「投票するなら女性に」都議選で敗北した自民党が、次の選挙でも苦戦が予想されるワケ
プレジデントオンライン / 2021年7月15日 11時15分
■「女性に投票したい」という流れを生んだ森発言
品川区で無所属として立候補、2位当選した森澤恭子さん(42)は選挙期間中、街頭で活動している際に、ある女性からこう声をかけられたという。
「今回はあなたか(もう一人の女性候補者である)阿部祐美子さん(立憲)、どちらに入れようか迷っているの。でも女性に入れることは決めているの」
定数4のところ、8人が立候補した品川区では、公明、無所属、共産、立憲の4人が当選(自民党は2人とも落選)。4議席のうち2議席を女性が占めた。無所属で立候補した森澤さんは、事前の世論調査では当初、有力候補の中で最下位と予想されていたが、結果は2位当選。トップとは775票差だった。
今回の都議選では各社の議席予測が外れたことも指摘されている。そこには入院していた小池都知事が最終盤になって突然、都民ファの応援に駆け回ったことも影響しているだろう。
だが、森澤さんが選挙前から感じていた空気は「政党への不信」と「女性への期待」だった。コロナ対策の遅れや東京五輪への対応は、自民党など既成政党への不信感となった。そして「女性に投票したい」という流れができたきっかけの一つは、2月の五輪組織委員会会長だった森喜朗氏の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「組織委員会の女性はわきまえておられる」という発言だったと、森澤さんは実感している。
■男性から「もっと女性が活躍できる社会に」と言われた
「その頃からもっと政治に関心を持って行動しないと、という女性が増えてきたと感じています。チラシ配りなどをしてくれるボランティア希望者も増えたのですが、多くが子育て世代の女性たちでした」
選挙期間中もチラシを受け取ったり、声をかけてくれたり、政策についてメールで質問してきたりする人の数は、前回の都議選よりもはるかに多かった。子育て政策だけでなく、「都立高校の男女別定員数をどう思うか」「選択的夫婦別姓についての考えを聞かせてほしい」というジェンダーに関する質問もあった。中にはIT企業に勤める男性から、「女性上司のもとで働いているが、もっと女性が活躍できる社会にしてほしい」と言われたこともある。
女性議員の強みは生活者感覚だ。女性議員が増えた要因として、永田町中心で決まる生活者の感覚からかけ離れたコロナ対策への不満が高まっていたという側面もあるだろう。一方で、この国のジェンダー不平等の実態をどうにかしてほしいという思いもあったのではないか。森発言によって明らかになった男性意思決定層の本音や、ジェンダーギャップ指数で156カ国中120位という体たらく。ジェンダー後進国日本の実態に多くの人が気づき、この不平等の解消を求める声も、女性たちの当選を後押ししたのではないだろうか。
■女性候補の割合は「都民ファ38%、立憲29%、自民15%」
その有権者の変化をどれほど政党は理解していたのか、と思う。今回の都議選では女性が過去最高の76人立候補していた。だが政党別に見ると、東京・生活者ネットワークとれいわ新選組が100%、共産58%、都民ファ38%、立憲29%、日本維新の会25%、自民15%、国民民主0%とばらつきがある。
この候補者における女性の割合を調査した全国フェミニスト議員連盟の「女性議員を増やそう!都議選アンケートチーム」の調査では、各政党に女性候補者を増やす取り組みも聞いている。
共産党は「ジェンダー平等委員会を設置し、トークセッションや党内学習会を開いてきた」、立憲民主党は「立候補や議員活動と家庭との両立が困難な『6つの壁』克服のための人材発掘やスキルアップ研修。選挙時の資金支援でも女性候補者に傾斜配分する」など具体的な取り組みを回答しているが、「擁立にあたり優秀で志のある人に面接。男女の区別はない」(維新の会)というところもある。
■2018年に成立した「候補者男女均等法」
さらに政党による温度差が鮮明になるのは、「何年までに候補者を男女同数にするのか」という質問に対してだ。なぜこの質問が出るのかといえば、男女の候補者数はできる限り「均等」を目指すという候補者男女均等法が2018年に成立しているからだ。先の国会で改正された際も、女性候補者を増やすための数値目標の義務化は果たせなかったが、政党には国政選挙や地方選挙で候補者数をできるだけ男女均等にすることが求められている。
この男女均等の目標に対して、すでに女性候補者が5割を超えている政党以外の回答では、唯一、国民民主党が「2030年までに50%」と具体的な時期を挙げていた。
先の候補者均等法の改正にあたって、女性候補の数値目標義務化が見送られた背景には、自民党内の強い反対があった。その自民党はこのアンケート調査にこう答えている。「一律に数値目標を義務化することより、保育・介護基盤の充実、働き方改革の推進など男女共同参画社会実現に向け、相互理解をすべき」。取り組みに関しても一般論過ぎて具体性に欠け、数値目標に関しては後ろ向きであることがわかる。
■都議の育休取得制度に対して、自民の31人が無回答
今回の都議選候補者に対してはメディア各社もアンケートをしていて、それを使った朝日新聞と津田塾大学総合政策学部による当選者の分析が興味深い。
ジェンダーに関する部分では、選択的夫婦別姓制度の導入について、反対と答えていた15人が全員落選し、当選者のうち93人(73%)が賛成だった。ただ、当選者のうち無回答が34人にいて、そのうち31人は自民党だったという。確かに候補者全員のアンケートの回答をみると、夫婦別姓について回答している自民党議員は数人で、「回答なし」が目立っていた。
都議の育休取得制度に対しても当選者のうち賛成は90人(71%)と、反対2人(2%)と大きな差がついた。反対は自民と立憲だったが、この質問にも自民の31人が無回答だったという。そもそもジェンダーや子育てに対する意識が問われる質問に対して「無回答」では、こういった政策を重視して投票したい有権者には判断すらできない。
今回、自民党はかろうじて第1党に返り咲いたものの、当初目標としていた自公で過半数、自民単独で50議席には遠く及ばない33議席にとどまった。その要因として大きいのは、もちろんコロナ対策や五輪対応への批判だろう。だが、メディア各社が事前の候補者アンケートにわざわざ夫婦別姓に関する質問項目を入れたことからもわかるように、ジェンダーに関する考え方は、経済政策などと並んで、有権者が投票先を決める際に必要な要素になっている。ジェンダー不平等を積極的に解消しようという姿勢の見えない自民党には「ジェンダー逆風」が吹いたと言えるのではないか。
■公平な機会を得るには「3割超」が必要
今回の都議選では、女性議員が3割を超えたことが大きな話題となったが、ではこの3割という数字にはどんな意味があるのだろうか。集団の中で存在を無視できないグループとなるには一定の数が必要で、その分岐点を超えたグループはクリティカルマスと呼ばれる。ハーバード大学の研究では、その数が35%を超えると初めて組織の中で公平な機会が得られるとされている。
前回2017年の都議選では、小池都知事率いる都民ファースト旋風もあり、女性議員は36人当選し、すでに3割近くの議席は女性で占められていた。
先の森澤さんは都民ファへの追い風を受けて当選したひとりだが(その後離党)、明らかに女性が3割近くいることによる議会内の変化を感じたという。例えば都議会の委員会でも、委員長が「子育て中の議員もいるから、あまり長くならないようにしましょう」と発言するなど、一定の配慮が見られるようになった。
「実際、まだ時間が大幅に短縮されるところまでには至ってないのですが、働き方に対して意識されるようになっていると感じます」(森澤さん)
■「セクハラが楽しくて仕方がないおじさんたち」
森澤さん自身、2人の小学生の子育てをしながら議員活動をしており、夜の会合や週末の行事への参加は難しい。これまで男性議員なら当たり前に思われていた夜も週末もない働き方でなく、子育てや介護中の人でも議員になれるよう、週末は休むなど持続可能な働き方を実践している。子育ては本来女性だけがすべきものではないが、それでも子育て中の女性議員が増えることで全体の働き方は変わってくるだろう。
女性が立候補をためらったり、議員活動を続けられなかったりする大きな壁が働き方の問題と同時に、ハラスメントだとされてきた。地方議員の6割がハラスメント被害に遭ったことがあるという内閣府の調査もあり、候補者均等法の改正の際には候補者へのハラスメント防止策が盛り込まれた。
都議会では2014年、塩村文夏都議(現・参院議員)が議場で質問した際に、「早く結婚したほうがいいんじゃないか」という、とんでもセクハラヤジが発せられ、大きな問題となった。ヤジの口火を切ったのは自民党の男性議員。当時の自民党は59人が立候補し、全員当選という巨大与党で、「セクハラが楽しくて仕方がないおじさんたちが議席の大半を占めていた」と塩村さんは話している。
その後女性都知事が誕生し、女性議員が3割を占めるまでになった都議会で、今でもヤジはあるが、セクハラ的なものはなくなったという。森澤さんも「少なくともこの4年間、ハラスメント的なヤジや発言はなかった」と話す。女性議員が増えることは、こうしたハラスメントが許されない空気を作っていくことにもつながるのだ。
■与党は候補者を女性に差し替えづらい
都議選での女性の躍進は、今秋予定されている衆院選にどんな影響を及ぼすのだろうか。候補者均等法の改正にあたり、政党が女性議員の数値目標を義務化することが自民党の強い反対に遭い、見送られたことは先にも書いたが、そこには小選挙区という選挙制度の問題や、候補者選定にあたって「現職優先」という壁がある。自民党は長く続いた安倍政権下で選挙に勝ち続け、衆院で277議席を占める(うち女性は21)。
「自民党など現職議員が多い与党は、候補者を女性に差し替えることはやりにくい。さらに自民党は候補者選定に地方組織が大きな権限を持っていて、地方ほど男性が力を握っているという難しさもある」
世界各国のクオータ制(あらかじめ議席や候補者の一定数を女性に割り当てる制度)に詳しい上智大学の三浦まり教授は、筆者のインタビューに対してこう答えている。
それでも、安倍晋三前首相は2年前の参院選の際に、「次の選挙では女性候補者を2割にするよう努力したい」とも話している。三浦さんはこうも指摘した。
「新人議員の少なくとも半数を女性にするなど、ジリジリとこの目標に近づけることはできるはずだし、有権者も注視していかなければならない」
都議選の結果から私たちが学んだことは、有権者の行動によって「変えられる」ということだ。現在、衆院で女性議員の占める割合は9.9%(2021年6月時点)。政治分野のジェンダーギャップが156カ国中147位という現状を変えることができるのは、有権者だけなのだ。
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ジャーナリスト
1966年生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部へ。2014年に女性初のAERA編集長に就任した。17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。20年末に退任。現在はテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などのコメンテーターのほか、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)。
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(ジャーナリスト 浜田 敬子)
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