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「中華スマホは使わない」ミャンマー人が中国を嫌う切実な理由

プレジデントオンライン / 2021年7月16日 8時15分

ミャンマーで行われた軍事クーデターに対する抗議デモで、中国習近平国家主席の写真入りプラカードを掲げ、国軍を支援しているとされる中国政府に抗議する参加者ら=2021年2月11日 - 写真=EPA/時事通信フォト

ミャンマーでは国軍が政権を掌握して以降、中国との交易が活発になっている。だが、ミャンマー市民の間では中国製品の不買運動が起きるなど「中国嫌い」が根強い。ミャンマー在住のジャーナリスト、永杉豊さんは「背景には華僑による富の独占や、インフラ開発で土地を奪う中国への反発がある」と指摘する――。

※本稿は、永杉豊『ミャンマー危機 選択を迫られる日本』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■中国に頼らざるを得なかった軍政時代

数多くの日本製中古車が行き交うヤンゴンの繁華街。頭上を見上げるとスマートフォンを手に微笑む美女の巨大な広告が掲げられ、サインボードには「HUAWEI」の文字が刻まれている。家電量販店に入ると「Haier」の冷蔵庫、「Midea」の電子レンジが一番目立つ場所に陳列されている。ヤンゴンやマンダレーなどの大都会はもちろん、ミャンマーの地方都市でも中国製品が溢れかえっている。

ミャンマーの貿易相手国を見ると、直近のデータでは中国が輸出の33.4%、輸入の32.2%を占め圧倒的な1位となっている。

この原因は長年の軍事政権下での民主化運動の弾圧が背景にある。1988年の「8888」民主化運動を武力で鎮圧し、1990年に行なわれたアウン・サン・スー・チー氏率いるNLDが圧勝した総選挙の結果を認めず、そのほかにも国軍は何度も民主派の動きを弾圧してきた。そのような軍事政権に対して、アメリカはいくつもの対ミャンマー制裁法を制定して様々な経済制裁を科していく。欧州連合もこれに追随したためミャンマーは国際社会から孤立していった。

その孤立したミャンマー政権が頼ったのが、隣国の中国との国境貿易であった。中国もヒスイやルビーなどの宝石、石油や天然ガスなど、ミャンマーの豊富な天然資源を欲していたため、利害の一致した両国は国境の接する中国の雲南省を通じて陸路貿易を展開する。

■王毅外相はクーデターを事前に知っていた?

もともとミャンマーは、2011年までの軍事政権下では「中国依存外交」だった。しかし、民政移管後は欧米との関係を緊密化し、中国と西側諸国を天秤にかけながら国益を導き出す「バランス外交」に転じた。だが、今回のクーデターで国際社会から孤立し、再び中国との関係を強化する方向に舵を切っているように見える。

実際にクーデター前後の動きとして、1月12日にミン・アウン・フライン国軍総司令官と中国の王毅外相が会談を行なっていたため、この時にはクーデターの計画は伝えられていて、中国に理解を求める何らかの根回しがあったのではないか、と疑われている。

クーデターが起きた当日の中国外交部の定例記者会見でも、「我々はミャンマーで起きている状況に注目し、さらに理解しようとしている。中国はミャンマーの友好的な隣国であり、ミャンマー各方面が憲法と法律の枠組みのもとで妥当に対立を処理し、政治と社会の安定を維持するよう求める」と、国軍を非難せず、政変という言葉すら使わなかった。

官製メディア「新華社」も異例の速さで詳細に事態の推移を報じたが、ミャンマー国軍側の説明をそのまま引用したもので、「政変ではなく現政府に対する大規模な組織改革」と報道された。

ミャンマーのクーデターを受けて2月2日に緊急招集された国連安全保障理事会でも、各国が連携しクーデターを非難する声明を発表しようとしたが、常任理事国の中国の反対でまとまらなかった。これらミャンマー国軍を利する中国の対応に、もともと嫌中感情の強かったミャンマー人の中国への怒りが爆発する。

■「中国の技術者は出ていけ!」と抗議

「中国から来たインターネット技術者は早く出ていけ!」、「独裁者を支持するな」。2月10日、ヤンゴンにある中国大使館の前では、数百人のデモ隊が中国語と英語で書かれたプラカードを掲げて、中国への抗議活動を行なった。今回のクーデターで国軍の後ろで中国が関与している、中国が武器や技術者を提供し国軍を支援している、と考えられる証拠がメディアやSNSなどで次々と拡散されたからだ。

地元メディアによると、クーデター発生直後にミャンマー国軍は国際航空路線を閉鎖した。しかし同日、中国・雲南省昆明市から貨物機5機がヤンゴン国際空港に到着した。これらの便には国民のネットアクセスを制限する技術を持つ中国から、「ミャンマーのネットワークを封鎖するための技術設備と技術者を載せてきたのではないか」と疑われた。さらには「民衆を鎮圧するための武器や軍隊も乗っていた」など、様々な憶測を呼んだ。

他のSNSでもマンダレーに展開している国軍の中に、色白で中国人のような顔つきの武装兵士の姿があると投稿され、「すでに国軍兵士の中に中国の人民解放軍兵士が紛れ込んでいるのではないか」と噂が広がっていく。

■「HUAWEI買わない、TikTok使わない」人々が続出

これらの情報が拡散されていくと、ミャンマー市民の間で中国製品の不買運動が始まった。市場の生鮮食料品市場で果物を買う時も店員に産地を確認し、中国産は拒否する。ミャンマーのスマートフォン市場でトップシェアの「HUAWEI」、「OPPO」、「Vivo」などの中国製スマートフォンも不買が起こる。さらには若者に人気の中国企業が開発した投稿アプリの「TikTok」の利用を止める人々も続出した。

3月14日にヤンゴンで発生した大規模火災では、中国系企業の縫製工場が何者かに襲撃され、放火とみられる火災が発生した他、複数の中国系工場でも火災が起きた。中国官製メディアの「環球時報」は、合計32件におよぶ中国資本の工場が破壊され中国人従業員2人が負傷。建物の損害額も2億4000万元(約3700万ドル)に達すると報じ、「中国企業に対する『悪意ある』攻撃だ」と伝えている。

ただし、一般市民からは国軍による自作自演だという声があり、こちらのほうが真実味がある。とにかく、大多数のミャンマー人が中国政府や企業、中国人を嫌っているのは間違いない。

■一部の華僑がミャンマーの富を独占している

ミャンマー人が中国人を嫌う理由の一つに、一部の華僑がミャンマー経済の多くを独占していることにもある。国民の90%を敬虔な仏教徒が占めるミャンマー人は、穏やかで金儲けや商売が苦手な人が多い。そんなミャンマーではいつの間にか一部の華僑が経済の実権を握るようになってしまった。

ヤンゴンミャンマー
写真=iStock.com/SeanPavonePhoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeanPavonePhoto

彼ら華僑は祖父母以前の代に中国から移民してきた。必ずしも中国共産党の支持者だというわけではないし、嫌中の人も多い。私が以前、華僑のビジネスパーソンと会食した際に「永杉さん、我々華僑が一番嫌う民族は誰だか分かりますか。それは文化大革命以降の中国共産党の中国人なのです」と、はっきり言われた。

ただ彼らは中国語が話せるので、中国相手に商売ができるという利点があるのだ。しかしミャンマー人にとっては華僑も中国共産党も同じように感じ、中国を嫌っている人が多い。さらにミャンマーが抱える少数民族問題を中国が利用してきた歴史もある。

中国と国境を接するミャンマー北部の山岳地帯に住むカチン族やシャン族は、中央政府からの分離独立運動を続けているが、それを後方から中国が武器や弾薬などで支援していると言われる。独立後も続く少数民族問題を中国が利用し、複雑にさせていることも中国への反感を強くする一因となっているのだ。

■中国との発電事業では現地住民とトラブルに

また、中国との共同開発事業では、強引な開発や深刻な環境被害、住民とのトラブルを引き起こし、大きくニュースで取り上げられてきた。

民政移管前、軍事政権時代の2009年12月にミャンマー電力省と中国電力投資集団公司が開発に合意し、プロジェクトがスタートしたのがミッソン水力発電ダムだ。

ミャンマー北部カチン州ミッソンにあるエーヤワディー川の源流になる地点に総工費36億ドル(約4000億円)をかけたダム建設が計画される。ダムの高さは152m、発電能力6000メガワットの水力発電を予定。700キロ平方メートルを超える面積のダム湖ができることによって、60の村が水没するとされていた。

2010年には先に6つの村の住民が移転させられるも、非常に不利な補償基準に合意させられ、移転させられた場所も生活基盤が整っていなかった。それに加えて発電量の90%が中国に輸出され、中国は雲南省の開発にその電力を使う構想を描いていたとされる。これらの実態が明らかになり、建設に反対する民衆の怒りが表面化。2011年に当時のテイン・セイン政権により工事の中断が決定された。

ミャンマー政府が委託し、2014年に実施された環境アセスメントでも、ダム建設は広範囲にわたってエーヤワディー川の流れを変えかねないとして、建設中止が強く勧告された。

■「建設が嫌なら賠償金を払え」中国の常套手段

だが中国はたびたびミャンマーに対し、ミッソン水力発電ダム建設の再開圧力を強めてきた。それに対し、住民の反対運動が起こり、2019年の建設再開に反対する住民デモでは4000人以上が参加している。

2019年、アウン・サン・スー・チー政権時代には、中国側は建設工事契約に基づき、ダム建設中止の場合には多額の契約違約金やこれまでの投資への損害賠償金を要求する構えをみせる。

中国が「一帯一路」構想で使う常套手段だ。こうして債務不履行に追い込み、所有権、借用権で実質的に中国が支配し運営管理に乗り出そうと、建設再開へ圧力をかけてきたのだ。この中国の強引なやり方に住民の反対はますます強くなっていった。現在も工事は暫定的に中止されているが、完全中止を求めて住民の反対運動は続いている。

もう一つ、ミャンマー中央部のモンユワ銅山で進められた開発事業は、悪名高いレパダウン銅山の開発プロジェクトも含まれていて、住民からの激しい抗議活動が起きた。この事業は2012年にミャンマー国軍系企業の「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス」(MEHL)と中国のワンバオ社により進められた合同事業である。

MEHLは立ち退きに同意した農家に対し、1エーカー当たり610米ドルを補償したと伝えられているが、実際には正式な通知も無いまま、勝手に自分の農場を中国企業に貸し出された村民も多くいた。

■火炎爆弾などを浴びた50人が大やけど

さらには1990年代に投棄された鉱山からの有害廃棄物が十分に除去されておらず、住民は深刻な健康リスクにさらされていた。そのため住民は政府に対してプロジェクトの中止を求めて抗議活動を行なった。2012年の抗議デモの参加者に対し、警察は火炎爆弾、リン酸爆弾、ナパーム弾、有毒性が高い白リン弾までデモ参加者の鎮圧に使用し、約50人の僧侶たちが重度のやけどを負った。

これは住民に対する攻撃であり、デモ隊に重火器を使った国際法に違反する重大な犯罪行為であった。2014年には警察の発砲で数人の負傷者以外に、女性1人が死亡した。中国がミャンマーで進める事業の多くは国軍系企業と合弁を組み進めていくが、住民を無視した強引な開発や、時には反対デモの参加者に武力を使ってまで鎮圧する。特に習近平政権以降は途上国の人々に対して居丈高な態度で接することが多い。

何より資源を中国に持ち去ろうとする意図があからさまに見えてしまう。現地の住民はもちろん、ミャンマーの人々の反発を招くのは当然であろう。

■ミャンマーの危機は日本の危機でもある

同じように中国から多額の投資を受けて開発を進めたスリランカでは2017年、巨額の債務のためにハンバントタ港の運営権を中国に奪われ、99年間の中国の租借地となった。

永杉豊『ミャンマー危機 選択を迫られる日本』(扶桑社新書)
永杉豊『ミャンマー危機 選択を迫られる日本』(扶桑社新書)

このような事態を警戒したミャンマー政府は、借金をせず事業費を圧縮する方向に計画変更を図ったのだ。しかし現在、国軍によるクーデターにより欧米諸国からの非難を受け、ミャンマーは経済的に再び中国寄りに舵を切り始めている。事実、5月7日には中国からの25億ドル(約2700億円)もの液化天然ガス発電事業を認可している。

また、チャウピュー港は深海港で、大型の軍艦などの寄港も可能になるとみられる。すでにスリランカのハンバントタ港を租借地とした中国が、チャウピュー港の実権まで握ったならば、インド洋の覇権を中国に握られる可能性が大きくなり、世界情勢は不安定化する。

中東からの石油をインド洋からマラッカ海峡を通過する海上輸送に依存している日本にとっても、文字通り致命的なエネルギー危機となり得るのだ。石油や天然ガスなどのエネルギーや海上輸送を、マラッカ海峡や南シナ海に依存しなくなった中国が、その海域を封鎖することで日本や台湾などに圧力をかけることも容易に想像できる。

もしミャンマーが中国にチャウピュー港の実行支配を容認するならば、日本の生命線であるエネルギー輸送で、まさにのど元に刃を突き付けられたような危機に直面するのだ。今回のクーデターに乗じて一気に進められる可能性のある中国の野望を、日本は諸外国とともに協力して、何としても阻止しなければならない。

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永杉 豊(ながすぎ・ゆたか)
ジャーナリスト
2013年からヤンゴンに在住。MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO、MJIホールディングス代表取締役。日本語情報誌「MYANMAR JAPON(MJビジネス)」及びミャンマーニュース専門サイト「MYANMAR JAPONオンライン」発行人・統括編集長として、ミャンマーと日本でニュースメディアを経営している。読売テレビ「ミヤネ屋」やTBS「NEWS23」、TBS「ひるおび」など多数のテレビ番組に出演してミャンマー情勢を伝えている。

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(ジャーナリスト 永杉 豊)

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