目標を掲げただけでなく、「祖国統一」「外国勢力による内政干渉の拒否」を改めて明確にした。

もはや、中国にとって香港の混乱はほぼ片付けられており、次のターゲットは台湾とする動きが見え隠れする。そうしたステップを考えると、「リンゴ」の廃刊は香港から自由が剥奪された象徴どころか、中国が「次の手」に向かう大きなシグナルなのかもしれない。

北京にはためく五星紅旗
写真=iStock.com/4h4Photography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/4h4Photography

中国政府の「リンゴ潰し」は成功した。しかし、欧米諸国からの非難の声はやまない。米ホワイトハウスは「香港と世界のメディアの自由にとって悲しい日となった。北京当局による弾圧の激化は、廃刊に迫られるレベルに達した」と声明を出している。

欧米をはじめとする各国はこれまで、中国との経済上の結びつきを優先するばかりに、人権問題への言及を避ける傾向が強かった。そうしたことが中国の「暴走」を許す結果となったわけだが、さすがに欧米も今回の香港の現状を見逃すわけにはいかないだろう。

「リンゴ潰し」は、中国にとって都合の悪い「真実報道メディア」を消し去るための方策だった。そうしたことを考えると、日本や欧米諸国は中国からのプロパガンダ的報道をやめさせた上で、同国で起こっているさまざまな事象の真実を追及するために圧力をかけ続けることが必要だろう。「情報操作こそが国是」とする中国の暴走をこれ以上許してはならない。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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