「今の50歳は、昔の30歳」新たな人生戦略を立てるなら50歳が絶好である理由
プレジデントオンライン / 2021年7月18日 11時15分
※本稿は、久恒啓一『50歳からの人生戦略は「図」で考える』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■50歳という年齢に棲んでいる「魔物」の正体
50歳という年齢には「魔物」が棲んでいる──。こうつぶやいた人物がいます。その人物は、53歳で従業員数900名を超える中堅企業の社長の座を後進に譲り、自らは「魔物」から逃れるために人口1万人の地方の町に単身移住して、まちおこし事業を行うスタートアップ企業を立ち上げました。
2013年の高年齢者雇用安定法の改正で希望者は65歳まで働けるようになり、今年のさらなる改正によって70歳までの就業が視野に入ってきました。仮に50歳でのポテンシャルが100であるとすると、退職時は落ちても70ぐらいまでだろうから、「何とかなるだろう」というささやきがどこからか聞こえてきそうです。
実際、大企業で働く9割の社員は定年後、再雇用を選ぶといわれています。同じ会社で働き続ける方がストレスもリスクも少ないとの判断のようですが、それは本当なのでしょうか。前述の人物は、それを「魔物」だといいます。
なぜ「魔物」なのか──。今の時代、その声に従った途端に「何とかならない」状況に陥ってしまうからです。DX(デジタルトランスフォーメーション)をはじめ社会の急激な変化に対応するため、多くの企業が経営の構造改革を進める一環として早期退職の募集を始めています。真っ先にその対象になるのが50代です。
多くの企業が、日本型雇用制度の中核をなす終身雇用を維持することが困難になり、それぞれの職務を明確にして成果を評価する「ジョブ型雇用」を採用し始めています。50代の人が過去の実績をもとに「昔の名前で出ています」的に生き延びようとしても、「昔の名前のままならいらない」とされてしまうでしょう。50代にとって「何とかなるだろう」とはいっていられない時代に突入しようとしています。
冒頭で紹介した人物は、会社の規模を10年間で従業員数20名から900名以上へと右肩上がりの成長を実現した実績があるので、「昔の名前で出ています」でコンサルタント業や顧問業を始めるとの選択肢もあり得たでしょう。
しかし、まったく逆の選択をしました。人生が終わるときに100を上回っていたい。そのために50歳を過ぎても成長を続けたいと、成長せざるを得ない環境にあえて自分を置きました。
そこには、人生に対する一つの考え方が表れています。「50代は人生の後半の始まり」ととらえ、あとは力が徐々に衰えていくことを受け入れて生きるのか。それとも「50代こそ新たな人生戦略を立てるとき」ととらえ、人間としての完成に向かってさらなる成長を求めて生きていきたいと望むのか。
もし、あなたが後者のような生き方をしたいと考えるのなら、主体的に今後の人生の戦略を立て、ライフデザインを描く必要があります。
■50歳までは「青年期」
50歳という年齢をどのように位置づければいいのか考えてみましょう。日本人の標準的な生き方の規範は、古代中国の思想家・孔子の言行録『論語』の中にある次のような人生訓に由来します。
「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」
15歳のときに学問に志を立て、30歳で自己の見識を確立し、40歳でものごとの道理を理解して迷いが消え、50歳で自分の生きる意味がわかり、60歳になると他人の意見に素直に耳を傾けられるようになり、70歳になったら自分の心の思うままに行動しても人の道から外れることはなくなると説いています。
日頃はあまり意識していないかもしれませんが、40歳を「不惑」、50歳を「知命」とする孔子の人生訓から「50歳が人生のピークで後半戦の始まり」ととらえる意識が生まれるのでしょう。
私は、平均寿命が80歳を超え(男性81.41歳、女性87.45歳)、世界で最も高齢化が進み、「人生100年時代」が現実のものになろうとしている現代の日本では、孔子のこの人生訓は現実に即していない、年齢を従来の1.6倍程度延ばして考えることが現実的であると考えています。
25歳から50歳までを「青年期」、50歳から65歳までを「壮年期」、65歳から80歳までを「実年期」、80歳から95歳までを「熟年期」、95歳から110歳までを「大人期」、110歳から限界といわれる120歳までを霞を食って生きる(?)「仙人期」とする「新・孔子の人生訓」です(図表1)。
「新・孔子の人生訓」の最大の特徴は、キャリアづくりの期間は「青年期」「壮年期」「実年期」の3期にわたり、25歳から80歳まで、合わせて55年間に及ぶと位置づけたことです。
50歳は、3期にわたるキャリアの2期目の始まりであって、これまでやりたいと思ってもできなかったことに挑戦できるので、むしろチャンスととらえるべきです。その意識改革が必要です。
■デジタルの世界では「個の存在」がこれまで以上に問われる
2020年、世界中に蔓延した新型コロナウイルスの感染拡大は、それまで進行していた社会の変化を一気に加速させました。とりわけ顕著に現れたのがデジタルシフト、いわゆるデジタルトランスフォーメーション(DX)の波です。多くの企業でテレワークによるリモート勤務が始まり、私が所属する多摩大学では、昨年5月からオンライン授業が開始されました。
多摩大学のオンライン授業は、出席する学生全員が顔出しする方式を採用し、私が見る画面上には、100~200人の学生の顔と名前が映し出されます。リアルの大教室での授業は、教員1人対学生n人の「1対n」の関係性で進められるのに対し、オンライン授業では、教員とn人の学生それぞれと「1対1」の関係が生まれます。
そのため、教員は顔を見ながら学生を指名して質問することもできれば、学生も教員に質問しやすくなり、それぞれの質問に対する答えを全員が聞いているという具合に、双方に緊張感が生まれます。学生は「個」の存在として参加意識や当事者意識が求められ、教員も「個」の存在として学生と向き合う責任感と当事者意識が求められるからです。
同じような現象は、企業の会議でも生じたのではないでしょうか。対面での会議では、役職の上位者が、発言の内容にかかわらず、強い発言力を持つのに対し、ウェブ会議の時空間では、フラットな関係となるため、発言の内容そのものに参加者の耳目が集まり、役職の上下ではなく、賛同者や共感者の多い少ないが判断の基準となる傾向があります。
民主主義は一人ひとりの「個」としての自立を前提とします。その意味で、ウェブ会議システムは「民主主義の技術」といえるでしょう。社会のデジタル化で時間や空間の制約が縮小することで、「個」の存在がこれまで以上に問われるようになるのです。
■〈わたし〉の中の「公」「私」「個」のバランスも変化する
「個」の存在とは、どのようなものでしょうか。現実の世界を生きる〈わたし〉は、3つの軸で成り立っています。「公」と「私」と「個」です(図表2)。
「公」は、国や社会、所属する組織などに関する立場や事柄のことです。ビジネスパーソンの場合、「公=仕事における〈わたし〉」と考えていいでしょう。「私」は「公」を離れた私生活における立場や事柄のことです。結婚をして家庭を持っていれば「私=家庭における〈わたし〉」が中心になるでしょう。
もう一つ加えなければならないのが、「個」の概念です。公人は「仕事をする〈わたし〉」、私人は主に「家庭のなかでの〈わたし〉」であるとすれば、個人は「自己としての〈わたし〉」といえるでしょう。
働き盛りの子育て世代は、「公」と「私」に時間とエネルギーをとられ、「個人としての時間がない」などといいます。この場合の個人としての時間の対象になるのは、趣味や自己学習などを指している場合が多いでしょう。
ただ、ここでいう「個」は、もう少し深い意味を持ちます。「自分は何者なのか」というアイデンティティー、「どうありたいか」「何のために生きるのか」という存在意義を表す「主体的な自己」を意味します。
テレワークが世界的に広まり、日本でも多くの企業が一定割合で継続させる動きを見せ、ある調査によれば、在宅勤務経験者の9割が継続を望んでいるといいます。働き方のニューノーマルとして、リモート勤務や在宅勤務が定着していったときに生じる変化は、たとえば、自宅で「公・私融合」の状態が生まれ、自由に使える時間が増えることです。
増加した自由時間を、仕事に使って自分の成果に結びつけるか、日本の企業でも解禁が相次ぐ副業を始めて収入やキャリアのアップを目指すか、家族とともに過ごす時間を増やすか、趣味や自己学習に振り向けるか、ボランティア活動などの社会活動に参加するか等々、ここでも、これまで以上に問われることになるのが「個」の存在です。
■「ワーク」の意味を考えて「天職」をみつける
これまでテレワークは、もっぱら、ワークライフバランスとの関連で論じられてきました。ワークライフバランスとは、「仕事(ワーク)」と「生活(ライフ)」のバランスをとり、調和をはかるという意味です。
このワークライフバランスという考え方に、私は以前から疑問を持っていました。仕事と生活の調和をはかるという考え方の根底には、ワークとライフを分け、一方を優先すると、もう一方が犠牲になる、ワークとライフは対立しがちであるというとらえ方があります。しかし、ワークとライフとは対立するものではなく、ライフのなかにワークも入っていると、とらえるべきではないでしょうか。
ワークライフバランスのライフは一般的に「生活」を意味しますが、実際はもっと幅広い意味を持っています。英語の「life」の意味を辞書で調べると、「生活(暮らし、日常生活)」、「人生(生涯)」、「生命(命あるもの)」という意味が出てきます。
ワークも、辞書で調べると、「(ある目的を持って努力して行なう)仕事、労働、作業、努力、勉強、研究/(なすべき)仕事、任務、務め」といった意味が出てきます。要は、自ら動いて力を発揮する行為をいうのでしょう。
日々の生活でのワークが、生涯を通じての人生のワークにつながり、次世代に残すワークとなる。「生活」「人生」「生命」のいずれにもつながるワークを見つけることができれば、それを天職というのでしょう。
40代までは、「公」「私」「個」のうち「公」と「私」の占める割合が高かったかもしれません。ライフの中でも日々の「生活」に意識が向き、「仕事と生活の調和」への関心が高かったかもしれません。
しかし、50歳からは、「個」をこれまで以上に大切に育てていくことが大切です。「人生」や「生命」を意識して、自分は何のために生きるのか、次世代に何を受け渡すのかを意識する生き方、すなわちワークライフバランスではなく、ライフデザインが大切であり、ライフコンシャスな生き方が求められるのではないでしょうか。
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多摩大学大学院客員教授・多摩大学名誉教授
1950年大分県中津市生まれ。九州大学法学部卒業。1973年日本航空に入社、広報課長、経営企画担当次長などを歴任。社外の「知的生産の技術」研究会で活動を重ね、「図解」の理論と技術を開発し、1990年に初の単著『コミュニケーションのための図解の技術』を刊行した。1997年早期退職し、新設の県立宮城大学教授、2008年多摩大学教授に就任。経営情報学部長、副学長、多摩大学総合研究所所長等を歴任し、2021年より現職。著書は100冊を超える。久恒啓一図解WEB http://www.hisatune.net/
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(多摩大学大学院客員教授・多摩大学名誉教授 久恒 啓一)
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