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「怒りと悲しみのハワイ挙式」花嫁を幸せの絶頂から突き落とした60代母の異常行動

プレジデントオンライン / 2021年7月17日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yehor

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「あいつらは私を見張っている! 盗聴されている! 毒を入れられる!」。現在30代の柳井絵美さんの最愛の母親は約10年前からおかしな言動をするようになった。家では雨戸を締め切り、換気扇も塞ぎ、ひきこもる。そんな中、柳井さんは結婚し海外挙式をするが、ハワイでも母親の妄想は改善せず。家族の説得でようやく診察を受けた母親は統合失調症だった。柳井さんはその後、第1子を出産。不安な気持ちを抱え、介護と育児に直面することに――。(前編/全2回)
この連載では、「ダブルケア」の事例を紹介していく。「ダブルケア」とは、子育てと介護が同時期に発生する状態をいう。子育てはその両親、介護はその親族が行うのが一般的だが、両方の負担がたった1人に集中していることが少なくない。そのたった1人の生活は、肉体的にも精神的にも過酷だ。しかもそれは、誰にでも起こり得ることである。取材事例を通じて、ダブルケアに備える方法や、乗り越えるヒントを探っていきたい。

■10年前から母親がおかしい「盗聴されている! 毒を入れられる!」

柳井絵美さん(現在30代 既婚)は、2014年に結婚するまでは関東地方にある実家で両親と1歳下の妹の4人暮らしだったが、結婚してからは実家から車で10分ほどのところに新居を構え、夫と暮らし始めた。

しかし、「甘い新婚生活」とはいかなかった。悩みの種は、2012年ごろからおかしな言動をするようになっていた当時64歳の母親だ。

当時、清掃の仕事をしていた母親は、60歳で定年延長し、65歳で退職するつもりだった。65歳の誕生日が迫っていたある休日、柳井さんと母親は車で買い物に出かけ、帰宅すると、突然母親は異様な行動に出た。ダッシュボードからメモ帳とペンを取り出して、家の近くの農道に列になって路上駐車されている車のナンバーを一心不乱に控え始めたのだ。

「お母さん、何してるの?」。びっくりした柳井さんが声をかけると、母親は、「農道に停まってる車のナンバーを控えているの! あいつら私を見張ってるのよ!」と怒り口調で答える。

「私は生まれて初めて、自分の母に恐怖感を抱きました。でも、当時の私は20代半ば。平日は仕事、休日は今の夫や友だちとの付き合いなど、毎日忙しくしていたこともあり、母の異変に気付いていたにもかかわらず、放置してしまったのです」

それから母親は、「車で私や家族を見張っている!」「あいつらは会社や近所の人に、私や家族の悪口を吹き込む!」「あいつらは私を陥れるわなをしかけている!」などと繰り返し、「絶対に犯人を見つけ出してやる!」と息巻くようになった。

柳井さんや父親、妹がどんなになだめても、路駐している車のナンバーを控える行為は収まらず、メモ帳はみるみる車のナンバーで埋め尽くされていった。

■「あんた、ゴミ捨て場にあった自転車盗んだの?」

そんなある日、母親は突然、「あんた、ゴミ捨て場にあった自転車盗んだの?」とすごい剣幕で話しかけてきた。驚いた柳井さんは、「何のこと?」と答える。

どうも母親は、数日前からゴミ捨て場に置かれてあった自転車が失くなっていたのは、柳井さんが盗んだからだと思い込んでいるようだ。柳井さんが「え? 盗んでいないよ」と言っても聞かず、母親は怒気を孕んだ口調で「返して来い!」と繰り返す。

父親も妹も騒ぎを聞きつけ、事情を聞いた2人が柳井さんをかばってくれているにもかかわらず、母親は聞く耳を持たない。「会社の人が言っていた! 返して来い!」の一点張り。

この頃から母親の車のナンバーを控える行為は収束し、代わりに柳井さんに「自転車を返して来い」と繰り返し言うようになった。柳井さんは、本当かどうかは別として、会社の人の言うことを信じて、自分の言うことを信じてくれない母親に、怒りと悲しみの感情が湧いた。

2012年5月、65歳になった母親は清掃の仕事を退職した。

■「ほら! 外から誰かが毒を垂らしてきた!」

退職した母親は、一日中家の中に閉じこもるようになっていった。

昼間でもシャッターや雨戸を閉めっぱなしにし、雨戸がない窓はアルミ箔や新聞紙、ダンボールなどで覆い、換気扇はラップで隙間を塞ぐ。なぜ換気扇を塞ぐのかと訊ねると、母親は「換気扇の外から誰かがスプレーで毒を入れてくる!」と答えた。

換気扇をラップで塞いだまま回し、揚げ物や炒めものの料理をするため、たちまちラップは油まみれになり、壁に油が滴る。すると母親は「ほら! 外から誰かが毒を垂らしてきた!」と言う。柳井さんが「ラップについた油が熱で垂れてきたんだよ! 危ないから外して!」と外そうとすると、大激怒。浴室の換気扇も同様で、窓も開けられず、換気扇も塞がれ、家の中は昼間でも暗く、カビ臭い湿った空気が充満していた。

古く錆びのついた換気扇
写真=iStock.com/Yoyochow23
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yoyochow23

「あとでわかったことですが、母が『スプレーで毒を家に入れている!』というのは、隣に運送屋があり、車を高圧洗浄機で洗っている音を毒スプレーだと思い込んでいたようです。しかし、それを母に説明したところで受け入れてはもらえず、当時は母対その他の家族で、ケンカばかりの毎日でした。私たちはただ、おかしくなっていく母を、何とかして元に戻したい一心でした」

家の中は常に重苦しい空気が漂い、家族全員がいつもイライラしていた。母親の言動を否定すると悪化するように感じた柳井さんは、試しに肯定してみたが、良くなったように感じるのは一瞬のことで、結局、異常行動を繰り返す。

やがて2014年、柳井さんは入籍し、夫と2人、結婚式をどうしようかと悩んでいた。

■「海外ウェディングなら母親の妄想がなくなるのでは?」という期待

母親はもともと引っ込み思案。そんな母親が、娘の結婚式で人前に出られるのか?

そこで夫は、「海外挙式にしてはどうか?」と提案。「国内で追跡や光を恐れるなら、海外に行けば落ち着くかもしれない。妄想の相手は海外までついてこないだろう」と。この提案を、柳井さんも父親も妹も、家族全員がわらにもすがる思いで受け入れた。

このことを母親に話すと、何度目かの説得で渋々承諾。嫌々な母親の様子に、柳井さんは「娘の結婚式なのに!」と怒りと悲しさがこみ上げ、母親と柳井さんの仲は一気に険悪になる。見かねた父親と妹が間に入ってくれ、何とか母親をハワイまで連れ出すことができた。

しかし挙式当日。スタッフから、「お母様は挙式の最初に、花嫁のベールを下ろしてください」と言われた母親は、「いや、私はやりません」と首を振るばかり。このやり取りを見ていた柳井さんは、涙を堪えるのに必死だった。スタッフと妹が母親を説得し、何とか母親は役割を遂行したが、あまりにも義務的で雑なベールダウンに、真っ白なウェディングドレス姿の柳井さんの心の中は、再び怒りと悔しさと悲しさでいっぱいになった。

さらに、柳井さんたちの「海外なら妄想がなくなるのでは?」という期待は、もろくも崩れ去る。母親はハワイにいる間も、「光が私を狙ってる!」と言い、母親がホテルの部屋から出たのは挙式とその後のランチ、そしてほんの少し海へ行ったくらいだった。

だが、自宅にいる間と違い、母親はホテルの部屋ではカーテンを締め切らず、ベッドに横になりながら海を眺めていたと妹から聞くと、柳井さんはわずかに救われる思いがした。

■加速する母親の異常行動「盗撮されるから暗闇入浴」

2015年。母親より3歳若く、当時65歳の父親も、柳井さん(製造業勤務)も妹も、平日は仕事がある。

結婚して家を出た柳井さんも、ほぼ毎日仕事後には母親の様子を見に実家を訪れ、時には閉じこもりっぱなしの母親を外に連れ出した。

あるとき、妹が仕事から帰ると、母親は真っ暗な中、入浴していた。「お母さん、どうして電気つけないの?」と訊ねると、「盗撮されるからだよ!」と答える母親。

古いバスルーム
写真=iStock.com/dejankrsmanovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dejankrsmanovic

「母は、お風呂とトイレは夜でも絶対に電気をつけなくなりました。妹は、『お母さんすごくない? 電気付けないでお風呂とか難しいよね!』と笑っていましたが、私はお風呂が大好きだった母が、暗闇でおびえながら入浴していると思うと、かわいそうで胸が痛みました。楽観的な妹がうらやましかったです」

さらにまた別の日、「来てくれ! お母さんがおかしい!」と父親から電話があった。

「父はめったに私たち娘を頼らない人なので、電話があったということは、かなり限界だったのだと思います」

嫌な予感がしながら実家に到着すると、父親はとてもつらそうに、そして今までの怒りが爆発したかのように叫んだ。

「もうお母さんには何を言ってもダメなんだ! いい加減にしてくれ! こっちまで頭がおかしくなりそうだ!」

すると母親も負けずに怒鳴る。

「どうしてみんなわかってくれないの! 私がこんなに狙われているのに! あんたたちも敵の味方なんだ!」

■「お母さん、もう病院行こう?」「あんたまでおかしい者扱いして!」

父親から事情を聞くと、「突然、キッチンにあるステンレスのボウルに、自分の裸が映るとかって言い出して……」と言う。

ここ最近の母親は、水道の蛇口など、自分の姿が映るものを見ると「盗撮されている!」と言ってアルミホイルを巻きつけていた。

柳井さんはこれまで見てきた母親の異常行動を思い出し、涙が溢れてきた。

「お母さん、もう病院行こう?」と柳井さんが声をしぼり出すと、

「あんたまで私のことをおかしい者扱いして! ふざけるな! きっと狙われてるのは私だけじゃない! あんたたちもやられるんだ!」

と拒絶。

「私はこのときようやく、母親のことを誰かに相談しようと思いました。これまでは『恥ずかしい』『相談された方も困るだろう』と思い、できないでいたのです」

■「母親は統合失調」診断を聞いた後、身重の娘は無事出産した

2015年2月。相談先を悩んだ末に、柳井さんは、勤め先の救護室に常駐する看護師に相談してみることにした。

看護師に母親のことを話すと、「話を聞いただけだから断定はできないけど、統合失調症の症状に似ているね」と言った。看護師に統合失調症について聞くと、柳井さんは、「確かに母の症状に当てはまることばかりだ」と思った。

看護師は、心療内科にかかることを勧め、評判の良い病院を紹介してくれた。

それからというもの、柳井さんは父親と妹とともに母親を説得し始めるが、母親は拒絶。

2017年、柳井さんは第1子を妊娠。気が付けば、母親が異常行動をし始めた2012年から5年、誰かに相談しようと決断した日から2年近くの月日が流れた。

父親と妹は、身重の柳井さんを気遣い、「ストレスになるからお母さんには近づかないほうがいいよ」と言ってくれた。

そして9月。妹が「初孫と一緒にお出かけしたくないの?」「このままじゃ私も心配でお嫁に行けないよ」などと話し、母親の説得に成功。

69歳になった母親を家族全員で心療内科へ連れて行き、問診による認知症の検査を行ったところ、医師は、母親に物忘れ症状はなく、認知症ではないと言う。柳井さんが母親の日頃の異常行動をまとめたメモを医師に渡すと、最終的には統合失調症と診断が下りた。

そして柳井さんは、長女を出産した。(以下、後編へ続く)

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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