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菅首相は「東京五輪の中断」という最悪の事態を想定できているのか

プレジデントオンライン / 2021年7月14日 18時15分

首相官邸に入る菅義偉首相=2021年7月13日、東京・永田町 - 写真=時事通信フォト

■なぜ「五輪熱」が冷めていることに気付かないのか

7月12日、東京都に緊急事態宣言が発令された。期間は8月22日まで。宣言の発令は今年に入って3度目、通算だと4度目となる。

東京オリンピック(7月23日~8月8日)は、緊急事態宣言下で開催されることになる。東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会は7月8日、東京と埼玉、千葉、神奈川の1都3県で行われる競技について「無観客で開催する」と発表した。

菅義偉首相は東京五輪の「有観客」にこだわっていたが、結局、「無観客」に妥協することになった。裏を返せば、菅首相はなんとしてでも東京五輪を開催したいのである。開催されれば、必ず盛り上がると考えているのだろう。だが、現実は違う。

菅首相は6月9日の党首討論で「バレーボールの東洋の魔女の回転レシーブ、マラソンのアベベ、柔道で日本選手に敬意を払ったオランダのヘーシンク」とかつての名選手の名前を挙げてオリンピックを礼賛していた。しかし57年前の東京五輪(1964年10月開催)と現在では状況がまったく異なる。

長引くコロナ禍で五輪に対する国民の熱意は薄れてしまった。菅首相はどうしてそこに気付かないのか。東京五輪を成功させ、その勢いに乗って秋の自民党総裁選と衆院総選挙を乗り切って首相職の続投を狙うことだけを考えているのだろう。だから日本社会が俯瞰できず、世論が読めなくなっている。

■「緊急事態宣言は大したことがない」というメッセージになる

6月16日付の記事<「不信任案は出しても、五輪中止は求めない」誰にも期待されなくなった立憲民主党の体たらく>で指摘したように、菅首相は6月9日の党首討論で、共産党の志位和夫委員長に「新たな感染拡大が起これば、重症者、亡くなる方が増える。そうまでして五輪を開催しなければならない理由は一体何なのか」と質され、次のように答えていた。

「国民の生命と安全を守るのが私の責務だ。守れなくなったら(東京五輪は)やらないのは当然だ」

この菅首相の答弁は東京五輪開催への決意を示す一方で、場合によっては感染拡大での中止もあり得るという意味にも取れる。

特措法の枠組みでは、緊急事態宣言はもっとも厳しい措置だ。それにもかかわらず五輪を実施することになれば、「緊急事態宣言は大したことがない」というメッセージになってしまう。事実、緊急事態宣言の発出による人流の抑制は、回数を重ねるごとに効果が弱くなっている。

今後、さらなる感染拡大が起きたらどうするのか。菅首相は「東京五輪の中断」という選択肢も視野に入れておくべきである。はたして、その検討をどこまで進めているのだろうか。

■1カ月半前に「今夏の開催の中止を」と主張していた朝日社説

1カ月半前の朝日新聞(5月26日付)は大きな1本社説を掲載し、その中で「新型コロナウイルスの感染拡大は止まらず、東京都などに出されている緊急事態宣言の再延長は避けられない情勢だ」と書き出し、東京五輪の中止を求めていた。

問題の緊急事態宣言は、いったんは解除されたものの、すぐに4度目の宣言が発令された。朝日社説のこの読みは当たったことになる。

朝日社説はさらに「この夏にその東京で五輪・パラリンピックを開くことが理にかなうとはとても思えない。人々の当然の疑問や懸念に向き合おうとせず、突き進む政府、都、五輪関係者らに対する不信と反発は広がるばかりだ」と指摘し、「冷静に、客観的に周囲の状況を見極め、今夏の開催の中止を決断するよう菅首相に求める」と主張していた。

■感染症対策の基本は先回りして感染拡大を防ぐこと

緊急事態宣言の発令を踏まえた7月9日付の朝日新聞の社説は、まずこう主張する。

「ワクチンの効果で高齢者の感染は確実に減り、病床にはまだ少し余裕がある。とはいえ、入院患者は増えており、接種の進んでいない中高年が重症者の中心に移りつつある。インドでみつかった、より感染力の強い変異株(デルタ株)への置き換わりも進む。医療体制の逼迫(ひっぱく)を招く前に、感染の拡大抑止に全力を挙げるべき局面である」

感染症対策の基本は病原体に対し、先手を打って先回りして感染拡大を防ぐところにある。ウイルスなどの病原体は目に見えないし、変異などその動きは予想しにくい。それが新型コロナウイルスという人類が初めて相手にする病原体であれば、なおさらのことである。病床が不足する前に新型コロナを叩いておくことが肝要だ。

朝日社説は指摘する。

「政府は宣言の期間を来月22日までと、当初の設定では過去最長となる42日間に定めた。今月後半の4連休や夏休み、お盆といった人の移動が活発になる時期をカバーするためだ。しかし、東京五輪という、多くの国民が懸念する一大イベントの開催を強行する政府が、飲食店の営業制限や個人の行動抑制を呼びかけたところで、説得力に欠けるのは明らかだ」

大勢の人々が集まる東京五輪の開催と3密(密閉、密集、密接)を避ける感染対策、この2つが大きく矛盾することは明白である。菅政権はそれが分かっていながら五輪を中止しない。いや分かっていても中止しないのだ。異常な政治行動である。

■「中止の政治決断」を下す準備を進めるべき

朝日社説は最後に「首相はきのうの記者会見で、ワクチン接種の進展で『新型コロナとの闘いにも区切りがみえてきた』と語り、緊急事態の前倒し解除の可能性にも言及したが、楽観的にすぎないか。宣言下でも感染を抑え込めなかった場合はどうするのか、最悪の事態も想定して対策を用意するのが政治指導者の責務だ」とも指摘するが、これもうなずける。

翌7月10日付の朝日社説は「無観客五輪 専門知、軽視の果てに」との見出しを掲げてこう指摘する。

「(無観客での実施は)感染拡大の懸念に応えた措置のように見える。だが宣言の発出は、政府が『国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある事態』が起きたと認定したことを意味する。そんな危機の中でなお、巨大イベントを強行しようとしていることに変わりない。健康より五輪を優先する理由などどこにもない」

緊急事態宣言が発令されている中での五輪開催は、人々に間違ったメッセージを伝えることになる。菅首相は「開催の有無は私が判断することではない」と逃げるのではなく、一国の首相として「中止の政治決断」を下す準備を進めるべきだ。

■「聖火がともった後でも中断や中止に踏み切る覚悟」が必要

この点に関し、朝日社説も「菅首相はこの間、『決めるのはIOCだ』と言って、開催の是非や意義を問う声をかわす一方、G7で支持をとりつけるなどして既成事実を積み重ねてきた。パンデミック下での五輪という『普通はない』(尾身茂・政府分科会会長)ことに突き進むのであれば、その責任の全てを政府が引き受けなければならない。開催都市の首長である小池百合子都知事も同様だ」と主張する。

さらに朝日社説はこう訴える。

「今後、感染状況がさらに悪化して医療が逼迫し、人の命が脅かされるようなことになれば、聖火がともった後でも中断や中止に踏み切る。それだけの覚悟を固めておく必要がある」

菅首相にそれだけの覚悟があるだろうか。これまでの言動を観察していると、沙鴎一歩には「つなぎの首相」と言われたくないがために首相職の続投を狙うだけの人物でしかないように見える。

■「無観客はホスト国として恥ずかしい大失態である」と産経社説

産経新聞の社説(主張)は一貫して東京五輪の開催を強く求めてきた。朝日社説や沙鴎一歩の考えとは正反対だ。

7月9日付の産経社説は1本社説に「コロナ緊急事態 五輪『無観客』は大失態だ 宣言は4回目を最後とせよ」との見出しを立て、「『無観客開催』は公約の破棄に等しく、ホスト国として恥ずかしい大失態である」と指摘する。

産経社説は大失態の理由をこう書く。

「東京五輪は8年前、大会の成功を約束して招致に成功した。昨年3月に安倍晋三前首相が大会の1年延期をIOCに提案した時点で、政府はコロナとの戦いに打ち勝った証しとしての五輪開催に責任を負ったはずである」
「世界も、日本のコロナ対応と開催準備能力を信じ、期待して、1年の延期を了承した」

招致に成功したとき、国民皆が拍手喝采して喜んだ。「お・も・て・な・し」という言葉で日本の振る舞いが賞賛された。五輪開催に向け、確かに大きく盛り上がった。しかし、予想外の事態が起きた。新型コロナのパンデミックは多くの人々の命を奪った。その悲劇はいまだ続き、幕は下りない。大半の国民は東京五輪の開催に関心を示さなくなり、変異株による感染の再拡大とともに中止を求める声は強まっている。

2020年の東京オリンピックに向けた特別ライティングされた東京スカイツリー(2019年7月29日)
写真=iStock.com/Joel Papalini
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Joel Papalini

無観客を「恥ずかしい大失態」と指摘する産経社説は、こうした実態をどう考えているのか。

■「mRNAワクチン」は人類にとって初めてのワクチン

産経社説は「欧米の各地で有観客のスポーツイベントが開催されている実態をみれば言い訳はできない」とも指摘するが、スケールの大きなオリンピックと通常の競技とを同次元で捉えることはできない。欧米では感染が再拡大しているが、その原因のひとつは有観客でのスポーツイベントだとみられている。

産経社説は書く。

「彼我(ひが)の差は、ワクチン接種率にある。日本でのワクチン接種は国際社会に大きく出遅れた。国内での薬事承認に時間がかかったのも大きな要因だ。厚生労働省をはじめとする政府や非常時対応に鈍感だった国会の責任は大きい」

このワクチン接種率についても沙鴎一歩は産経社説とは異なる考えを持つ。

どんなワクチンも人体にとって異物であり、必ずある程度の副反応は起きる。まして新型コロナの「mRNAワクチン」は人類にとって初めてのワクチンだ。いまでこそ、新型コロナウイルスに大きな効き目を示すことが分かってきたが、当初は副反応と効果で未知な部分もあった。

■非常事態を理由にむやみに進めてはならない

新型コロナのパンデミックが起きても、欧米に比べて感染者や感染死が極めて少ない日本には余裕があった。欧米での接種後の状況を参考にmRNAワクチンの効果と副反応をしっかり見極めることができた。実際、日本の専門家らは見極めにある程度の時間をかけた。

それゆえ、国際社会に出遅れたわけでも、国内での承認に無駄な時間をかけたわけでもない。ワクチン接種は非常事態だからと言ってむやみに進めてはならない。

さらに産経社説はこう書いている。

「『1年延期』の時点で開幕日から逆算し、承認や接種の迅速化を徹底すべきだった。五輪開催への努力は、感染抑止の戦いそのものである。『五輪ありき』は批判の決まり文句だったが、これを徹底していればワクチン接種の遅れで国際社会を失望させることはなかったかもしれない」

産経社説の指摘は結果論に過ぎない。繰り返すが、投与が初めてとなるワクチンは慎重になる必要がある。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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