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政府の「テレワーク移住で地方創生」がコロナ禍でも進まない根本原因

プレジデントオンライン / 2021年7月11日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

なぜコロナ禍でも地方移住は増えないのか。元日銀理事の山本謙三さんは「テレワークで地方移住が進むという考えは錯覚に近い。人ありきではなく、従来の製造業のような高い付加価値を生む産業を作ることを優先させるべきだ」という――。

■単発型施策を取り込む地方創生

政府が、転職を伴わない地方移住を推進している。支援金や交付金で、テレワーク移住を促進しようというものだ。すでに移住支援事業の対象にも付け加えられた。23区内の職場勤務を継続しつつ、東京圏外または圏内の「条件不利地域」に移住する人に支援金を支給する制度だ。

しかし、「テレワークで地方創生」というのは錯覚に近い。テレワークの普及は、地方を利するものではない。むしろ大都市圏の居住の優位性を高める。コロナ禍をきっかけに東京圏への人口流入超数が縮小したのも、景気の落ち込みによるものであって、テレワーク移住とほとんど関係がない。

2014年度にスタートした地方創生には、多くの単発型の施策が組み込まれている。企業版ふるさと納税の導入もあったし、東京23区の大学定員の抑制もあった。気が付けば、多種多様な施策が数多(あまた)取り込まれている。しかし、政策効果の検証は不十分だ。

地方創生の成否は、大都市圏に伍する付加価値を地方の産業が生み出せるかの1点に尽きる。一つひとつの施策を、日本経済全体の視点から再点検すべき時だろう。

■テレワークは大都市圏の居住の優位性を高める

テレワークの普及は、一見、地方にメリットをもたらすようにみえる。「いつでも、どこでもつながる」技術のおかげで、遠く離れた地域でも都心の職場に勤務できる。ならば、豊かな生活を過ごせる地方に引っ越し、テレワークで勤務を継続してはどうか。これがテレワーク移住を推進する発想だろう。

しかし、地方居住のメリットとして、これまで地方自治体が強調してきたのは通勤時間の短さだった。実際、東京圏の通勤時間は人により1時間を超える。地方であれば半分以下で済む。通勤時間が減れば、家族団らんの時間も増やせる。これまでも、通勤時間を理由に地方で働くことを決めた人は多かっただろう。

そうであれば、テレワークの恩恵を最も享受するのは、東京圏に住む会社員のはずだ。テレワークのおかげで、通勤に伴う苦痛から逃れられる。在宅勤務の日は、起きている時間の1~2割を節約できる。テレワークは、東京圏に居住する優位性を高めたとみるのが自然である。

日本の通勤風景
写真=iStock.com/paprikaworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/paprikaworks

もちろん、自然に囲まれた生活を好むとか、子育てのために緑の多い環境を望む人は少なくない。しかし、この場合も、東京圏から遠く離れた地域よりも、郊外、例えば在来線で1.5~2時間程度の南関東、北関東地域を選ぶ人が多い。これらの地域であれば、日頃は在宅で仕事をこなしつつ、一定の頻度で都心の職場に出かけられる。飛行機代や新幹線代もかからない。

■遠隔地への移住が難しい理由

たしかに、テレワークを利用すれば、いつでも、どこでも仕事ができる。だからといって、24時間365日をテレワークでよしとする職場は少ない。週に1度、あるいは月に2、3度は出社を求める。多くの企業が、対面の価値を重視するからだ。対面の価値とは、「良好な人間関係の構築」、「組織の一体感の醸成」、「ディスカッションを通じたアイデアの涵養」などである。

緊急事態宣言が解除されるたびに、昼夜の人出が増える。これも、意識、無意識にかかわらず、多くの人が対面の価値を評価しているからにほかならない。

実際、人の感受性や共感力は、他人の表情や息遣い、仕草を繰り返し観察することで得られるとの見方がある。この見方に従えば、対面のコミュニケーションをすべてオンラインで代替することは難しい。組織力を重視する企業が、一定頻度でリアルのコミュニケーションを求めるのは自然である。

テレワークが地方を利するという見方は、錯覚に近い。恩恵を受けるのは、主に東京圏に居住する会社員だ。テレワークは、これまで地方移住の可能性を探っていた人々の検討インセンティブをむしろ弱める。テレワーク移住が大きなムーブメントになるとは、考えにくい。

■特筆すべきは東京圏への人口流入超の継続

昨年テレワーク移住が俄然脚光を浴びたのは、テレワークの普及と同じタイミングで、東京都の人口移動が流出超に転じたからだ。東京都は、20年5月から21年2月まで流出が流入を上回った。単月で流出超を記録したのは、約9年ぶりである。

しかし、人の移動は例年春の就職、就学期に集中する。公表された本年3月、4月を含めた直近1年間(2020年5月~21年4月)の通計は、結局、東京都も東京圏1都3県も流入超となった。

もともと人は、景気の好転時に地方圏から大都市圏への移動が活発化し、景気の悪化時に移動が鎮静化する傾向がある。今回の人流の変化も、コロナショックによる景気の大幅な後退の反映である。むしろ、これほどの景気後退にもかかわらず、東京圏1都3県が流入超を続けたことの方が特筆に値するだろう(図表1参考)。

興味深いのは、東京都への流入超が大幅に縮小する一方で、神奈川、埼玉、千葉の3県がむしろ拡大したことである。3県は、東京都からの人口の受け皿として機能している。コロナ禍で、大学はオンライン授業に移行した。飲食業などでのアルバイトの口も減った。都内で一人暮らしをしていた学生や独身者が、近県の実家に戻った可能性が高い。

東京圏1都3県への人口流入超推移
(注)日本人移動者。
(出典)「住民基本台帳人口移動報告」(総務省統計局)を基に筆者作成。

地方創生には、いくつかの基本目標が掲げられてきた。当初の基本目標の1つが「2020年までに東京圏への人口流入超をゼロにする」だった。しかし、14年にこの目標が掲げられて以来、流入超幅はゼロに向かうどころか、拡大を続けた。このため、政府は2019年に達成を断念し、この目標を「目指すべき将来」と位置づけ直した。

しかし、コロナワクチンの接種が一巡し、景気が回復すれば、人口は再び東京都や東京圏に向かうだろう。日本経済にとっては、景気の回復が望ましい。「目指すべき将来」とはいえ、「東京圏への人口流入超ゼロ」とはどのような経済の姿を想定するものか、国、地方の社会経済ビジョンを改めて問い直してみる必要がある。

■人が東京圏に集まる本当の理由

では、なぜ人は東京圏や大都市圏に集まるのか。人が居住地を変える圧倒的な理由は、経済的なものである。最近は東京圏だけでなく、大阪府や福岡県への流入も活発だ。これも、両府県の経済活動が好調に推移している表れである。「地方が好き」、「都会が好き」といった個人の嗜好や、テレワークのような技術的な変化が、基本的な人口の流れに及ぼす影響は小さい。

今後、日本経済は深刻な労働力不足に向かう。生産年齢人口(15~64歳)は、長期にわたり年率1%前後のスピードで減り続ける。人手不足は、地方圏に始まり、すでに大都市圏に波及した。

大都市圏の経済は、もはや他地域からの人口流入なしには成り立たない。しかも最近は、他地域からの流入によっても、不足する人手を埋め切れない。団塊世代の引退が進んだからだ。大都市圏が地方圏に人手を求める圧力は、今後ますます高まる。

人は、高い所得を求めて移動する。現時点で高い所得を提示できる産業は、大都市圏に集中している。地方の産業が大都市圏と肩を並べるだけの所得を稼ぎ出せなければ、人の流れは止まらない。

■地方産業の付加価値向上が成否をにぎる

万一、こうした流れを人為的に止めるようなことをすれば、日本経済全体の成長力が殺がれる。そうなれば、元も子もない。地方で貴重な人材を使うには、地方経済も日本の成長に寄与するだけの付加価値を稼ぎ出さねばならない。

日本の人口は、2080年には7400万人台に縮小する。今より4割少ない。それでも、現在のイギリス、フランス、イタリア各国の人口よりも多い。グローバルにみれば、日本が多人数国家であることに変わりはない。日本消滅や地方消滅を心配しなければならない水準ではない。人口減少に歯止めがかからないのは大問題だが、これは日本全体の課題である。地方創生も、日本経済全体の視点を欠いてはならない。

では、これまでの地方創生施策は、地方産業の付加価値向上にどれほど寄与してきたか。例えば、インバウンドの観光客は一昨年まで大幅に増加した。しかし、地方の観光業の中核は宿泊、飲食サービス業だ。両産業の付加価値水準は、産業界の中でも際立って低い。従業員の給与はこの付加価値の中から支払われる。この付加価値水準で、若者たちを地方に引きとめることはできない。

人手不足が最大の課題となる日本経済にとって、重要なのは数でなく質だ。地方の観光業が目指すべきは、客数の増加でなく、高級化による利益率の向上である。

地方移住の支援にしても東京23区の大学定員の抑制にしても、地方創生には「人、先にありき」の施策が多い。しかし、大都市圏に伍する所得を稼ぐ地方産業が生まれてこなければ、人は定住しない。逆に高い付加価値を生み出す産業があれば、人はおのずから集まる。

「地方創生」はいったん歩みを止めて、一つひとつの施策を点検すべき時だろう。評価の基準は、地方産業が大都市圏に伍する付加価値を生み出せるかどうか、すなわち日本経済の成長にどれだけ寄与できるかである。地方圏vs.東京圏という対立軸で日本経済を語るのは、そろそろやめにしたい。

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山本 謙三(やまもと・けんぞう)
オフィス金融経済イニシアティブ代表、日本銀行元理事
1954年、福岡県生まれ。1976年、東京大学教養学部教養学科(国際関係論)卒業後、1976年、日本銀行入行。金融市場局長、米州統括役兼ニューヨーク事務所長、決済機構局長、金融機構局長、理事などを歴任。2012年、NTTデータ経営研究所取締役会長。2018年、オフィス金融経済イニシアティブを設立し、代表を務める。

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(オフィス金融経済イニシアティブ代表、日本銀行元理事 山本 謙三)

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