「酒を出す店は潰す」次々とヤバイ方針を打ち出す政府に失望した人に伝えたい事
プレジデントオンライン / 2021年7月13日 15時15分
■「アベノマスクよりも何十倍もヤバイこと」
言葉は怖いものであります。「人を喜ばせる『狂喜』」にも「人を傷つける『凶器』」にすらなるものです。
西村康稔経済再生担当大臣のことであります。
7月8日、新型コロナ対策で酒類の提供停止に応じない飲食店に対し、西村大臣が「要請に応じない飲食店の情報を金融機関に提供し、金融機関から順守を働きかけてもらう」という趣旨の発言をしました。
これに対し、「融資の打ち切りをちらつかせて、飲食店を脅している」という指摘がネット上で相次ぎました。たとえば社会学者の古市憲寿さんはツイッターで「アベノマスクよりも何十倍もヤバイことで、この国の中枢ががったがったになっていることの象徴だと思う」とつぶやいていました。
翌9日、西村大臣は、一連の発言を撤回し、「融資の制限をするというのではなく、優越的地位の濫用にはあたらない」と釈明しました。
言葉は撤回してもなかなか消えないものです。それは言葉が得てして本心から発生するものだからでしょう。
西村大臣の言葉は、「いじめられている子ども」に向かって、ただでさえつらい環境にいるのに「なぜいじめられているのか」という作文を書かせようとする学校の先生みたいなものでしょうか。あるいは津波から逃げようと必死にアクセルを踏む車に「スピード違反!」と言っているような警察官みたいなものでしょう。
飲食店からしてみれば、補償金すらきちんと払ってもらえない苦境の中、背に腹は代えられない気持ちで必死になって営業しているはずです。カネの亡者なんかではありません。
■飲食店を営む友人はコロナで逝った
私事で恐縮ですが、新橋でアイリッシュバーを営んでいた大学の同期の親友Kくんは、都の設定したコロナ対策をこれ以上ないというほどの万全さで取り組んでいたにもかかわらずコロナに感染し、先月55歳の若さでこの世を去りました。
生前、彼は「国や都は、アスリートの流す汗は清潔で我々飲食業界の人間の流す汗は不潔とでも思っているのか」という魂の慟哭をSNSで吐露していました。毎回忙しい中、私の落語会にも足を運び、新刊を出す度購入してくれていた彼でした。このコロナ禍でもびくともしないような大企業勤務の友人が多数を占める中、彼とは「自営業者の悲哀」を訴え合える仲間として、共に「八割減収の八割おじさん同士だよね」という苦悩を分かち合えるという意味ではまさに同志でもありました。
それゆえにその訃報を、彼の忘れ形見である息子さんから電話で知らされた時には、カミさんと次男坊がその場にいたにもかかわらず声をあげて泣き崩れました。
だからこそ、私は個人的には今回の東京オリンピックに対しては、彼への追悼の意味合いも込めて、喪に服すつもりです。喪に服すということは、逆に言えば、オリンピック開催に関して、賛成派でも反対派でもないという立場を鮮明にしたいということであります。
■「オリンピック」の枕元に死神が立っている
「喪に服す」ということはフラットな立場で見つめられるという意味でもあります。きっと天国のKくんが与えてくれたニュートラルなポジションかもしれません。心の中で手を合わせながらこの公平な立ち位置から想像しますと、きっと「『オリンピック反対!』とずっと叫び続けている人たちも、日本人選手やチームが金メダルを獲得したら舌の根も乾かぬうちに歓喜の涙を流すんだろうなぁ」ということです(無論いい悪いという意味ではありません)。
「死神」という落語があります。先日米津玄師さんが歌にしたことで今ブームとなっている古典のネタであります。
あらすじは以下の通りです。
貧乏に喘ぎ自殺まで視野に入れている男が、死神に声を掛けられる。死神は「病人の部屋に行け。足元に死神がいればまだ寿命ではない。逆に枕元に死神がいる場合は死ぬ。足元にいる場合のみ呪文を唱えれば死神は消え病人は助かる」と言い、去ってゆく。
男が帰宅し医者の看板を出すと、大店の番頭がやって来る。「あらゆる名医から匙を投げられた主人を診てほしい」とのことで行ってみると足元に死神がいた。さっそく死神に教わった呪文を唱えると主人はたちまち元気になり莫大な治療費をもらう。
この一件が大評判になり、診る病人診る病人をどんどん治してゆき、男は名医と呼ばれついには大金持ちになる。その結果、愛人を何人もこしらえ女房や子供と別れてしまうのだが、悪い女に引っ掛かり全財産を持ち逃げされてしまう。
そこから転落の人生となってゆく――つまり診る病人診る病人、みんな枕元に死神がいたのだ。男には悪評が一気に立ち上り、ますます困窮をきわめてゆく。
そんな時、ある大金持ちから声がかかる。行って見れば、案の定枕元に死神が。
いったんあきらめようとする男だったが、金に目がくらみ、ある策を思いつく。つまり――深夜枕元の死神が寝落ちした瞬間に布団の向きを変え、足元に死神がいる形にして素早く呪文を唱えるという策だ。これがうまくいき、男は死神を消すことに成功し、莫大なカネをもらうことになった。
男は帰路、最初の死神に声をかけられた。そして「まあ、いいからついて来い」と蝋燭が山ほど灯る洞窟へと連れてゆかれる。死神は「これが江戸中の人間の寿命だ」という。そして一本の消えかかった蝋燭とその隣の半分ぐらいになって燃えている蝋燭とを指さして言う。
「お前があんなことをやったもんだから、あの主人の寿命とお前のとが、入れ替ってしまったんだよ」と。驚いた男が「助けてくれ、カネをやる!」と必死に命乞いするのだが、「人間の寿命はどうにもならない」と言って去ってゆく。死神が去った後、男は燃えさしの蝋燭を見つけ、消えかかった蝋燭から必死に火をつなごうとするのだが、やがて「あぁ、消えた……」。
■ミイラ取りがミイラになった
なんとも言えないブラックジョーク的なオチです。このオチは演者によってオリジナリティを出す場面でもあり、私はこのオチを言い終えた後、暗転にしてもらい、「起きろよ」という死神のセリフきっかけで明転にしてもらいます。
「ここはどこだ?」と男が言うと、「お前も今日から俺たち死神の仲間入りだ」「え⁉ 俺が死神に?」「ああ、一息入れたらな、金儲けのやり方、教えに行ってこい」という、「死神が再生産される」という二段オチにしています。
この落語は、明治時代の落語界の巨人ともいわれた三遊亭圓朝がイタリアオペラから移植したと言われる名作です。
「人間の業」がきっちり描かれている落語でありますが、どこかで「人間の欲にはどこかでブレーキをかけなきゃいけないよ」とも「いやぁ、なかなかブレーキはかからないものだよね」とも両方の意味に取れるような「許容範囲」こそが、この「死神」の魅力なのかもしれません。
■オリンピック後、冷静になって選挙にいこう
しかし、私は、時節柄かようにこの落語を新解釈しました。
つまり、「他の名医が匙を投げた病人を助けた」という噂や評判だけで前半は「あいつは生き神様だ」と持ち上げておきながら、後半はその逆で打って変わって「寿命で死んでゆくはずの病人を助けられなかった」=「殺した」と即断し、「あいつは死神だ」と非難する大衆にスポットを当ててみたいと思っています。
どうです? まさに現代のネット界隈の人たちのようですよね。
「人間というものは時代がどう変わっても変わらないものだ」というのが落語の哲学だとすれば、今回のオリンピック強行とコロナ対策に右往左往する政府の方針について大衆がどんなに異を唱えていたとしても、やはりまた「ほとぼりが冷めたら」、金メダルの結果や日本人選手の健闘ぶりでそれらに対する評価はガラリと変わってしまうものなのでしょう。いつの時代も大衆とは、いい悪いではなくそういうものなのでしょう。
そういう「大衆のいい加減さ」を「死神」から悟ってみてはいかがでしょうか? そして「だから日本人はいつまで経ってもダメなんだ」と厭世的になるのではなく、「ムードに左右されやすい」と自覚することで、例えば次なる選挙を迎える時、冷静に己を見つめ直して投票してみてはいかがでしょうか?
もちろん、この日本人のムードに対しての流されやすさは、震災などの各種天災が頻繁に発生するこの国における「立ち直りの速さ」という素晴らしい感性にも直結している部分もあるのであながちすべてがマイナスとまでは言い切れませんが、「死神」でも聞きながら、クールダウンさせて、今回のオリンピックを受け止めてみてはいかがでしょうか?
今年の夏は例年に比べても暑くなりそうです。どうぞ皆様ご自愛くださいね。
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立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。
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(立川流真打・落語家 立川 談慶)
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